各国サイバーセキュリティ法令・政策動向シリーズ

(3)シンガポール

  • 2025-04-03

はじめに

各国サイバーセキュリティ法令・政策動向シリーズでは中国・台湾、インド、シンガポール、メキシコ、ブラジル、米国の近年(主に2023年から2024年にかけて)におけるデジタル・サイバーセキュリティの動向および将来の見通しについて解説します。本シリーズは、グローバル展開している国内企業のIT、サイバーセキュリティ、法務部門の責任者、デジタル政策・規制動向に関心を持つ責任者を対象としています。主要国・地域で進むデジタル政府化の取り組み、セキュリティ法規制、あるいはAI規制のような最新動向を早期に把握し、対応に優先順位を付けたい、向こう数年で発生しうるリスクを理解したいという方への一助になることを目指しています。

第3回目はシンガポールについての最新情報を解説します。

3. その他

(1)セキュリティにかかわる法律および規則とその動向

サイバーセキュリティ法

サイバーセキュリティ戦略を支える法的な枠組が、サイバーセキュリティ法*19であり、2018年2月に制定されています。同法は、サイバーセキュリティコミッショナーの指定(同法4条)などの管理体制を定めた上で、サイバー攻撃に対する重要情報基盤(CII)の保護を強化する(7条ないし15条)、サイバーセキュリティの脅威やインシデントを防止し、対応するためのシンガポール・サイバーセキュリティ庁(CSA)の権限を付与する(19条ないし23条)、サイバーセキュリティ情報を共有するための枠組みを確立する、サイバーセキュリティサービスプロバイダーに対するライセンス枠組みを確立するという四つの柱を準備しています。

2024年5月に、シンガポールの国家サイバーセキュリティの維持、CIIの監視のための既存の法的枠組みを強化し、CSAの監督を拡大することを目指したサイバーセキュリティ法の改正*20がなされました。改正事項として、コンピュータおよびコンピュータシステムの意味の拡張(仮想コンピュータシステムが含まれる)、CIIが依存する第三者が所有する不可欠なサービスプロバイダーに対する規制の導入、CII関連のより広範なサイバーセキュリティインシデントを報告するための規定の制定、3つの新規の規制対象システム/事業体(一時的なサイバーセキュリティ上の懸念(STCC)、特別サイバーセキュリティ利害関係者(ESCI)、主要基盤デジタルインフラサービスプロバイダー(FDIs)への規制の導入があります。

サイバーセキュリティのための国家的イニシアチブとしては、サイバーセーフ*21、シンガポールコモンクライテリアスキーム*22、サイバーセキュリティラベリングスキーム*23などがあります。また、2024年の改正でCIIのためのサイバーセキュリティ監査(Cybersecurity Audit for CII)*24、同リスク評価(Cybersecurity Risk Assessment for CII)*25、医療機器のラベリング(Cybersecurity Labelling Scheme for Medical Devices, CLS(MD))*26が追加されています。

デジタルインフラ法の制定予定

シンガポールは、2025年に新たなデジタルインフラ法を導入する予定です*27。これは既存のサイバーセキュリティ規制を補完するものであり、システム破壊の可能性を低減し、その影響を緩和するのに役立つのを目的としており、提案されている法律は、技術的な誤設定や、火災や冷却システムの故障といった物理的な危険など、デジタルインフラやサービスプロバイダーが直面する、より広範なセキュリティとレジリエンスに関する懸念に対処します。

(2)ガバメント・オン・コマーシャル・クラウド(GCC)*28

シンガポール政府のクラウド利用に関して注目すべきは、ガバメント・オン・コマーシャル・クラウド・サービス(GCC)です。これは、商用のクラウド・コンピューティング・プラットフォームの最新の技術革新と能力を、機密性の低い政府システムに導入するものです。GCCは、クラウドサービスプロバイダーが提供する商用クラウドソリューションを採用するための一貫した手段を政府機関に提供する包括的なプラットフォームです*29。現時点では、GCC1.0はGCC2.0として再設計されています。現在までに、600を超える政府のデジタル・サービスがGCCを利用しています。GCCを利用しているサービスの例としては、GoBusiness、GoBusiness Licensing Portal、Whole of Government Application Analytics (WOGAA)、SHIP-HATSなどがあります*30

