提供:PwC Japanグループ

これまでのやり方では通用しない――。社会やビジネス環境が急激に変化する中、持続的な成長が可能な組織へと変革を遂げるには、何が必要なのか。元バレーボール女子日本代表で、現在は一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」の代表理事としてスポーツ界の意識改革に取り組む益子直美氏と、PwC Japanグループでチーフ・ピープル・アンド・カルチャー・オフィサー(CPCO)として企業文化の醸成をリードする佐々木亮輔氏が変革実現へのカギを語り合った。

上意下達の終焉。主体的な「個」が組織を動かす時代へ

佐々木:益子さんは2021年に一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」を設立して代表理事に就任しました。バレーボール女子の日本代表選手として活躍した益子さんが、なぜこのような活動を始めたのですか。

益子:一般社団法人を設立したのは21年ですが、小学生が参加するバレーボール大会「監督が怒ってはいけない大会 益子直美カップ」を始めたのは15年までさかのぼります。当時は、小学校のチームでも監督が子どもたちを怒るのが当たり前で、泣きながら試合をする光景が普通に見られました。私自身の経験に照らしても、多感な時期の子どもたちに純粋にスポーツを楽しんでもらいたい、このままではいけない、そう強く思い、「怒ってはいけない」バレーボール大会を始めました。

佐々木:益子さんご自身も、怒られる指導を受けてこられたということですね。

益子:はい、少なくとも私が関わってきたバレーボール界では、それが日常でした。私自身は中学校に入学してすぐにバレーボールを始めてから、ずっと監督に怒られてきました。当時は、アニメもドラマもスポーツと言えば“根性”という時代だったので、「怒られて強くなる」ものだと思い込んでいた側面もあります。練習漬けの毎日で「理不尽だな」とは思っても、耐えるしかありません。逃げ場がなく、バレーボールをどんどん嫌いになっていきました。

 スポーツは楽しんではいけない。そんな気持ちしかなかった自分自身や、ひいてはバレーボール界を変えたくて「監督が怒ってはいけない大会」を始めたのだと思います。

佐々木:かつてのビジネス界も、同じような時代がありました。経済成長が続いていた昭和の時代は当然ながら終身雇用が整っていて、指示系統が上意下達のピラミッド型の組織が主流。前例を踏襲さえしていれば企業も成長できました。それがバブル崩壊による景気の低迷やIT革命、近年のデジタル化の急激な進展により、企業や従業員を取り巻く環境は一変。敷かれたレールで右肩上がりに成長する時代は過ぎ去り、情報があふれ出してやり方が多様化する現代においては、自分で考えて未来に向けたレールを敷いていくことが求められます。

 呼応して、組織もフラットな構造になってきました。個々が弱点を克服して1人で何かに取り組むよりも、多様なプロフェッショナルが個性や強みを高め合い、社内だけでなく外部も含めてアライアンスを組むことでイノベーションを起こしていく。私たちPwCもそんな組織を目指していて、その実現のためにも5つの価値観を大事にしているのですが、中でも「Integrity(誠実性)」はプロフェッショナルとしての基本です。

 クライアントや社会から信頼されるためには、自身の選択に責任を持ち、誠実な振る舞いが欠かせません。「このままでいいのか」「正しい選択なのか」と疑問を感じたら、素直に自身の考えを表明できる、声を上げられる。そうした、互いを尊重する空気が浸透していき、やがて企業文化として根ざしていくものだと考えています。

選びがちな、楽な道。慣習を変えるために必要なこと

益子:スポーツ界には、依然として「怒る」ことが指導・教育することだと思っている人がたくさん残っているのが実情です。ビジネスの世界では、こうした慣習や常識、通説などをどのように変えてきたのでしょうか。

佐々木:まずは、「ルールを変える」ことが重要です。例えば、企業経営においてガバナンスが問われるようになり、法令はもちろんのこと社会的な規範を守るコンプライアンスが重視されるようになりました。ルールを守るための研修やハラスメント被害の内部通報制度も整備されています。

 スポーツ界も同じですよね。メディアで取り上げられることも増え、ルールを守らずに昔のようなパワハラを続ける監督やコーチは解任されたり、指導停止処分を受けたりしています。

益子:私は日本スポーツ協会(JSPO)で副会長を務めていますが、相談窓口にはパワハラに関する相談が寄せられ、その数はとても増えています。従来型のパワハラまがいの指導がおかしいということに、子どもたちや保護者が気づき、声を上げ始めたのだと受け止めています。

