全世代のウェルビーイングを実現するエイジテック

第2回 産官学連携で実現する人間中心の介護とは~個別ニーズに応える新産業基盤の確立~

  • 2025-01-08
(左から)植田 賢吾、いとうまい子氏、曽根 貢、三治 信一朗

(左から)植田 賢吾、いとうまい子氏、曽根 貢、三治 信一朗

超高齢社会を迎えた日本で、人生100年時代を健康に過ごすために求められる新しいヘルスケアサービスとは何か――。女優としてのキャリアを持ちながら、介護予防ロボットの開発者としても活躍するいとうまい子氏をゲストに迎え、エイジテックが切り拓く可能性について議論を展開します。ロコモティブシンドローム予防のための介護ロボット「ロコピョン」の開発秘話から、高齢者一人ひとりのニーズに寄り添う技術のあり方、さらには産官学が連携した新たな産業基盤の構築まで、具体的な事例を交えながら、介護・ヘルスケアの未来像に迫ります。(本文敬称略)

出席者

いとうまい子氏
女優、経営者、研究者

三治 信一朗
PwCコンサルティング合同会社
執行役員 パートナー

曽根 貢
PwCコンサルティング合同会社
パートナー

植田 賢吾
PwCコンサルティング合同会社
マネージャー

※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。

女優、経営者、研究者 いとうまい子氏

女優、経営者、研究者 いとうまい子氏

第1章
人生100年時代を健康に過ごすヘルスケアサービスのあるべき姿とは何か
~支える人も支えられる人も幸せになる医療と介護のカタチ

曽根:
本座談会では私たちが直面する超高齢化社会において、人々が健康で豊かに過ごすためのヘルスケアサービスのあり方について、議論を進めてまいります。

まずPwCコンサルティングにおいてヘルスケア領域を担当する私たちのビジョンを紹介させてください。私たちは「人生100年時代を健康に過ごす」ことを目標に掲げ、介護が必要になったとしても支える側にも幸せを感じられる社会の実現を目指しています。そのためには現在の各種制度の持続可能性を高め、医療・介護をはじめとするヘルスケア領域に取り組む企業への資金の循環をもたらすことが必要だと考えています。

最初にいとうさんがご両親の介護を通じてお考えになった「あるべきヘルスケアサービス」や「こうあってほしいヘルスケアサービス」を聞かせてください。

いとう:
私はこれまで俳優としてのキャリアを歩みながら、医療・福祉の分野にも携わり続けてきました。特に、両親の介護を通じて、個々に合わせたケアの重要性を強く実感しました。父をがんで、母を認知症で看取る中で、それぞれが異なるニーズを持っていることに気付き、標準的なケアが必ずしも全ての患者さんに合うわけではないと感じました。

その一例として、母の介護で特に印象に残っているのが、筋力低下を防止することの大切さでした。病で寝込むと高齢者は急速に筋力が衰え、歩行が困難になってしまいます。

また母の介護では、認知症が進む中で、家族として何ができるのか、何を優先すべきかという問いに何度も直面しました。実際、認知症の進行を目の当たりにして、今できることを後回しにせず、その時その時の瞬間に対応することの大切さを痛感しました。現在同じ課題に直面している方には、「今できることは、今、してさしあげて」と強くお伝えしたいです。

植田:
高齢者の場合、寝たきりになり衰えてしてしまった筋肉をV字回復させるのは難しいといわれます。「今できることは、今、してさしあげて」といういとうさんのメッセージは、介護する側にとって大切ですね。

いとう:
高齢者が怪我をしたら、完治して健康な状態に戻ることを期待してはいけないのです。しかし、介護する子どもはそれが受け入れられません。子どもにとって親は頼りになる存在でしたよね。その親の認知機能が低下したり、足腰が弱って歩けなくなったりすることが想像できないんです。多くの方に知っていただきたいのは、「(親が年老いてくると)自分が思っている親じゃなくなる瞬間が、ある日突然やってくる」ということです。

三治:
これは認識のギャップの問題だと思います。多くの人は認知症の患者さんと接する機会がないため、実際の状況を理解できません。いとうさんの場合は、お母さまを主に在宅で介護されていたのですか。

いとう:
母は歩いて5分ぐらいの所に住んでおり、毎日通いで介護をしていました。在宅介護にあたっては区(自治体)のケアマネージャーさんが親身に相談に乗ってくださり、どのようなサービスが受けられるのか要介護認定の申請方法などを丁寧に教えて頂きました。もし、全部自分でやらなければならなかったら、途方に暮れていたと思います。

