データアナリティクスを活用した保険募集コンプライアンスリスク管理支援

保険募集コンプライアンスに関する現状と課題

保険商品は本来、消費者の社会保障や資産形成を補完する役割を担うものですが、それに反して消費者の不利益につながるような不適正募集がこれまで国内外で度々問題となってきました。例えば、国内では高齢者などに向けた不適切な募集行為とその管理態勢が問題とされた例、海外では英国におけるPayment Protection Insurance(PPI)の例などが報道されています。このような事案が明るみに出ると、保険会社にとっては調査や賠償などの事後対応費用の発生にとどまらず、行政処分、レピュテーション棄損による売上減少や株価下落など幅広い形で損失を被る可能性があります。特に、近年はSNSの普及によって不芳情報が急速かつ広範に拡散されやすくなっていることから、レピュテーションリスク管理は極めて重要な経営課題となっています。

1. 募集コンプライアンス違反の要因

募集コンプライアンス違反が生じる背景には多岐にわたる要因が存在しており、長期化する低金利といった業界の構造的要因がある一方、保険会社自体も内部にさまざまな要因を抱えています。例えば知識や意識の点で募集人の適性が不足していると、このような事案の直接的な要因になり得ます。また組織の問題として、課された営業目標が高すぎることやインセンティブシステム、営業マネジメントの在り方などが募集人に過度なプレッシャーを与え、事案の発生に影響していることも考えられます。一方、商品設計の面では、商品構成や補償内容が複雑すぎると、顧客との間に情報の非対称性を生み出し、顧客に不利益な商品の販売を助長することにつながるおそれがあります。さらに全社的・経営レベルの課題として、このような状況に対し、3線防御態勢における管理部門や内部監査部門による統制や検証が十分に機能していないこと、またコンプライアンス文化の醸成が不十分であることも態勢的な要因となります。

2. 形式的・事後的対処から予防的リスク管理へ

金融庁が2018年10月に公表した「コンプライアンス・リスク管理に関する検査・監督の考え方と進め方(コンプライアンス・リスク管理基本方針)」には、これまでの金融機関のコンプライアンスリスク管理には、形式的な対応の積み重ねや、発生した個別問題への事後対応に偏重している傾向がある、と記載されています。本来は、このような事案の発生を未然に抑制すべく、その真の要因を分析し対策を打つことで、形式的でない実質的な対応をすることが望まれます。

しかし、保険募集コンプライアンスリスクにおいてそのような取り組みを実際に検討しようとすると、いくつかの壁にぶつかります。まず、「真の要因」は上で述べたように多岐にわたるとともに複雑に絡み合っており、営業部門やコンプライアンス部門が単独で取り組むには限界があります。また事案の発生を未然に抑制するには何らかの「予兆」を捉えることが重要になりますが、これまでの管理態勢では営業部門における人的な現場マネジメントに依存せざるを得ず、効果的な統制ができません。

3. デジタル化をコンプライアンスリスク管理に活かす

こうした中、保険営業の領域にもデジタル化の波が押し寄せてきています。スマートフォンなどのデバイスや通信技術の進化、音声・動画などの活用、さらにはデータ処理能力の飛躍的向上が、保険の営業現場や事務処理にも影響を及ぼしつつあります。ビジネスの意思決定に活用できるデータの量と範囲が大きく広がっており、それらを活用することで従来のような人的な現場マネジメントによる統制の限界を突破できる可能性があります。コンプライアンスリスクの源泉である「人」を取り巻くさまざまなデータを活用してリスクをモニタリングし、未然防止を含むコントロールを強化することで、形式的でない「実質的な」コンプライアンスリスク管理を目指すアプローチです。

予防的リスク管理とデータ活用

1. 要因~予兆~結果のシナリオ策定

データを活用して募集コンプライアンスリスクを管理するにあたり、まず事案の発現に至るプロセスを「要因」「予兆」「結果」の3段階で整理します。つまり、「どのような属性を持つ、あるいはどのような環境に置かれた募集人のリスクが高いのか」「不適切な行動の予兆として考えられる行動はどのようなものか」「結果としての行動について、どのような行動が不適切である蓋然性が高いか」に関して仮説を立てます(シナリオ策定)。その上でそれらがどのようなデータで表されるかを検討します(KRI[Key Risk Indicator]策定)。例えば「結果」を表すKRIは、契約/保全・解約/苦情・クレーム情報などから抽出することが考えられます。「予兆」のKRIとしては、募集人の営業成績/案件/顧客とのコミュニケーション状況など、「要因」のKRIは、募集人属性や環境を示すものとして、人事/組織/研修などが挙げられます。

募集コンプライアンス・ リスクのモニタリングと対応

2. モニタリングと予防的対応

策定した仮説が妥当なものかどうかを、実際の過去事案のデータを活用して検証します。それを通じてKRIとして有効と判断できた指標を活用してモニタリングを開始します。モニタリングによって検知した事象への対応は、「要因」「予兆」「結果」それぞれの段階で異なります。例えば、要因に関するKRIで高リスクと判断した募集人に対しては、配属の見直し、研修の実施など、本質的かつ予防的な対処が可能となります。また、予兆の段階で検知した場合、それを当該募集人の上長と共有し個別の状況に合わせた対応策を協議することができます。結果に関するKRIで異常値を見つけ、調査の結果それが真に不適切なものと判断した場合は顧客対応や処分などの事後対応となりますが、従来はこのような事案は顧客からの苦情で発覚することがほとんどであった状況と比べると、会社としての管理が改善していると言えるでしょう。

