PwC Japanグループでキャリアを積んだ後、新たな道を切り拓いて活躍している卒業生がたくさんいます。どのようなスキルや経験が、その後の人生に生かされているのでしょうか。freee株式会社(以下、freee)SMB事業本部CPO、freee finance lab株式会社取締役として活躍する花井一寛氏は、自身のビジョンを実現すべくPwC あらた有限責任監査法人やPwCサステナビリティ株式会社でさまざま業務に従事。中小企業の生産性と持続可能性を向上させるという新たな目標を見出し、転職先であるfreeeで新規事業開発に奮闘しています。卒業生という外部からの視点で、PwCでの経験を振り返ってもらうとともに、現在のキャリアについて語ってもらいました。
話し手:
freee株式会社 SMB事業本部 CPO(Chief Product Officer)
freee finance lab株式会社取締役
花井 一寛 氏
聞き手:
PwCあらた有限責任監査法人 代表執行役
PwC Japan Alumni Network 担当パートナー
井野 貴章
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
井野:
現在、どのような仕事をされているのか教えていただけますか。
花井:
freee finance lab株式会社で取締役をしています。当社はfreeeの100%子会社で、金融分野の新規事業を通じた経営プラットフォームづくりを担っており、現在は法人向けにfreee会計(クラウド型ERPシステム)と統合されたクレジットカード「freeeカードUnlimited」や、個人事業主さんなどが自分に最適なビジネスローンを探せる「freee資金調達」を提供しています。
私は現在、SMB(中堅・中小企業/20名以上の法人)向けのクラウドERP「freee会計」と、「freeeカードunlimited」など各種金融サービスのプロダクト責任者を担っています。
井野:
PwC時代には、PwCあらたの財務報告アドバイザリー(FRA)部とPwCサステナビリティで活躍されていたと聞いています。どのような経緯で入社されたのでしょうか。
花井:
高校生の頃から環境分野の仕事がしたいと考えており、大学と大学院で経済や環境関連の学問を専攻しました。ただ当時は環境関連の会社やビジネスが圧倒的に少なかった。一般の会社に入社したとしても、CSR部に配属されるというキャリアしか思い描くことができませんでした。そこで後に環境ビジネスが増えたタイミングで転職できるよう、会計士の資格を取得する道を選びました。
父はPwC出身で監査と税務を担当していました。フランスに赴任していた時期もあり、私も幼稚園の頃に現地で数年間過ごしました。父の薦めもあり、会計士の資格取得後にPwCの採用説明会に参加したところ、若く風通しも良さそうだったことに加え、チャレンジングな雰囲気を感じ「ここしかない」と直感的に入社を決意しました。
井野:
お父上とPwCと花井さんの関係性は特別なものですね。お父上世代のPwCのプロフェッショナルが持つ使命感を尊敬しています。また、花井さん個人が高校生の頃から環境問題に関心が高かったという話は大変興味深いです。
花井:
当時は日本の教育が環境問題への関心を高めていた時期で、1997年には京都議定書も採択されています。CO2や温暖化の問題が取り沙汰され、排出権取引など経済と環境問題を組み合わせた解決方法が提唱され始めたタイミングでもありました。また個人的な経験として、祖母の実家がある群馬の田舎で、田んぼが駐車場に変わっていく姿を目の当たりにしていました。社会的状況と個人的な原風景が一致し、子ども心ながらに地球環境を良くする仕事につきたいと思うようになりました。
freee株式会社 SMB事業本部 CPO(Chief Product Officer) freee finance lab株式会社取締役 花井 一寛 氏
井野:
花井さんの経歴を拝見すると、早いステージで自分の選択に沿ってアサインメントをどんどん変えています。行動にドライブをかけたものは何だったのでしょうか。
花井:
監査業務や税務で独立するという考えがなかったので、どうすればビジネスの方向にいけるのか、もがいていた気がします。
例えば、企業のCFO業務に必要な人材特性を調べて、PwCのなかであればその能力をどこで得られるかといつも考えるようにしていました。そのように自分に必要な経験や知識を得るため、トレジャリーマネジメント、M&Aのデューデリジェンス(DD)、環境DD&ファイナンスなど、各部門のマネージャーやメンバーに相談し、チームに入れてもらったり、業務の手伝いをさせてもらったりしながらキャリアを積ませていただきました。
井野:
目的をしっかり見据えてアサインメントをコントロールされていたのですね。花井さんにとって「中小企業への貢献」や「環境課題の解決」は、次にどのようにつながっていったのでしょうか。転職の経緯と併せて教えてください。
花井:
PwCサステナビリティでは、外部企業やシンクタンク関係者と情報交換する機会にも恵まれました。その際、環境だけでなく、少子高齢化や各種インフラの劣化など日本社会のサステナビリティにも深刻な課題がたくさんあることに気づき、なかでも中小企業の生産性向上に強い関心を持ちました。
