PwC Japanグループでキャリアを積んだ後、新たな道を切り拓いて活躍している卒業生がたくさんいます。どのようなスキルや経験が、その後の仕事に生かされているのでしょうか。2012年にプライスウォーターハウスクーパース株式会社(現PwCコンサルティング合同会社)に新卒で入社した橋詰寛也氏は、外食産業の事業会社に転職した後、2023年に株式会社Kinishを設立し、CEOとして活躍しています。同社は独自のテクノロジーで牛乳タンパク質を生成するイネを開発し、温室効果ガス削減とタンパク質危機の解決を目指しています。現在の仕事に活きているPwC時代の経験と将来の展望について語ってもらいました。
話し手
株式会社Kinish
Founder & CEO
橋詰 寛也氏
聞き手
PwCコンサルティング合同会社
常務執行役 パートナー
小林 保之
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
小林:
橋詰さんは2012年に新卒でPwCコンサルティング(当時はプライスウォーターハウスクーパース)に入社されました。当時、私はディレクターでしたが、プロジェクトをご一緒したこともあります。その後、2016年に事業会社に転職され、現在は2023年にご自身で立ち上げられた株式会社KinishのCEOとしてご活躍されています。Kinishは革新的なスタートアップとして表彰を受けるなど、フードテック領域の注目企業です。まず同社の取り組みについて教えていただけますか。
橋詰:
近年ではサステナビリティの課題が顕在化しており、そのなかの一つに牛が消化過程で排出するメタンガスがあります。その温室効果ガス削減のために、牛肉・牛乳を代替する植物性食品の研究・開発が世界的に行われていますが、当社は生活により密着度が高い牛乳の代替商品を生み出すべく、牛乳タンパク質を生成する特殊なイネの開発にフォーカスすることにしました。
すでに世に存在する多用な植物性ミルクには共通した課題があります。それは味です。世界中の調査を分析すると、消費者は植物性ミルクが美味しくないという理由で敬遠したり、一度購入したものの再購入をためらったりする傾向があります。
逆に言えば、美味しい植物性ミルクがあれば代替が進み、サステナビリティの前進に寄与できるのではないか。そう考えていた時に、お米から本物の牛乳タンパク質をつくりだす技術を研究している方と出会いました。Kinishはそのバイオテクノロジー技術を取り入れ、牛乳より美味しいライスミルク乳製品を世界中に普及させていくことを目標に掲げています。
小林:
植物性ミルクには、ココナッツミルクや豆乳などさまざまなものがあります。それら製品とKinishが開発しているライスミルクは根本的に異なるのでしょうか。
橋詰:
はい。牛乳のコクやヨーグルトの塊、あるいはチーズの伸びなどを生み出すカゼインという本物の牛乳タンパク質を作るイネを開発しているという意味合いでは、既存の植物性ミルク製品とは全く異なるアプローチです。
なお、お米はそもそも乳製品として可能性のある素材です。砕いて乾かし、酵素を混ぜて温めるととても甘いシロップになります。ジャムぐらい甘く、とろみも強いです。その特徴を活用することで、美味しい代替乳製品を生み出すことができます。Kinishはお米そのものの素材と、独自開発している牛乳タンパク質を掛け合わせて、新しい代替乳製品を作ろうとしています。
小林:
私は橋詰さんが起業されたと聞いて驚きましたし、とても興味を惹かれました。事業アイデアがわいて起業を決めたのでしょうか。それとも将来成し遂げたいことがあってその手段としてもともと起業することを考えていたのでしょうか。
橋詰:
完全に前者です。前職の外食産業の事業会社では、さまざまな経験をさせていただいていましたし、ましてや起業という選択肢は全く考えていませんでした。
ただ「食で感動を届ける」というテーマに一生を懸けたいという思いに駆られ、新しい環境でチャレンジしたくなりました。そこで見聞を広めるために海外を旅したり、転職活動をしたりすることになりました。
ちょうどそのタイミングで、フードテックに詳しいPwCの元同僚とも話す機会がありました。旧知の仲であったその方は、「環境問題に取り組みたい」と熱く語っていて、その会話がとても心に刺さりました。フード×環境問題というテーマは、自分にとっても意義があるテーマに思えたのです。
海外で事例を調べていくうちに、新たなテクノロジーを活用した美味しくサステナブルな食材づくりの取り組みをいくつも見つけました。ただ日本に戻ると事例がなく、自分で起業してみようと思ったのです。
小林:
ライスミルクの事業アイデアはどのようなきっかけで思いついたのでしょうか。また関連製品はいつ販売される予定ですか。
橋詰:
海外には微生物を活用して牛乳タンパク質を作るという似たような事例があり、それをヒントにしました。牛乳タンパク質を含む新しいお米の種を2025年に完成させて、実際の生産は2026年から始める計画です。開発に携わる過程で、お米はアイスクリームとして使いやすいことにも気づきました。普通のお米のシロップを使ったアイスクリーム製品は、来年の春頃に発売を予定しています。
株式会社Kinish Founder & CEO 橋詰 寛也氏
小林:
橋詰さんは新卒でPwCコンサルティングに入社されましたが、入社の経緯やきっかけについて教えていただけますか。
橋詰:
私がコンサルタントとして働きたいと考えた直接のきっかけは父親です。父は小売業の事業再生を中心に請け負うコンサルティング会社を自身で経営していました。その影響で、高校生の頃にはコンサルタントになりたいと考えていたのです。
父親に進路を相談しながら、複数の大手コンサルティング会社に面接を受けに行ったのですが、その中で特に気になったのがPwCコンサルティングでした。私が面接を受けた当時、PwCコンサルティングは経営統合直後。混沌とした状況と同時に、ベンチャー企業のような勢いを強く感じたのです。「これからみんなで新しいコンサルティングファームを創りあげていく」というファームの意志に魅力を感じ、入社を決心しました。
小林:
たしかに2012年当時はベンチャー感がありましたね。それまではほとんど新卒を採用しておらず、橋詰さんは新卒を採り始めた初期のメンバーで、私も当時のことはよく覚えています。入社後は組織人事の部門や戦略コンサルティング部門でプロジェクトに従事されましたが、入社前と入社後でPwCの印象は変わりましたか。
橋詰:
あまり違いはありませんでした。先輩も私の次の年次に入社した方々も、ガッツがある人が多かった気がします。それもあって、PwCであれば若いうちから何でもチャレンジできるという感覚は強かったです。
配属されたチームには、いずれも部活のような活気があり楽しかったです。反面、意識的に自身を高めていかないと置いていかれてしまう厳しさや危機感もありました。崖から突き落とされては這い上がって必死についていくという感覚でしたね。私は大学時代にそれほど目的意識がなく過ごしていました。そのため就職したら全力で頑張りたいと思っていたので、その楽しくも厳しい環境が刺激的で心地良かったです。
小林:
PwCコンサルティングに在籍した4年間で最も記憶に残っている経験についても教えてください。
橋詰:
今でも思い出すのが2年目に参加したプロジェクトです。大手メーカーの人事システム導入案件で、初めてチームのリードを任されました。9カ月でタレントマネジメントシステムを導入するというプロジェクトでしたが、システム構想策定からクローズまでリードしきった時、大きな自信になりました。
その後、私は戦略コンサルティング部門や事業会社で経営戦略本部に所属しましたが、いずれの環境においても特に評価されたのがプロジェクトマネジメント力でした。戦略コンサルティング案件ではなかなか経験できない中規模・大規模なプロジェクトマネジメントの経験が、さまざまな場面で生かすことができ、そのような高い評価につながったのではないかと感じます。自身の強みを磨いてくれた思い出深いプロジェクトです。
小林:
転職後、事業会社では多くのコンサルタントと接していたと思います。事業会社側の立場から見て、優秀だと感じるコンサルタント、あるいは印象に残ったコンサルティングファームがあれば教えてください。
橋詰:
コンサルタントにもさまざまなタイプがいます。端的に区分すると、自分に求められたことを黙々と頑張るタイプ、もしくは自分たちの考えを積極的に押していこうとするタイプです。このうち私が絶対に仕事がうまくいくと確信できるのは、クライアントの要望や期待を理解しつつ、その上で積極的な提案を行うタイプです。言い換えれば、ヒアリングとスピーキングのバランスが取れているタイプが、優秀かつ結果を残す印象です。
事業会社側は、頭の中だけで価値を生み出すことをそもそも求めていません。どうすれば一緒に価値を生み出せるのか。成功のための実行力やコミットメントが非常に重要な要素だと思います。
小林:
事業会社の経験を経た橋詰さんが改めてコンサルタントとして働くとしたら、クライアントワークにおいてどのような点を意識すると思いますか。
橋詰:
当時を振り返ると、プロジェクトに関係のない情報をもっと集めればよかったと思いました。例えば、システムをリプレイスする際、不可解な既存の機能があったりしますよね。でも実は掘り下げていくとそこに歴史や思想があるはずで、それを理解してこそクライアントにより訴求力がある提案ができたはずです。他には人間関係なども含まれると思います。
小林:
事業会社の経験を踏まえて、PwCの良さについて改めてどう評価されていますか。
橋詰:
相談をすると、スピーディーにいろいろな専門性を持った方々が知見を結集してくれる点です。また専門性が縦割りにならず、横の連携がしっかりしているのは事業会社目線で安心感があると考えています。またヒアリングとスピーキングのバランスが良く、一緒に頑張ろうというコミットの精神も強いと感じます。
