パーソナルデータの利活用におけるデジタル先進企業のプライバシーガバナンスの取組状況

  • 2025-04-10

1 プライバシーガバナンスの概要とその必要性

昨今のデジタル化の推進を背景としたパーソナルデータ※1の利活用の進展により、消費者の個人情報保護に対する関心や、プライバシー※2に対する配慮への要請がますます高まっています。

パーソナルデータの利活用が進む中で、企業にとって新たなビジネスチャンスが生まれる一方で、個人のプライバシーに対する影響が多様化しています。例えば、収集された行動履歴から健康状態や思想・信条といった機微な情報が推測されることは、個人のプライバシーに大きな影響を与える可能性があります。また、AIを活用したデータ分析の結果、機械学習のデータに偏りがある場合、不当な差別的扱いを受けるといった新たなプライバシー問題も顕在化しています。

これまで、プライバシーに関する問題は、主に個人情報保護法の遵守に焦点が当てられてきました。しかし、パーソナルデータを利活用する企業は、プライバシーの問題を法令の遵守にとどまらない、個人のプライバシー侵害や社会的な影響を含む広範なものとして捉え、それを企業活動に組み込み、適切に対応していくことが求められます。

プライバシーガバナンスとは、プライバシー問題に関するリスクを企業が適切に管理し、経営者が積極的にその問題に取り組む姿勢を示し、組織全体でプライバシー問題に取り組むための体制を整え、効果的に運用することを指します。これを適切に実行し、消費者やステークホルダーに対して責任を果たすことで、社会からの信頼を得るとともに、企業価値の向上に寄与します。

今回は、パーソナルデータの利活用における企業のプライバシーガバナンスへの取り組み状況として、2社の事例をご紹介します。

※1「パーソナルデータ」とは、個人の識別性の有無にかかわらず、個人に関する情報全般を指す。
※2「プライバシー」とは、“他人の干渉を許さない、各個人の私生活上の自由”(岩波書店「広辞苑」第六版)などを指し、改正法で保護される「個人情報」よりもより広い範囲を指す。

引用:DX時代における企業のプライバシーガバナンスガイドブックver1.3

図表1

図表1 調査概要

3 アドテク領域で急成長している企業におけるプライバシーガバナンス実施事例

2つ目のプライバシーガバナンス実施事例として、自社データを活用して広告配信事業を展開するB社をご紹介します。

B社は近年、急成長を続けている企業で、データ利活用を含む新たな企画が次々と生まれています。現場重視かつスピード優先の企業文化は、ビジネスの成長を後押ししていますが、一方でガバナンスが十分に機能していないという課題を抱えています。同社では、自社でのデータ収集や広告主をはじめとした多様なステークホルダーとのデータ連携、データを活用したサービス提供など、さまざまな場面でプライバシーへの影響を考慮する必要があります。

B社はデータ活用を今後さらに推進し、企業成長を加速させるため、以下のプライバシーガバナンス強化に向けた取り組みを進めています。

① プライバシーガバナンス責任者および組織の設置

B社は、プライバシーを企業における重要課題として位置づけ、データを扱う企業としての責任を対外的に明確にするため、プライバシー責任者を新たに設置しました。また、プライバシーガバナンスを担当する組織も設け、プライバシーに関する施策の立案および推進に取り組んでいます。

② リスク評価プロセスの導入

B社では、各部門から次々と新しい企画が生まれる一方で、プライバシーを含むリスクの検証が十分に行われないまま、それらの企画が進行してしまうという課題がありました。この問題に対応するため、特に個人に関わる情報の取扱いを含む場合は、企画段階でプライバシーリスクの懸念がないかを評価する仕組みを整備しました。B社の事業特性とリスクの重要性を踏まえ、外部ステークホルダーとのデータ授受に重点を置いた評価プロセスが導入されています。

図表3:B社におけるプライバシーリスク評価観点(例)

カテゴリ

評価観点(例)

コンプライアンス

  • 個人情報保護法やその他の規範、社内ルールなどに適切に従っているか

プライバシー

  • ビジネス推進を優先するあまり、本人に不利益をもたらすデータ利用を行っていないか
  • データ提供先における利用目的が、本人が予期し得るものになっているか
  • 本人に対して、データ提供の可否を選択できる機会や手段が十分に提供されているか

