{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.title}}
{{item.text}}
2021-08-03
(左から)西原 立、玉城 絵美氏、三山 功
テクノロジースタートアップの株式会社H2L(以下、H2L)創業者の玉城 絵美氏、公益財団法人PwC財団(以下、PwC財団)の三山 功、西原 立との鼎談前編では、助成事業決定の経緯や、公募に込められたそれぞれの思いについて語っていただきました。後編では、人間拡張技術が農業やその他の産業にどのようなインパクトをもたらすのか、また人間拡張技術が生み出す新たな社会について議論を深めました。
三山:
H2Lは本助成事業を通じてどのような活動を展開していくのか、具体的な目標やロードマップをお聞かせください。
玉城:
H2Lではまず、今回の助成期間中に自社で開発中の人間拡張技術の技術成熟度レベル(Technology Readiness Level、TRL)をより高めていきます。9段階のレベルのうち、いわゆる実証実験やテスト段階である6~7レベルから、実用化を見据えた8~9レベルまで技術を洗練させていくのが目標です。デザインコンセプト、技術コンセプト、また実機を使ったものまで、複数回にわたるPOC(概念実証)を全て終え、ユーザーが実際に喜んでくれるかどうかまで確認するのが、助成期間中に実現したい目標です。
並行して、農福連携プログラム「遠隔ロボットdeイチゴ摘み」を展開し、農業への人間拡張技術の応用が実現できるかどうかを実証したいと思います。PwC財団の方々やユーザーにも体験してもらい、その体験が良いものなのか、あるいはどこに改善点があるのかなどを分析しながら、特に技術的な側面やロボットに求められている要素に焦点を当てデータとして収集していきます。助成期間が終わるまでには、人間拡張技術を使った農業プログラムが収益を実現できるかまで併せて検証していきたいです。
西原:
農業に人間拡張技術を取り入れていくにあたり、技術面のみならず、ユーザーが獲得する体験価値とビジネス面での収益性を同時に検証するということですね。人間が身体的・精神的な健康や幸福感を維持するためには、社会参画、つまり社会との関わりや人間同士のつながりが不可欠だということが明らかになっています。ただ、大病を患ったり、年を重ねたりするごとに社会や人との接点は減少しがちです。私はH2Lの技術を実際に見ていくなかで、人間の感覚や能力だけでなく、それら“社会的なつながりの欠如”も補綴することができるのではないかという考えに至りました。
もう少し詳しい例を挙げますと、例えばガン患者の中には、運動能力や視力・聴力などに問題がなくとも外出することは困難という方々が少なくありません。高齢者の中にも、身体的には健康だが、農場まで頻繁に出向いて農作業ができるほどアクティブではないという方々が多数存在します。そういう方々に使ってもらえる人間拡張技術をベースにした遠隔農業ツールがあれば、労働環境や労働に付随する対価を提供できるだけでなく、肉体的・精神的な健康、幸福感なども充足させられるのではないだろうかと。そこでH2Lとの議論を通じて生まれたのが「農福連携」というコンセプトでした。
玉城:
農業と同じく、介護などの福祉もビジネスモデル構築と課題解決の両立が難しい分野のひとつです。PwC財団とのディスカッションを続けるなかで、人間拡張技術を農業に応用していく過程は、福祉の課題解決にもつながるという気づきを得ることができました。
「遠隔ロボットdeイチゴ摘み」は、農地に設置されたロボットをユーザーがスマートフォンで操作し、遠隔地からイチゴ摘みを体験できるようにするプログラムです。年齢や居住地などがそれぞれ異なる方々に人間拡張技術や遠隔農業から生まれる価値を体験してもらうというのが趣旨です。人手不足を補うツールとして、またあらゆる人々が条件に左右されることなく人間同士のつながりを創出できるプラットフォームとして、人間拡張技術を社会実装するための実証プログラムのひとつにしたいと考えています。
西原:
日本には、エンタテイメント性を持たせた農業用の遠隔自動化技術はほぼ存在しません。イチゴやトマトの自動収穫装置などはすでに存在しますが、それらはあくまで業務用で、H2Lが提供しようとしているソリューションとはコンセプトに大きな違いがあります。外出困難者や遠隔地にいる人など誰でも使えて、社会的価値・経済的価値を両立できるという意味で、「遠隔ロボットdeイチゴ摘み」が実現しようとしているゴールには新規性があります。
H2L株式会社 代表取締役社長 玉城 絵美氏
PwCあらた有限責任監査法人 ディレクター 西原 立
玉城:
実は「遠隔ロボットdeイチゴ摘み」から始まる、農副連携×人間拡張技術プロジェクトには、テクノロジーと人間の未来を見据えた裏テーマも設定しています。
三山:
それは一体どういうことでしょうか。
玉城:
端的に表現すると、「AIと共存する」というのが裏テーマです。AIは技術的にも市場的にも劇的な成長を遂げていますが、だからといって万能なわけではありません。農業に絞って話をするならば、AIに種類が異なるフルーツを自動判別して収穫させようとすると、きわめて大きな投資が必要になります。例えば、イチゴを収穫するAIが完成したとしても、リンゴを収穫させるAIに応用があまり効かず、莫大な費用をかけて一からまた開発しなければならないのです。