益子 直美(ますこ なおみ)氏
益子 直美(ますこ なおみ)氏
1966年、東京都生まれ。元バレーボール女子日本代表。中学校入学と同時にバレーボールを始め、高校3年時に日本代表に選出。高校卒業後は社会人チームで活躍し、日本代表として世界選手権やワールドカップへ出場。91年に現役引退。チームのアシスタントコーチを務めた後、タレント・スポーツキャスターへ転身。2021年、一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」を設立、代表理事に就任。日本スポーツ協会の副会長を務め、23年には女性初の日本スポーツ少年団本部長に就任

佐々木:世界のスポーツ界とは異なる傾向にあるのかもしれませんが、ドメスティックな活動が中心の場合、選手の育成も精神論や根性論などが根強く残っているのかもしれませんね。ビジネス界もスポーツ界と同様に、競争相手やパートナー企業が国内だけにとどまりません。絶えずグローバルを相手にするわけですから、世界のルールをいち早く取り入れて、競争に対峙していくことが重要です。

益子:パワハラやセクハラのようなハラスメント防止のルール制定など改革に取り組むビジネス界は、スポーツ界よりも10年は先行している印象を持っています。スポーツ界は今まさに変わらなければいけない時期だと感じます。ただし物事が変わる時には痛みを伴うこともあります。例えば、窓口に相談があって、監督が処分されて指導できなくなり、試合に参加できないこともあります。その場合、スポーツをする場がなくなって犠牲になるのは子どもたちです。そうした事態に陥る前に、指導者自身に気づいていただき、自ら変化を促すためのプログラムやセミナーなどを実施しています。

社会にプラスのインパクトを与える「イノベーター」

佐々木:ルールを守るのは当然のことですが、あくまでそれは、マイナスだったものをスタート地点のゼロに戻すことでしかありません。ゼロからプラスに転じるためには、イノベーションを起こすことが大切です。私はチェンジマネジメントを専門にしていて、組織を変革する際に必要となる、変化に対する人の感情のケアや適応のためのスキルアップ、新しい働き方の導入、価値観の醸成などをサポートしています。現状維持に傾きがちな人の心を変革していくには、モデルとなる成功例が必要です。その観点で見ると、スポーツ界で怒らない指導を普及させようと10年間も続けている益子さんは、イノベーター理論で言うところのまさに「イノベーター」であり、後進にとって優れたモデルになる存在でしょう。

益子:私が「イノベーター」と言われると、照れくさい感じがしてしまいますね。子どもたちが指導者に怒鳴られて、泣きながら練習や試合をするのを見たくなかっただけなんです。

佐々木:それでも益子さんがイノベーターとして声を上げたことで、大きなプラスのインパクトを日本社会にもたらしました。今も理念に賛同した親御さんや指導者たちの参加が増えて活動の輪が広がっています。既存のルールを変えていき、新しいルールを作っていく経験をぜひ後進にも伝えていただきたいです。

益子:私も「ルールを変えていくこと」がいちばん難しいことだと思っています。ルールを変えるためには、周囲が耳を傾けてくれやすい相応のポジションに就くことが必要だと考え、23年には日本スポーツ協会の副会長に就任し、日本スポーツ少年団の本部長も務めています。もちろん伝統のある大きな組織を変えるのは簡単ではありませんし、一方で継続されてきたことの尊重も大事です。

佐々木 亮輔(ささき りょうすけ)氏
佐々木 亮輔(ささき りょうすけ)氏
2024年7月から、PwC Japanグループ チーフ・ピープル・アンド・カルチャー・オフィサー(CPCO)。PwC Japan合同会社 執行役常務。15年以上にわたり日系グローバル企業の本社と海外拠点において経営幹部を巻き込む変革コンサルティングに従事。PwC JapanグループのCPCOとして、プロフェッショナル一人ひとりが秘めた能力を最大限発揮し、先端技術を駆使して、お互い刺激し合い、仲間と共に成し遂げた喜びを心から分かち合える組織づくりに取り組んでいる

