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2021-08-03
(左から)西原 立、玉城 絵美氏、三山 功
公益財団法人PwC財団(以下、PwC財団)は、個性や多様性の尊重を目的としたインクルージョン&ダイバーシティ(I&D)支援を助成事業の対象テーマのひとつとしています。このテーマのもと、2020年度の助成事業として、お互いに相手を尊重し、一人一人が生き生きと生活していける社会にすることを目指すために人間拡張技術を活用している団体への助成を募集しました。
助成先として選出されたのは、テクノロジースタートアップのH2L株式会社(以下、H2L)です。同社では、価値ある体験をさまざまな制約から解放し共有可能にする「ボディシェアリング」(体験共有)という技術を開発しています。今回はH2Lの代表取締役 玉城 絵美氏、PwC財団の三山 功、西原 立が、2020年度助成事業の取り組みを振り返りながら、PwC財団およびH2Lのビジョンや目指す将来像などについて語り合いました。
三山:
PwCは「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」ことをPurpose(存在意義)とし、その実現のためにコーポレートレスポンシビリティ(CR)活動を重視してきました。「持続的な責任あるビジネス」「コミュニティへの支援」「環境への取り組み」という3つのテーマを設定し、積極的な活動を展開しています。
PwC JapanグループとしてCR活動を続けるなかで得た気づきのひとつは、経済的な成長と社会発展もしくは社会課題の解決にはギャップがあり、その溝はなかなか埋まりにくいということでした。社会課題を解決するための有効なアイデアや手段が存在しても、投資からリターン発生までに長期間を要する場合、利益の追求を最優先する資本主義システムのなかでは、なかなか光が当たらないというケースがとても多かったのです。
そこで、従来のCR活動の枠を越えて、革新的なアイデアを駆使して社会課題に取り組む企業・団体をさらに柔軟かつ広範囲に支援していくという構想のもと、PwC Japanグループを母体とした一般財団法人PwC財団を2020年5月に設立し、2021年の5月には公益財団法人に移行しました。「イノベーションを加速させ、世の中に大きなインパクトを創出する」という目的を掲げるなかで、初めて助成させていただいたのがH2Lでした。
玉城:
H2Lは、世界中の人々の人生経験をより豊かにすることを目指すテクノロジースタートアップです。人類はこれまで、時間的、空間的、身体的制約によって、価値ある体験やその共有を阻まれてきました。近年ではスマートフォンやSNSの登場により、体験をシェアすることが徐々に容易になりつつありますが、制約はまだまだ残されています。H2Lは、人間拡張を含むボディシェアリング技術で、その制約を取り払うことを目標に掲げています。
ボディシェアリング技術は、ユーザーと他者が身体的な動作や「固有感覚」(重量覚、抵抗覚、位置覚、深部痛覚など物体に作用する感覚)を共有するための、ハードウェアおよびソフトウェア技術の総称です。他者には、他の人の身体やロボット、もしくはバーチャルなキャラクターなどが含まれます。どこに住んでいても、どんな身体であっても価値ある体験の共有を可能にし、ユーザーが互いを認め合える世の中を実現したいと考えています。
西原:
私たちも、H2Lのそういった考え方に共感しました。PwC財団では助成活動のテーマを「教育・アップスキリング」「インクルージョン&ダイバーシティ(I&D)」「環境問題」の3つに設定しているのですが、設立後初となる今回の助成事業では、人間拡張技術を使ったイノベーティブな方法でI&Dを実現しようとしている企業・団体を公募しました。その結果、H2Lへの助成を決定しました。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 三山 功
H2L株式会社 代表取締役社長 玉城 絵美氏
玉城:
H2Lは今回、ボディシェアリング技術を使って農業の課題解決に挑戦したいという趣旨で助成事業に応募しました。農地にロボットを設置し、都市部にいる若者や、農地に行けない高齢者の方々など、あらゆる人々が「遠隔農業」を体験できる仕組みを実現するというものです。将来的に人手不足が深刻な農業現場において、ボディシェアリング技術は課題解決のために有効活用されうると考えています。
身体的な障がいを抱えた方のみならず、すべての人間はすべからく何らかの制約を抱えています。モノを持ち上げる力には限界がありますし、農地に一瞬で飛んで行くこともできません。ボディシェアリング技術で時間的、空間的、身体的制約を解放することができれば、どんな人であろうと労働体験と報酬を得ることができるようになるはずです。今回の助成事業をきっかけにして、きちんとした体験に、価値を生みだす体験に対して、適切に経済的対価が支払われる社会づくりに挑戦するというのが私たちの狙いです。
三山:
PwC財団のビジョンとも共通する取り組みだと思います。今回の人間拡張技術というテーマ設定については、「いまだかつて解決できていない課題に挑戦する企業を支援したい」という思いとともに、「実用化が遠すぎず、また早すぎもしない段階にある技術にフォーカスを当てる」という2点を考慮しました。PwC財団は、さまざまな技術領域をウォッチしています。人間拡張技術は、本格的な実用化まではもう少し時間がかかりそうですが、決してSFとまではいかない現実的な段階に入りつつあります。
例えば、視力はコンタクトレンズや眼鏡などの技術ですでに補綴することができますが、人間拡張技術から新たなソリューションが登場すれば、他のさまざまな感覚や能力の補綴・拡張にも光が差すでしょう。結果的に、より多くの方々が可能性を諦めずに暮らせる社会を生み出せるのではないかと。そんな、さまざまな思いや狙いを総合して公募テーマを設定させていただきました。
西原:
今回の公募テーマを決める際にはとても悩みました。公募するからには、なるべくたくさんの方々に応募いただきたいという思いがあったからです。とはいえ、他財団でも、間口の広いテーマで多くの助成活動を展開しています。そのため、他の財団とは異なった切り口から公募・助成しなければ意義がないと判断し、PwCらしさを打ち出しました。テーマ設定が狭いため、当初、公募があまり集まらないかもしれないと懸念していたのも事実です。しかし結果として、ビジネスフェーズや研究領域がそれぞれ異なる企業・団体から多くの応募をいただくことができました。その中で、H2Lは農業という分野にフォーカスされていたわけですが、その背景をあらためてご説明いただけますか
玉城:
H2Lでは、人間拡張技術を農業に応用していきたいと常々思っていました。ただ予算の問題や、利益発生のタイミングなど、ビジネス的に不確定な要素がとても多かった。エンタテイメントや医療、リモートワーク、もしくは建設などといった分野とは異なり、ビジネスモデルが作りにくく、手を出しにくい分野のひとつが農業でした。一方で、この分野で人間拡張技術関連のサービスが導入されれば、ユーザーが喜んでくれることは間違いないという確信がありました。助成事業のビジョンが明確なPwC財団であれば、長期的視野に立ってサポートしてくれるのではないかという期待もあり、農業分野にフォーカスすることにしました。
三山:
社会的なインパクトがあり、かつすぐにビジネスとして成り立つ領域は、資本が投下され課題が解決に向かっています。一方で、問題意識が共有されていたとしても、投資収益率(ROI)が低い、もしくは見込めない領域では、課題が解決されず置き去りにされています。本質的に解決できないわけではないにもかかわらずです。農業や介護の分野はその最たる例です。
PwC財団としては、長期的な計画や投資が必要な領域で、正しいと思いつつも二の足を踏んでいるイノベーターが多くいるはずだと仮説を立てていましたし、まさにそのような方々を支援したいと考えていました。H2Lから提案いただいた「農業×人間拡張技術」という構想が、私たちの思いや文脈にぴったりと合致することになったのです。
玉城:
こうして助成を決めてくださった経緯をあらためて伺っていると、PwC財団は「イノベーションと公共性」を両立すること、もしくは「収益か課題解決か」という二者択一を打破することに強いモチベーションを抱いているということを強く感じます。
三山:
確かに、それがPwC財団の存在意義のひとつだと考えています。近年、インパクトアントレプレナーやソーシャルアントレプレナーという言葉が盛んに使われるようになりました。ただ、利益追求型の事業は社会的な貢献度が低い、逆に社会的な貢献度を重視すると利益が出ないという二律背反的な世界観は、いまだに覆されてはいません。PwC財団は公益財団法人として、公益性に寄与する社会的インパクトを重要視しますが、さらにその先を見据えたいと考えています。社会的インパクトと産業インパクトの両立、もしくはそれらを積極的に橋渡しして双方が融合する領域を広げることで、これまでになかったイノベーションを支援・創出していくというものです。
西原:
私たちは、社会における公益性(社会的価値)と企業における収益性(経済的価値)の両立、もしくは融合領域を拡大させることは時代の要請にも沿うものだと考えています。例えば、環境問題においては、サステナブルな社会をつくるという大きなビジョンが世界的に共有され始め、人々の価値も変容していて、問題解決に向けて多くの資金が流れ込んできています。いわゆるインパクト投資です。日本でも、 2050年カーボンニュートラル目標に向けて、政府が2兆円のグリーンイノベーション基金事業を国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に造成しました。国民の暮らしという公益性を向上させつつ、企業のイノベーションやビジネスの成長も同時に促そうとしています。公益性とビジネスの収益性の融合はそこかしこで始まっているのです。
母体となるPwC Japanグループにおいても、公益性と産業インパクトの融合領域を狙ったビジネスは増えるはずで、PwC財団としてはその未来の形を先取りしていこうと考えています。
玉城:
新技術の開発レベルを評価するための基準として、技術成熟度レベル(Technology Readiness Level、TRL)というものがあります。9段階に分けられていて、9だと市場に投入できるレベル、1~2だと夢に近い状態で、長期的な投資が必要なレベルです。H2Lに限らず人間拡張技術は全体として6~8くらいのレベルにあります。いわゆる“死の谷”がある中途半端なフェーズなのです。この段階では、実用化や普及に漕ぎつけるまで3~5年、もしくはさらに長い投資が必要となります。PwC財団は、「1年以内に成果を出しなさい」「市場で資金を回収しなさい」といった条件は設けず、長期的な計画を評価してくれました。対外的にアピールしたいだけの助成事業ではないという覚悟が伝わってきました。
SDGsやカーボンニュートラルなど、人類全体が共有した方が良いビジョンはたくさんあります。一方で、良いビジョンではあるが「お金にならない」と敬遠されている領域もまた多いことも事実です。そうした領域で経済効果を生み出していくというのはチャレンジングですし、そこまで含めてビジョンとして共有されるべきだというPwC財団の哲学には、私自身も強く共感しています。
西原:
ありがとうございます。では、実際に今回の助成事業によってどのようなメリットや変化が得られたか、率直な感想をいただけますでしょうか。
玉城:
PwC財団には、実務的なアドバイスのみならず、H2Lのコア技術の原理的な部分に対してもフォローアップいただいています。その上で、私たちに必要なモノ・コトを、適切なタイミングでアドバイスいただける点が、非常に心強いと考えています。もともとPwC Japanグループではコンサルティングサービスを提供されていますし、その強みを存分に享受させていただいている形です。
農業関連の案件以外にも、H2Lのビジネスを根本から分析いただいて、今回の助成事業の先に向かうべき方向性までディスカッションしつつまとめていただいています。分析を受け、会社の説明資料も大幅に見直すことにしました。以前は、技術を全面に押し出していましたが、PwC財団のアドバイスのおかげで、自社のよりコアな価値や志向性を客観的かつ分かりやすく示すことができるようになりました。
