世界の分断
多国籍企業が何十年にもわたり享受してきた均衡が、多くの要因によって崩れつつあります。こうした変化に対応するために、組織は戦略と戦術の両面を適応させる必要があります
第二次世界大戦後の数十年間で、効率化や社会全体の大義のために、各国の利害を調整する多国間組織や同盟が次々に登場しました。例えば、軍事・安全保障分野のNATO(北大西洋条約機構)、税制・規制・金融分野のOECD(経済協力開発機構)や世界銀行、国際貿易機関、WHO(世界保健機関)などです。このようなグローバルな取り組みによって創出された秩序を受け入れた国や企業は、その後、繁栄を遂げました。長年にわたる目覚ましい成長の結果、輸出は今や世界の産出量の約4分の1を占めるまでになりました。多国籍企業(MNC)は、グローバル貿易を自社の価値創造戦略の中心に据えています。2000年から2018年にかけて、MNCの資産成長総額9.2兆米ドルのうち、6.7兆米ドルが海外関連会社によるものです。OECD加盟国の多国籍企業は、平均28カ国に事業展開(オンラインの展開も含めると34カ国)しています。
多国籍企業は、グローバル化の波に乗り、過去20年間にわたって海外市場で急速に事業を拡大してきました。
もちろん、グローバルな取り組みがもたらすメリットは、国、産業、貿易体制において等しく共有されてきたわけではありません。近年、取引される物品・サービスの性質が根本的に変貌を遂げていることもあり、こうした不公平感が価値の分配をめぐる国際的な反発や紛争を招いています。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によってそうした反発は急激に高まっており、こうした傾向は今後も一層深刻化するものと予想されます。2021年以降、企業は税制、貿易、主要産業の規制、サプライチェーンなどについて、さまざまな地域間の紛争に直面することになるでしょう。ローカライゼーションとは、新たなグローバルの潮流なのでしょうか。
18世紀に欧州列強諸国がアメリカ大陸への貿易ルートの支配権をめぐり繰り広げた戦争や、1950~1960年代に北大西洋漁場へのアクセスを巡って行われた「タラ戦争(cod wars)」など、実際の軍事衝突であれ、貿易や税制をめぐる衝突であれ、グローバルな紛争は常に、そして必然的に、価値と結びついていました。救いと言えるのは、そうした紛争の主な手段が、資源の支配権を争う物理的な軍事対立から、データや情報などの無形資産を争う紛争へと移行していることでしょう。
「データは新たな石油である」という言葉をよく耳にします。実際、この見解は正しく、また有形資産から無形資産への価値の変化を表す言葉でもあります。1970年代から1980年代にかけては、最も価値のある資源は、特定の地理的領域に埋蔵されているものであり、その場所に物理的に存在している企業だけが、その価値を引き出すことができました。1990~2000年代になると、通信ネットワークなどの固定インフラが非常に価値の高いものになりました。それでも、通信インフラは主に特定の地理的領域と結びついており、企業も多数の物理的な施設を構えていました。
しかし現在、価値を創出する主な源泉は、情報、データ、テクノロジーです。世界の価値ある企業の多くが、資源や物理的資産をほとんど所有していません。その一方で、知的財産、特許、研究開発、ブランドを所有し、インターネットやモバイルネットワークを通じて製品やサービスを提供しています。Alibaba、Alphabet、Amazon、Apple、Facebook、Mastercard、Microsoft、Tencent、Visaなどの企業は、莫大な収益を上げ、クロスボーダービジネスを展開しています。これらの企業の重要インフラの多くは、クラウド上に存在するか、あるいは広範囲に分散されています。例えば、世界市場で最も価値のある製品の一つであり、年間販売台数約2億台を誇るiPhoneを見てみましょう(英語)。貿易統計学者の立場からは、iPhoneは単純に「物品」として扱われます。しかしながら、この製品の価値の大部分は、言うまでもなく金属、ガラス、シリコンなどの材料にあるのではなく、そのブランド、IP、ソフトウェアやその他無形資産にあります。現在、こうした無形資産の覇権を握っているのは米国と中国であることを考えると、両国がさまざまな貿易問題で衝突しているのも当然と言えるでしょう。