③ プライバシー関連規程の見直し

B社では、個人情報保護に関する規程は整備されているものの、可読性や実効性などの問題から、形骸化しているという課題がありました。また、従来の規程は法令遵守や個人情報保護に焦点を当てたものが中心でした。プライバシーガバナンス強化の取り組みを契機に、各規程の想定読者にとっての可読性や、各ルールの実効性、さらに法令などの枠組みを超えたプライバシー保護に関するルールの必要性といった観点から、プライバシー関連規程の見直しを進めています。

④ 教育・啓発の強化

これまでB社では、個人情報保護法やセキュリティに関する教育は行われていましたが、近年の社会全体でのプライバシー意識の高まりや、B社のビジネスにおけるプライバシーへの影響を踏まえ、従業員一人ひとりがプライバシー保護の重要性と責任を理解する必要がでてきました。そこでB社では、プライバシーリスク評価などの取り組みと平行して、プライバシーに関する教育も強化を進めています。実際の炎上事案などを取り入れ、プライバシー問題が個人や企業にどのような影響を与えるか、また実務において何に注意すべきかを具体的に伝え、従業員が自分ごととして理解できるような工夫を行っています。

B社はこれらの施策を推進することで、プライバシーガバナンスの基盤を強化するとともに、プライバシーテックの導入やデータクリーンルームの活用といったより高度なプライバシーガバナンスやデータ利活用の展開を見据えています。

4 「個人情報保護法 いわゆる3年ごと見直し」に向けて今できること

日本の個人情報保護法は、いわゆる3年ごと見直しに向けての検討が進んでいます※3
他方、多くの企業のデータビジネスは日々進化し続けています。
3年見直しへの備えは必要ですが、現時点においても、データビジネスの進化に合わせて、個人の権利利益の実質的な保護のあり方を改善し続けることが企業にとっては重要です。
その一環として、前述のデジタル推進企業の取り組みを参照し、自社のプライバシー保護プロセスに組み込み、個々の従業員のプライバシー意識をより高めるような文化醸成が不可欠と言えます。

※3 PwC:「個人情報保護法いわゆる3年ごと見直しに係る検討の中間整理」から見る規制強化のポイントと企業が留意すべき事項

執筆者

藤田 恭史

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

松浦 大

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

日髙 芳江

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

Email

佐藤 野乃花

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

Email

サイバーセキュリティ・プライバシー法規制のトレンドと企業に求められる対応

48 results
Loading...

パーソナルデータの利活用におけるデジタル先進企業のプライバシーガバナンスの取組状況

プライバシーガバナンスは、プライバシー問題に関するリスクを適切に管理し、消費者やステークホルダーに対して責任を果たすことを指します。この見直しは、社会からの信頼を得るとともに企業価値の向上に寄与します。企業のプライバシーガバナンスへの取り組み状況として2社の事例をご紹介します。

脆弱性開示ポリシーと報奨金制度 ―脆弱性報告窓口運用におけるリスクと企業がとるべき戦略―

昨今の製品セキュリティを取り巻く規制や制度への対応に伴い、企業では脆弱性開示ポリシーの整備が進んでいます。脆弱性を迅速かつ効果的に修正し運用するための、脆弱性を発見した報告者と企業との協力関係の構築と、報告者に対して企業が支払う報奨金制度の活用について解説します。

Loading...

インサイト/ニュース

40 results
Loading...

パーソナルデータの利活用におけるデジタル先進企業のプライバシーガバナンスの取組状況

プライバシーガバナンスは、プライバシー問題に関するリスクを適切に管理し、消費者やステークホルダーに対して責任を果たすことを指します。この見直しは、社会からの信頼を得るとともに企業価値の向上に寄与します。企業のプライバシーガバナンスへの取り組み状況として2社の事例をご紹介します。

脆弱性開示ポリシーと報奨金制度 ―脆弱性報告窓口運用におけるリスクと企業がとるべき戦略―

昨今の製品セキュリティを取り巻く規制や制度への対応に伴い、企業では脆弱性開示ポリシーの整備が進んでいます。脆弱性を迅速かつ効果的に修正し運用するための、脆弱性を発見した報告者と企業との協力関係の構築と、報告者に対して企業が支払う報奨金制度の活用について解説します。

Loading...

本ページに関するお問い合わせ