「AI事業者ガイドライン案」 — 解説編

2023-12-28

はじめに

日本政府のAI戦略会議は2023年12月21日に「AI事業者ガイドライン案」(以下、「ガイドライン」)を公表しました。

ガイドラインは「AIの安全安心な活用が促進されるよう、我が国におけるAIガバナンスの統一的な指針を示し、イノベーションの促進と連鎖リスクの緩和を両立する枠組みを共創していくことを目指す」ものであるとされています*1

また、ガイドラインは企業だけでなく、政府・自治体などの公的機関、大学などの教育機関、NPO・NGOなどの団体など、AIを活用するさまざまな組織を対象としています。

これらの組織はガイドラインをどのように活用すべきでしょうか。本コラムでは、ガイドラインの策定背景と概要を解説し、その意義を考察します。

背景

まず、なぜ今ガイドラインが策定されたのかを考察してみましょう。

その背景の1つにはAIの進化が挙げられます。AI関連技術は日々発展し、利用機会も増えています。特に最近になって台頭している生成AIの活用により、業務の効率化やイノベーションが加速することが期待されています。

政府も「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」として「Society 5.0*2」を掲げていますが、その実現にはAIの高度な活用が大前提になっています。

ただし、AIがもたらすメリットに期待が高まる一方で、AI特有のリスクも指摘されています。その点については国際的な場でも議論が進んでおり、日本が議長国をつとめた2023年5月の主要7カ国(G7)首脳会議(広島サミット)では、AIのルールについて話し合う枠組み「広島AIプロセス」が日本主導で立ち上がりました。

この流れを受けて、国際的にリーダーシップを発揮していきたい日本ですが、国内に目を向けると総務省主導の「国際的な議論のためのAI開発ガイドライン案*3」(2017年)と「AI利活用ガイドライン〜AI利活用のためのプラクティカルリファレンス〜*4」(2019年)、経済産業省主導の「AI原則実践のためのガバナンス・ガイドラインver1.1*5」(2022年)と3つのガイドラインが存在し、これらはそれぞれ個別に運用されているという状況がありました。また、策定されてから年月が経過しているため技術トレンドが変化していることなどを理由に統合・見直しが行われ、今回のガイドラインが策定されるに至ったのです。

この統合・見直しについてガイドラインは「従来のガイドラインに代わり、本ガイドラインを参照することで、AIを活用する事業者(政府・自治体などの公的機関を含む)が安全安心なAI活用のための望ましい行動につながる指針(Guiding Principles)を確認できる」としています。まさにAIを活用し、業務効率化やイノベーションを目指す企業や団体にとっての指針となるものと言えます。

図表1 AI事業者ガイドラインの位置づけ(ガイドラインを基にPwCで作成)

また、ガイドラインは政府が単独で主導するのではなく、教育・研究機関、市民社会、民間企業などのマルチステークホルダーで検討を重ねることで実効性が担保されています。さらに、AIガバナンスの継続的な改善に向け、アジャイル・ガバナンスの思想を参考にしながら、Living Documentとして適宜、更新を行うものとされています。

概要

今回公表されたガイドラインは法的拘束力のないソフトローとされています。

企業や団体にとって、指針となるものが1つにまとまることは大きなメリットです。強制力が伴う法令やルール(ハードロー)にしてしまったほうが良いという考え方もありますが、ガイドラインは必要な取り組みについての基本的な考え方を示すものであり、AI活用に取り組む全ての事業者が自主的に具体的な取り組みを推進するとされています。その推進を支援することを目的としているため、ソフトローとして策定されています。また、ハードローとするためには、乗り越えなければならない障壁が多いことも事実です。今後もソフトローという形式が継続されていくとは限りませんが、ハードローとするためにはもう少し時間が必要なのではないかと考えています。

ガイドラインそのものはA4サイズで30ページ程度となり、読み手に取って負担をかけない分量となっています。なお、主体別の取り組み事項の解説などを記載した別添(付属資料)も用意されています。一方、あらゆる企業・団体に対して網羅的に解を提供することは非常に難しいため、各企業や団体は、ガイドラインをベースにしながら、それぞれの取り組みを各自で定めていくことが求められます。それらのベストプラクティスをガイドラインや別添に取り込んでいく、まさにLiving Documentとして、1度作成したら終わりではなく、頻度高くアップデートする必要があります。

基本理念・原則・共通の指針・AIガバナンスの構築

ガイドラインの第1部ではAIの定義、第2部ではその基本理念と原則・共通の指針・AIガバナンスの構築がまとめられています。

2019年に内閣府が「人間中心のAI社会原則」を公表していますが、ガイドラインはこれも踏襲し、「人間中心」「安全性」「公平性」「透明性」など各主体が取り組むべき7つの指針と、「教育・リテラシー」「イノベーション」など社会と連携した取り組みが記載される3つの指針を合わせた10指針を掲げています。

また、広島AIプロセスを経て策定された「高度なAIシステムを開発する組織向けの広島プロセス国際指針」(以下、「広島プロセス国際指針」)が引用されていることも特徴的です。G7の議長国として、国際社会に対する強いコミットメントを確認することができます。なお、広島プロセス国際指針は、開発者のみならず、「必要に応じて、すべてのAI関係者に適用されるべき」とされていることから、ガイドラインにおいても、AIを開発する全ての事業者を対象としている2部に位置づけられているのです。