3. データアナリティクスの活用

現在、デジタル化によってこのような分析・モニタリングに活用できるデータの種類が多様化しています。例えば、メールやチャット、電話音声などの非構造化データを解析し、その中からリスクを示す特徴の有無を割り出すことも、自然言語処理や音声解析の発展により技術的には可能になってきています。またシナリオやKRIを仮説構築し検証するアプローチではなく、多種多様なデータの解析を通じて、想定していなかったデータがKRIになり得ることを発見し、それをモニタリングに活用していくといったアプローチも考えられます。いずれにしても、このようなデータアナリティクスを通じたモニタリング手法には唯一の正解というものはなく、各社の状況に合わせて一定の試行錯誤が必要になります。

予防的リスク管理とデータ活用における留意点

1. モニタリングの精度と効果

モニタリングによって把握された高リスクの行動の中には、実際に調査してみると問題がないケースも含まれます。また逆に、モニタリングでは把握できなかったものの、顧客からの苦情により不適切行為が発覚することもあり得ます。このようなことを抑制すべくモニタリングの精度を継続的に高めることは、一定程度は有用ですが、限界もあります。むしろ、「不適切行為の発生を未然に防止する」という本来の目的に即して考えれば、このような取り組みを周知し、募集人に「モニタリングされている」ことを自覚させること自体に、行為に及ぶ一歩手前で踏みとどまらせるような牽制効果があります。

2. 全社的リスク管理態勢の構築

このような管理態勢の構築は、主に第1線である営業部門と第2線のコンプライアンス部門の協働を想定していますが、それだけでは効果が限定的となるおそれがあります。上述したように、3線防御態勢の整備やコンプライアンス文化の醸成・浸透といった点に対応するには、経営のリーダーシップに基づく全社的なコンダクトリスク管理プログラムを整備し、モニタリングと連携させていくことが必要です。また真因が商品設計や営業戦略に及ぶ場合、それらの所管部門も巻き込んだ対応が求められるケースもあります。

3. プライバシーの考慮

モニタリングにおいて募集人の属性・行動などプライバシーに関わるデータを扱う際にも注意が必要です。プライバシーに関するリスクが低いデータに限定してモニタリングすることもあり得ますが、例えば一歩踏み込んで顧客とのやりとりのメールや電話音声をモニタリングする場合は、モニタリングの手法やガバナンス、社内への説明などについて、適正な方法を慎重に検討する必要があります。昨今普及が進むリモートワークなどによって公私の線引きが難しくなることも、配慮が一層求められる要因となります。

4. データマネジメント・ガバナンス態勢の整備

精度の高いモニタリングを実現するには、扱うデータの範囲や品質が大きく影響するため、データマネジメント・データガバナンス態勢の整備も重要となります。営業部門やコンプライアンス部門が自部門で保有するデータは限定的であり、全社的に取得可能なデータを活用できるような体制を整えるべきです。また誤ったデータを基に誤った判断をすることのないよう、利用するデータの品質を十分に担保することも求められます。

銀行、証券業界などへの適用

銀行や証券業界においても投資信託の不適切販売など、消費者に不利益を与え社会的に問題になった事案はあります。商品・サービスに関し顧客との間で情報の非対称性が大きく、かつ高価格帯であることから、これまで述べたようなアプローチはこれらの業界においても有用であると考えられます。当然、商品・サービスが異なればシナリオやKRIは異なってくるため、それぞれのビジネスに適合した仮説を構築し検証していく必要はありますが、基本的な考え方は踏襲することができます。

データ利活用の価値向上に向けて:PwCのアプローチとサービス

今日、デジタルテクノロジーの進化に伴い、ビジネスにおけるさまざまな局面においてデータ利活用の価値が高まってきました。データによりビジネスを可視化し、総合的に分析することによって、従来の人的な経験ベースだけではできなかった意思決定や管理が可能になっています。

保険会社の経営課題である募集コンプライアンスリスク管理に、新たな発想でデータ活用を組み込むことは、管理の高度化を目指すのみならず、その過程でコンプライアンスリスクの要因・構造を解明し、会社のインフラである人材や組織文化についての理解を深めることにつながります。またデータアナリティクスを通じ募集活動の「特徴」を把握することは、リスク管理という守りの面以外にも経営にとって大きな価値となり得ます。例えば営業提案力向上策として、属人的になりがちな優秀な募集人の行動特性を他の募集人が参考にしたり、顧客ニーズをデータから把握し商品設計の改善などの攻めの面に活用したりすることもできます。また、人材のリテンションや満足度向上に向けてデータを活用することも考えられます。

不確実性が高く変化の激しい現代においては、過去の経験のみに頼らず、データに基づいた判断を重視するデータドリブン経営の文化を醸成することが求められます。

PwCでは、データ活用やリスク管理に高い専門性を持つチームが、シナリオ・KPIの策定やデータアナリティクスの導入から、ガバナンス態勢の構築や企業文化の醸成まで、データ活用を企業価値の向上につなげるための幅広い提案・支援を行います。

主要メンバー

三村 知昭

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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古瀬 泰介

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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