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世界情勢が不安定になり、地政学的な緊張が高まるなか、自国の脆弱性や潜在的なリスクを軽減する方法として「経済安全保障」という概念が注目されています。経済安全保障とは、経済上の措置を講じ国の平和と安全や経済的な繁栄等の国益を確保することを指します。市場原理に基づき、自由貿易や国際分業を通じてコストの最小化や効率化を図るとともに、安全保障上の対立を緩和することに重きを置くかつての国際秩序が変化し、経済や技術を武器に他国に影響力を行使し、国家や国民の安全を経済の面から確保する動きが加速しています。
経済安全保障の概念は大きく「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」に分類されます。「戦略的自律性」とは、国民生活や社会経済活動の維持に不可欠な基盤を強靱化することにより、いかなる状況下でも他国に過度に依存せず、正常な国民生活と経済運営という安全保障の目的を実現することを意味します。また「戦略的不可欠性」とは、国際社会全体の産業構造の中で、自国の存在が国際社会にとって不可欠な分野を戦略的に拡大することであり、自国の長期的かつ持続的な繁栄および国家安全保障を確保することを意味します(図表1)。
世界的なパンデミックの拡大によるサプライチェーンの混乱や、ロシアによるウクライナ侵攻、重要インフラへのサイバー攻撃といった外部環境の変化を受けて、各国は経済面から国家の生存や独立、繁栄を確保することを喫緊の課題としています。特に西側諸国は、中国などが経済的手段により国際政治上の目的を達成しようとする動きを脅威として意識しており、供給網の強化やインフラの強靭化による戦略的自律性、重要物資や技術優位性の確保による戦略的不可欠性の確立に向けた施策を次々に打ち出しています。
米国はトランプ政権以降、利害の対立する外国への技術流出を防止し、米国の技術優位性を確保するための政策を推進しています。加えてバイデン政権では、サプライチェーンの懸念国への依存回避のための政策も積極的に展開しています。サプライチェーン強靭化のための国産品優遇や同盟国との連携強化といった動きに舵を切り、幅広い業種で日本企業のグローバル戦略にも影響を及ぼしています。米国政府は2023年4月、新しい経済戦略「新ワシントンコンセンサス」を発表し、政府介入や産業政策を通じた国内産業の強化や供給網の強靭化、対中競争における勝利を目標として掲げました1。
欧州では、中国を念頭に市場歪曲的補助金や経済的威圧などへの対応を強化しつつ、域内供給網や重要技術分野における技術の優位性を確保するための各種政策が推し進められています。2023年6月に発表されたEU初の経済安全保障戦略においては、域内産業の競争力確保や同盟国との連携、投資や輸出の制限強化によるデリスキングを進めることが打ち出されました2。EU域内で活動する日本企業は、各種補助金などの便益を受けられる可能性はありますが、特に域外国政府から補助金を受ける場合や域外からの材料調達に頼る場合などにおいては、EUの規制強化の影響を受ける可能性があります。
こうした対中排除政策に対抗する形で、中国の習近平国家主席は2014年、対外安全保障と国内安定、伝統的安全保障と経済・社会安全保障を同時に追求する「総体国家安全観」という概念を提示しました。バリューチェーンにおける中国の不可欠性を向上させることによる外国からの圧力への対抗や、「中国製造2025」と呼ばれる産業政策で定める重点10分野の外国技術移転促進、政府調達における国内製造品の優遇・要件化といった政策を進めています。
日本でも経済と安全保障の連携やバランスへの配慮はかねてから行われてきましたが、2020年に国家安全保障局(NSS)に経済安全保障政策担当の経済班が設置されたことを契機に、政策の議論が加速しています。2021年には政府の骨太の方針において初めて経済安全保障の推進が掲げられ、経済安全保障を所管する特命担当大臣の設置、経済安全保障推進会議の立ち上げに至りました。
2022年5月には経済安全保障推進法が成立し、①重要物資の安定的な供給の確保、②基幹インフラ役務の安定的な提供の確保、③先端的な重要技術の開発支援、④特許出願の非公開の4制度の創設が盛り込まれました3。4制度は法の公布から2年以内に段階的に施行され、①と③は制度運用が既に開始しています。①は2023年4月から随時採択企業の発表が行われ、③は2022年10月から研究開発構想の発表が行われ、いずれも今後も公募が随時実施される予定です4,5(図表2)。
②と④は2024年春頃の制度運用開始に向け、2023年の秋にも政省令の形で制度の詳細が公表される予定です。②については、政府が2023年8月に対象企業の基準を、10月4日には対象と見込まれる企業名を発表しました6。対象企業は、制度運用開始までにサイバーセキュリティの整備や導入計画書の策定、リスク管理措置の確実な実装について準備する必要があります(参考:「PwC Japanグループ、経済安全保障推進法の事前審査対応を包括支援するサービスを開始」)。
また、2024年の通常国会での法案提出が見込まれ、機微情報を扱う資格要件を定める「セキュリティクリアランス(適格性評価)」についても制度の内容理解や事業影響の事前検討が求められ、関連事業を扱う企業にとっては重要な検討として動向を注視する必要があります7。
国際環境の変化に伴い、安全保障の裾野が経済分野に急速に拡大するなか、主要国による経済安全保障の取り組みは今後ますます進み、日本企業のビジネスへの影響も拡大することが想定されます。国際情勢や各国の政策動向にいかに素早く対応できるか、事前準備によってどこまでエクスポージャーを低減できるかにより、企業の抱えるリスクや影響に差が出るでしょう。日本企業には各国の法整備に係る情報を収集・分析し、自社のリスクと課題を「見える化」するとともに、経済合理性だけでなく世界の大局的な動きも踏まえて事業戦略上の判断を下すことが求められます。
日本の経済安全保障推進法への対応にあたっても、上述の施行スケジュールを見据えて事前に内容を理解し、社外専門家への相談などを通して自社ビジネスへの影響を評価することが重要です。その上で、必要な対策を講じることで安定したビジネス環境を維持し、国際競争力を向上させることが求められます。
1 The White House "Remarks by National Security Advisor Jake Sullivan on Renewing American Economic Leadership at the Brookings Institution" 27 April 2023
2 European Commission "An EU approach to enhance economic security" 20 June 2023
3 内閣府 "経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律(経済安全保障推進法)"
4 経済産業省 "経済安全保障推進法に基づく認定供給確保計画一覧"
5 内閣府 "経済安全保障重要技術育成プログラム"
6 内閣府 "特定社会基盤事業者の指定基準に該当すると見込まれる者の公表"2023年10月4日
7 内閣官房 "経済安全保障分野におけるセキュリティクリアランス制度等に関する有識者会議"
坂田 和仁
マネージャー, PwC Japan合同会社