莫大な投資が必要な理由は教師信号(教師データ)にあります。AIが作業を学習できるように、誰かが教えてあげなければなりません。そのデータを生み出すのに、多大なコストがかかるのです。一方で、人間は特定のフルーツを収穫する技術やノウハウさえ身につければ、その能力を汎用的に使用し、比較的簡単に他のフルーツの収穫に応用できます。遠隔ロボットを人間が操作すれば、さまざまなフルーツを効率的に収穫できるでしょう。さらにユーザーが意図せずとも、その作業が新しいフルーツを収穫するための教師信号として蓄積されます。そのような仕組みにおいては、「人間がいるからこそ実用性が高いAIが生まれる」というサイクルが生まれるはずです。
AIがいまだ実現できないことを、今回の「遠隔ロボットdeイチゴ摘み」や、それに続く農業×人間拡張技術関連のプロジェクトで必ず実現していきたいです。
三山:
人間拡張技術は文字面だけ見ると「人間の能力を拡張する技術」なのですが、「人間の可能性を拡張する技術」でもあると個人的には考えています。玉城さんの、人間拡張技術を使って「AIとの共存を目指す」というビジョンは、シンプルながら非常に的を射ていますね。
ロボットやAIに関する未来的世界観は人間との対立軸で語られがちで、「仕事が奪われる」というような問題設定がその最たる例でしょう。そうなる可能性もなきにしもあらずですが、逆に楽観的かつワクワクするシナリオもあり得ます。人間拡張技術が人間の能力を引き出し、AIやロボットの良いところと融合することで、社会や個々人の可能性や柔軟性が格段に広がっていくというのも、そんな最良のシナリオのひとつでしょう。人間と機械が融合した新たな世界をつくりたいというH2Lの裏テーマ設定には、心から共感します。
西原:
農業分野では、篤農家と呼ばれる方々のノウハウをデータに置き換え、AIを学習させようという試みがすでに始まっています。ただ、データに置き換えられたノウハウは“部分”にすぎません。今後も、人間が持つ能力やノウハウの全てを可視化することはできないはずです。データで語ることができない世界が存在する以上、最強なのは人間とAIのタッグだと私も思います。
今回の助成事業で、そのような新たな世界観を提示できれば理想的ですね。人間とAIが協業し、農作物をリモートで収穫する。昼間は人間がAIを訓練し、夜はAIとロボットが作業する。人間と人間がつながり、福祉の課題を解決しつつ、社会の生産性や効率性も高めていく。もちろんその収穫作業には地球の裏側から参加してもいい。既存の農業の在り方を根底から覆すような革新的な“解”となり得るでしょう。
西原:
人間拡張技術を活用した社会の在り方の未来というのは、ひと昔前であればSFのようにも聞こえたのかもしれません。しかし、技術の最新動向を伺い、コロナ禍によって社会の価値観がドラスティックに変化していく現実を目の当たりにすると、あながち夢物語でもありません。私たちの眼前に新たな社会が広がる時期は、刻一刻と迫ってきているとも言えます。
玉城:
人間拡張技術を社会実装するとして、LTEなどの通信規格しかない頃は、これらは物理的に実現不可能でした。どうしても通信スピードに遅延が出てしまうのです。しかし、5Gが本格的に普及しつつあることで、やっと環境が整ってきたと感じています。3年前であれば絶対に不可能であきらめてしまっていたことが、技術的に実現できる時代がそこまで来ています。一方で、コロナ禍のようなパンデミックが到来するのは予測されていましたが、思ったよりも早く来てしまい、課題が急速に顕在化しているという現状もあります。“技術がやってきたタイミング”を逃さず、現場への導入や実用化を急がなければならないと考えています。
三山:
私個人としては、コロナ禍をネガティブに捉えるのではなく、世の中の社会インフラや仕組み、また技術のブレイクスルーを加速させる原動力にしていくべきだと思います。そういう意味でも、玉城さんがご指摘の通り、急がなければなりません。人間社会には慣性の法則が働きます。リーマンショックの時にもニューノーマルだと騒がれましたが、大抵のことはもとに戻ってしまった。
コロナ禍の場合、事態が長期化しているために慣性の法則がなかなか働かず、価値観やさまざまなモデルが変わらざる得ないという局面を迎えています。これは、レガシーなモデルより、テクノロジーと融合した新たなモデルの方が、サステナブルかつ人々のウェルビーイングにとって有効で、経済合理性も成り立つということを証明するきっかけになります。今回の助成事業をきっかけに、私たちがモデルケースを示していければとても有意義ですね。
西原:
現在PwC Japanグループ内にはさまざまなチャットルームがあり、その中で「ソーシャルインパクトイニシアティブ」というルームが最大勢力になっています。公共性とビジネスの双方からインパクトを生み出そうというのがチャットルームの趣旨ですが、若い世代だけでなく中堅層までこぞって参加しています。コロナ禍をきっかけに、経済合理性と持続可能性や幸福といった価値観を両立させようという機運が一気に高まっていると感じます。実は農業分野の支援を業務として立ち上げた当初、経済的リターンについての指摘が多く受けました。それがPwC財団の活動のおかげもあり、非常にやりやすくなってきました。技術だけでなく、社会の価値観が如実に変わってきていると感じます。
三山:
PwC財団としては、H2Lの成功はもちろんですが、社会により大きなインパクトを与えるためには、人間拡張技術自体が大きな産業になる必要があると考えています。産業が成立すれば、より多様な人々が参入しイノベーションが促進されます。人間拡張技術×農業のように、人間拡張技術と何かをかけ合わせた斬新な取り組みがきっと生まれてくるでしょう。そのためには本助成事業が、他の企業やイノベーターが真似したくなるような成功事例になる必要があると考えています。
玉城:
そうですね。私たちの成功事例が他の企業にとっての刺激となれば、最高の名誉です。人間拡張技術は、H2Lだけでなくイノベーションを牽引する多くの企業が注目している領域です。しかし先に述べたように、技術的に“死の谷”が横たわっていて、産業化までの道のりには課題が山積しています。H2Lとしては今回の助成事業を通じて、人間拡張技術分野をリードしていけるよう、技術的な突破口を見つけたいと思っています。
西原:
H2Lが保有し開発を続ける人間拡張技術は、農業以外の多くの産業でも求められているものです。特に需要が高いのは介護、ワーケーション、観光などで、いずれも地方にとっての課題のオンパレードです。持続可能な社会を実現するためには、都市への一極集中を解消することが不可欠です。人間拡張技術は、都市と地方という対立構造を崩していくための潜在力も秘めています。助成事業では「あらゆる人々」に光が当たるようI&Dを加速させるという文脈で支援を展開しています。その先の未来として「あらゆる場所」の可能性が解き放たれた「分散型社会」の実現も視野に、H2Lおよび人間拡張技術の発展を支援できればうれしいです。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 三山 功
人間とコンピューターの間の情報交換を促進することによって、豊かな身体経験を共有するボディシェアリング・HCI(Human-Computer Interaction)研究とその普及を目指す研究者兼起業家。2011年にコンピューターからヒトに手の動作を伝達する装置「PossessedHand(ポゼストハンド)」を発表。分野を超えて多くの研究者に衝撃を与え、海外メディアでも高く評価された。同年には東京大学にて総長賞受賞と同時に総代をつとめ博士号を取得、2012年にH2L,Inc。を創業。 2013年より早稲田大学人間科学学術院 助教。2015年に世界初触感型コントローラー「UnlimitedHand(アンリミテッドハンド)」を発表してクラウドファンディングを実施し、22時間で目標達成。内閣府 総合科学技術・イノベーション会議にて総合戦略に関する委員も務める。2017年より早稲田大学 創造理工学研究科 准教授。2019年には大手通信事業者との連携により新たなBodySharingの研究プロダクトである「FirstVR(ファーストブイアール)」を5Gを活用して提供することを発表。2020年にはホログラムで遠隔地に出勤する「HoloD(ホロディ)」を発表し、多数の企業でトライアルが始まっている。
同時に、研究ではHCIの国際会議Augmented Human(オウグメンテッド ヒューマン)にて、共著論文が近年で最も推奨される研究論文として表彰される。2021年04月より琉球大学 工学部 教授。
PossessedHand, UnlimitedHand, FirstVR,HoloDは、基礎から応用まで多くの研究者に利用されると同時に、BodySharingサービスへと展開している。
大学院卒業後に入所以来、アドバイザリー業務を中心としつつ、監査業務にも携わる。金融機関のクライアントを中心に、保険数理、数理統計、金融工学などを活用した定量的なアドバイザリー業務に多数従事。近年はAIを活用したアドバイザリー業務も多く手がけており、農業分野における数理統計・AI適用など、スマート農業の分野にも力を入れている。また、農業分野での経験を生かしながら、地域の社会課題にも積極的に取り組む。ミクロなデータ分析・AI開発から、マクロなスマートシティまでを一貫して取り組める点が強み。
農業
製造DX系スタートアップ企業、外資系コンサルティング会社などを経て、PwCコンサルティング合同会社に入社。
入社後はR&D組織に対する中長期R&D戦略・研究テーマ探索などを数多く手がけている。2020年1月に未来創造型コンサルティングの専門組織「Future Design Lab」をリードディレクターとして設立。未来志向の戦略立案、事業開発、研究開発戦略の立案などに幅広く従事。
2021年よりPwC財団に出向。
テクノロジー、情報通信、エンタテイメント&メディア
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。