主権国家は、民主主義国家であろうと権威主義国家であろうと、経済発展、安全保障、環境について自国の利益を追求します。また、データや無形資産のグローバルな取引の増加に伴い、国民や国内産業、国家安全保障を保護するための各国の取り組みが急増しています。
税制に関しては、例えば、米Tax Foundationは次のように報告しています(英語)。「欧州のOECD加盟国の約半数が、デジタルサービス税(DST)を発表、提案、または実施しています。これは、大手テクノロジー企業の総収益の一部に課税するものです」。このような措置は、主に米国に拠点を置く企業が対象となる傾向があります。
貿易に関しては、主要貿易国間の深刻な対立が最大の関心事といえるでしょう。GDPで世界最大の経済大国である米国と中国は、関税や市場アクセス制限、特定企業の排除措置など、貿易紛争を繰り広げています(英語)。米国のバイデン新政権は、投資プログラムの一環として、バイ・アメリカン政策の実施を宣言しています(英語)。
1911年のStandard Oilのケースや1984年のAT&Tのケースなど、規制当局は主要テクノロジー業界の寡占企業を解体すべく介入してきた歴史があります。今日、多くの国の規制当局が、巨大プラットフォーマー企業の活動を抑制するための措置を検討しています。その際、対象セクターを規制したいという意向と、米国や中国に本拠地を置く覇権企業に対抗できる企業の育成を促す必要性とのバランスを図っています(欧州においてなぜ大規模テクノロジープラットフォームが生まれてこなかったのか、というのは興味深い問題です)。
サプライチェーンに関しては、ローカライゼーションはいささか異なる意味合いを帯びています。COVID-19のパンデミックを受けて、各国は国家備蓄を積み上げ、医療用品、PPE、人工呼吸器などの重要製品の国内生産を奨励する措置を講じています。まさに、基礎的なニーズを満たすにあたり国際貿易に依存する必要がないように、という意図を持った動きです。また、大小問わず、さまざまな国が、国民への十分なワクチン供給を確保するための措置を講じています。こうした動きは十分に理解できるものであり、ほとんどの場合必要な措置ではあるものの、医薬品やヘルスケアだけでなく、エネルギーや食料品など、既存の貿易関係やサプライチェーンのさらなる見直しに発展する可能性もあります。
上記をまとめると、こうしたローカライゼーションへの動きによって、多国籍企業が近年享受してきた均衡が崩れつつあります。各国は、経済成長の促進に注力する中で、いずれ繁栄への道としてグローバリゼーションに回帰していくでしょう。しかしそれまでの間、ローカライゼーションが「新たな現実」なのです。
では今日、グローバルに活躍するリーダーにとって、このことは何を意味するのでしょうか。
この点については、いくつか考えられるでしょう。まず、新たな現実の中で価値を創出するためには、戦略と戦術の両面を進化させる必要があります。これまで自社にグローバル規模での素晴らしい成長をもたらしてきた力が、今後もその効力を発揮すると期待すべきではありません。グローバル経済は依然として拡大しており、新たな関係や市場が絶えず構築されています。しかし、リーダーは、より多くの地域的対立や検討事項、障壁が存在する世界の中で渡り合っていく備えが必要です。企業は、一時的に効率性が損なわれる可能性があってもサプライチェーンを縮小すべきか、慎重な見直しを迫られる可能性もあるでしょう。この新しい世界において、リーダーはローカライゼーションを成功させるためのエコシステムをより深く掘り下げて構築する必要があります。こうした取り組みには、レジリエンスを高めるための政策や体制について政府と協力することも含まれます。
ただでさえ課題が山積する中で、CEOは、地域や国ごとの政策の変化とその影響により敏感に対応していかなければなりません。また、新規市場への参入という魅力的かつ重要な課題に対して、より選択的アプローチを採用しなければならない場面も出てくるかもしれません。地政学的問題が高まる世界において競い合い、成功するための知見とケイパビリティが備わっている場合にのみ、国際的な投資に打って出るべきだからです。
Hello, tomorrow. 明日を見通す。未来をつくる。
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※本コンテンツは、PwCが2021年2月1日に発表した「Localisation is the new globalisation」を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。