
「アナリティクス&AIトランスフォーメーション」インサイト 第5回 データ利活用を実現するユースケース選定の障壁およびその乗り越え方
データ利活用を推進する際のユースケース(データ利活用シナリオ)の選定にあたり、発生しがちな代表的な3つの障壁とその乗り越え方について解説します。
2020-11-04
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大により、リモートワークやオンライン授業の急速な普及、書類の電子化など、従前には当たり前のようにオフラインやアナログで実施していたことがオンライン化・デジタル化されています。今後さまざまな業界で、デジタルトランスフォーメーション(DX)がますます促進されることが予想されます。
企業におけるDXはデータの利活用による企業変革がその本質であり、人工知能(AI)を駆使することが企業変革の主要なドライバーとなります。例えばIoT(Internet of Things)や自動運転などのデジタルテクノロジーは、それらの導入自体が目的と捉えられがちですが、ほとんどはデータを生成し、効率化を行う手段です。そのデータを活用して売上予測や在庫管理、新商品の開発などに役立てることこそが、ビジネスにおける価値創出につながります。本稿では企業がデータの利活用を推進していくにあたり直面する課題と、それを乗り越えるために重要となるアナリティクス&AI活用における6つの成功要諦について解説していきます。
21世紀はデータエコノミーの時代と言われます。ビッグデータの利活用による製品・サービスの品質向上や労働生産性の改善、消費者や従業員一人一人へのパーソナライズされたエクスペリエンス(体験)の提供が、企業の競争優位性に大きく影響する時代になってきました。こうした情勢に合わせて、多くの企業や組織がデータの利活用に向けて、データ分析(アナリティクス)やAIの導入に取り組んでいます。しかしながら、課題が漠然としたまま取り組んだり、他社が取り組み出したという理由から取り組み始めたりと、目的が曖昧なケースは少なくありません。また、導入時に発生する課題(図表1)によって、アナリティクス&AIの導入が成功に至らない事例も散見されるようになってきました。「データの仕様が整理されておらず、データ調査に時間がかかる」といった構造的課題、「AI活用への投資対効果に漠然とした不安があり、意思決定できない」といった組織的課題、「直感的な意思決定が根付いており、データドリブンな意思決定を行う習慣がない」といった行動的課題に直面し、導入自体が頓挫してしまうケースすらあるのです。
ではここからは、アナリティクス&AIを企業に導入する上での6つの成功要諦を、それぞれ解説していきます。図表2に内容をまとめました。いずれも、導入の際に発生する課題や、PwCグローバルネットワークが課題解決を支援した実績をもとに導出したものです。
アナリティクス&AIを駆使したデータ利活用が成功する企業の経営者には、共通する姿勢があります。それは、トップのDX推進の目的が明確で、他社に先駆ける意気込みを持ち、さらにトップ自らが変革を主導していくという姿勢です。アナリティクス&AIは、業務を抜本的に変え、新たな価値を生み出す可能性を秘めています。一方で、変革に関わる関係者が多数になることから、方針のブレや部分最適といった、全社での推進を阻害する問題が発生しがちなのも事実です。DX推進を経営判断とし、経営トップ主導のもとで変革を促すことが重要です。
アナリティクス&AIの活用は、従来の基幹業務システムの開発とは異なり、複数の施策を試行錯誤しながら、実行レベルの成果を検証する必要があります。ユーザーの要求と異なる分析結果となることも多く、常に検証結果を踏まえた改善を繰り返しながら、推進しなければならないからです。
多くの日本企業では、従来の基幹業務システム開発に求められるような「失敗を許さない文化」が踏襲され、アナリティクス&AIの活用を阻害していることが少なくありません。アナリティクス&AIの活用においては、企画・設計・実装・テストのサイクルをスピーディーに回しながら、検証結果やユーザーの要求に応じて軌道修正を行うアプローチと、それを許容する企業文化の醸成が必要になります。
