2001年にプライスウォーターハウスクーパース税務事務所(当時)に入所し、2007年まで在籍した柴﨑光子氏は、生まれ育った地元である埼玉県和光市で独立開業後、市の監査委員を経て市長選挙に立候補しました。2021年5月に当選後、現在まで市長として市政の運営・改革に携わっています。本対談では、民間企業から政治の世界に飛び込んだ理由やきっかけに加え、現在の仕事に活きているPwC時代の経験や今後の展望について語ってもらいました。
話し手
和光市長
柴﨑 光子氏
聞き手
PwC税理士法人
パートナー
内山 直哉
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
内山:
柴﨑さんは2001年にプライスウォーターハウスクーパース税務事務所(当時)に入所し、2007年まで在籍されました。退職後、個人事務所の開業やシンガポールでの海外生活を経て、2021年5月に無所属新人で埼玉県和光市の市長選挙に立候補し、見事初当選されました。まず、市長の仕事について教えていただけますでしょうか。
柴﨑:
市長としての仕事は大きく分けて2つあります。まず民間企業のCEOのような業務があり、大きな比重を占めるのが予算に関する事項です。組織内ではさまざまな意見が出ますが、それらを集約・修正して各部署に適切に分配していきます。また議会における予算の承認にあたり、さらに意見を集約して修正していきます。決定した予算は1年をかけて執行されますが、追加や余剰が発生する場合があります。その際も適切に補正し、予算をコントロールします。
予算の策定・修正・執行は組織内での内向きな仕事と言えるでしょう。一方、市民と直接関わる業務としては、毎月のイベントへの出席があります。例えば、10月のスポーツの日にはスポーツイベントに、11月には市民まつりに参加しました。12月にはクリスマスフェスティバルや、スポーツ少年団の駅伝大会がありました。また今日の午前中には、市内の中学校でキャリア教育の講演会を行いました。
内山:
とても多忙な毎日を過ごされていますね。休みはしっかり取られていますか。
柴﨑:
土日にイベントが重なるため、プライベートな時間を思うように調整するのは難しいです。それでも、空いた時間を見つけてしっかりと休みを取り、充実した日々を過ごしています。
内山:
柴﨑さんは、なぜ民間から政治の世界に飛び込むことを決心されたのでしょうか。
柴﨑:
最初はそれほど関心がなかったのですが、和光市の監査委員を務めたことが直接のきっかけとなりました。監査委員は市に設置される役職で、市の財務や経営に係る事業の管理が適正に行われているかを毎年確認する役割を担っています。
私は前市長とSNSを通じて面識がありました。先方は私が大手プロフェッショナルファーム出身の税理士であることを知っていたため、監査委員に推薦してくれました。そして前市長が辞任する際、自分と同じ志で市政に取り組んでくれる後任を探していて、出馬のお声がけをいただいたのです。
お声がけいただいた当時、私はシンガポールに在住していて、生まれ故郷である和光市に戻って税理士の仕事をしようと考えていました。一方でいつか地域に貢献できる仕事がしたいとも考えており、周囲の人に相談するうちに気持ちが固まりました。当初は親を含め家族にとても反対されました。ただ最終的に子どもが背中を押してくれたことで家族の同意を得ることができ、立候補することになりました。
内山:
まったく知らない世界に飛び込むことに不安や葛藤はなかったのでしょうか。
柴﨑:
もちろんありました。ただ、後でチャンスを逃したと後悔したくはありませんでした。私は常に「迷ったらとりあえずやってみる」という姿勢を大切にしています。仮に落選したとしても、税理士としての専門性があるのでどうにかなるという気持ちもありました。
内山:
和光市長として特に力を入れている政策や事業はありますか。
柴﨑:
これまで和光市は都市基盤整備、つまり開発に力を入れてきました。私が市長に就任してからは、その比重を少し減らす政策を進めています。開発にはとても大きな財源が必要ですので、その分を子どもや若者に使いたいと考えています。
