PwC Japanグループでキャリアを積んだ後、新たな道を切り拓いて活躍している卒業生がたくさんいます。どのようなスキルや経験が、その後の仕事に生かされているのでしょうか。岡本拓也氏は家業の建設会社と社会課題解決型スタートアップ「LivEQuality」の事業を掛け合わせ、新たな事業の可能性模索と社会課題の解決に取り組んでいます。今回は現在の仕事の詳細や、PwC時代に培った経験や学びについて語ってもらいました。
話し手
千年(ちとせ)建設株式会社 代表取締役社長
株式会社LivEQuality大家さん 代表取締役社長
NPO法人LivEQuality HUB 代表理事
岡本 拓也氏
聞き手
PwCあらた有限責任監査法人
代表執行役
井野 貴章
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
井野:
岡本さんは公認会計士として企業再生アドバイザリー業務などを担い、PwCを卒業後はソーシャルベンチャー・パートナーズ東京で代表理事、認定NPOカタリバの常任理事兼事務局長など、ソーシャルセクターでご活躍されてきました。現在は、先代の急逝を契機に家業である建設会社・千年(ちとせ)建設株式会社を承継するとともに、2021年4月に生活困窮者向け住まい提供サービス「LivEQuality(リブクオリティ)」を立ち上げて、社会課題解決型スタートアップを本格的に展開されています。
千年建設を継がれたのは2018年とお聞きしております。当初は慣れないことばかりでご苦労も多かったそうですが、現在、事業の方はいかがですか。
岡本:
私は建設業に関する知識や経験がなかったので、家業を継いだ直後は混乱も少なくありませんでした。それでも周囲の方々に支えられて、組織や事業規模は承継前の倍くらいにまで成長しています。もともと地方の建設会社は人気がなく、人材も集まりにくいのですが、LivEQualityを始めてからは若い子たちも入社してくれるようになりました。古参の社員たちは「誰が面倒見るんだ」と言いながらも、新しい風が入ってくることにテンションが上がっていると感じます。この5年半で、組織の風土はだいぶ変わったなと感じています。
最近の主な仕事としては名古屋市中心部の栄エリアで、天井の張り替えなど地下街のリニューアル工事の一部を請け負いました。また、ジブリパークで盛り上がりをみせている長久手市で、カフェ兼美容室兼癌患者向け医療用ウィッグの製造販売を実施できる複合施設の新築も手掛けました。建物をつくったり、直したりするのは特別なこと。家業を継いで、改めてそう実感しています。
井野:
岡本さんはソーシャル領域の活動やビジネスに対して強いモチベーションを持ち続けてらっしゃいますが、家業を継ぐことをどのような想いで決断されたのでしょうか。
岡本:
2018年の年始に父が急逝し、1~2週間で最初に決断するタイミングが訪れたのですが、実はその時は一度お断りしました。責任感だけで引き受けるのは、自分のためにも、誰のためにもならないと思ったからです。
ただ、父にとって家族同然の人たちが途方にくれているのに、ずっと社会課題解決を仕事としてやってきた自分が、「身近な人が困ってるときに何もしないのか」「この場所で全力を尽くすことが自分の本分なのではないか」と、徐々に思考がつながっていきました。継ぐことも、継がないことも、きっと両方正解。最後はロジックではなく、直感に従って家業を継ぐことにしました。
実はPwCを卒業した直後と状況が似ていたんです。PwCは2011年2月末に退職したのですが、その11日後に東日本大震災が起きました。そのタイミングで私はソーシャル領域に100%邁進することを決めたのですが、その時の決断も最終的にはロジックではありませんでした。家業を継ぐ際は、これもご縁かなと感じたのです。決断した道を正解にするプロセスそのものが本質なのではないかと考え、その道で全力を尽くそうと決めました。
千年(ちとせ)建設株式会社 代表取締役社長 株式会社LivEQuality大家さん 代表取締役社長 NPO法人LivEQuality HUB 代表理事 岡本 拓也氏
井野:
LivEQualityについて教えていただけますでしょうか。
岡本:
LivEQualityは、アフォーダブルハウジング(住居の確保が困難な人に提供する住まい)運用会社である株式会社LivEQuality大家さん、NPO法人LivEQuality HUB、そして千年建設株式会社の3社を軸に展開している、生活困窮者向け居住支援事業です。現在は主にシングルマザーの方々を中心にサービス提供しています。3組織それぞれの強みを組み合わせ、子育てと仕事の両立を強いられるシングルマザーに、安価かつ良質な住まいと地域のつながりを提供し、自立に向けて長期的かつ継続的に伴走していきたいと考えています。
LivEQualityは「生きる」「暮らす」という意味のLiveと、「質」のQualityを組み合わせた名称ですが、真ん中にEquality、すなわち「公平性」という言葉も埋め込まれています。住まいは誰にとっても非常に大事であり、生活のベースとなるもの。欧米ではハウジングファーストという考え方があります。仕事がなくとも住まいは人権であり、万人に提供されるべきであるという考え方が根付いていて、行政が住居支援を担うことが多いです。また生活困窮者向けに手頃な価格で住居を提供する「アフォーダブルハウジング」という取り組みがあります。
日本には「いつかは理想のマイホームを」という右肩上がりの世界観が根深く残っていますが、昨今の物価や不動産価格の高騰でどんどん手の届かないものになっています。そこで社会課題解決型スタートアップとして立ち上げたのがLivEQualityです。
井野:
社会課題やソーシャルビジネスは多種多様だと思いますが、なぜ生活困窮者向け居住支援に注目されたのですか。
岡本:
直接的なきっかけはコロナ禍です。当時、非正規雇用を中心に職を失う方が増えましたが、なかでも大きな影響を受けたのがお子さんを抱えたシングルマザーでした。職を失えば、住まいも失う悪循環が生まれます。女性への悪影響は日本だけでなく世界的に起きた現象で、「リセッション(recession)」ならぬ「シーセッション(shecession)」という言葉が生まれたほどです。
コロナ禍が始まったのは建設業を継いで2年ほどした頃でした。ちょうど建物と大家の関係についても詳しくなり、「私たちが大家になれば大きなインパクトを与えられるのではないか」と考え、一筋縄ではいかない事業であることは覚悟していましたが、思い切ってサービスの開始を決めました。
PwCあらた有限責任監査法人 代表執行役 井野 貴章
井野:
LivEQualityの事業展開はどのような状況でしょうか。
岡本:
現在、NPO法人LivEQuality HUBでは相談者の伴走支援を行い、株式会社LivEQuality大家さんでは名古屋で物件(アフォーダブルハウジング)を97部屋取得しております。2023年6月にインパクトボンド(私募社債)などを活用し3.2億円の資金調達を実施し終え、物件が新たに30部屋ほど一気に増えた状況です。
私たちが取得しているのは駅から好アクセス、かつ日当たりが良いなど、利便性と快適性に優れた物件です。それらをマーケットの家賃から支払える金額まで割引き、シングルマザーの方々に提供しています。現在のシングルマザー母子の入居者は40名ほどで、今月末には50名を超える予定です。また物件の一部は一般の方々に通常の家賃で借りていただいており、テナントスペースは立地の良さからマーケット水準の家賃でも満室となっています。このような通常の不動産事業と、シングルマザー向け社会課題解決型事業をハイブリッドで展開しており、そうすることによってサービスの収益性や持続性を担保しています。
投資家の皆様には、長期間かつ低利回りでインパクトボンドを引き受けていただきました。単にお金を増やすことではなく、わかりやすいインパクトに自分のお金を使ってほしい。そう思っている方々が、世の中にはたくさんいると実感しています。
井野:
LivEQualityの事業を展開しながら感じられている成果、また今後の課題についてはどうお考えですか。
岡本:
まず成果として感じられるのは、住まいとつながりは母子の生活に安心安全を届け、その後の目覚ましい変化のベースになるということです。そして、母親の生活が安定すると子どもの生活が安定するということです。初期に入居されたある外国人女性のお子さんは、日本語が上達して学業成績もアップしたと聞きました。もともと頭が良い子だと思っていたので、話を聞いた時はとてもうれしかったですね。こういった変化や成長の報告が、毎日のように現場から届きます。今後は「地域でどのくらいつながりをつくれたか、ソーシャルキャピタルを紡げたか」など、具体的なKPIを設定しながら、LivEQualityの成果をより明確にしていきたいです。