(3)ゼロアーキテクチャへの取り組み*31

サイバーセキュリティ戦略は、ゼロトラスト原則を政府に適合させる政府トラストベースのアーキテクチャー(GTbA)を実装しています。ガバメント・ゼロ・トラスト・アーキテクチャー(GovZTA)は、シンガポール政府がゼロトラストを導入するためのフレームワークを提供するもので、"never trust, always verify"という基本原則に基づいています。

GovZTAは、政府全体への採用に向けて評価中です。その一方で、政府製品チームや各省庁の最高情報セキュリティ責任者(MCISOおよびACISO)などの利害関係者との緊密な協力を通じて、ゼロ・トラスト・ポリシーの策定と機能構築が進行しています。

(4)スマートネーションとAI

シンガポールにおけるAIの採用・発展については、国家AI戦略(2019)、モデルAIガバナンス枠組(2019)*32などをもとに発展していました。その後、2023年には、国家AI戦略2.0*33が公表されています。この全体像を示したのが図表3であって、AIが必要品になっていること、世界的になっていること、システム化しているという認識のもと、優秀さとエンパワーメントという目標をあげ3つのドメインにおける発展目標を示しています。

図表3:国家AI戦略2.0の全体像

また、AIの安全な利用に関しては、従来から、AI verifyという仕組みを提唱し、運用してきました*34。また、さらにセキュリティに関して、サイバーセキュリティ庁は、2024年10月に、「AIシステムの安全化(Securing AI Systems)」という文書と附属ガイド*35を公表しています。これらは、AIの使用に関連する潜在的なセキュリティリスクを特定し、AIライフサイクルの各階でセキュリティリスクを軽減するためのガイドラインであり、また、ガイドラインを実装する際に考慮できる実用的なセキュリティ管理対策をまとめたものです。

生成AIへの対応という観点からは、生成AIについてのモデルガバナンスフレームワーク*36が公表されています。

*1 このような構想以前にも、シンガポールの情報通信をもとにした国家プランの歴史は、古くは、IT2000構想(1992)、infocomm 21(2000)、e政府アクションプラン1およびⅡ(2000-2006)、コネクテッドシンガポール(2003)、インテリジェント国家(2006)、iGov2010(2006)、eGov(2015)などのプロジェクトが存在しました。

*2 https://www.smartnation.gov.sg/files/publications/smart-nation-strategy-nov2018.pdf(2025年1月31日閲覧)

*3 https://www.smartnation.gov.sg/sn2/(2025年1月31日閲覧)

*4 https://www.developer.tech.gov.sg/(2025年1月31日閲覧)

*5 https://www.developer.tech.gov.sg/singapore-government-tech-stack/(2025年1月31日閲覧)

*6 https://www.csa.gov.sg/Tips-Resource/publications/2016/Singapore-Cybersecurity-Strategy(2025年1月31日閲覧)

*7 このようなサイバー脅威の変動、標的となるシンガポールなどの観点から分析したのが、サイバー風景2020(Singapore Cyber Landscape 2020)です(https://www.csa.gov.sg/resources/publications/singapore-cyber-landscape-2020)(2025年4月3日閲覧)。

*8 https://www.csa.gov.sg/resources/publications/the-singapore-cybersecurity-strategy-2021(2025年1月31日閲覧)

*9 https://www.csa.gov.sg/resources/publications/singapore-cyber-landscape-2023(2025年1月31日閲覧)

*10 https://www.csa.gov.sg/Tips-Resource/publications/2024/operational-technology-cybersecurity-masterplan-2024(2025年1月31日閲覧)

*11 https://www.mindef.gov.sg/total-defence/about/the-pillars-of-total-defence#gsc.tab=0(2025年1月31日閲覧)