freeeとの出会いは偶然で、会計ソフト会社には全く興味はなかったのですが、「中小企業の生産性を上げる」というビジョンが、自分のバックグラウンドとつながりました。エンジニア、セールス、マーケティングなど、会計の世界とは異なる多様性に富んだメンバーと一緒に働きたいと思ったことも転職を決めた理由です。当初は会計事務所向けの営業を担当していましたが、1年ほどして事業開発や新規事業の部署に異動し、現在に至っています。
PwCあらた有限責任監査法人 代表執行役 PwC Japan Alumni Network 担当パートナー 井野 貴章
井野:
freeeは早い段階から中小企業の課題に取り組んでおられます。新規事業開発を行う際にどのようなことを心がけていますか。
花井:
世の中の大きなトレンドに乗り、かつお客様が抱えているミクロな課題を解決する事業こそが成長すると私は考えています。そのため、ユーザーの要望でつくるというよりも、トレンドの中に要望を見出していくというプロセスを重視しています。
例えばfreeeでは現在、法人向けクレジットカード「freeeカードUnlimited」を運営しています。法人カードは世の中に無数にありますが、それらは基本的に個人向けにつくられたものを法人用に転用しただけ。何十年も商品の本質が変わらないという状況が続いています。
米国ではソフトウェアと連動している、または経費精算や支出管理のサービスと一体化している新たな法人向けクレジットカードが登場しています。日本でもクレジットカード利用による会計処理などに課題を抱える企業が多く、事業としても伸びる余地がある考え、実際にヒアリングしてみると「確かに困ってる」という声が多く聞こえてきました。
井野:
今困っていることを解決することに加え、経営資源をもっと効率的に配分できる、経営スピードが上がるとなれば、ビジネスオーナーにものすごく刺さるのではないでしょうか。今後、freeeとしてはクレジットカードから得られたデータを他のプロダクトと組み合わせていく方向も考えられますね。
花井:
現在もワークフローと会計がセットになっていて、申請・承認した担当者や背景にある取引などを全てトレースできます。また、データを活用した与信モデルも開発していますし、今後はより承認をスムーズにできると考えています。
例えば、承認されたら自動的にお金が払われるとか、承認されなければクレジットカードが使えないという風に、ワークフローと決済手段が紐づいてコントロールできるようになります。現行のクレジットカードサービスは、ワークフローで承認されても、されてなくても使えてしまう。そうなると結局、承認は儀式でしかなくなり、実態としてあまり意味をなしません。各データを紐づけることで、最終的に会社のお金を安全にコントロールできるようにしつつ、業務の効率性と統制のトレードオフをなくしていくことを目指しています。
井野:
データの改ざんができない、もしくは入力経路と修正記録が残るというような機能が実装されれば、検証作業はさらに効率化されますね。
与信に関しては、キャッシュのインアウトなど、リアルタイムに会社の状況を把握できる生のトランザクションデータがそのまま見えることが、銀行など貸し手にとって年1度の監査報告書よりもリアルタイムで有用な情報であるという話もあります。
花井:
与信に関しては、おっしゃるとおりの世界がかなり近づいて来ていると思います。クレジットカードに関しては、銀行の情報をAPI連携してほぼ日次で収集し、リアルタイムで与信を提供しています。
井野:
ITで与信モデルをつくるという全く新しい挑戦をマネジメントとして、どう乗り切ったのですか。
花井:
プロジェクトで最も苦労したのは、freeeに金融機関出身の経営メンバーが少なかったことです。ビジネスのアイデアやプロダクトの仕様はfreeeのプロダクト開発の強みが活かせます。むしろ会社として金融リスクをマネジメントすることや、財務諸表へのインパクトを検討していくことが最重要課題となりましたが、会社に知見が少なかったのです。
その際にPwC時代のリスクマネジメントや会計でのアドバイザリー経験がとても生きました。上司の指導によって、私は一つひとつの会計処理に対して会計基準がどこに書いているか確認する習慣を身につけていました。慣れてくると感覚で処理してしまいがちですが、基準は変わっていきます。基準を確認し、原理原則から考えることを徹底しないと、新しいビジネスにおけるきわどい判断ができないということを、クレジットカードのプロジェクトで痛感しました。
ファイナンススキームに関しても、PwCで変動持分事業体(VIE)に係る業務に携わったときに培った知識や経験がなければ前に進めることはできませんでした。VIE担当チームではありませんでしたが、スキームに興味を持ち、業務を手伝うことがあったのです。
井野:
会計事務所では、収益認識や繰延税金資産といった論点が“4番打者”に見えがちで、VIEはここぞという“代打”の論点かもしれません。しかし、企業の資金繰りという観点で考えると、発生主義の会計議論より、資金移動を伴うオフバランス取引としてのVIEは、ビジネスの実需に直結する重要な知見ですよね。
花井:
はい。自分で事業開発を行いながら、VIEと金融商品会計基準がとても重要だと改めて気づかされましたし、他にもPwC時代のクライアントワークから学んだことはとても多いです。
井野:
私自身も「中小企業の活力解放」が日本経済を活性化する上で重要ではないかと思うようになりました。 私たちは個別の大企業に集中しがちですが、もしかしたら中小企業群を支える基盤に関連して、freee社が行っていない「監査以外の監査的な何か」を、積極的にご提案していくことが、freee社が掲げる中小企業のサステナビリティ実現というビジョンを支援することにもつながるように思いました。
花井:
先ほどの話のように、金融ビジネスを立ち上げる時に度々会計処理が重要論点になることがあります。これは、他のスタートアップの方と話していても同様です。法務分野はスタートアップでも最先端の法律知見を持つ弁護士を顧問にしているケースが意外と多いのですが、会計に関しては監査人以外に契約しているケースは聞きません。独立性の問題で聞くのが難しい観点もありますが、監査と最先端の領域の会計アドバイスは異なる専門性なので、ここをPwCの会計プロフェッショナルに相談できるならとても価値があると感じます。
中小企業にとって会計事務所はとても重要なパートナーです。独立開業しているPwCのAlumniはたくさんいらっしゃいますが、Alumniの皆さんが会計事務所を通じてDXや新しいビジネスを支援していくことが、中小企業の生産性向上にとって最もすぐにレバレッジを利かせられる方法だと個人的には思います。
会計事務所が新しいものを取り入れれば、中小企業も同じように変わるはず。パソコン初期のサービスとして会計ソフトが多かったという話がありますが、それを普及させたのは会計事務所です。しかし現在は新しいものを取り入れる際に、会計事務所が抵抗する側面がある。そのような現状を打破していく上で、PwCのAlumniネットワークが寄与できることは多いのではないでしょうか。
井野:
花井さんの「物事を解決したい」というパッションは尽きることなく、自身の壁を次々と突破しているイメージです。花井さんを突き動かす原動力はどんなことなのでしょうか。
花井:
親からは「恵まれた環境で産まれてきたのだから、世の中の役に立つことをやらないと意味がない」と常々言われて育ちました。そのため、仕事が楽しい、好きという以上に「役に立つ仕事をしなければならない」という使命感のようなものが根底にあるかもしれません。
PwCには、個人のミッションやモチベーションをとても尊重してくれる人たちが多かった印象です。勉強したいこと、チャレンジしたいことに対して、どうにかやらせてあげようという風潮のなかで、私自身も多くのことを学ぶことができました。
井野:
そうでしたか。現役としては今もそうありたいと思います。今後は組織が大きくなるにつれ、細やかなピープルマネジメントが課題になりそうです。自分のミッションステートメントやパーパスをどんどん形づくっていく人もいれば、まずはいろいろ見てみようという人たちもいます。長期的な視野でアサインメントを考えている方々が、積極的に声を上げられる環境をつくっていきたいと思います。
井野:
今後、花井さんの旅はどのようなことにつながっていきますか。
花井:
当面はfreeeで培った新規事業の経験を生かして、ユーザーに新しい価値を創り、スモールビジネスの生産性をより高めていきたいです。そして会社をさらに一段階、非連続的に成長させていくのが目標です。またクレジットカード事業を通じて、バックオフィス的な強みが円滑な事業開発には不可欠だと気づきました。双方の経験をベースに、財務・会計などバックオフィスの立場に戻り、事業づくりを後押ししていく次のキャリアを構想しています。
井野:
最後にAlumniネットワークやPwCのメンバーたちに伝えたいことがあれば、ぜひ教えてください。
花井:
キャリア若手の方々に1つの考え方として捉えて頂ければと思います。公認会計士のスキルや経験を生かす先はたくさんあります。自分が持っている知識を生かそうと固執しすぎると、どうしても視野や選択肢が狭まります。あらかじめ想定しているキャリアに対するシナジーをあまり気にせず、自分のミッションや目的を長期的スパンで見据え、さまざまなことに積極的に挑戦してほしいと思います。ITスタートアップで金融商品会計基準が役立つとは夢にも思いませんでした。
井野:
本日はとても楽しい時間をありがとうございました。花井さんからエネルギーや気づきを沢山いただきました。今後も花井さんの心地よい距離感でコネクトさせていただいて、社会にインパクトを出していけたら最高ですね。
花井一寛
freee株式会社 SMB事業本部 CPO(chief product officer)兼 freee finance lab株式会社取締役
在学中に会計士試験に合格し、PwCあらた監査法人(現PwCあらた有限責任監査法人)にて財務報告およびサステナビリティのアドバイザリー業務に従事。2015年にfreeeに入社し、会計事務所向けのパートナーセールスを経て、金融を中心とする事業開発および新規事業の立ち上げを担当。「freeeカードUnlimited」「freee福利厚生」「資金繰り改善ナビ」「税務調査サポート補償」などを担当。
井野 貴章
PwCあらた有限責任監査法人 代表執行役
1991年に中央新光監査法人に入所。1997年から2000年まで、クーパース&ライブランドの米国ニューヨーク事務所に出向。2007年にあらた監査法人(現PwCあらた有限責任監査法人)の代表社員に就任。執行役品質管理担当、執行役人事担当を経て2020年に代表執行役に就任。