PwC Japanグループでキャリアを積んだ後、新たな道を切り拓いて活躍している卒業生がたくさんいます。どのようなスキルや経験が、その後の仕事に生かされているのでしょうか。谷淳一氏はプライスウォーターハウスクーパース税務事務所(現PwC税理士法人)卒業後に楽天株式会社(現楽天グループ株式会社)に入社。新会社である楽天トータルソリューションズ株式会社のCFOに就任するとともに、楽天グループ本社の主計部ジェネラルマネージャーも兼任し、子会社の経営とともにグループの経理業務の変革を視野にさまざまな試みを始めています。本対談では、現在の仕事に生きているPwC時代の経験と今後の展望について語ってもらいました。
話し手
楽天グループ株式会社
主計部ジェネラルマネージャー
楽天トータルソリューションズ株式会社
取締役副社長/CFO
谷 淳一氏
聞き手
PwC税理士法人
パートナー
山岸 哲也
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
山岸:
谷さんは1999年にプライスウォーターハウスクーパース税務事務所(現PwC税理士法人)に入社し、2007年まで在籍されました。私とは同期であり、若手の頃から切磋琢磨しながらさまざまなプロジェクトにてご一緒させていただきました。本日はPwC時代から楽天グループでのご活躍まで、幅広くお話をお伺いしたいと思います。まず現在のお仕事について教えていただけますか。
谷:
私は楽天グループ株式会社(以下、楽天本社)で主計部長を担っておりますが、さらに、2023年に設立されたばかりの楽天トータルソリューションズ株式会社(以下、RTS)の取締役副社長兼CFOも務めています。
RTSはもともと楽天モバイル株式会社(以下、楽天モバイル)からいくつかの事業を移管して設立された法人です。移管された事業内容は、主に全国の楽天モバイルショップの運営、携帯基地局の置局・保守、カスタマーセンターの運営などのカスタマーサービス(以下、CS)の3つです。そして、楽天モバイルから上記3つの機能を継続受託するとともに、楽天グループの歩みの中で培われた営業力、店舗販売、CS、クリエイティブそしてITの力を組み合わせ、楽天グループ内のみならず、楽天グループ外のお客様にもご満足いただける高付加価値のサービスを提供することを目的として設立されました。
RTSには楽天本社からの出向者も含めて楽天グループの成長を支えてきた多数のプロフェッショナルが在籍しており、高度な専門性、高いコミットメント、そして圧倒的なスピードにより、信頼性の高い効率的な業務プロセスを構築し、幅広い事業領域において、サービスの企画・立ち上げ、コンサルティング、現場オペレーションのマネジメントと実行、システムやインフラの準備・運営を含めた、トータルパッケージでのサービス提供を可能としています。
山岸:
そもそも谷さんは、どのような経緯で楽天グループに入社されたのでしょうか。
谷:
プライスウォーターハウスクーパース税務事務所に入社後、幸いにもさまざまな経験をさせていただきました。ただ年次が上がり、経験を重ねるにつれ、税務アドバイザーとしてクライアントに尽くす業務は一通りやりきり、自分の成長に行き詰まりを感じ始めていました。海外ファンドによる国内電気機器メーカーの買収案件を最後の仕事として、ひと区切りとしよう。そう思っていた矢先に、楽天が税務のポジションで働く人材を探していると知人から聞きました。当時、楽天はプロ野球への参入や民放テレビ局の買収案件などで話題性があり、インターネットショッピングで急成長している勢いのある企業という認識でしたが、税務戦略の構築を模索していたようで、人材を探している、ということで誘われたのです。
興味が湧いて面談させていただいたところ、お会いした楽天の担当者からタックスプランニングを強化したい、ぜひ入社して集中して取り組んでほしいという打診がありました。企業も個性的ですし、社内における税務のポジションも第1号。自分の成長のためによい環境だと魅力を感じました。正式に入社を決めたのは2007年の夏です。
山岸:
さまざまなタイミングがちょうど合っていたのですね。
谷:
入社後には本当に「タックスプランニングをどんどんやってほしい。まかせる」と言ってもらえて、自分のアンテナに確信を持てました。とてもモチベーションが高まりましたね。
山岸:
実際に入社されてからは、楽天グループでどのようにキャリアを積まれたのでしょうか。
谷:
最初は財務部に配属され、税務だけに集中し、試験研究費などの税額控除、外国税額控除、タックスヘイブン税制、移転価格税制、M&A、組織再編、連結納税などに係る一通りのタックスプランニングを担当しました。税務調査などの当局対応も入社直後から中心的な役割を担いました。この中で、タスクの増加とともにリソース不足になってきたことから、税務部を立ち上げることになり、初代の部長に就任しました。
その後、楽天本体の経理部長のポジションを打診され、楽天本社単体および楽天グループ連結の決算・開示を担当することとなり、ようやく会計士らしい仕事をすることになったとともに、新たな成長機会となりました。しばらくの間は税務と会計を両方担当していましたが、上場会社の経理と税務の両方に対して同じレベルで関与することが難しくなったため、税務部門は新しい部長に引き継ぐこととしました。
