2019年まで約10年にわたり、PwC JapanグループやPwC米国法人の人事部門に在籍した馬場竜介氏は、西本Wismettacホールディングス株式会社の最高人事責任者(CHRO)として、食産業の未来を切り拓くために組織の変革を担っています。本対談では、転職に至った経緯や新天地でのチャレンジに加え、現在の仕事に活きているPwC時代の経験や今後の展望について語ってもらいました。
話し手
西本Wismettacホールディングス株式会社
執行役員 CHRO
馬場 竜介氏
聞き手
PwC Japan有限責任監査法人 会長
PwC Japan Alumni Network担当パートナー
井野 貴章
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
井野:
馬場さんは2019年まで約10年にわたり、PwC JapanグループやPwC米国法人の人事部門に在籍されていました。私が人事部門に携わっていたタイミングでは、一緒にプロジェクトに従事させていただいたこともあります。本日は過去・現在・未来に至るまで幅広くお話をお伺いしたいと思いますが、まず現在のお仕事について教えていただけますか。
馬場:
私は現在、世界44カ所に拠点を持つ西本Wismettacホールディングス株式会社という企業でCHROを務めています。入社は約6年前の2019年です。当社は日本市場でWismettacフーズなどの企業を保有している上場企業ですが、2024年11月に非上場化を発表し、現在手続きを進めている状態です。
当社はもともと日米間でフルーツの輸入、日本食の輸出といった食品貿易事業を展開してきました。現在の取扱商材でメジャーなものとしては、輸入フルーツではオレンジ、レモンがあげられます。また海外での日本食の展開については、現在では日本からの輸出のみならず北米を含む世界各地の現地法人で輸入卸事業を行っています。具体的には米国や英国など各国の子会社で日本食を輸入または現地調達を行い、現地の日本食レストランやスーパーに販売する事業を展開しています。自社ブランドの「Shirakiku🄬」は日本食ブランドとして各国で親しまれています。
最近のレストランは、日本食やアジア食がミックスするようになってきました。また日本食スーパーだけでなく、外資系スーパーなどでも日本食材が販売されるようになってきました。ビジネスモデルの変化とともに、徐々に競争が激しくなっています。
それでも日本食に関しては日本企業に強みがあると感じています。例えば、味噌やみりんの味の違いを区別したり、これらの食材の適切な調達先を発掘したりすることに関しては、「食」というものが文化や歴史と密接に結びついていることもあり、米国企業などには強みが出しにくい領域です。食味に関する言葉のニュアンスも難しく、参入障壁が高いと感じています。
井野:
馬場さんは、なぜ西本Wismettacホールディングスへの転職を決めたのでしょうか。
馬場:
少し青臭い話ですが、自分のキャリアについて「人事」という領域で深めていこうと決意した30歳くらいの時に、30~40代の間はグローバルに展開する先進的企業で「世界最先端の人事」の経験を積み、40代後半からその経験を活かして日本経済・日本企業の世界的成長に貢献できる役割に就きたい、というキャリアプランをデザインし、それを夢として一部のキャリアコンサルタントの方々に語っていました。
幸いなことに描いた夢の通りに30代前半からの約10年間、PwCという先進的な組織で、グローバルというスコープで「人事」のさまざまな取り組みに携わらせていただきました。
転職のきっかけになったのは、30歳のころに夢を語ったキャリアコンサルタントのお声がけです。その方は13年も前に議論した内容を覚えていて「描いていた夢に合致した機会がある」と誘ってくれました。
グローバル化を進めていた西本Wismettacホールディングスでは、米国でエグゼクティブとして鍛えられた人材かつ、人事ストラテジーについてディスカッションできる人材を探していました。PwCを含めて、日系とグローバル企業をミックスしたような会社に勤めていた経歴がアドバンテージとなり、最終的に採用いただくことになりました。
私は今でもPwCが大好きです。残るという選択肢も考えました。ただ次の機会が訪れない可能性もあり、後悔しないためにも転職を決心しました。
西本Wismettacホールディングス株式会社 執行役員 CHRO 馬場 竜介氏
井野:
私が人事部門を担当していた時に、PwC米国法人が主導して、当時としては最先端の思想を持った人事システムをグローバルで一斉に導入することになりました。馬場さんには、その日本における導入プロジェクトのリーダーとして全体を統括いただきました。思い返せば、あれが私たちの最初の接点でしたね。
人事システムに関しては賛否両論がありましたし、導入時にはカルチャーの違いやタイトなスケジュールなどさまざまな制約と課題がありました。方々に説明に回りながら苦労を共にした思い出があります。当時の経験についてはどう振り返っていらっしゃいますか。
馬場:
PwCというグローバル規模の組織で、最先端テクノロジーに関するプロジェクトにジョインさせていただいたことはとても貴重な経験となりました。ステークホルダーであるユーザーサイドの方々も人事システムやプロセスに詳しかったので、しっかり説明しないと納得してもらえないという高度な経験を積ませてもらったと思っています。
日本側での導入もすごく印象に残っていますが、グローバルの連携を強化するために足並みを揃えるという課題に向き合ったことは、現在の仕事にも大きく役立っています。
井野:
現在はグローバル企業の人事部門でトップとしてご活躍されていますが、グループ内でITの仕組みを統一する流れはあるのでしょうか。
馬場:
当社の場合、日本にいる人材と米国にいる人材で業務が異なります。例えば、海外現地では倉庫や配送のオペレーションがありますが、日本にはそれらに関連するオペレーションはありません。評価方法やプロセスも異なるので、システムを完全に統一する、というところまでは現在は考えておりません。
とはいえ、国境をまたがるレポートラインや、海外法人間の出向・赴任など、クロスボーダーでのタレントマネジメントの仕組みが求められる場面が多々あります。人材マネジメントの仕組みやシステムに関しては、ローカルな部分とグローバル化する部分を使い分けていきたい考えです。
井野:
グローバルで統一する部分に関してはPwCの経験が活きるかもしれませんね。
馬場:
統一するということはどういうことか、あるいは各ローカルにどれだけインパクトがあるかはPwC時代の経験で理解することができました。また、ビジネスあっての人事制度およびシステムですので、ビジネスの方向性とシステムを紐づけていくという観点でも人事システム導入プロジェクトはとても貴重な経験でした。
PwC Japan有限責任監査法人 会長 PwC Japan Alumni Network担当パートナー 井野 貴章
井野:
西本Wismettacホールディングスではパーパスのような理念体系を掲げていらっしゃいますか。
馬場:
「世界の食産業と消費者への貢献」が、私たちが軸に置いている考え方です。食産業が多くのプレイヤー、ステークホルダーによって成り立っている業界であることから、そのキープレイヤーとして消費者が求める「食」を届けるということだけでなく、生産者やメーカーといった調達先や、スーパーやレストランといった販売先を含む食産業全体の課題を解決していく企業でありたいと考えています。
井野:
マネジメントとして、組織の運営について感じていらっしゃる課題感についても共有ください。海外に出ていきたい人材や、若い方々が意識すべき課題という視点からアドバイスいただけますか。
馬場:
率直に申し上げると、日本では能力や知的レベルが高い人材であっても、「サポーター気質」や「参謀気質」が強い方が多く、チャレンジしながら新たな道を広げていく気概があるタイプは少なくなっていると感じます。例えば米国では中国系、インド系、韓国系の方などが、ハングリー精神を持ってチャレンジしています。トランプ政権発足など世の中が変化していくなか、主体性の議論は非常に重要になると感じています。
井野:
米国のみならず、フランス、ドイツ、イタリアなど、欧州でも同様の傾向が強くなり始めています。今後、「欲しいものを欲しい」と主張することを是とするような社会が来るのではないか。私もそのような環境変化が起こる気がします。
馬場:
日本人はルールを守ることが得意です。しかし、ルールを作るときに声を上げることは不得意です。自分自身も含めて「ルールに関与する力強さ」を鍛えることが、日本企業や人材に求められていくのではないでしょうか。
井野:
PwCの事業について「支援ビジネス」だと定義されることもあります。たしかに誰かを助ける仕事ですし、馬場さんのお言葉を借りれば参謀タイプとも言えるでしょう。ただし個別の課題に加えて、より大きなアジェンダに対して枠組みを作ることも支援ビジネスの一つ。主体性を持って世の中に関わる感覚や能力は、私たちにとっても不可欠ですね。