植田:
在宅医療・介護において家族の存在は大きいです。PwCコンサルティングでは新潟県の在宅医療体制の整備を支援する中で、約50人のクリニックの医師にインタビューを行いました。その結果、多くの医師が在宅医療を受ける患者と介護施設に入所する患者の違いは「面倒をみてくれる家族の存在があるかどうか」だと回答しています。

都市部では家族が近くに住んでいることが多く、在宅医療のモデルが機能しやすい一方で、農村部では若者の流出で家族がおらず、高齢者の在宅介護が難しくなっています。その結果、多くの患者さんが病院に入院した後、介護施設に移ることになり、自宅で最期を迎えることが難しくなっています。このような地域による介護環境の格差や、家族の支援体制の違いによる課題に対して、どのように取り組んでいくべきか、さらに検討を重ねていく必要があります。

いとう:
高齢者介護は複雑な問題で、一つの施策だけでは解決できません。家族や地域の支援、新しい技術の活用、行政のサポート、そして支える側も幸せを感じられる仕組みが必要です。介護者がストレスや疲労を抱えてしまうと、良質なケアの提供は難しくなります。これらの要素を組み合わせ、互いに助け合える文化を日本社会に根付かせることが重要だと考えています。

PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 三治 信一朗

PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 三治 信一朗

PwCコンサルティング合同会社 マネージャー 植田 賢吾

PwCコンサルティング合同会社 マネージャー 植田 賢吾

第2章
介護ロボットが受け入れられるための条件とは
~エイジテック成功の“仕掛け”は「使って楽しい」と「反復したくなる」

植田:
いとうさんのお話を伺っていますと、介護には多くの課題があり、そこに携わる全ての方が懸命に尽力されていることが分かります。では、そうした課題をテクノロジーの力で解決するにはどうすればよいのでしょうか。三治さんに伺います。こうした課題に対するPwCコンサルティングの取り組みを説明してください。

三治:
技術研究・検証施設であるTechnology Laboratory ではエイジテック活用に注力しており、データやAI(人工知能)を用いた高齢者の健康管理を支援しています。現在はリアルタイムモニタリングとAIにより最適なケアプランを提供するシステムを構築中です。これにより予防医療や遠隔医療の進展、地域全体の健康サポート体制強化を実現できると期待しています。

こうした取り組みを進める中で感じているのが、日本では介護ロボットの分野で明確な成功例が少ないことです。簡単に言えば、技術と現場ニーズがうまくマッチングしていないのですね。例えば介護者の重労働を支援する装着式の器具(パワーアシストスーツ)は見た目の派手さで注目されました。しかし、現場で日常的に使うには重装備で使いにくいという指摘があります。また、地道なデータ収集がしづらいといった課題もありました。

それに対していとうさんが開発した「ロコピョン」は革新的でニッチなニーズを捉えたサービスだと思います。初めてロコピョンを見た時、高齢者が本当に必要としているソリューションを、理にかなった形で提供していると感心しました。

植田:
どのようなきっかけでロコピョンを開発されたのですか。その背景を教えてください。

いとう:
私がロコピョンを開発した一番大きな目的は、高齢者の筋力低下の防止です。整形外科の先生から伺った話がきっかけでした。足腰が弱ってきた高齢者、いわゆるロコモティブシンドロームの高齢者に「毎日スクワットしてください」と言っても、1カ月経つと全然やらなくなって歩けなくなってしまうそうです。

これを解決する研究テーマの1つに「ロコモコール」がありました。ロコモコールとは看護師さんや理学療法士さんが担当の患者さんに週3回電話をかけ、「スクワットをやりましょう」「片足で立ちましょう」とサポートするものです。その結果、ロコモコールを受けた患者群とまったく電話を受けなかった群では筋力の維持に大きな違いが出ました。

とはいえ、超高齢社会になった場合、看護師さんや理学療法士の方が週3回電話をするのは不可能です。「高齢者が毎日楽しくスクワットをして筋力が維持できるソリューションは何か」の視点で考え、開発したのがロコピョンです。

ロコピョンを高齢者の自宅に貸し出したところ、女性は積極的に使ってくれるのですが、男性は「俺にはこんなぬいぐるみは必要ない」と拒否反応を示しました。しかし、そうした男性も2カ月後に引き取る段階になったら「この子がいなくなったら、スクワットができなくなる」とおっしゃるほど愛着を持ってくれたのです。