ちょうど同じ時期にRTSが設立されると私の経理チームがRTSの経理周りを引き受けることになり、その流れでCFOポジションを打診されました。自分の職業人生の中で、最も大きなチャンスかつチャレンジだと思い、即答で引き受けました。なおこれに伴い、楽天本社の単体と連結の経理業務を分けて、現在は楽天本体単体の経理部長(主計部長)のみ兼任しています。
これまでの17年間の楽天のキャリアでは、フェーズごとに必要と感じたこと、目指したいことを提案し、認められ、実践することができ、常に高いモチベーションで仕事に励めています。
楽天グループ株式会社 主計部ジェネラルマネージャー 楽天トータルソリューションズ株式会社 取締役副社長/CFO 谷 淳一氏
山岸:
谷さんとは2004年に私が米国に行くまでご一緒させていただきました。辞めるという話を聞いた時は非常に寂しかったですが、とても良い会社でご活躍されていると聞いてうれしく思っています。谷さんは会計士試験に合格後、PwCの税理士法人に入社されています。決めた理由を教えてください。
谷:
私は大学卒業後に就職した会社を辞めて、専門学校に通いながら会計士試験の勉強をしました。当時、一緒に学んでいたのは主に大学生3~4年の学生たち。仮に同じタイミングで監査法人に就職したとしても、歳の差がネックとなり最終地点では負けてしまう気がしました。そこで皆が選ばないであろう税務という選択肢を検討し始め、プライスウォーターハウスクーパース税務事務所の募集を見つけたのです。
当時、事務所があった霞が関ビルディングで働くことに憧れたという理由もありました。他にも監査法人を1社受けたのですが、説明を聞いているうちに税務の方に完全に心が傾いていきました。当時監査法人の仕事は黙々と資料を見ながら確認していく作業のイメージだった一方、税理士法人では企業買収に係るタックスプランニングといったスケールの大きい仕事に早いうちから関わることができると感じたのです。幸い採用していただき、入社したのは31歳の時でした。
山岸:
PwC時代に経験した中で印象深い仕事はありますか。
谷:
ちょうど私が在籍していた2000年代はニュースで連日報じられるような大型の事業再生案件が複数あり、それらに深く関わったことが忘れられません。会計士になった甲斐があった、自分の選んだ道に間違いがなかったと誇らしく思っていました。
いずれも、経営を立て直すために調査対象企業の課題がどこにあるかを調べるデューデリジェンス案件でしたが、調査する内容が事前に明確に定められていたわけではありませんでした。頭をフル回転させて問いと答えを探す日々のなかで、自分がいつも試されている感覚でした。
大きな案件となると報酬も多額で、調査結果にとても重い責任が生じます。クライアントに不利益をもたらすような見落としがないか、常にプレッシャーと対峙していました。また調査対象企業の関係者から的確な回答を引き出すためには、多くの知識を身につける必要があります。常に緊張感がある日々でしたが、その状況が自分を高めるためのモチベーションにもなっていた気がします。
山岸:
たしかに決まった仕事の進め方はありませんでしたね。自分の裁量の中で主体的にベストな方法を選ぶことが求められていました。PwC時代に得たスキルは現在のお仕事でも生きていますか。
谷:
非常にそう思います。メンタル面ではちょっとしたことでは動揺しなくなりました。PwC時代は冷や汗をかくような窮地を何度も経験し、その中で最良でなくても最善の解を見出す努力をしてきましたので、トラブルをそれほど怖れることはなくなりました。ピンチであっても「最終的になんとかなった」という経験をたくさん積んだことで、どこに着地すべきかを見定め、その着地点に向けて動けるようになりました。
またPwC時代には、難解な文献や資料を読み込んだり解釈したりするスキルも磨かれました。税務は厳格な法律によって縛られています。税法は一語一語が厳格な意味を持っていて適当に読むことができません。入社して驚いたのは、パートナーとして活躍している方々がその難解な税法を飄々と理解、解釈して駆使していたことです。
私も税法を読み込み解釈するトレーニングを積みましたが、その経験が現在でも生きています。楽天では日本の会計基準、IFRS、会社法、その他各種事業を規制する法規制に触れることになりましたが、ある程度自力で読み理解・判断できたのは、仕事を進めるうえで、また、仕事のクオリティを高めるうえで、大きな武器になりました。また、自分で理解したうえで、専門家に相談することで、何を相談すべきかを明確化でき、効果的・効率的に話ができていると思います。
PwC税理士法人 パートナー 山岸 哲也
山岸:
税務アドバイザーとしてはコミュニケーションの齟齬がなくなるので、企業側に谷さんのようにしっかり理解してくれる方がいると助かります。PwCに対するイメージや魅力についてはどのように感じていますか。
谷:
自分がやりたいことに挑戦させてくれる会社はそう多くないと思いますが、PwC時代は通常のクライアントワークだけでなく、書籍の執筆や外部セミナーの講師などチャレンジする機会をたくさんいただきました。自分としては非常にありがたかったですし、今でも変わっていなければ大きな魅力だと思います。