*12 https://www.csa.gov.sg/(2025年1月31日閲覧)

*13 https://www.tech.gov.sg/cyber-security-group(2025年1月31日閲覧)

*14 https://www.smartnation.gov.sg/files/publications/government-data-security-policies.pdf(2025年1月31日閲覧)

*15 https://www.csa.gov.sg/legislation/codes-of-practice(2025年1月31日閲覧)

*16 https://www.csa.gov.sg/Explore/who-we-are/our-identity/about-singcert(2025年1月31日閲覧)

*17 https://www.csa.gov.sg/Tips-Resource/Resources/singcert/incident-response-playbooks(2025年1月31日閲覧)

*18 https://www.tech.gov.sg/products-and-services/gitsir/(2025年1月31日閲覧)

*19 https://sso.agc.gov.sg/Acts-Supp/9-2018/Published/20180312?DocDate=20180312(2025年1月31日閲覧)

*20 https://sso.agc.gov.sg/Acts-Supp/9-2018/Published/20180312?DocDate=20180312

*21 サイバーセーフは、デジタル領域で自らを守り、サイバーセュリティを強化できるように支援する一連のプログラムです。上述のようにリスク管理の部門としてのサイバーセキュリティ、サイバーセキュリティヘルスプラン、競争的優位にするサイバーエッセンシャル、サイバートラストから成り立っています。

*22 コモンクライテリア(CC)などの国際基準に基づいて製品を評価・認証する製品保証のための制度であり、攻撃対象領域を減らすセキュリティ・バイ・デザイン・アプローチの一部です。https://www.csa.gov.sg/our-programmes/certification-and-labelling-schemes/singapore-common-criteria-scheme(2025年1月31日閲覧)

*23 サイバーセキュリティ・ラベリング制度(CLS)は、スマート消費者製品のサイバーセキュリティの総合的な保護レベルを設定し、高めることによって、モノのインターネット(IoT)をより安全にすることを目的として、ETSI EN 303 645 – Cyber Security for Consumer Internet of Thingsを引用して対象商品を四つのティアに分類し、製品が達成したサイバーセキュリティの保証レベルを示しています。

*24 https://www.csa.gov.sg/faqs/cybersecurity-audit-cii(2025年1月31日閲覧)

*25 https://www.csa.gov.sg/faqs/cybersecurity-risk-assessment(2025年1月31日閲覧)

*26 https://www.csa.gov.sg/our-programmes/certification-and-labelling-schemes/cls-md/about(2025年1月31日閲覧)

*27 https://file.go.gov.sg/smartnation2-report.pdf(2025年1月31日閲覧)

*28*https://www.smartnation.gov.sg/files/press-releases/2018/commercial-cloud-factsheet.pdf(2025年1月31日閲覧)

*29 https://www.tech.gov.sg/products-and-services/for-government-agencies/software-development/government-on-commercial-cloud/(2025年4月3日閲覧)

*30 https://www.developer.tech.gov.sg/products/categories/infrastructure-and-hosting/gcc/use-cases(2025年1月31日閲覧)

*31 https://www.developer.tech.gov.sg/guidelines/standards-and-best-practices/government-zero-trust-architecture.html(2025年1月31日閲覧)

*32 その後、2020年に第2版が公表されています。

*33 https://file.go.gov.sg/nais2023.pdf(2025年1月31日閲覧)

*34 https://aiverifyfoundation.sg/(2025年1月31日閲覧)

*35 https://www.csa.gov.sg/Tips-Resource/publications/2024/guidelines-on-securing-ai(2025年1月31日閲覧)

*36 https://aiverifyfoundation.sg/wp-content/uploads/2024/05/Model-AI-Governance-Framework-for-Generative-AI-May-2024-1-1.pdf(2025年1月31日閲覧)

※本稿は、弁護士法人駒澤綜合法律事務所の高橋郁夫代表弁護士に調査協力いただきました。

執筆者

丸山 満彦

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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上杉 謙二

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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山崎 潤一

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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