
ヘルスケアデータ二次利用による企業価値向上を支える「デジタルコンプライアンス」の在り方(小野薬品)
小野薬品でデータ戦略を担当している山下 信哉氏をお迎えし、各部門を巻き込んだヘルスケアデータの二次利用におけるデジタルコンプライアンス体制の構築や、法規制、さらに視野を広げたELSI(Ethical, Legal, and Social Implications)リスクへの対応についてお話を伺いました。
デジタルプラットフォーム提供者に対し、取引条件などの情報の開示、運営における公正性確保、運営状況の報告を義務付け、評価・評価結果の公表など必要な措置を講じる「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」(以下、デジタルプラットフォーム取引透明化法)が2021年2月に施行されました。本セッションでは同法の中で注目されている「モニタリング・レビュー」に焦点を当てます。政府が大きな方向性を示しつつ、詳細は事業者の自主的な取り組みに委ねるという「共同規制」の手法を採用しているデジタルプラットフォーム取引透明化法において、モニタリング・レビューはどのような役割を担うのでしょうか。本セッションでは同法に携わる経済産業省の担当者をお招きし、モニタリング・レビューの果たす意義と新しい時代におけるトラストのあり方について伺いました。(本文敬称略)
鼎談者
経済産業省
デジタル取引環境整備室長
仙田 正文氏
PwC Japan有限責任監査法人
パートナー
川本 大亮
PwC Japan有限責任監査法人
ディレクター
百歩 路子
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
左から百歩、仙田氏、川本
左から百歩、仙田氏
百歩:
最初に仙田さんが経済産業省で担当している業務内容を教えてください。
仙田:
私は経済産業省の情報経済課に所属し、デジタルプラットフォームとそれを利用する事業者間の取引環境整備を担当しています。現在はデジタルプラットフォーム取引透明化法」に関する業務に携わっています。
百歩:
デジタル取引において、プラットフォームの重要性は高まっています。デジタルプラットフォーム取引透明化法はその取引の透明化を確保するために制定され、2021年2月1日に施行されました。基本的な質問ですが、なぜこの法律が制定されたのでしょうか。その背景を教えてください。
仙田:
デジタルプラットフォームの発展により、中小企業やスタートアップは市場にアクセスしやすくなったり、海外展開が容易になったりしました。これはポジティブな側面です。一方のネガティブな側面としては、デジタルプラットフォームは多数の取引を集合的に取り扱い、スケールメリットを発揮するビジネスモデルであることから、独占や寡占による弊害が起きやすいということが挙げられます。
多数の取引を集合的に取り扱う場合、取引条件は規約化されて一律に適用されます。そのため条件設定や変更といった、本来は事業者とプラットフォーム提供者間で行われるべき協議がされにくくなったり、利用する事業者の声が反映されにくかったりという状況が発生します。デジタルプラットフォーム取引透明化法はこうした状況を改善する目的で制定されました。
百歩:
同法が対象とするのはどのような範囲ですか。
仙田:
対象となるのはオンラインモール、アプリストア、デジタル広告の3分野で、それぞれ事業者が指定されています。現時点では、指定基準に該当する延べ9事業者が対象となっています(2024年7月11日現在)。
百歩:
独占を禁止し、公正な取引を確保するための法律としては「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下、独占禁止法)」があります。デジタルプラットフォーム取引透明化法と独占禁止法はどのような関係にあるのでしょうか。
仙田:
デジタルプラットフォーム取引透明化法は「独占禁止法を補完する法律」という位置づけであり、「取引条件変更時の事前通知義務」や「苦情処理に関する体制整備」を要請するため、独占禁止法に違反する行為を未然に防ぐ効果が期待できます。
また、デジタルプラットフォーム取引透明化法には、「経済産業大臣が独占禁止法違反のおそれがあると認められる事案を把握した場合、公正取引委員会に対して独占禁止法に基づく対処を要請できる」という規定が盛り込まれています。この規定により、独占禁止法との連携が図られ、デジタルプラットフォームにおける競争環境の適正化が期待されています。
百歩:
次に「モニタリング・レビュー」について伺いたいのですが、まず私からモニタリング・レビューの概要を説明させてください。