このことから、高価で仰々しいものを導入しようとするよりも、心に響くような、何かと関わりながら継続的に利用できるものがよいことがわかりました。また結果として、多くのデータも得られました。

植田:
大切なのは「使って楽しい」「反復したくなる」ことで、「多機能」ではないのですよね。

三治:
介護ロボットでよく発生する課題は、「あれもこれも」と多機能化を目指した結果、開発投資が大きくなりすぎて販売価格が上がり、誰も買わないことです。それに対してロコピョンのコンセプトはシンプルで「反復して運動をする」に価値を置き、愛着を持てる形に変換して高齢者に寄り添っています。

曽根:
ロコモコールの解決策として、私なら合理性を最優先にして家の電話を自動で鳴らす仕組みを考えてしまいます。しかし、いとうさんは単なる機械的な音声ではなく「より親しみやすい」という付加価値を付け、「高齢者が継続して使いたくなるツール」に昇華されました。この視点は素晴らしいと思います。

植田:
ロコピョンはお一人で開発されたのですか。

いとう:
ロコピョンを開発したのは修士課程のときです。大学4年生のときにロコピョンの前身となる「間違ったスクワットをするとセンサーが教える」という装置を開発し、国際的なロボット展示会で展示していたのですね。そのときに神戸のセンサー企業の方と出会いました。そしてその方の助言で大学院に進み、そこでロコモコールの研究を見つけて、独居高齢者の筋力低下に対するアプローチを考えました。その神戸の企業の方と一緒に開発を進めていきました。

植田:
このようなエイジテックを普及させるうえで、いとうさんが課題を感じている点はありますか。

いとう:
そうですね。技術の普及に向けて、いくつかの課題を感じています。まず、技術に対する理解や受け入れの違いが大きな壁になってしまうことです。特に、高齢者の中には、新しい技術に対して抵抗感を持つ方もいます。このため、技術を利用する際に感じる不安を軽減するためのサポート体制が必要です。

また、技術の導入にはコストの問題もあります。高額なデバイスやシステムは、一部の人々にしか手が届かないことがありますので、普及のためには価格の引き下げや補助金の活用が必要です。公的機関や企業との連携が、この点で重要な役割を果たすと考えています。

さらにメンテナンスも課題です。ロコピョンがメディアで取り上げられた際、それをご覧になった何人かの方から「販売しませんか」との提案も頂きました。しかし、ロボットは経年劣化します。高齢者が経年劣化したロボットを自分でメンテナンスするのは、かなり困難ですよね。良かれと思って置いてあるのに、使えなくなった不要な品物を放置させてしまうのは望ましくありません。ですからあまり販売は考えていませんでした。

女優、経営者、研究者 いとうまい子氏

女優、経営者、研究者 いとうまい子氏

PwCコンサルティング合同会社 マネージャー 植田 賢吾

PwCコンサルティング合同会社 マネージャー 植田 賢吾

植田:
いとうさんは現在、AIベンチャーのフェローとして介護予防ロボットを開発されていますよね。そのプロジェクトについて教えてください。

いとう:
高齢者の認知機能と筋力を維持するためには、他者と交流が持てるコミュニティも大切だと考えています。コミュニティがあるからこそ高齢者は会話をし、他人を気遣い、さまざまなことを考えます。また、そのコミュニティに参加するために歩いて行く必要があるなど、身体を動かす機会にもなります。

このような考えから、AIベンチャー企業と共同で、ゲーム性を取り入れた予防医学を促進するロボットを開発しました。みんなが順番にゲームに参加し、それぞれの得点を公開して競うというものです。

植田:
この新しい取り組みも、以前のように産学連携で進められているのでしょうか。

いとう:
そうですね。AIベンチャーとの出会いもロボット展でした。私が学生時代に出展していた時、たまたまその会社の方が私の説明に耳を傾け評価してくださったことがご縁です。

曽根:
当初「学」(学術)の領域だけで進めていたプロジェクトに、後から「産」(産業)が加わることで、どのような変化がありましたか。例えば、できることの範囲が拡大したり、アプローチの仕方が変化したりといったことはありますか。

いとう:
はい。大学生のときに個人で開発していたロボットと比較すると、企業と一緒に開発することで技術面での知識や可能性が広がりました。例えば、生産性や部品の選定など、実用化に向けた具体的なアプローチができました。これは大学生が学内でやっていたら分からないことです。