アナリティクス&AIの活用推進においては、専属組織を組成するケースが多く見られます。ここで重要なのは、データサイエンティストやデータエンジニア、現場業務に詳しい事業部門のメンバー、顧客をよく知るマーケティング部門の担当者、ITの専門家など、さまざまなバックグラウンドを持つメンバーから構成することです。例えばデータサイエンティストだけでは、高度なデータ分析を実現できる一方で、現場で活用可能な納得感のあるインサイトの導出が困難になりがちです。他方、特に日本企業では現場主義の傾向が強く、現場の直感をもとにした意思決定に頼る傾向があります。長年の経験を頼りにした勘はもちろん重要ですが、ここにデータサイエンティストによる分析のインサイトを融合することで、より確実な意思決定ができるようになるでしょう。特定の専門領域にのみ強みを持つ人員だけではなく、さまざまな能力と視点を持つ人員をデータ活用プロジェクトに参画させることが重要だと言えます。
アナリティクス&AIが導出するアウトプットの品質は、インプットとするデータの信頼性に依存します。データの信頼性とは情報の正確さを示したものです。更新が滞っている営業活動データをもとに売上を予測しても精度は上がらず、アナリティクス&AIを活用した仕組みを確立できたとは言えません。ビジネスできちんと活用できるよう、常に最新で正しい情報に更新し、データの信頼性を高めておく必要があります。これを実現する上では、全社横断的なデータ管理方針の策定および方針に則った運用・管理を継続していくことが重要です。
アナリティクス&AIによって当初見込んでいた価値が創出されるか否かは、その分析の精度によって決まります。これは、実際にデータをもとに検証してみなければ分かり得ません。そのため、概念実証(PoC)により価値を検証することが重要になります。アナリティクス&AIを導入する前に、ビジネスに価値をもたらす分析結果を取得することができるのか、条件を変えて実験を繰り返すのです。
PoCを複数回試行したものの、実際のビジネスでの実装や商用化にまで至らず、いわゆる「PoC倒れ」に陥るケースが散見されます。これはアナリティクス&AIの分析精度を高めることだけに焦点を当てているのが原因です。その結果、業務で真に必要となる機能との折り合いがつかず頓挫してしまうといった状態に陥るのです。したがって、業務上の本格導入を見据えた上で、技術だけに焦点を当てるのではなく、あくまでビジネス上の価値を検証する目的でPoCを推進することが重要になります。
アナリティクス&AIの導入においては、その導入効果だけに着眼しがちですが、個人データの取り扱い方針の未整備や、AIの想定外な動作が引き起こす損害に対する説明責任の担保など、アナリティクス&AIの本番稼働時にリスクとして顕在化し得る要素を、検討開始時にあらかじめ考慮しておくことが重要です。例として、ウェブブラウザのクッキーや購買履歴などを含めた個人情報の利活用においては、世界各国でその利用を規制する流れが広まっています。データ利活用に伴うリスクを事前によく検討しておき、適切な打ち手を確立しておく必要があるでしょう。
アナリティクス&AIの活用を中心としたDX推進が社会全般で求められる時代になっています。しかし冒頭で述べたような構造的、組織的、行動的な課題に直面し、アナリティクス&AIの導入が成功に至らない事例が数多く存在するのも事実です。まずは経営トップを筆頭に、現場とデータサイエンティストの混成部隊を組成し、アナリティクス&AIを推進する体制を整える必要があります。その上で、ビジネス上の目的達成を前提としたトライ&エラーによる分析を推進することで、ビジネス価値に紐づくデータドリブンな分析価値創出が促進できるようになります。さらに、データの信頼性を担保するためのデータ管理方針の策定や、検討開始時からアナリティクス&AIのリスクについて考慮することで、アナリティクス&AIによる継続的なビジネス価値創出を実現することができるでしょう。
本稿で解説した「アナリティクス&AIを導入する上での6つの成功要諦」が、企業変革への一助となれば幸いです。
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