和光市には理化学研究所、司法研修所、税務大学校など国の機関に加え、民間企業の研究施設もあります。例えば、教育というテーマであれば、従来のように建物を建てたり直したりするだけでなく、地域のつながりを強化しながら新しい取り組みができないか各所に働きかけています。
内山:
和光市のホームページで自動運転バスの実証実験について拝見しました。和光版MaaS(Mobility as a Service)と名付けられた取り組みでとても興味深かったです。
柴﨑:
ありがとうございます。新しい政策については面白いと評価してくれる人がいる一方、批判も少なくありません。新しい取り組みは、軌道に乗るまで支持を得るのが難しいのです。自動運転バスを含む和光版MaaSに関しては前市長の時期に策定された事業ですが、地域活性化や地域課題解決のためにも実現に向けて進めていきたいと考えています。
内山:
ちなみに、現在埼玉県には何人の女性市長がいるのでしょうか。
柴﨑:
現在は4人です。埼玉県は63市町村あり、北海道、長野県に次いで日本で3番目に市町村数が多い自治体です。なお私が市長になるまで女性市長はいませんでした。埼玉県の女性市長は連帯感が強く、頻繁に会って情報交換をしています。
和光市長 柴﨑 光子氏
内山:
柴﨑さんは2001年3月にプライスウォーターハウスクーパース税務事務所(当時)に入所されました。どういうきっかけで入所されたのでしょうか。
柴﨑:
私が就職活動をしていた頃は、超就職氷河期でした。大学卒業後、知人の紹介でなんとか税理士事務所に就職しましたが、そこは従業員が6、7人しかいない小さな事務所で、長く勤めることは難しいと感じていました。
そこで、学生の頃から英語を使う仕事に就きたいと思っていたこともあり、大学3年生から勉強を始めていた税理士資格試験の最終合否結果がまだ分からないタイミングで3年半勤めた事務所を辞めて、英国に語学研修に行きました。その後、プライスウォーターハウスクーパース税務事務所の面接を受け、採用されることになった時はとてもうれしかったです。
当初は4月から出社する予定でしたが、面接を担当してくれたパートナーから「繫忙期に入社しないと雰囲気が伝わらない」と言われました。幸運にも2000年12月に税理士試験に合格し、翌年3月にはシーズン真っ只中の現場でいきなり働くことになりました。
内山:
その後約5年在籍されていますが、PwCについてどのような印象を抱いていますか。
柴﨑:
お世辞抜きで、本当に楽しかったです。市長の仕事もそうですが、初めての仕事は分からないことだらけで無我夢中になります。当時は若く、体力もありました。仕事はハードでしたが、だからこそ短い時間で色々と学べたと思います。
内山:
PwC時代は税金の申告書作成や、民間の立場から税務アドバイスを行っていました。現在は税金を活用して事業を展開する立場にありますが、PwC時代に培った考え方やスキルは今でも役立っていますか。
柴﨑:
PwC時代に学んだことは、私の大切な財産です。細かい点は多々ありますが、最大の教訓は、自分が費やした時間と熱量に比例して成果が得られるということです。省力化して効率的に働くことは良いことですが、がむしゃらに取り組んだ経験もまた自分の糧になります。昨今では働き方にさまざまな価値観や制限がありますが、やったことはやっただけ返ってくると現役の皆様にも伝えたいです。なにより、がむしゃらな時間と空気を共有したメンバーとは、深いつながりが生まれます。
内山:
これからPwCなどのプロフェッショナルファームを目指す方々に、職場としておすすめできる点はありますか。
柴﨑:
現代社会には情報が溢れており、勉強は本やネットを開けば一人でもできます。しかし、人との出会いは簡単ではありません。多様な専門家が集まり、幅広いクライアントを支援するプロフェッショナルファームは、豊かな経験を積めるだけでなく、想像もしていなかったような多様な方々に出会える場所です。出会いこそ人生の宝です。PwCのようなプロフェッショナルファームは、その出会いを与えてくれる貴重な場所ではないでしょうか。
PwC税理士法人 パートナー 内山 直哉
内山:
柴﨑さんは現在でもPwCの元同僚とつながりがありますか。
柴﨑:
個人的なつながりはたくさんあります。昨年10月和光市民文化センターで開催されたクラシック音楽のミニコンサートには音楽好きの元同僚が現地まで駆けつけてくれました。
内山:
今後、市長として重点的に取り組みたいことがあれば教えてください。
柴﨑:
和光市は私が生まれる2年前の1970年に大和町から市となってできた自治体です。当時の人口は約5万人でしたが、現在では約8万5,000人に増加しています。問題は、市内のインフラが人口増加に対応できていないことです。自転車や車の数も急増しており、住宅が建ち並ぶ中で、道路などの交通インフラの拡張が物理的に難しい状況です。これをどうにか上手く整理を進めていきたいと考えています。
コミュニティの在り方も変えることも目標の一つです。和光市は、地下鉄の始発駅もあり、通勤・通学の利便性が高いエリアです。近年では他地域から引っ越して来られる住民も増えていますが、後から移住された方々と、昔から住んでいる住民とが交流する機会がほとんどありません。両者が心地よく住める新たなコミュニティを実現していきたいです。
また個人的には国際交流にも力を入れたいと考えています。和光市は米国ワシントン州ロングビュー市と姉妹都市関係を結び、長年にわたり良好な関係を築いてきました。しかし、米国は渡航費が高いため、直接の相互交流が難しい状況です。韓国や中国などアジアの自治体関係者とも親交を深め、国際的なつながりをさらに広げていきたいです。
内山:
市長として公の立場からプロフェッショナルファームに期待することはありますか。
柴﨑:
近年、どの自治体も人材不足に悩まされています。例えば、DXを推進するために2~3年のスパンで専門職を募集しても、報酬や待遇などの条件に限界があり、人材がなかなか集まりません。多くの自治体は、外部の専門知識を持った人材に、期間限定でも協力してほしいと考えています。もしPwCをはじめとしたプロフェッショナルファームが、自治体の人材不足解消や改革に率先して協力してくれるなら、とても嬉しいです。
内山:
PwCは「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」というパーパスを掲げています。官民と立場は異なりますが、将来的に自治体の課題解決のために一緒に仕事できる日が来れば面白そうですね。最後にアルムナイの皆様に向けてメッセージをいただけますでしょうか。
柴﨑:
PwC時代にはとても楽しい時間を過ごすことができました。仕事のハードでシビアな面も含めて、良い経験となりました。特に、個性豊かな方々との出会いは私にとって一生の宝です。もしかすると、PwC時代の同僚に連絡を取ることをためらっているアルムナイの方々もいらっしゃるかもしれませんが、気軽にどんどんコンタクトしてみることをおすすめします。きっと、時を経て新たな出会いがたくさんあるはずです。
内山:
本日はお時間をいただきありがとうございました。市長として益々のご活躍を期待しております。
柴﨑 光子
和光市長
埼玉県和光市生まれ。税理士としてプライスウォーターハウスクーパース税務事務所(当時)を含む複数の税理士法人に勤務した後、2012年に柴﨑光子税理士事務所を設立。2014年から3年間、和光市監査委員として市の監査等に従事する。2018年よりシンガポールに家族とともに滞在し、投資ファンドにて財務、経理などを担当。2021年に帰国後、同年5月に和光市長選挙に当選し、現在一期目。
内山 直哉
PwC税理士法人 パートナー
2001年、プライスウォーターハウスクーパース税務事務所(当時)入所。税務申告業務、M&Aに関する税務アドバイスなどに関与する。2009年から2011年までPwC米国シカゴ事務所に駐在。日系企業を中心に米国連邦税・州税のコンプライアンス対応支援、組織再編に関する税務アドバイザリーを提供する。
帰国後は、日系企業の海外投資に関する税務アドバイザリー業務、大規模日系企業の税務申告やグローバルミニマム課税を含む国際税務のアドバイス、企業の税務機能を担うタックス・マネージドサービスの業務に従事している。