PwC Japanグループでキャリアを積んだ後、新たな道を切り拓いて活躍している卒業生がたくさんいます。どのようなスキルや経験が、その後の仕事に生かされているのでしょうか。株式会社FOR YOUで執行役員管理部長を務める浜口真人氏は、PwCのメンバーファームを1度退職した後に再びジョインするという経験を持ち、複数のスタートアップと関わりながら各社の組織づくりと成長を後押ししてきました。今回は、現在の仕事に生きているPwC時代の経験、PwC社内外を行き来するキャリアの在り方、将来の展望などについて語ってもらいました。
話し手
株式会社 FOR YOU
執行役員 管理部長
浜口 真人氏
聞き手
PwC Japan有限責任監査法人
パートナー久保田 正崇
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
久保田:
2008年にあらた監査法人(当時)に入社された浜口さんは、1度退社した後に上場会社やスタートアップのバックオフィスでご活躍され、再入社されました。最終的にPwCあらた有限責任監査法人(当時)に2019年まで在籍されています。その後もスタートアップを渡り歩き、現在は広告と芸能事業を展開するスタートアップ・株式会社FOR YOUで管理部長を務めてらっしゃいます。各方面で素晴らしいキャリアを築かれている浜口さんですが、FOR YOUの事業概要や入社の経緯についてまずお話しいただけますか。
浜口:
FOR YOUはハイブリッドエージェンシーを標榜し、広告と芸能領域で事業を展開しているスタートアップです。広告事業では広告戦略の策定から制作・運用までワンストップでサービスを提供しており、タレント事業では所属するインフルエンサーやタレントの育成とマネジメントを行っています。また芸能企業としてのネットワークの強みを生かし、通常の広告会社には接点がないタレントのキャスティングなども行っています。会社自体は9期目で、安定して成長している状況です。
入社の直接的なきっかけは、エージェントからの紹介です。私の友人にスタートアップに強い転職エージェントがいて、就職先として面白いスタートアップを探していたところFOR YOUを紹介していただきました。
私自身は音楽やアニメなど日本のコンテンツが好きで、まだまだ潜在的な成長可能性が大きいと考えていました。タレントマネジメントの延長で日本のエンタメコンテンツを世界に届けたい――。そんなオーナーや経営陣の考えに共感し、最終的にジョインすることを決めました。
久保田:
浜口さんはこれまで、複数のスタートアップの上場準備を請け負ってきたと伺っています。どのくらいの数のスタートアップに関わってこられたのでしょうか。
浜口:
上場準備ですと、3社です。おおよそN-3期からN-2期(IPO申請期の3から2期前)に入るタイミングでジョインしています。PwC時代からIPO準備クライアントを担当させていただていたので、たしかにその点は自分の強みの1つだと自負しています。
日本ではスタートアップがどんどん増えている状況で、管理部門における部長クラスの人材が不足しています。自分の力がスタートアップに役立つことに幸せを感じていて、なかでも自分の興味の延長線上にある企業の仕事に携わってきました。
久保田:
スタートアップの上場準備を1度経験すると、「もうあんなにつらい思いはしたくない」と疲弊される方が多いと聞きます。浜口さんは何度も上場準備に立ち会っていますが、苦労よりもやりがいの方が大きいのでしょうか。
浜口:
そうですね。スタートアップで若い人たちと一緒に仕事をすると元気をもらえますし、最先端のトレンドを吸収できる楽しみもあります。個人的には、成長過程にある企業の管理部門やルールを一からつくる作業がシンプルに好きです。忙しくて苦労しているという感覚よりも、面白みややりがいの方が大きいのかもしれません。
またスタートアップには、成長意欲が高い一方で、どう成長していくべきか分からない方が多くいらっしゃいます。10~15年上の年配者としての経験をシェアすることで、有望な人材の成長を後押しできることもやりがいを感じる一面です。
株式会社FOR YOU 執行役員 管理部長 浜口 真人氏
久保田:
浜口さんはPwCに2度ジョインされています。なぜ1度離れた後に再び戻ることを決めたのでしょうか。また、その際はどのような気持ちだったのでしょうか。
浜口:
事業会社で監査を受ける立場を経験したことで、より客観的視点から物事が見えるようになりました。そして次第にどこかで監査に対する“物足りなさ”を感じるようになり、一方で自分が監査する立場に戻った際にはできることが増えるだろうという思いも強くなりました。そんなある日、大手総合電機メーカーの監査をPwCあらた監査法人(当時)が引き受けるというニュースが報じられ始め、事業会社で学んだ経験を生かして古巣で大きな仕事をしたいと思うようになりました。
またスタートアップはとにかく多忙で、知らず知らずのうちにライフワークバランスが崩れていた時期でもありました。自身の働き方とプライベートのバランスを改めて見つめ直す機会にすべく、再入社の道を選ぶことに決めました。
久保田:
PwCと事業会社を行き来しながらユニークなキャリアを積まれている浜口さんですが、PwC在職時に得られた経験についてはどう捉えてらっしゃいますか。また印象深かった案件やプロジェクトがあれば教えてください。
浜口:
PwC時代には会計士としての知識はもちろん、まず働く体力や仕事の作業スピードを身に付けることができました。スタートアップで働いていると、周囲から「働く体力がすごいですね」とよく言われます。PwCで身に付けた仕事に対峙する肉体的・精神的なタフさは、どこにいっても必ず役立つ基礎的な力です。
また社会の競争を勝ち抜くベースとなる能力を磨くことができたと思います。会計士試験に受かった優秀な同期が多かったので、協力と競争を通じて、自分の差別化された強みを見出すことを常に意識させられました。
具体的な案件としては、時価総額が2~3兆円ある大企業の監査業務が記憶に鮮明に残っています。社会的に注目されていた企業なのですが、決算情報を出すまでのプロセスが盤石ではありませんでした。私たちが一生懸命に確認しないと危うく、クライアントにOKを出す最後の瞬間まで緊張とプレッシャーが尽きませんでした。
久保田:
たしか当時のメンバーは5~6人。単純計算でひとりあたり5,000億円くらいの責任がありましたよね。
浜口:
はい。仕事に対する責任が自然と体に染み込んだプロジェクトでした。また、とあるグローバルメーカーの海外子会社に不正が発覚した時のこともよく覚えています。連日報道が錯綜するなか、チームで海外子会社を転々としました。世の中で話題になっている事象の裏側を調べて監査する経験はなかなか得難いものです。体力的・精神力にも厳しかったですが、乗り越えることで仕事に対する一層のタフさ身に付けることができました。
PwC Japan有限責任監査法人 執行役副代表 久保田 正崇
久保田:
PwC時代に従事していた監査業務の現場は、ある意味で特殊な世界だと思います。そこから転職されたので、当初は戸惑うことも多かったと思います。事業会社の業務をどうキャッチアップされたのでしょうか。
浜口:
私が最初に入社した事業会社には、15年以上のキャリアを有する経理のプロの方がいらっしゃいました。当初はその方にイロハを叩き込まれましたね。シニアアソシエイトを経験しての転職でしたが、新卒に戻った気持ちで事業会社のバックオフィスを支えるための基礎的な仕事を学ばせていただきました。
思い返せば、監査法人の経験もとても役立ちました。というのも、PwC時代にはさまざまな会社に関わっていたので、どの部署がどのような動き方をするのか、おおよそイメージすることができたのです。そのイメージをベースに事業会社で実務経験を積むことができたため、キャッチアップや適応が想定よりも早く叶った実感があります。
久保田:
なるほど。監査の経験だけではカバーできない財務の知識や経理実務は、ご自身で学習さされているのでしょうか。またプロフェッショナルファームは俯瞰で物事を捉えますが、事業会社内部の詳細, 具体的な実務まではなかなか把握できません。そのレベル感の違いにはどう対応されているのでしょうか。
浜口:
事業会社の管理部門責任者として監査法人と同じレベルで会話していく必要がありますので、意識的に知識をアップデートするよう心がけています。CPD(継続的専門能力開発)制度の減免はせずに毎年研修を受けたり、地道に書籍を購入したり、知識のアップデートを怠らないようにしています。
監査法人と事業会社の業務のレベル感の違いについては、割り切って楽しむようにしています。そもそも会計士として、監査法人から事業会社の詳細な実務レベルまで一通りやり切れるキャリアを築くことは簡単ではありません。実際にそのようなキャリアを持つ会計士は多くないでしょう。私はその両面をカバーできることを、自分の強みの1つとして捉えて伸ばしていきたい考えです。
(左から)浜口 真人氏、久保田 正崇
久保田:
浜口さんは現在もPwCのメンバーとつながりがあるのでしょうか。
浜口:
PwC時代のつながりやネットワークは今でも大きな財産であり、実際にとても助けられています。例えば、前職の会社が資金調達する際に財務DDを依頼したのはPwC時代の同僚でした。お互いによく知る仲でしたので、業務がとてもスムーズに進みました。
私はPwCの雰囲気がとても好きでした。入社当時のあらた監査法人は設立3年目。新しいことをやろうという意気込みが法人全体から感じられましたし、働き方のスタイルも自由でした。先輩・後輩の関係もフラットかつ距離が近く、オフィスに行くのが毎日楽しみでした。きっとその「自由に楽しく働く」という原体験が、スタートアップを職場に選び続ける理由になっているのかもしれません。
また再入社した際も、PwCの皆さんは温かく迎え入れてくれました。ブランクがありキャッチアップも大変でしたが、周囲からサポートいただけてとてもありがたかったです。そしてまたスタートアップに転職する時も、「また一緒に仕事できたらいいね」と背中を押してもらいました。まさに今日の場もそうですが、PwCのネットワークの中にいつでも居場所がある感覚です。
久保田:
PwC内でキャリア設計の話題を議論する際も、「はたして組織の中にいる人だけがPwCのメンバーなのか」という問いがよく投げかけられています。今後、社会的に兼業を持って活躍する人々が増えていくなかで、会社のボーダーはどんどん曖昧になるでしょう。その際、重要なのは何か。浜口さんのキャリア形成から私たちも気付かされることが多いです。浜口さんは兼業もされていますか。
浜口:
はい。現在の会社では副業も認められていて、個人的にスタートアップのバックオフィス支援やコンサルティングを請け負っています。同じフェーズにある会社を複数支援している経験があることで本業のアドバイスの質も高まりますし、自分の幅を広げる意味でも兼業はプラスになっていると感じます。
(左から)浜口 真人氏、久保田 正崇
久保田:
ますますの活躍が楽しみな浜口さんのキャリアですが、今後の展望や取り組みたいことを教えていただけますか。
浜口:
当面の目標は管理部長を務めているFOR YOUのIPO準備をしっかり進めて、スムーズに進行していくことです。並行して、IPOやバックオフィス整備の相談を受けているスタートアップをサポートしながら、成長を後押ししていきたいです。
私は今43歳ですが、体力的に50歳を超えて同じ働き方を続けていくのは難しいかもしれません。事業会社の監査役なども会計士が求められるポジションの1つですので、将来的にはそれらの役回りに挑戦するのも面白そうだと思っています。
ただいずれにせよ、今後もスタートアップに関わり続けることは変わらないと思います。好奇心は尽きませんし、さらに深く掘り進みたいですね。日本社会がより活性化していくためにもスタートアップにはどんどん活気づいてほしい。そのために、自分ができることに全力で力を傾けていこうと思います。
久保田:
スタートアップと密接な距離にいる浜口さんとして、日本のスタートアップ領域にどのような助言やご意見がありますか。
浜口:
私が最近よく思うのは、目線の高さの問題です。“スモールIPO”などとよく表現されますが、グロース市場では100~150円億あたりの目線感がやや一般化している感が否めません。スタートアップの経営者の皆様には1,000億円超え、さらにはその先の企業価値を目指すなど、最初の目標設定を意識的に高めてほしいと伝えたいです。
久保田:
たしかに2006年の立ち上げ以降、私たちの監査法人がIPOを支援した企業のうち、4社が時価総額1兆円超を達成しました。決して夢ではないですよね。「できるか否か」以前に、「目指すかどうか」がとても大事だと思います。個人的には、スタートアップ領域の“IPOのご意見番”として浜口さんが活躍されていくことを強く期待しております。最後にPwCなどプロフェッショナルファームに期待することを教えてください。
浜口:
近年、生成AIや暗号資産など、これまで想像すらできなかった新しいビジネスやサービスが続々と登場しています。FOR YOUでも、生成AIを活用した事業モデルの可能性などについて議論しています。ただ専門かつ最先端の領域なので、コアな部分まで触れることがなかなか難しいと感じています。そのような競争力のある技術やサービスをPwCのグローバルネットワークの中にいる皆様に広めていただき、私たちのような新興企業もその恩恵にあずかれたらありがたいと思います。
また日本はそれら先端的な産業でなかなか強みを発揮しきれていない現状があります。PwCにはグローバルの英知を結集して、新しいビジネスをどこよりも早く柔軟にキャッチアップしていただきたい。また監査やコンサルティングの力で、日本の新しい産業を牽引していく役割を果たしてほしいと期待しています。
久保田:
浜口さんがPwCで得た経験をベースに活躍されていることを知り、うれしさと同時に誇りを感じます。本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。
浜口 真人
株式会社FOR YOU 執行役員 管理部長
公認会計士試験合格後、あらた監査法人(当時)にて会計監査業務に従事し、主に法定監査やIPO支援業務などを行う。
複数のベンチャー、スタートアップ企業のバックオフィスで上場準備や経理業務に従事した後、2023年4月に株式会社FOR YOUに入社。管理業務全般を担当。
久保田 正崇
PwC Japan有限責任監査法人 執行役副代表
1997年青山監査法人入所。2002年から2004年までPwC米国シカゴ事務所に駐在し、現地に進出している日系企業に対する監査、ならびに会計・内部統制・コンプライアンスにかかわるアドバイザリー業務を経験。
帰国後、2006年にあらた監査法人(当時)に入所。大手通信会社、通信機器メーカー、通信端末販売代理店など、多数の通信事業会社に対する、日本・米国・IFRSでの監査、会計・内部統制・コンプライアンスにかかわるアドバイザリー業務に従事するとともに、IT企業の東京証券取引所IPO支援、J-SOX導入、IFRS導入をはじめとする各種アドバイザリー業務を主導。
国内外の企業に対し、特に海外子会社との連携にかかわる会計、内部統制、組織再編、開示体制の整備、コンプライアンスなどに関する監査および多岐にわたるアドバイザリーサービスを得意とする。
2020年7月に執行役副代表(アシュアランスリーダー/監査変革担当)に就任。企画管理本部長、AI監査研究所副所長を兼任。