第3章
あるべき将来像に向けた融合的産業構造の構築
~技術と制度をつなぎ合わせる介護の新たな仕組みづくりとは」

曽根:
次に産官学の連携で開発した技術を、社会に普及させていくアプローチについて伺います。まず課題についてですが、いとうさんは開発者の立場から、どのような課題があるとお考えですか。

いとう:
私は技術開発に関しては自信を持って取り組めるのですが、正直なところ、普及や販売戦略となると苦手意識があります。おそらく多くの開発者も同じような悩みを抱えているのではないでしょうか。

例えばロコピョンの開発では、機能面での改善や使いやすさの向上には注力できましたが、その先の普及戦略については明確なビジョンが持てませんでした。「いいものを作りたい」という思いは強いのですが、それを本当に必要としている人々の手元に届けるためには、別の専門性や仕組みが必要だと感じています。

曽根:
非常に重要な指摘です。素晴らしい技術も、適切な普及の仕組みがなければ社会実装は難しいということですね。

実は、PwCでも岡山県玉野市でのプロジェクトで、類似の課題に取り組んでいます。同プロジェクトは玉野市、NTT、岡山大学、地域の病院が協力し、特定健診と遺伝子検査を組み合わせることで、リスクに応じたケアと生活改善により効果的に健康改善するという産官学連携プロジェクトなのですが、まずは一定数の参加者からスタートして技術的な実現可能性を確認できることを期待しています。今後それをさらに拡大し普及させるフェーズでは、新たな課題も見えてきます。

ヘルスケアサービスの場合、民間企業だけでの普及には限界があり、自治体や保険者との協力が不可欠です。例えば、予防医療の効果により適正化された医療費や個人が得る健康増進という価値を、新しいサービスへの投資に回すような仕組みづくりには、行政の支援が欠かせません。民間企業は効率的なサービス提供や技術革新を得意としますが、公平性や公共性の担保には行政の関与が必要なのです。

いとう:
そのとおりですね。エイジテックの分野では特に、技術の普及に向けて行政との連携が重要だと感じています。例えば、高齢者向けの新しい技術やサービスを導入する際、コストの問題や利用方法の周知など、一企業では解決が難しい課題が多くあります。

また、健康寿命の延伸という社会的課題に取り組む上では、一開発者の力では限界があります。官民が適切に役割分担をしながら、それぞれの得意分野を活かして協力していくことが、成功のカギだと考えています。

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 曽根 貢

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 曽根 貢

PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 三治 信一朗

PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 三治 信一朗

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 曽根 貢

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 曽根 貢

三治:
そうした領域でPwCコンサルティングのTechnology Laboratory やヘルスケア参入支援イニシアチブには、各ステークホルダーを効果的に結びつける役割を担えると自負しています。

開発者には優れた技術やサービスを創造してもらい、民間企業には市場展開力を発揮して最適なビジネスモデルを構築してもらう。そして行政は制度設計と公平性の担保を担い、学術機関にはエビデンスを示してもらう。これらの異なる強みを持つプレーヤーを適切に組み合わせ、ベクトルを合わせることで、初めて社会実装が実現できると考えています。

いとう:
私の立場からすると、やはりテクノロジーが誰にとってもアクセスしやすいものになることが重要です。

植田:
最後にいとうさんの今後の展望を聞かせてください。

いとう:
技術が単に高齢者を支えるだけでなく、全ての世代が互いに助け合い、成長できる社会を作るための一助となることを目指しています。そのためにも、開発者、企業、行政がそれぞれの役割を果たしながら、協力していく必要があるのだと思います。

曽根:
エイジテックの普及には、技術開発だけでなく、官民学それぞれの強みを活かした連携体制の構築、そしてそこから生み出されるインパクト=価値に対する対価がサービスを提供する側に適切に循環する仕組みが不可欠ですね。そして、その連携を実現するためには、各ステークホルダーの「言語」を理解し、つなぐ役割が必要です。

PwCコンサルティングのヘルスケア参入支援イニシアチブは、まさにその架け橋としての機能を担っています。技術開発者の思いを理解し、企業の事業展開力を活用し、さらに行政との連携を促進することで、素晴らしい技術を確実に社会に届けることができると考えています。

これからも私たちは、各ステークホルダーの強みを最大限に引き出し、つなぎ合わせることで、誰もが健康で豊かに暮らせる社会の実現に貢献したいと考えています。本日はありがとうございました。

執筆者

曽根 貢

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

三治 信一朗

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

植田 賢吾

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

本ページに関するお問い合わせ