PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)の戦略コンサルティングサービスを担うStrategy&は、少人数制のワークショップ「Women in Action(WIA)」を開催しています。産官学で活躍する女性リーダーたちが、経営における課題や最新の知見を共有しながら、企業の枠組みを越えて繋がる場を提供することで、日本における組織マネジメントの多様化に貢献することを目指しています。日本を代表する企業の役員やマネジメント層を中心とした活動は徐々に拡大し、2023年に10周年を迎えました。
この10年の間に多様性(ダイバーシティ)は企業経営において極めて重要な要素だと認識されるようになりました。実際に具体的な行動を起こす組織も増えつつあります。しかし、役員・管理職に占める女性の割合はまだまだ低く、多彩な人材の経営への参画は、まだ道半ばの状態と言えるでしょう。
変化の激しい時代においてなぜ多様性が重要なのか。そして、女性リーダーの誕生を阻む見えない壁を打破する方法とは。PwC Japanグループリーダーシップチームの吉田あかねと、Strategy&の森 祐治、WIA活動をリードしている鮭延万里子(Strategy&)の3人が、10年先のWIAに求められる姿も見据えつつ語り合いました。
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
(左から)鮭延万里子、吉田あかね、森祐治
鮭延:
女性リーダーのエンパワメントを通じて、日本における組織マネジメントの多様化推進を目指してきたWIAが、その活動を開始してから丸10年を迎えました。性別や国籍にとらわれない多様な視点を取り入れることが、これからの組織の成長には欠かせないという信念が活動の根本に宿っています。しかし、コンサルタントとして経営の支援をする立場である私たちがこういった話をすると、「ポジショントークではないか」と捉えられがちです。
吉田さんは、PwC Japanグループのリーダーシップチームの一員としてグループ内のインクルージョン&ダイバーシティ(I&D)の推進を間近に見ています。また、PwCアドバイザリーにおいて事業再編やМ&Aなどディール領域を長くリードしてきました。経営において多様性が持つ意味を、どのようにお考えでしょうか。
吉田:
ビジネスにも経営にも、多様性は不可欠な要素だと考えています。複雑で変化の激しい現代において、モノ(単一)の視点しか持っていないと、見い出す課題にも、その解決法にも偏りが出てしまうためです。1人の専門家が自分の専門を追求すると、特定分野の課題には気が付けますし、解決もできるでしょう。しかしながら、さまざまな要素が複合的に絡み合う大きな課題には対処できません。
こうした考え方は私たちのようなプロフェッショナルファームを含め、今の時代において全ての組織に必要なものです。
鮭延:
多様性のある組織を構築することは、変化の激しい時代への耐性をつけることとも言えますね。
吉田:
そうです。日本は戦後の復興・経済成長という、極めてリニア(直線的)な目標達成に向けて走ってきたので、かつては単一性の社会でも問題はなかったのかもしれません。しかし、「失われた30年」を取り戻し、今また日本が世界の中できらりと光る存在になるためには、多様性や包摂性が極めて重要になってきます。
鮭延:
森さんはPwCコンサルティングの戦略チームであるStrategy&で、日ごろから企業の経営層にアドバイザーとして向き合っています。企業戦略の観点から見ても、やはり経営におけるダイバーシティは重要性を増しているでしょうか。
森:
「企業が価値を創造して成長を続けるには多様性が欠かせない」という点に異論を唱える方は、もはや経営層にいません。クライアントの業績を高めるために、多様性のある経営体制をどのように構築するのか。そこをともに考えることが、私たちの重要な仕事の1つになっています。
PwC Japanグループリーダーシップチーム PwCアドバイザリー合同会社 代表執行役 吉田あかね
鮭延:
日本企業においてもダイバーシティを意識した取り組みが徐々に浸透しつつあると思いますが、現状をどう評価していますか。
吉田:
多様性というのはジェンダー以外にも国籍や人種などさまざまな要素がありますが、中でも日本は女性の活躍で世界に後れをとっています。世界経済フォーラムが2023年6月に発表したジェンダーギャップ指数において、日本は146カ国中で125位という非常に残念な結果となりました。特に経済や政治におけるリーダーシップの低さが際立ちます。
ただ、「健康」と「教育」という社会的な基盤については世界トップクラスでした。基盤は整っているわけですから、経済や政治の場において「女性は適任ではない」といったアンコンシャスバイアスの解消などが進めば、目覚ましい成果があがるでしょう。そのためにも社会で影響力を持つリーダーのコミットメントが重要です。
鮭延:
女性役員比率を2030年までに30%にするという政府目標は、そうしたコミットメントを後押しするでしょうか。
森:
一定の効果はあると思います。ただ、「女性の役員比率や管理職の女性比率を上げよう」という目標を掲げるあまり、単なる「数合わせ」に陥るのはよくありません。自ら「リーダーとして活躍したい」という女性を増やすことが重要です。これが実現して初めて成果が得られると考えています。
吉田:
そうした点を意識する企業は徐々に増えてきたように思います。経営層に女性を増やそうという議論になると、以前は外部から採用するケースがほとんどでしたが、最近は社内で女性リーダーを育成して経営層に抜擢する動きが目立つようになりました。もちろん外部人材の採用も重要ですが、企業内で育っている女性をうまく意識づけしつつ、ネクストステップに引き上げる動きが出てきたことは歓迎すべきです。
PwCコンサルティング合同会社 Strategy& 森祐治
鮭延:
社内の女性をリーダーに引き上げるという動きが広がる中で、課題に感じることはありますか。
吉田:
現在、ビジネスシーンで活躍している女性は特定の領域に秀でている方が多いという印象です。女性が企業で働き続けるためには、これまで高い専門性を持つSME(Subject Matter Expert)としてやっていくしかなかったという時代背景があったからでしょう。しかし、いざリーダーに抜擢しようとする時には、そこがネックになりがちです。「彼女は確かに担当領域の能力は高いけど、人をマネージする力が弱い」とか、「専門領域以外の理解が不足している」といった指摘が足かせになるケースをよく耳にします。日本に女性リーダーが少ない理由の1つは、ここにあると思います。
森:
一方の男性社員には、30代前後で転勤したり、業界団体やグループ会社に出向したりすることで経験を積んでいくサクセッションプランが伝統的にありました。そうした方法を今から女性リーダー候補にこなしてもらうのは時間がかかり過ぎます。だからといって全てを省略して数合わせで女性をリーダーに登用するのではなく、それぞれの育て方の良いところを取り入れる必要がありますね。
鮭延:
SMEとして育ってきた女性が経営層に入ることで、組織にはどのような波紋が生じるでしょうか。
吉田:
男性とは異なり、ジェネラリスト的なキャリアを歩んでこなかった女性がリーダーに加わることで、これまで阿吽(あうん)の呼吸で進めて来られた従来のやり方とは異なる方法で対話したり、判断の基礎を議論したりする必要性が組織内に生じます。ただ、その追加タスクを取ってでも、経営層に女性を迎える価値はあると思います。今までになかった対話や議論をすることが、より質の高い判断に繋がるためです。また、判断の点だけではなく、会社として判断したことを実行に移さなければ、「なぜできないのか」と純粋に問いが生じます。経営層が多様性に富んでいることにより、重要な経営課題をバランスよく判断するだけでなく、着実に実行する企業へと変革していくきっかけを生むことになりますし、これはステークホルダー、特に株主にとっても、非常にポジティブに映るのではないでしょうか。
鮭延:
少し視点を変えて、組織ではなく個人に目を向けると、女性にはリーダーになるにあたって心理的なハードルも存在するのではないでしょうか。非常にエキサイティングなことであると同時に、大変な部分やつらい部分も併せ持っているという印象が強いからです。女性の中には「そこまでして私はリーダーにならなくていい」という方もいらっしゃるはずです。
吉田:
女性に「頑張れ、頑張れ」と言うだけでは、そのハードルは越えづらいでしょうね。
鮭延:
その1つの解決策になりうるのが、WIAのような企業の垣根を越えた人材交流ではないかと思っています。実際にリーダーとして生き生きと活躍する女性を間近に見ると、「自分もあんな風に活躍したい」という気持ちが芽生えることがあるからです。いま活躍しているリーダーと、次世代のリーダーが企業の枠を越えて交流できる機会を多く作り、「後に続きたい」と思う女性を1人でも多く増やすことが大切だとWIAを通じて実感するようになりました。
森:
そうですね。先ほどの話にもあったように、次のリーダー候補と目されている女性たちは、これまで外部機関を見たり、会社の枠組みを越えて協働したりする機会が相対的に少なかったと思います。企業単独で多彩な経験を与える仕組みを構築するのは限界があるので、われわれのようにいろいろな産業界のリーダーと接点を持つ存在が、そうした機会を提供するべきなのかもしれません。
吉田:
女性活躍推進には男性の意識改革も必要です。そのために男性リーダーのためのコミュニティも作りたいですね。支援する側である男性リーダーの背中を押すようなアプローチにも力を入れていくべきだと思います。
森:
おっしゃるとおりです。男性リーダーの背中を押さないと、結局のところ女性リーダーは数合わせのパーツやSME的なポジションになりかねません。「女性を取締役や執行役員にしました」というだけで、実質的には何も変わっていないという残念な結果に終わってしまいます。
PwCコンサルティング合同会社Strategy& 鮭延万里子
鮭延:
これまで10年にわたって、多様な人材が活躍する環境の構築を目指してWIAは活動を続けてきました。Strategy&にとってWIAはどのような意味合いを持っているとお考えでしょうか。
森:
コンサルタントにとって、さまざまな要素を1つの答えとしてクライアントに分かりやすくお伝えすることは、非常に重要なスキルです。しかし、今はモノ(単一)・均一ではない視点や解決策を提供したり、そういったプラットフォームを構築したりすることが、戦略として極めて重要になっています。まさにパラダイムシフトが起こっているんですね。ダイバーシティを推進するWIAという取り組みには、ともすれば単一・均一の発想にとらわれかねない自分たち自身をチェックするためのシンボリックな機能があると言え、Strategy&だけではなくPwC Japan グループにとっても非常に大きな強みになっていると思います。
WIAの活動が生み出すベネフィットはもちろん、WIAという存在がもたらす意味合いがわれわれにとって非常に重要である点も、クライアントやステークホルダーに積極的に共有していきたいと思います。
鮭延:
WIAが次の10年へと歩み始めた中で、吉田さんは企業の経営層にどのようなメッセージを発信したいですか。
吉田:
私が経営層の皆さんにお伝えしたいのは、女性リーダーを支援するときには、「女性」というフィルターを外して、一人ひとりとしっかり向き合っていただきたいということです。女性も男性も性別によって一括りにできるものではなく、それぞれが異なる人格を持っています。同じ女性でもキャリアプランやリーダーシップへの温度感は異なります。しかし、組織の中ではまだ女性リーダーが少ないため、ともすれば「女性」と一括りで捉えられるケースが少なくありません。
多くの企業に存在するこうしたアンコンシャスバイアス、言わば「見えない障壁」を打ち破るには、同じ課題を抱える、あるいはかつて抱えていた企業が連携して取り組むべきではないでしょうか。協力し合うことで化学変化が起き、より良いシナジーや解決策が生まれると思うからです。PwC Japanグループは幅広い業界のいろいろな企業と接点がありますので、各社で活躍する女性が一堂に会してお話をするような機会を作って、企業間の連携をバックアップしていく役割を果たしていきたいと考えています。すでにWIAの10年間の活動で基盤はできているので、これからさらにパワーアップしてやっていきたいですね。
鮭延:
WIAはおかげさまで10周年を迎え、80名以上の女性リーダーにメンバーとしてご登録をいただいています。引き続き、ビジネスとは少し離れた「心理的に安心して参加でき、楽しく学べる場所」として価値を提供しつつ、身近にロールモデルがおらず悩んでいる次世代リーダーの背中を押せる場でありたいと考えています。その先にある日本企業の価値向上、ひいては日本社会全体の成長という大きな目標を忘れず、これまで以上に広い視野をもって活動の幅を広げていきます。
WIAの運営に携わるPwCのメンバー