佐々木:よくわかります。つまるところ、ビジネスの主体は「人」ですが、実は人の意識変革というのが、最も難しい。PwCには、「うちの会社はここに問題がある」「ここが好きではない」といったネガティブな不平や不満を洗い出すのではなく、「ここはとても良い」「こういうところが好き」といったポジティブな点を共有する「ポジティブ・エクスペリエンス」の文化があります。ポジティブな考えを共有し合うことで、社員のみならず、経営陣も自分たちの組織の強み・弱みを改めて発見できる機会になります。人はあえて聞かないとポジティブなことを話してくれませんが、アンケートツールやSNSを活用すれば、そういった人の声を集めることができます。

益子:子どもの「育成」も同じですね。子どもたちが試合で負けた時にこそ、ポジティブなフィードバックが必要なんです。ミスした結果を怒るのではなく、結果に至る過程で良かった点をほめてあげる。これを繰り返すことで、結果に対してもネガティブにならず、前向きに反省したり、取り組んだりできるようになってきます。「監督が怒ってはいけないバレーボール大会」では参加チームの監督を対象に「子どもたちのほめ方を学ぶ」セミナーを取り入れて、怒りの感情と付き合うアンガーマネジメントの講習も提供しています。大会期間中には、講習で得た知識を実践でアウトプットする機会もあります。ベテランの監督から学びの必要性について懐疑的な声も聞かれましたが、続けているうちに「学ぼう」という姿勢に変わっていきました。

「怒らない=勝利を忘れて楽しむ」ではない

佐々木:ビジネスの世界では、リスクの捉え方が大きく変わってきました。従来は、とかく失敗を恐れてリスクを最小化する傾向も強くありましたが、最近はイノベーションを起こすには、失敗を繰り返すことが必要という考え方に変わっています。

 米国のシリコンバレーには「Fail fast, fail forward(早い段階で失敗し、そこからの学びを将来に生かそう)」という言葉もあります。失敗やミスを責めるのではなく、ほめてミスを修正することが大切、という考え方です。失敗を受け入れる組織風土を作るには、心理的安全性が必要です。そして組織に心理的安全性を構築できるかは、リーダー層の日ごろの言動によるところが大きい。私たちも常に、自分たちの組織やチームは、リーダー層と臆せずに対話できる雰囲気があるか、メンバーからアイデアを引き出そうとしているか、メンバーから出てきたアイデアの実現にリーダー層が動いているかといったことを多角的に検討するようにしています。

益子:メンバーへのケアは重要ですが、一方で指導者が年齢を重ねるにつれてこれまでの指導方法を否定され、孤立してしまうケースも見てきました。そうした指導者たちをサポートできる環境を作ることで、スポーツ界も変わっていけるのかもしれませんね。

佐々木:昔のピラミッド型の組織では上下関係が重視されて、カリスマ的な経営者やリーダーがもてはやされました。でも今は組織がフラット化しているので、お互いに意見を言い合ったり、リーダー同士が悩みを相談したりできるコミュニケーションを取れるような環境づくりが尊重されています。

益子:オープンにコミュニケーションができることは大切ですね。監督が怒ってはいけない大会は、サッカーやバスケットボール、ハンドボールなどバレーボール以外の競技にも少しずつ広まってきました。1つの競技や世界に閉じるのではなく、様々な競技の指導者がどのような悩みを抱え、どうやって解決したかなど対話できるような場を作りたいと考えています。

佐々木:ビジネスの世界でこうした変化が起きた背景には、年齢や社歴・学歴・経験などにかかわらず成果さえ出せれば良い処遇を受けられる「成果主義」が広まりすぎたせいで疲弊してしまった、ということがあります。今では、会社や市場にどんなインパクトを与えることができるかを評価する「インパクト評価」を導入する企業も増えています。私たちも、売り上げなどの数字だけでなく、パーパス実現に向けて社会にどのようなプラスのインパクトを与えてきたかなどを重視するようにしています。

益子:「評価」という点で言うと、「怒ってはいけないなら、勝たなくてもいい」と誤解されることがあるのですが、私は勝利を目指すことを否定したことは一度もありません。「監督が怒ってはいけないバレーボール大会」の際に、いつも怒っている監督が「今日は勝ち負けではなくて楽しめばいい」と試合前に言うことがありますが、それではいけません。勝利は絶対に手放してはならないのです。本気でやるからこそ失敗も成長もあり、学ぶことができます。強調したいのは、怒らなくても勝てるし、子どもたちを育成できるということです。

佐々木:ビジネス界でも業績や成長という勝利を目指す本質的な姿は変わりませんが、そのためのアプローチは進化させていかなければなりませんね。今日はとても示唆に富んだ議論ができました。どうもありがとうございました。

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