
GDPRの改定版標準移転契約及びデータ移転影響評価への対応
本稿では新SCCへの切り替えおよびTIAの実施に関して、法令で要請されている内容と、企業として対応が推奨される事項について解説します。
2022-12-19
企業がグローバルに事業を展開し、またDXなどデータを活用した新たな取り組みを推進するに伴い、保有データをグローバルで統合管理し、分析する必要性が高まっています。同時に、国境をまたぐデータの移転(以下、「越境移転」)がますます加速しています。一方で越境移転に伴い、企業は各国の個人データ保護法令に従って、越境移転規制に対応することが求められます。各国では日々新たな個人データ保護規制が施行されたり、改正されたりしており、新たな規制が設けられる度に、企業にはより難しい対応や判断が迫られています。したがって、企業には越境移転規制に係る最新の動向を随時確認し、自社の越境移転規制対応が問題なく実施されているかモニタリングすることが求められています。
直近の越境移転規制の動向として、2021年に欧州一般データ保護規則(以下、「GDPR」)における標準契約条項(以下、「SCC」)が改定されました。これにより、企業には改定版の標準契約条項(以下、「新SCC」)への切り替え対応が要請されています。また、データ越境移転評価(以下、「TIA」)の実施も新SCCへの切り替えと併せて実施する必要があり、これらの対応を2022年12月末までに行うことが求められています。本稿では新SCCへの切り替えおよびTIAの実施に関して、法令で要請されている内容と、企業として対応が推奨される事項について解説します。
現在、SCCに基づいて個人データの越境移転を行っている場合、新SCCの施行とともに移転根拠とすることができなくなるため、2022年12月末までに新SCCによる契約の結び直しやその他の根拠に依拠した移転への切り替えなどの対応が必要になります*。
そもそも、GDPRでデータの越境移転が認められるケースにはどのようなものがあるのでしょうか。条文では、「GDPRによって保証される保護のレベルが低下しないことを確保できる場合のみ移転できる」(第44条)とされています。
「保護レベルが低下しないことが確保できる場合」としては、「十分なデータ保護水準にある国に移転する場合」(第45条)または、「適切な保護措置が講じられている場合」(第46条)の2パターンが示されています。後者の適切な保護措置の1つとして、SCCの締結ならびに準拠が示されています。
新SCCへの改定によって、単に移転元と移転先が新SCCへの準拠を約束するだけではなく、客観的な評価によって確実に準拠できることを確認し、確認した結果を記録として残すことが必要となりました。この改定には、移転元と移転先に対して、個人データの安全な越境移転を客観的な評価によって担保しようとの意図があります。
客観的な評価を担保させる方法として、TIAの実施が求められています。TIAには特に決まったテンプレートは存在しませんが、以下の3つの観点を考慮して、データの移転がデータ主体に与える影響を評価することが求められています。
これらの事項を踏まえて、確実に新SCCに準拠できることを保障する必要があります。さらに、契約締結当初から状況に変化があり、新SCCへの準拠が困難になった場合は、データ移転を停止し、移転済みのデータを消去すること、または返却することが条項として盛り込まれています。
上記のような規制の強化が行われる一方で、多様な移転の形態に対応できるように、新SCCでは改善が加えられています。最大のポイントはモジュール形式が採用されたことです。
従来は、管理者から管理者への移転について2種類のSCCが存在し、管理者から処理者への移転について1種類のSCCが存在しました。そのため、一連の個人データの移転の中で、管理者と処理者のどちらに移転するかにより、どのSCCを使用するか判断する必要がありました。一方で、処理者から処理者への移転や、処理者から管理者への移転というケースが想定されていないなど、実務との不整合が生じる場面がありました。
今回の改定により、一般条項とモジュールからなる1種類の新SCCにまとめられました。これにより移転先が管理者か処理者か、あるいは移転元が管理者か処理者かによって、適切なモジュールを選択できるようになり、一連の個人データ処理全体を1つの新SCCで網羅できるようになりました。
さらに複数の当事者が新SCCを締結できるようになり、締結当初は参加していなかった当事者が追加で参加できるようになるなど、柔軟な対応が可能になりました。
そのほかにも、データ移転元がEEA圏に所在しない場合に不整合が生じていた点が解消されるなど、さまざまな改善が加えられています。
前述のとおり、企業は2022年12月末までに新SCCによる契約の再締結が迫られています。具体的には以下のようなアクションが必要になります。
SCCに依拠した個人データ移転に関し、移転内容に変更がないかなど、状況を確認する必要があります。新SCCの締結に向けては最終的な移転先の国・地域を明らかにするだけではなく、データの経由地や再移転先、処理の目的、移転する個人データのカテゴリーや形式など、TIAに必要な移転に係る具体的な状況を把握する必要があります。
また、自社が日本のような十分性認定の対象国に存在し、そこで一括してデータを管理している場合であっても、日本から十分性認定の対象国でない第三国へデータの再移転が行われているかどうかを考慮する必要があります。再移転先が十分性認定国でない場合は、新SCCの締結対応や本人からの同意取得など、移転根拠が別途必要になります。
この対応には、契約を主管する法務部門のみならず、個人データを取り扱うサービスを主管する部門、従業員データを取り扱う人事部門、IT部門など、さまざまな部門を巻き込んで取り組む必要があり、そのためのリソース確保が必要になります。
1)で把握した移転先の国や地域の制度に関して、本人に影響を及ぼし得る事項について調査します。個人情報保護制度の水準の他、公的機関が強制力をもって民間部門の保有する情報を開示させる制度(ガバメントアクセス)がないかどうかにも着目します。
その際、移転先国・地域がEUから十分性認定を受けた国・地域に該当する場合は、SCCに依拠した移転から、十分性認定に依拠した移転に切り替えることを検討します。
データ越境移転が本人に及ぼす影響を評価します。1)および2)で把握した事項に加え、移転元が移転先に契約によって課した義務や、安全管理措置なども加味して評価します。特に安全管理措置では、別紙(ANNEXⅡ)に記載されている安全管理措置の例が新SCCへの改定に伴い詳細化されています。企業としては移転先における安全管理措置の内容をこれまで以上に詳細に説明する必要があり、状況によっては措置の見直しも求められます。
評価の結果、新SCCへの確実な準拠が可能と判断した場合は、新SCCを締結できます。一方で、新SCCへの準拠が困難であると判断した場合には移転の停止、移転先の見直し、本人の同意を依拠した移転への切り替えなど、代わりの対応を検討する必要があります。
以上のように新SCCの締結に向けては、越境移転の具体的な状況把握からTIAの実施まで着実に対応し、企業として対応結果を対外的に説明できるようにする必要があります。特にTIAの実施については安全管理措置の対応状況をはじめ、データの移転や管理状況に関するさまざまな情報が必要です。
TIAに必要な各種情報を収集するにあたっては、特定の部門のリソースのみに依存していると情報の所在や管理状況を把握できず、必要以上に時間を要する恐れがあります。円滑に対応を進めるためには、企業内の各部門で役割を分担の上、必要な情報を取りそろえ、TIAを実施することが求められます。またGDPR対応に限らず、企業の経営者には、越境移転規制対応が着実に実施されないことを経営リスクとして捉えることが求められます。リスク低減のためにも、着実な法令対応の実施および対外説明への準備を万全にした上で、グローバルでのデータ利活用を推進することが必要です。
*European Commission “Standard Contractual Clauses (SCC) -standard contractual clauses for data transfers between EU and non-EU countries-”を参考に作成。
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