2018-01-09
2017年10月、経済産業省から「伊藤レポート2.0」1が発表されました。日本において、ESG(環境・社会・ガバナンス)と無形資産投資に関する体系的な手引きと政策提言が取りまとめたられたのは、これが初めてです。今回は、15年前からESGの領域における法整備に取り組んでいるフランスの状況を解説します。
前回のコラムで、「フランスのESG投資は国家の政策」ということを書きましたが、今回は、それを支える法整備について解説します。
2015年12月にパリで行われた気候変動枠組条約締約国の第21回目の会議(COP 21)では、各国政府が揚げた目標の法的拘束力をどこまで確保できるかが議論になりました。会議の終わりには、パリ・ユーロプレイスが、「われわれは持続可能かつ低炭素経済への貢献にさらに強くコミットしていく」という方向性を打ち出しました。パリ・ユーロプレイスは、パリの金融市場活性化のために1993年に設立された組織で、その創設メンバーはフランス銀行、預金供託金庫、パリ=イル・ド・フランス地方商工会議所、イル・ド・フランス州議会、パリ市、ユーロネクスト、ユーロクリアで、現在ではフランスを代表する企業や金融機関など数百社が加盟しています。
このようにCOP21の宣言に至るまで、フランスではさまざまな試みが行われてきました。ESGに関連する法整備については15年以上前から着手しており、制度面で世界の先駆けとなっています。主な3つの国内法を説明します。
ところでフランスの法律では、非財務報告のための詳細な法的枠組みは商法にまとめられています。よって、上記のような新しい法律を補完するため、商法も併せて改正されています。
フランスはEU加盟国であり、EU内における指令や規制の影響を受けます。2014年10月、欧州では「非財務情報および多様性情報の発行に関するEU指令」5が公布されました。これはCSR指令(CSR:企業の社会的責任)として知られているもので、欧州レベルで社会および環境に関する報告義務を導入するものとなっています。非財務報告の分野におけるCSRに関する初のEU指令となっています。
このEU指令をフランス国内法へ移行をするためには、既存の国内法を修正する必要があります。政府は2016年11月、商法の改正命令を出し、2017年1月1日以降に始まる事業年度からEUのCSR指令がフランスにおいて必須適用となりました。
このように、フランスでは2017年初めまでにさまざまな法的関連文書を大幅に変更してきましたが、まだ作業は残っていると言われています。現在行われている「EU目論見書指令」6の改訂作業の中に、欧州版未来の「共通統合報告書(ユニバーサル・レジストレーションドキュメント)」がありますが、今後、この欧州版に、これまでフランス国内の統合報告書(レジストレーションドキュメント)で開示されてきた情報をどのように引き継いでいくのかが検討されていくようです。
日本には、EUのような国をまたがった地域的な規制の影響を受けて、会社法や金融商品取引法などの国内法を順次改正していく、ということがありません。よって国内外からの規制に適宜対応し、開示を進化・深化させていく感覚は少し想像しにくい話かもしれません。
上述した一連の法律や法令は、機関投資家に対し、環境的・社会的な取り組みに関する情報、特に地球温暖化対策の目的に関する情報を公表するよう要求しています。
例えばフランス最大の機関投資家の1つであるERAFP(公務員付加退職年金機構)7は、2016年度のアニュアルレポートの中で、法律や法令で提案された形式に従って情報開示を行っています。その中でERAFPが積極的に取り組んでいる項目として、以下の5つが挙げられています。
ERAFPは、今後、こうしたアプローチをさらに深めていきたいと表明しています。また、緑化の測定、気候変動への貢献度の測定、回避された排出量の測定など、リスクと気候関連の問題を監視するための新しい指標を今後公表することを計画しています。
規制環境および経済情勢の変化は、非財務情報が、株式の発行者である企業および投資家にとってますます重要になっていることを示しています。そしてその波は、多くのステークホルダーにも広がっています。2016年にフランス金融庁(AMF)8が行った分析 によると、規制の枠組みを超えて、フランス企業がより長期的な目標を達成し、より明確で関連性の高い指標を使用していることや、場合によっては財務データと非財務データを統合した情報を提供していることがわかっています。
フランス企業は、CSRやESGに関する問題をより巧みに年次報告書に反映するよう、開示をさらに体系化し続けています。この傾向は、上述の国内法「グルネルII法」の枠組みを遵守する必要性と、さまざまな利害関係者、特に投資家の期待に応える必要性の両方によってもたらされているようです。グルネルII法の枠組みで要求される情報は、AMFに提出する年次報告書(または統合報告書)の一部を構成する事業報告書の中で開示されています。フランス企業の開示する情報は、量と内容の両方においてますます充実してきています。
一方、EUレベルでは、財務的影響が重大である場合、ESGに関連する情報の一部を、EC規則(目論見書規則)9で要求されているリスク要因セクションに必ず含める必要があります。多くのフランス企業は、これまで純粋に財務的な情報として分類されないリスクをこのセクションの中で開示してきました。
しかし上述の国内法「グリーン成長のためのエネルギー移行法」に従い、フランス企業は「気候変動の影響に関連する財務上のリスク、そして企業活動のすべての要素に低炭素戦略を導入することによる気候変動の影響を軽減する方法」を開示することが要求され、2016年1月1日以降に始まる事業年度から取締役会議長の報告書に含めなければならなくなりました。こうした詳細な規則は、フランス企業の開示に変化をもたらしています。
これまで述べてきた通り、フランスにおけるESGに関する開示は15年以上前に始まり、国内法やEUレベルでの規制の変化を受けてきました。そして現在もなお、発展途上にあります。AMF(フランス金融庁)では、今後フランス企業は次のような変化を遂げるのではないかと見ています。
欧米の投資家は、非財務情報や持続可能性を、投資判断の基準にますます取り入れている傾向にあります。SRIファンド(SRI:社会的責任投資)や特定の機関投資家の場合、特にその傾向が強いのは言うまでもありません。投資家は企業が財務実績を超えた開示を拡大することをますます要求してくるでしょう。世界の投資家は、企業が経済的・環境的・社会的影響やガバナンスの課題、主要ステークホルダーからの評価に基づいて優先課題を特定している、という認識を強めています。このように金融市場の認識は刻々と変わっています。
日本におけるESG投資そして開示はこれから本格的に始まりますが、世界の潮流にのってどう展開していくのかを注視していきたいと思います。
阿部 環
PwCあらた有限責任監査法人 シニアマネージャー
コーポレートガバナンス強化支援チーム
※ 法人名、役職、コラムの内容などは掲載当時のものです。
今後も引き続き、両国のコーポレートガバナンス・コードの違いや、どう進化していくのかを、コラムの中でご紹介していきます。