H2Lはテクノロジースタートアップではありますが、ビジョンの提示には人一倍注力してきました。それでも、プロダクトマーケットフィットに達した後には、想定していたよりもさらに多くの方々の視線にさらされることになるでしょう。コンシューマーやメディア、コミュニティ、政府はもちろん、ビジネスに直接関わらない方々もそこに含まれます。助成事業を通じて、「全体をどう説得するか」というマーケティング視点でも日々、助言をいただいています。
西原:
人間拡張技術は内閣府のムーンショットプログラムにも取り上げられており、未来を形作る技術的なワンピースになることはまず間違いありません。ただそのような先端技術をビジネスとどうつないでいくかについては万能な解決策はまだなく、大企業にとっても課題のひとつになっています。これまでの経験で培った知見や経験を活用することでその課題を乗り越えていく支援ができると考えています。
H2Lは現在、プロダクトマーケットフィットとその後のグロース曲線を実現することに集中しています。私たちはビジネスをドライブするのを支援しつつも、一歩引いた客観的視点から、中長期的にあるべき方向に向かっているかどうかアドバイスするよう努めています。
PwCあらた有限責任監査法人 ディレクター 西原 立
対談の後編では、今回の助成事業の中核となる「人間拡張技術×農副連携」というコンセプトについて、また人間拡張技術の未来に対する両者の考えや目標について、より具体的に議論を深めた様子をご紹介します。
人間とコンピューターの間の情報交換を促進することによって、豊かな身体経験を共有するボディシェアリング・HCI(Human-Computer Interaction)研究とその普及を目指す研究者兼起業家。2011年にコンピューターからヒトに手の動作を伝達する装置「PossessedHand(ポゼストハンド)」を発表。分野を超えて多くの研究者に衝撃を与え、海外メディアでも高く評価された。同年には東京大学にて総長賞受賞と同時に総代をつとめ博士号を取得、2012年にH2L,Inc。を創業。 2013年より早稲田大学人間科学学術院 助教。2015年に世界初触感型コントローラー「UnlimitedHand(アンリミテッドハンド)」を発表してクラウドファンディングを実施し、22時間で目標達成。内閣府 総合科学技術・イノベーション会議にて総合戦略に関する委員も務める。2017年より早稲田大学 創造理工学研究科 准教授。2019年には大手通信事業者との連携により新たなBodySharingの研究プロダクトである「FirstVR(ファーストブイアール)」を5Gを活用して提供することを発表。2020年にはホログラムで遠隔地に出勤する「HoloD(ホロディ)」を発表し、多数の企業でトライアルが始まっている。
同時に、研究ではHCIの国際会議Augmented Human(オウグメンテッド ヒューマン)にて、共著論文が近年で最も推奨される研究論文として表彰される。2021年04月より琉球大学 工学部 教授。
PossessedHand, UnlimitedHand, FirstVR,HoloDは、基礎から応用まで多くの研究者に利用されると同時に、BodySharingサービスへと展開している。
大学院卒業後に入所以来、アドバイザリー業務を中心としつつ、監査業務にも携わる。金融機関のクライアントを中心に、保険数理、数理統計、金融工学などを活用した定量的なアドバイザリー業務に多数従事。近年はAIを活用したアドバイザリー業務も多く手がけており、農業分野における数理統計・AI適用など、スマート農業の分野にも力を入れている。また、農業分野での経験を生かしながら、地域の社会課題にも積極的に取り組む。ミクロなデータ分析・AI開発から、マクロなスマートシティまでを一貫して取り組める点が強み。
農業
製造DX系スタートアップ企業、外資系コンサルティング会社などを経て、PwCコンサルティング合同会社に入社。
入社後はR&D組織に対する中長期R&D戦略・研究テーマ探索などを数多く手がけている。2020年1月に未来創造型コンサルティングの専門組織「Future Design Lab」をリードディレクターとして設立。未来志向の戦略立案、事業開発、研究開発戦略の立案などに幅広く従事。
2021年よりPwC財団に出向。
テクノロジー、情報通信、エンタテイメント&メディア
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。