課題としては「どう現場と向き合うか」というテーマがあります。例えば、DV被害を受けた女性は、精神的な傷に加え、それまでのつながりを断絶して避難・入居されます。専門家と連携しながら、シングルマザーの皆さんのさまざま事情に向き合えるノウハウ、またネットワークを構築していくことが今後の課題です。
井野:
家業である地元の建設会社を成長させながら、ソーシャル事業と掛け合わせて新たな価値を生みだし、社会課題を解決していく。とても魅力的な事業・活動だと感じました。ですが、家業の全く新たな方向性を建設会社の皆さんにご理解いただくのは、どのようなご苦労がありましたか。
岡本:
震災の時もそうですが、コロナ禍の時も居ても立っても居られなくなり、こういう状況だからこそ、自分ができることをやりたいという思いが湧き上がりました。
社長に就任した直後の2年間は、郷に入っては郷に従えではないですが、とにかく建設会社の現場に足を運び、また社員や取引先の皆さまとの信頼関係を構築することに全力を注ぎました。その時間は大切なプロセスだったと思います。一方で、当時は遠慮していた面もあったように思います。しかしトップが全力でチャレンジし輝いていないと、社員は自分自身を輝かせることができない、と気付いたんです。そこで思い切って「社会的な事業をどうしてもやりたい」と役員たちに話しました。すると「やってください」と予想外の答えが返って来ました。
思い返せば、私が会社を引き継いだ時も、父の代から残ってくれた役員たちは「今までの仕事は辞めなくていいです。いつか新しい何かにつながるはずですから」と言ってくれていました。地方の建設業は、基本的に右肩上がりに成長することはありません。役員のみんなも今後の会社の在るべき姿を模索していて、私がやりたいことを後押ししてくれたのです。とてもありがたかったですし、そのような理解に支えられてLivEQualityも前進することができています。
井野:
岡本さんには公益財団法人PwC財団の理事を務めていただいており、PwC Japanグループと今でも深い関係があります。そもそも入社のきっかけは何だったのでしょうか。
岡本:
私は2003年に会計士試験に合格し、当時PwCのメンバーファームだった中央青山監査法人の名古屋事務所に入所しました。他の大手会計事務所やベンチャー企業からも内定はいただいていたのですが、会計士になったからには意義のある仕事がしたい、またフィーリングが合いそうな方々と働きたいと考え、PwCの一員となりました。
当初、東京事務所に行くことも考えました。ただ採用規模が200名ととても多く、一方の名古屋は20名でした。まだ何がやりたいか明確に定まっていなかったこともあり、幅広い領域の経験や知見が得たくて、早くから裁量を持って仕事ができそうだった名古屋事務所を選びました。
中央青山監査法人には3年ほど在籍し、現場を経験したいという思いから東京のベンチャー企業に転職しました。結果は1年半で離れることとなり、大失敗でした。その時、あらためて会計士として社会に貢献できる仕事は何かと考えた時、企業再生の仕事が魅力的に感じられました。その後、PwCが企業再生の分野でパイオニアであることを知り、もう一度門を叩いて受け入れていただくことに。PwCアドバイザリーには4年間いましたので、監査法人と合わせると7年の在籍になります。
井野:
岡本さんが企業再生に携わっていた時期は、景気的にどのようなタイミングだったのでしょうか。
岡本:
バルクセール(債権売却)など切った張ったの事業再生の時代が終わり、そこから経営改善や再生チームを中心に未来を見据えようとしていたステージですね。シナジーが出る方向で組み合わせを考え、何かをつなげていく企業再生の仕事は今の私のベースになっています。
特に大きな学びとなったのは、うまくいかない企業には制度はたくさんあるが、運用ができてないケースが多いという教訓です。私があるクライアントに新しい提案をしようとすると、当時の上司の方に「制度がたくさんあるけど運用がうまくいってない企業に、新しい制度を提案しても駄目だ。それよりも、今ある制度を減らして運用を改善する提案をする方が、経営にとっては意味がある仕事だ」とたしなめられました。コンサルタント的な視点ではついつい新しいものに飛びついてしまいがちですが、目から鱗が落ちる指摘でした。