加えて、2021年2月に経済産業省が公表した「GOVERNANCE INNOVATION Ver.2:アジャイル・ガバナンスのデザインと実装に向けて*6」の内容も踏襲されています。「アジャイル・ガバナンス」とは、事前にルールや手続を固定するのではなく、企業・法規制・インフラ・市場・社会規範といったさまざまな環境下において、「環境・リスク分析」「ゴール設定」「システムデザイン」「運用」「評価」といったサイクルを、マルチステークホルダーで継続的かつ高速に回転させていくという考え方です。

「AI開発者」「AI提供者」「AI利用者」の3つに大別

ガイドラインでは、「AI開発者」「AI提供者」「AI利用者」のそれぞれが留意すべき事項が示されています。また、それぞれの定義とともに、別添(付属資料)では、具体的な取り組み事例も挙げられています。この3つに大別されている理由は、読み手の分かりやすさ以外に、立場により担う責任が異なるということが挙げられます。つまり責任分解モデルとして区分されているのです。

以下で、それぞれの留意すべき事項について見ていきましょう。

AI開発者が留意すべき事項

ガイドラインでは「AI開発者は、AIモデルを直接的に設計し変更ができるため、自身の開発するAIが提供・利用された際にどのような影響を与えるか、事前に可能な限り検討し、対応策を講じておくことが重要となる」とされています。

企業においては、AI開発部門がディープラーニングモデルを自社開発するという例が該当します。既存のAIツールを利用するものの、教師データなどを自社カスタマイズして社内に展開するような場合も「開発者」に該当します。

また、広島AIプロセスを経て策定された「高度なAIシステムを開発する組織向けの広島プロセス国際行動規範」が引用されており、高度なAIシステムの開発者は、これらの行動規範にも遵守することが言及されています。

AI提供者が留意すべき事項

「AI提供者」は、企業の情報システム部門などが、他社が開発したソリューションなどを社内に展開する役割を担います。ガイドラインでは、「AI提供者は、AIの適正な利用を前提としたAIシステム・サービスの提供を実現することが重要」とされ、そのためにAI開発者、AI利用者に働きかけることが求められています。

やや難しいのが、「AI提供者」であっても、AIモデルのカスタマイズを行う場合は「AI開発者」にもなり得るということです。企業によっては、「AI提供者」でもあり、「AI開発者」でもあるという役割を担うことが出てくるでしょう。ガイドラインにおける留意事項については、両者を踏まえる必要があります。

AI利用者が留意すべき事項

「AI利用者」は、企業においては製造部門や営業部門の従業員のように、事業活動においてAIを利用する人を意図しています。SaaSのAIツールを活用する例などもこれに該当します。

ガイドラインでは「AI利用者は、AI提供者が意図した範囲内で継続的に適正利用及び必要に応じてAIシステムの運用を行う」、また「より効果的なAI利用のために必要な知見習得も期待される」とされています。

意義

今回のガイドラインには法的拘束力はありません。そのため、ガイドラインに準拠できていない場合においても、直接的な制裁などが課せられることはありません。しかし、ガイドラインに準拠していなかったために、一般市民の権利を不当に侵害してしまう、対外的な説明責任を十分に果たすことができないといった場合には、ブランド棄損を招いてしまうという懸念もあります。

強制力を伴う法令をすぐに制定することは難しいですが、日本の状況を把握した上で、全事業者が同じ方向を向いて活動するという意味では、ガイドライン策定の意義は非常に大きいと思われます。今回のガイドラインは、今後どのように発展していくのでしょうか。将来的にはガイドラインを基に法令化が実現される、AI認証やAI監査の仕組みが整備されるなど、現時点では不確実なことが多いですが、いずれにおいても、ガイドラインがその礎になることは間違いありません。

また、今回の取り組みを継続し、発展させていくことで、海外に対して日本のプレゼンスを高めていくことが可能になります。今はその第一歩を踏み出したところであり、これからの活動に大いに期待したいところです。

終わりに

今回のガイドラインを企業がどのように使い込んでいくのか、自社に適した内容にどのように発展させていくのか、本稿が事業者内での議論を活性化させるきっかけになれば幸甚です。その過程で、政府に対しての提言やベストプラクティスの共有などがあると、なお良いと思っています。さまざまな企業の実例を反映し、まさにLiving Documentとしてより良いガイドラインに更新されていくことが期待されています。

また、もう1つ重要なことは、このガイドラインの根幹にある目的は、リスクマネジメントではなく、日本におけるイノベーションの創出を加速させることに他なりません。AIに限らず、ガバナンスの構築自体は目的ではなく、あくまで手段です。今回のガイドラインを積極的に活用することで、AIの安全安心な活用が促進し、日本企業の競争力が高まることが期待されています。

(注釈)

*1「AI事業者ガイドライン案」
https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_senryaku/7kai/13gaidorain.pdf

*2「Society5.0とは」内閣府
https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/

*3「国際的な議論のためのAI開発ガイドライン案」総務省
https://www.soumu.go.jp/main_content/000490299.pdf

*4「AI利活用ガイドライン〜AI利活用のためのプラクティカルリファレンス〜」総務省
https://www.soumu.go.jp/main_content/000637097.pdf

*5「AI原則実践のためのガバナンス・ガイドラインver1.1」 経済産業省
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20220128_1.pdf

*6「GOVERNANCE INNOVATION Ver.2:アジャイル・ガバナンスのデザインと実装に向けて」
https://www.meti.go.jp/press/2021/07/20210730005/20210730005-1.pdf

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