
東北復興・創生支援「なんでも会計相談」のいま―長期的視点でプロボノ活動を継続する意義―
PwC Japan有限責任監査法人は、岩手県沿岸広域振興局と連携し、地域の個人事業主の方々を対象とした会計支援のプロボノ活動「なんでも会計相談」を実施しました。
PwC Japanグループは10年以上にわたり、東日本大震災の被災事業者への支援を続けています。そして2015年からは経営・会計・税務相談会「なんでも会計相談」を岩手県沿岸地域振興局とのアライアンスに基づいて毎年実施しています。個人事業主のニーズに寄り添いながら、地域経済の活性化を目指す伴走型の支援活動をプロボノにより継続した結果、これまでの支援先は延べ200事業者を超えました(「東北復興・創生支援」の軌跡はこちらをご参照ください)。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により、2020年から2022年まではオンラインでの活動が中心でしたが、2023年は4年ぶりに現地に赴くことができ、7事業者の8名を支援しました。中には10年以上支援活動を続ける者もおり、PwCコンサルティング合同会社の西口英俊は、地域経済の再生を支える取り組みには長期的視野が必要です」と指摘します。その西口にこれまでの活動を以下のとおり振り返ってもらいました。
西口英俊
当初は、新聞やテレビなどから得た被害状況しか情報がなく、現地入りしている企業・団体・行政の皆さんと共同で、現地の理解から始めました。皆で被災地全域を回って、炊き出しや片づけをしたり、酒蔵を回って語り合ったり、仮設住宅に伺って悩み相談を受けるなどの活動を1~2年続けていく中で徐々に私たちを信頼してもらえるようになったと感じています。「何かあればPwCに相談しよう」と言っていただけるまでになったことで「仕事を立て直したいが、どこから立て直していいかわからない」といった現地の困りごとが見えてきました。
そこでやっと経営サポートという私たちの専門性を生かせるフェーズとなり、特定の支援先へフォーカスすることになりました。
特に岩手沿岸地域に注力することにしたのは、最寄り駅まで平均4時間50分かかる移動時間がハードルになり、他からの支援が手薄になることが想定されたためでした。
さまざまなご相談に乗る中で、コンサルティングだけでは解決できない課題も多く、会計や税務を専門とするメンバーにも声を掛け、PwC Japanグループ全体の知見を活用する体制になりました。
顧客となるターゲットの設定、店舗のオペレーションの考案、経営状態の可視化、消費増税への対応など、地域に寄り添って実態を把握し、きめ細かく支援してきました。
時がたち、課題解決に対するニーズの変化も見られます。
2023年は、経営状態を数字で見つつ、売上げ施策を連動させてPDCAを回すことなどを支援しました。惣菜業を営む経営者に対しては、商品ごとの原価分析や、店頭でのインタビューによるターゲット顧客の理解などをサポート。被災当初は経営再建を重視していたことに比べて、今では経営を継続させる方向に変化しています。
惣菜業を営む夫妻
最近は、地域の需要を掴みきれず倒産してしまう事業者が出てきています。また、経営を担える人材が不足している状況です。一方、危機を乗り越えた事業者は、経営者自身による積極的な営業活動やターゲットの絞り込みなど、独自のマーケティング戦略を展開しており、明暗が分かれています。
私たちのプロボノ活動はリアルに経営へのインパクトにつながるため緊張感がありますが、同時にうまくいったときの達成感も大きいです。
被災当初と比較すると、道路や建物は見違えるくらい立派になりました。しかしながら、岩手の事業者から「PwC Japanグループの支援はもう十分です」と言ってもらえるまでには、まだ道半ばだと感じることもあります。今後も引き続き、より多くのプロボノメンバーとさらなるインパクトの創出を目指していきたいと考えています。
経営・会計・税務相談会には、PwC Japan有限責任監査法人の若手も参加しています。このプロボノ支援においては会計士としての専門性をそのまま活かすことができるため、社会の役に立っているという喜びと専門性の意義を改めて実感できる貴重な機会となっているようです。