他の会計事務所ともお付き合いがありますが、PwCの方々は比較的柔軟でスマートですね。最初から物事を決めつけたりすることがなく、論点の角度を変えたい時にもすぐに対応できる方が多いと思います。クライアントが望んでいることを突き詰めるスタンスも、私がいた頃と変わらない印象です。
そして最大の魅力は、若い人材が活躍していることではないでしょうか。数年で成長し、社内外で活躍している後輩たちを見ると、とてもうれしい気持ちになります。
山岸:
若手の育成はPwCがとても大事にしている価値観です。谷さんから改めて評価いただいてとてもうれしいです。自ら求める人にチャンスが与えられる環境を、これからも大事に守っていきたいです。逆にPwCに対する意見や提言はありますか。
谷:
企業側の要望に親身になって応えてくれるのは有難いのですが、PwC側からもっと積極的に発信、提案してもよいように思います。PwCの皆さんは最先端の知見を持つべく努力されているので、ふとした会話の中でさまざまな提案、提言をするだけでも企業はかなり心強いのではないでしょうか。
山岸:
谷さんとは同期を含めて定期的に会う機会がありますが、PwCのメンバーとは今でも深くつながっていますか。
谷:
さまざまなスキルもさることながら、PwC時代に得た最たる財産は仲間です。特に同期の仲間は一生の財産と思っていますし、今も深いつながりがあり、頻繁に情報交換をしています。もちろん、楽天の仕事を通じて、在籍時に面識がなかったPwC関係者と出会う機会も多いです。PwCという同じ冠を抱いた仲間、という意識はあります。
山岸:
最後に今後の展望をお聞かせいただけますでしょうか。また、PwCを含めたプロフェッショナルファームに期待することがあればぜひお伺いしたいです。
谷:
楽天グループと言えば、ITだと思いますので、率先してDXに取り組み、グループの模範となる経理業務を構築し、グループ内外へのサービス提供の道筋もつけたいと思っています。
楽天にはおよそ70のサービスがあり、一口に経理と言ってもさまざまなアプローチが求められていますが、昨今生成AIや、新しいテクノロジー・ツールが数多く登場し、毎年のように進化しており、経理業務も大きく変わっていくことでしょう。人間が単純作業に縛られる時代はなくなるはずですし、そうしなければならない。その前提に立つと、これからの経理人材に求めるクオリティやスキルも大きく変わる必要があります。
大企業の場合、経理のシェアードサービスを提供する機能を子会社に集約しているケースがみられ、一貫したやり方、クオリティで経理業務を遂行しています。楽天においても、新しく立ち上がったRTSがその位置づけの会社になれるはず。楽天本社からも背中を押していただいているので、DXの一層の推進、目的意識を持った人材育成、全体的な組織の在り方などを見直しながら理念を実現していきたいです。10年先を見越した経理業務の新しい形を作ってから引退したいと思います。
そしてAI活用や経理業務のDXには、プロフェッショナルの知見は欠かせません。卒業生としては、PwCが中心かつ最先端に立ち、経理や税務の未来の姿を示して欲しいと考えています。
山岸:
谷さんとは若手の頃から苦楽をともにした戦友です。今は立場が異なりますが、今後も経理や税務の変革のためにご一緒できればうれしいです。本日は貴重なお時間をありがとうございました。
谷 淳一
楽天グループ株式会社 主計部ジェネラルマネージャー
楽天トータルソリューションズ株式会社 取締役副社長/CFO
公認会計士
早稲田大学政治経済学部を卒業後、一般事業会社を経て、1999年、プライスウォーターハウスクーパース税務事務所(現PwC税理士法人)に入所。国内外のクライアントに対し、M&A、国際税務、連結納税等に関する税務コンサルティングを提供。2007年、楽天株式会社(現楽天グループ株式会社)入社。当初は税務戦略に特化し、その後楽天単体・連結の決算・開示も担当。2023年より楽天グループ株式会社主計部長に加え、楽天トータルソリューションズ株式会社取締役副社長CFOに就任。
山岸 哲也
PwC税理士法人 国際税務・ディールズタックス パートナー
公認会計士・税理士・米国公認会計士(イリノイ州)
PwC税理士法人経営委員会メンバー兼チーフオペレーティングオフィサー(COO)を務めるとともに、PwC Japanグループ全体のディール・サービスの共同リーダーを担う。約25年にわたるM&Aおよび国際税務に関する豊富な経験に基づき、国内・クロスボーダー問わずあらゆる種類のM&A・統合案件において、ストラテジック・バイヤー、フィナンシャル・バイヤー双方に税務デューデリジェンスや買収ストラクチャリング、統合(PMI)支援を中心とした税務アドバイスを提供。国内外の多国籍企業に対してクロスボーダー投資や組織再編に関するアドバイスや外国子会社合算税制およびデジタル課税を中心とするさまざまな国際税務アドバイスも提供している。1999年、中央クーパース・アンド・ライブランド国際税務事務所(現PwC税理士法人)入所。2004年から2007年までPwC米国シカゴ事務所出向。2007年、イリノイ大学アーバナシャンペーン校(UIUC)ビジネススクール(Master of Tax)修了。