モニタリング・レビューとは特定デジタルプラットフォーム提供者の透明性や公正性を評価するために実施される制度です。デジタルプラットフォーム取引透明化法では、規制対象となる特定デジタルプラットフォーム提供者(以下、提供者)に対し、「取引条件などの情報開示」「自主的な手続き体制の整備」「実施した措置や事業の概要」について、自己評価を付した報告書の提出を義務付けています。そして経済産業大臣は、提出された報告書をもとに提供者の透明性と公正性を評価し、その評価結果を公表します。これにより、提供者の自主的な改善サイクル促進を目指しています。
仙田さんに伺いたいのですが、このような制度を設けた理由は何でしょうか。モニタリング・レビューを実施する背景を教えてください。
仙田:
経済産業省ではデジタルプラットフォームを利用する事業者の声を聞く相談窓口を設けています。この窓口に寄せられる事業者の要望やモニタリング参加者の専門的知見を活かすことで、機動的なモニタリングや迅速な課題抽出ができます。これがモニタリング・レビューを実施する目的です。
デジタルプラットフォーム取引透明化法はイノベーションを促進し、規律のバランスを取ることを目的に、共同規制やアジャイルガバナンスのアプローチを採用しています。このアプローチは、政府が大きな方向性を示しつつ、プラットフォーム提供者の創意工夫にある程度委ねながら、運営改善を求めるものです。
例えば大臣評価の原案では、利用事業者から寄せられた声に基づき、オンラインモール分野における無在庫販売などの不正行為の取り締まりや、相乗り出品が可能な仕組みに伴う利用事業者の不利益などの課題を取り上げました。
2023年度、モニタリング・レビューの会合は12回開催されました。同会合はオープンな形で実施されており、その様子はリアルタイムで動画配信されています。さらに、会合の議事録は経済産業省のホームページに掲載されています。多くのステークホルダーに向けてタイムリーに情報発信することで、現状や課題が共有され、改善対応の早期化にもつながると考えています。
百歩:
川本さんは内閣官房が主催する「デジタル市場競争会議ワーキンググループ」にメンバーとして参加しています。その立場から見て、デジタルプラットフォーム取引透明化法が必要とされる理由は何だと考えますか。
川本:
社会インフラとして欠かせないデジタルプラットフォームは、世界各国で規制のあり方が検討され、法制化も進んでいます。仙田さんが指摘されたとおり、デジタルプラットフォームでは独占・寡占が起きている領域の特定が難しいのです。そのため競争上の問題をタイムリーに把握し、継続的に対応する必要があります。同時にイノベーションを阻害せず、セキュリティとプライバシーにも配慮しなければなりません。
このような複雑な状況に柔軟性を持って対応するためには、従来の競争法に加え、政府、業界団体、プラットフォーム事業者が対話しながら問題を解決する共同規制のアプローチが求められます。それがデジタルプラットフォーム取引透明化法の役割です。
左から仙田氏、川本
左から百歩、仙田氏、川本
百歩:
デジタルプラットフォーム取引透明化法の施行から2年半が経過しました。これまでに、モニタリング・レビューはどのようなインパクトをもたらしたでしょうか。
仙田:
ポジティブなインパクトからお話しします。モニタリング・レビューが2度目となったのは、オンラインモール分野とアプリストア分野です。両分野とも利用事業者への影響が大きい措置については、以前よりも丁寧な対応を行う取り組みが報告されています。例えば、オンラインモール分野では規約変更時に事前に分かりやすく事前周知徹底すること、アプリストア分野ではアカウント停止通知内容を具体化することなどです。
また、2022年度の議論の蓄積を生かし、オンラインモール分野では「アカウント停止に伴う売上金留保の取り扱い」、アプリストア分野では「アプリ内課金の代替決済手段」や「アプリ審査プロセスの改善」など、前年よりも踏み込んだ課題を抽出することができました。なお、初回のモニタリングとなったデジタル広告分野では、プラットフォーム事業者から広告審査プロセスの改善などが報告されました。
百歩:
ポジティブな効果が得られつつ、課題を抽出することができたことをご説明いただきましたが、制度として見えてきた課題はありますか。
仙田:
課題として捉えているのは、「自社優遇措置の管理体制」や「外部検証可能な説明」などの取り組みが、2023年度のモニタリングでは十分にみられなかったことです。