渡邊千紗
新入社員の頃からプロボノに興味があり、参加経験のある先輩にお話を伺っていました。
担当したのは、気仙郡に位置する地域密着型のレストランでした。普段の監査業務で担当しているクライアントは大手金融機関なので、個人経営のレストランを担当するのも、原価計算を行うのも初めてで、とても新鮮でした。
レストランの運営はオーナーが行っていましたが、経理業務はパートの方に任せていたため、赤字の原因が明確ではなく、経営者は不安を感じていました。
現地訪問前にレストランの情報収集をしていたところ、ランチビュッフェの評判がとても高いことを知りました。お客様の立場からするとコストパフォーマンスが良いものの、経営者目線ではコストが気になるところでした。そこで、ビュッフェの実際のコストを把握し、ランチセットの原価計算を行い、赤字となっている原因を明らかにしました。その約2カ月後、担当されている岩手県沿岸広域振興局の方からビュッフェ中断を決断されたと聞きました。私の支援により、経営の改善に向けた重要な一歩を踏み出されたとのことで、お役に立てたことを実感できました。
また、現地訪問時に感じた、地域の岩手県沿岸広域振興局からの温かいサポートも印象的でした。関係者の方と一緒に、地域の個人事業主のお困りごと解決に直接役立つことができて、私自身にとっての刺激にもなり、視野が広がりました。プロフェッショナルとしての専門性を改めて実感できたとともに、新たなやりがいと喜びにつながりました。
堀内規史
「なんでも会計相談」には2回参加しました。普段はDX推進に関する業務をしています。3年前までは金融業界クライアントの監査を担当していました。
2023年に支援を担当した自動車販売・整備会社は事業が拡大している一方で、経理体制の整備が追い付いていない状況でした。そこで課題を整理したうえで、資金繰り表の作成、経営シミュレーションシートの作成を支援しました。
具体的には表計算ソフトを使ったキャッシュフローの可視化や損益分岐点の試算を行いました。その結果に基づいて経営者に具体的なアクションを促したことが、ビジネスの黒字化の一助となりました。
これまでの対クライアントの監査業務とは異なり、経営者の立場に立って支援をさせていただいた経験は私にとって大きく、会計スキルの社会的な価値や自身の成長を実感し、新たなやりがいを感じました。監査法人にいながら、監査とは違う業務を経験できたのも貴重な機会だと思います。
同じスキームで飲食店も支援しましたが、見える化については同様に経営者から感謝のお言葉をいただきました。自分の会計スキルが社会に役立つことを実感し、嬉しく思いました。
鈴木 一
もともと興味があって参加したプロボノでしたが、初めて現地を伺った際、事業者の方の私たちに何を聞けばよいか分からないような困った様子が見受けられ、私も戸惑ってしまうことがありました。しかし、丁寧にお話を伺い、製造現場を拝見するうちに、会社の数字を整理して把握するなど、具体的な解決策を提案することができました。
私が担当した水産加工業者は赤字が続いていて、なかなか黒字化しないという深刻な悩みを抱えていました。そこで、原価を把握して適正な価格設定をすることなどを通じて、経営の見える化を支援しました。
結果として、事業自体の存続にはつながりませんでしたが、少しでも赤字長期化を避ける一助となっていればよいなと考えています。難しい経営課題を抱える個人事業主の方との関わりにより、私自身の会計士としての成長にもつながり、新たなやりがいを感じることができました。
普段の業務では自分の専門性に気づきにくいのですが、今回のプロボノ活動を通じて自分の専門性が世の中の役に立つことが実感できました。岩手県沿岸広域振興局の方に、被災地の現場を見せていただいたのも貴重な経験でした。
PwC Japanグループは、復興の先にある地域創生のために私たちにできることを問い続けながら、「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」プロフェッショナル集団として、持てる力を結集し、多様なステークホルダーと協働しながら支援を続けていきます。