馬場さんはPwC時代からあるべき世界を語って行動していらっしゃいました。人事が目指すべき最先端の世界を語り促すそのリーダーシップのスタイルから、変化を起こしたいというイニシアチブを感じていましたよ。転職された後も変わらぬ精神で活躍されていると知り、元同僚としてとても誇らしいです。
(左から)馬場 竜介氏、井野 貴章
井野:
現在の職場では新たなチャレンジもあると思いますがいかがでしょうか。今後の展望についても教えてください。
馬場:
PwC在籍時には、常に時代を先取りして、組織が目指す方向性に沿ってどのように人事の仕組みや制度を変えていくか試行錯誤していました。現在の組織でも基本的に同じことをやっていますが、違いは人事の専門家や仲間が少ないことです。PwCにいた時は少し油断しても周囲が自然と動いてくれました。今は私が甘えると止まる事柄がたくさんあります。
現状と限られたリソースを駆使してベストを尽くすこと。それが新たなチャレンジになると思います。
西本Wismettacホールディングスは、次のステージに向かうフェーズです。現時点では非上場化して不退転の決意で変革を進めていこうとしています。なかでも人事組織や企業文化、価値観は変革のためにとても重要です。その構築をしっかり進めていくことが私のミッションであり、達成することで次の風景が見えてくるでしょう。
また、気候変動や人口増加などの環境変化により、食の世界は分かりやすい過渡期にあります。テクノロジーの進化も見過ごせません。例えば、画像解析技術が発展すればトレーサビリティのコストもぐっと押し下げられるでしょう。あるいはDNA解析や画像ベースで、食品の味が可視化できる未来も近づいています。デジタル化やAI化が加速し業界構造が変化していくなか、企業としてしっかりとインパクトを提供し続けられるよう、変革を促す役割を果たしていきたいです。
井野:
食品業界の変化により、馬場さんが関わる方々の専門性も変わってくると予想されますか。
馬場:
専門性も価値観も変わっていくはずです。食の世界はまだデータ化されていない部分も多く、ハイコンテキストな人のつながりが強いビジネスです。ただ今後はデータ化が進むことが確実であり、人材の育成方針や行動基準も変化していくでしょう。このような変化の時代にCHROとして仕事をさせてもらえることに非常にやりがいを感じます。
井野:
食の世界が大きくトランスフォーメーションしていこうとするなか、プロフェッショナルファームはどう変化していくべきでしょうか。PwCに期待することもお伺いしたいです。
馬場:
まず人材の育成・輩出という文脈ではPwCの存在はとても大事だと思います。プロフェッショナルな人材を育てるゆりかごとしての機能は、今後も残り続けるだろうし、期待したい一面です。
そしてPwCはグローバルレベルでトレンドの最先端にいます。ナレッジも蓄積されており、組織の規模的にもPwCだからこそできることが多いでしょう。PwCの皆さんが活躍し続けていることは卒業生としてうれしいこと。食の業界に限らず、世の中の課題を解決し変革を促すために今後も重要な役割を担ってほしいです。
井野:
本日の対談の内容を胸にしっかり刻んで今後も精進していきます。貴重なお時間をいただきありがとうございました。
馬場 竜介
西本Wismettacホールディングス株式会社 執行役員 CHRO
日本オラクル株式会社人事マネージャー、コロムビアミュージックエンタテインメント株式会社(現・日本コロムビア株式会社)人事部長などを経て2008年に当時のべリングポイント株式会社入社(2009年にプライスウォーターハウスクーパースコンサルタント株式会社に)。PwC時代は一貫してヒューマンキャピタル部門。2014年から2017年までPricewaterhouseCoopers LLPニューヨークオフィスに出向。2019年から西本Wismettacホールディングス株式会社、2020年より現職。
井野 貴章
PwC Japan有限責任監査法人 会長
1991年に中央新光監査法人に入所。1997年からクーパース&ライブランドの米国ニューヨーク事務所に出向。2007年にあらた監査法人(当時)の代表社員に就任。執行役品質管理担当、執行役人事担当の役職を経て2020年にPwCあらた有限責任監査法人(当時)代表執行役に就任。2024年6月に退任し、2024年7月よりPwC Japan有限責任監査法人会長。