抽出された課題をどのようにしてプラットフォーム提供者の運営改善につなげるかという点は、実効性のある継続的な働きかけが必要だと捉えています。規制対象事業者の多くが国境を越えて事業展開していることを考慮すると、海外の競争当局の制度整備や運用動向を踏まえることも大切だと考えています。
百歩:
今後、モニタリング・レビューはどのように発展していくと予想されますか。その展望を聞かせてください。
仙田:
デジタルプラットフォームビジネスには、技術の進展とともにビジネスモデルが変わるという特性があります。前年には問題がなかったから今年も問題がないということはなく、継続的なモニタリングが大切です。
経済産業省では現在、初年度の大臣評価を終えて2度目の評価に取り組んでいます。モニタリング手法はまだ確立されていないので、過去の経験を振り返りながら、よりよい方法を追求していく必要があると考えています。
百歩:
現時点で具体的に検討していきたい事項はありますか。
仙田:
はい。経済産業省がプラットフォーム提供者にサービス利用事業者向けの新たな取り組みを求める際の法的裏付けを強化するための省令指針の見直しや、プラットフォーム提供者の運営改善が図られない場合の勧告・報告徴収などです。これらはデジタルプラットフォーム取引透明化法の実効性を高めるという観点からも、検討する必要があると考えています。
百歩:
次に「デジタルトラスト」のあり方について伺います。日本政府はデジタルトラストをデジタル社会の基盤として位置づけ、その実現に向けた施策を積極的に推進しています。政府内ではモニタリング・レビューをデジタルトラスト実現の要素として捉えているのでしょうか。例えば、今後モニタリング・レビューを横展開するといった可能性はあるのでしょうか。
仙田:
デジタル社会では技術の進展が早いことから、政策目標やその実現手段は機動的かつ柔軟に設定・改善することが重要です。同時に、多様なステークホルダーによる政策への関与も求められます。ですからアジャイルガバナンスを適用すべき政策領域は、今後拡大していくと考えています。そこでは現在私たちが取り組んでいるモニタリング・レビューでの経験が活かせると思います。
川本:
従来型の「後追いで信頼を付与する」というやり方だけでは、デジタル社会のスピードに対応できない可能性があります。アジャイルガバナンスでアプローチするというモニタリング・レビューの仕組みは、参考になる部分が多いかもしれません。
実際、本日のテーマであるデジタルプラットフォーム以外にも、生成AIや自動運転、ドローンの活用など、今後のデジタル社会において普及が予想される新たな領域では、トラストの仕組みを早期に検討・確立することが求められます。これにより、その後のさらなる普及や発展をサポートできるのではないでしょうか。
百歩:
最後に、デジタル社会で仙田さんが監査法人に期待することをお聞かせください。
仙田:
デジタル広告を例にとると、その取引環境はこれまでのマスメディア広告とは異なります。取引に参加する事業者の中には、広告の専門的知識を有しない事業者も増えています。
デジタル広告には、アルゴリズムを用いて需給のマッチングが自動かつ高速に行われ、そのマッチングの数が膨大であるという特性があります。現在は、広告主の多くが出稿した広告へのクリックとコンバージョンに対するコストを下げることのみを重視している傾向があります。こうした現状がボットによる広告の視聴やクリックによって広告費が不正に搾取されてしまう「アドフラウド」の発生を招いています。
不正に流出した広告費は、反社会勢力の資金源にもなり得ます。また、差別的なサイトやアダルトサイトなど、企業のブランドイメージに合わない掲載先に自社の広告が掲載されてしまえば、ブランドや企業の信用が毀損します。
企業の経営層は、こうした問題を含め、デジタル化に伴うコンプライアンスリスクやレピュテーションリスクを早期に認識し、対処することが大切です。この過程で、監査法人が果たす役割はますます大きくなると考えています。
百歩:
モニタリング・レビューを通じて得られた知見や経験は、新たなデジタルトラストを構築する際に非常に重要ですね。私たちも期待に応えられるよう、デジタルトラストの実現に向け、一層励みます。本日はありがとうございました。
左から百歩、仙田氏、川本
小野薬品でデータ戦略を担当している山下 信哉氏をお迎えし、各部門を巻き込んだヘルスケアデータの二次利用におけるデジタルコンプライアンス体制の構築や、法規制、さらに視野を広げたELSI(Ethical, Legal, and Social Implications)リスクへの対応についてお話を伺いました。
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