その学びからさらに進んで、最近では人を機能として見ないことが重要だと気付きました。人と人とのコミュニケーションや対話を大事にすることで、だんだんとビジョンが伝わり、やがて余計な仕組みを入れなくてもカルチャーが機能していく。PwC時代の経験があったからこそ得ることができた気付きです。
井野:
PwCのアルムナイネットワークでは、卒業した方々とどのように良い関係を維持し続けるか模索しています。また卒業後に関係を維持したり、昔ながらの人脈の延長線上で物事を進めたりするだけでなく、卒業生の皆さんからアルムナイネットワークに何か提案して反応が生まれる、もしくはPwCとインタラクションがある世界があると、もっともっと岡本さんのような卒業生のバックグラウンドとして役に立てるのではないかと考えています。
今後のご活躍が楽しみですが、最後に未来への展望や目標について教えてください。
岡本:
まずはLivEQuality大家さんを通じてインパクト投資やアフォーダブルハウジングの考え方を日本に広げながら、事業性と社会性を両立した事業を確立していくこと。またコミュニティを形作っていくLivEQuality HUBのNPOとしての在り方とネットワークを全国に広げていく方法を模索していくこと。この2つの軸でチャレンジしていきたいです。
そしてゆくゆくは、事業性に加えて社会性も同時に追求することがビジネスの世界でスタンダードになり、社会課題解決型スタートアップやソーシャルビジネスという在り方そのものが当たり前になる、そんな未来展望を描いています。
私はたまたま父の急逝がきっかけで地方の建設会社を承継しましたが、今となってみればそれはギフトだったと思うようになりました。事業承継は今、世の中全体の課題となっていますが、承継した担い手が“その人らしい挑戦”をすることで、過去と未来がつながる側面があります。中小企業とソーシャル事業の親和性は高いと確信していますし、千年建設の取り組みを通じて事業承継のモデルの1つを提示していきたいです。
井野:
教育やコミュニティの創生にもつながる意義のあるお仕事となりそうですね。人間は肩書など「自分が何であるか」がどうしても気になりますが、そうした「Being」より、「自分が何をするのか」、言い換えれば「Doing」に力点を置いている人の周りには、志や質の高い人が集まる傾向がありますし、そこでの関係性は長く続くだろうと感じています。岡本さんはまさに「Doing」を大切に実践されている方ですよね。このような卒業生の存在がPwCにさらに新しい仲間を呼び込んでくれるでしょうし、現役のPwCメンバーにも大きな勇気を与えてくれると思いました。これからも私たちに良い影響を与え続けてください。
岡本:
PwCと会計士業界には、育ててくれた恩をどう返していくか考え続けてきました。何かあればいつでもお力添えさえていただきたいです。
井野:
本日は熱く、とても貴重なお話を聞かせていただきまして、どうもありがとうございました。
岡本拓也
千年建設株式会社 代表取締役社長
株式会社LivEQuality大家さん 代表取締役社長
NPO法人LivEQuality HUB 代表理事
中央青山監査法人に入所後、ベンチャー企業を経て PwCアドバイザリー株式会社(現 PwCアドバイザリー合同会社)に入社し、企業再生アドバイザリー業務に従事。2011年に独立し、東日本大震災直後からSVP東京の代表理事と認定NPOカタリバの常務理事兼事務局長に就任。ソーシャルベンチャーの支援と経営に携わりつつ、内閣府や経産省の審議会委員を務める。
2018年に父の急逝を機に家業の千年建設株式会社を承継。2021年に生活困窮者向けサービス「LivEQuality」を開始する。2022年にはNPO法人LivEQuality HUB、株式会社LivEQuality大家さんを設立し、代表に就任。
その他PwC財団の理事や、多数のソーシャルベンチャー、中間支援団体で社外役員を務める。グロービス経営大学院でソーシャルベンチャーに関する教鞭も取っている。
井野 貴章
PwCあらた有限責任監査法人 代表執行役
1991年に中央新光監査法人に入所。1997年から2000年まで、クーパース&ライブランドの米国ニューヨーク事務所に出向。2007年にあらた監査法人(現PwCあらた有限責任監査法人)の代表社員に就任。執行役品質管理担当、執行役人事担当を経て2020年に代表執行役に就任。