PwCコンサルティング合同会社 常務執行役 パートナー 小林 保之
小林:
橋詰さんは卒業後もPwCメンバーと繋がりがあるのでしょうか。
橋詰:
前職時代はもちろん、起業してからは繋がりが増えているように感じます。実は起業しているPwC卒業生は多く、私のようなスタートアップのケースもあれば、個人事業主もいます。以前、このインタビューシリーズに登場した下地邦拓さんは同じ農業関連ということもあり、頻繁に相談しています。
起業のことをSNSで投稿した際には、PwCの元同僚からたくさんの連絡をいただきました。頻繁に会う訳でないですが、久々に会うと話が尽きない居心地の良さがあります。
小林:
現在、PwCコンサルティングには毎年数百人の新卒メンバーが入社しています。後輩たちに対してメッセージをお願いします。
橋詰:
私は前職の先輩から「細く高く美しい木ではなくて、太くたくましい木を描くようなキャリアを描こう」と言われました。その言葉が時間を経て今でも心に残っています。
長期的なビジョンを持って最年少で昇進を目指したり、尖った専門性を磨いたりすることは素晴らしいことです。ただ昨今では経営環境がとても複雑になっており、企業が取り組むテーマも多様化しています。経営から圧倒的な信頼を得るのは多様な経験がある人材です。最短かつ効率的なキャリアだけを突き詰めようとすると、どこかのタイミングで必ず脆さが露呈して苦しむのではないかと、今までの経験から思います。
自分の本意ではない仕事が、時に太くたくましいキャリアづくりに役立ちます。まわり道を怖れず、目の前の仕事を全力で楽しんでほしいなと思います。
小林:
私も入社した方たちには目標を常に見失わず、レジリエンスの高い竹のようにしなやかなキャリアを歩んでほしいと思っています。
小林:
橋詰さんご自身の今後の展望についても教えてください。
橋詰:
私がPwCコンサルティングに入社した動機の一つは、グローバルに通じる人材になるためでした。次の目標は、Kinishを世界的に良い影響を与えられる会社として成長させることです。2025年には米国に進出する予定であり、5~10年後にはより多くの国々で事業を展開したいです。最終的に世の中の牛乳が全てライスミルクに代替されること、あるいはライスミルクがスタンダードになった社会を目指します。
またイネのタンパク質には、成分を保護し分解しにくくする特性があります。有効活用することで新たなワクチンを開発できる可能性もあります。現在、ワクチンは基本的に冷凍・冷蔵状態で保存しないと運ぶことができません。お米のタンパク質でワクチンを生成することができれば、コールドチェーンが整ってない地域においても治療を促すことができます。文字通り「お米で命を救う」という観点から、フードだけでなく医療の領域でも事業を構想しています。
小林:
事業規模が広がっていけば、さまざまなしがらみにも突き当ると思います。そのような際に、私たちのような中立的立場のコンサルティングファームが支援できる場面もあるでしょう。今後、PwCに期待することはありますか。
橋詰:
Kinishのメンバーはまだ3名ですが、マーケティングとサプライチェーン、IT、戦略、M&A、ファイナンスなど実にさまざまな課題と日々向き合っています。スタートアップが急成長するためには、それら複雑な課題を連続的に乗り越えなければいけません。
もしPwCに支援をお願いできるのであれば、誰が答えを持っているのか分からないような課題に対して、知識・経験をお借りしたいです。一つのチームでは乗り越えられないような前人未踏の難題を相談させてください。
小林:
PwCはコンサルティングを含むネットワーク全体、グローバルのリソースや知見を結集してクライアントの期待・課題に向き合うという観点で動いています。世の中の課題を一緒に解決するために協業できたらそれ以上にうれしいことはありません。
橋詰:
私もいつか協業できる日を目指して頑張ります。今後も深くお付き合いいただけるとうれしいです。
橋詰 寛也
株式会社Kinish Founder & CEO
プライスウォーターハウスクーパース株式会社(現 PwCコンサルティング合同会社)にて組織人事・戦略コンサルティングに従事後、日本マクドナルドに入社。日本マクドナルドではプライシング・事業戦略立案をリードした後に、デリバリー事業の事業開発責任者を担当。
2023年株式会社Kinishを創業。資金調達を行い、現在植物分子農業の研究開発・事業開発に取り組む。
小林 保之
PwCコンサルティング合同会社 常務執行役 パートナー
経営コンサルティングファームにおいて20年以上のコンサルティング経験を有し、主に流通、消費財メーカーに対して、業務改革、IT/デジタル化構想立案などのコンサルティングサービスに従事。現在はPwC Japanグループ全体の流通、消費財メーカー業界の統括責任者を担当。