国際文書「OTサイバーセキュリティの原則」と重要インフラへのサイバー攻撃に関する国際動向

  • 2025-01-16

はじめに

2024年10月、オーストラリア通信情報局(ASD)オーストラリアサイバーセキュリティセンター(ACSC)は、「OTサイバーセキュリティの原則(Principles of operational technology cyber security)」という文書を発行しました。この文書は、日本の内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)および警察庁を含む9カ国の組織によって共同署名された国際文書となっています(NISCによる報道発表資料および仮訳)。

文書作成の背景には、地政学的な緊張の高まりに伴う重要インフラへのサイバー攻撃の増加があると考えられますが、内容そのものは重要インフラに限らず、OT(Operational Technology:生産ラインやシステムの制御・運用技術)環境を所有する組織全般にとって有用です。

本稿では、文書の概要や記載されている原則、文書作成の背景にある国家レベルのサイバー攻撃とそれに対抗する国際動向について解説します。

文書作成の背景

本文書は、以下の9カ国14組織による共同文書となっています。

  • オーストラリア通信情報局オーストラリアサイバーセキュリティセンター(ASD's ACSC)
  • 米国国土安全保障省サイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁(CISA)
  • 米国国家安全保障局(NSA)
  • 米国連邦捜査局(FBI)
  • 米国州横断情報共有分析センター(MS-ISAC)
  • 英国国家サイバーセキュリティセンター(NCSC-UK)
  • カナダサイバーセキュリティセンター(Cyber Centre)
  • ニュージーランド国家サイバーセキュリティセンター(NCSC- NZ)
  • ドイツ連邦情報セキュリティ庁(BSI Germany)
  • オランダ国家サイバーセキュリティセンター(NCSC-NL)
  • 内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)
  • 警察庁(NPA)
  • 韓国国家情報院(NIS)
  • 韓国NISのサイバーセキュリティセンター(NCSC)

米国・英国・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドの5カ国は、従来からファイブ・アイズという機密情報共有の枠組みを持っていました。この5カ国は、重要インフラへの脅威に対抗するため、2012年にCritical 5という国際フォーラムを設立しており、「重要インフラに対する共通理解の構築」(2014年)、「進化する脅威への対応:重要インフラのセキュリティとレジリエンスに対する重要な5つのアプローチ」(2024年)といった文書を公表しています。

2024年以降、このCritical 5の5カ国を中心として、重要インフラのセキュリティに関する国際的な共同文書・アドバイザリーが発行されるようになりました。以下は米国CISAのリリースからの抜粋です。

このうち、2024年2月のアドバイザリーは、中国のサイバー攻撃者「Volt Typhoon」に関するものです。米国との紛争が発生した場合に重要インフラに破壊的な被害を与えるため、重要インフラ組織のシステムに潜伏し、OT資産へのアクセスを獲得していると警告しています。

これらの動向から、重要インフラへの国家レベルのサイバー攻撃に国際的な連携をもって対応するという潮流ができつつあり、本文書「OTサイバーセキュリティの原則」の発行もその一環であることがうかがえます。

日本においても、重要インフラのサイバーセキュリティ政策や基幹インフラ制度(経済安全保障推進法)などが従来から推進されています。地政学的な緊張の高まりによって、国民生活に直結する重要インフラへのサイバー攻撃が増加・巧妙化している現在、改めて全面的かつ高度なセキュリティ対策が必要であると言えます。

まとめ

「OTサイバーセキュリティの原則」は、OT環境を保有する全ての組織にとって有用な文書です。経営レベルから現場までの意思決定における参考として、一読することを推奨します。特に、重要インフラにかかわる組織は、国際的なサイバー攻撃リスクの高まりを改めて理解した上で、これらの原則を踏まえたOTセキュリティ対策の実施・点検を行うことが望ましいと考えられます。

【参考資料】

本文書の内容を抜粋し、チェックリストを作成しました。自組織のOTセキュリティ対策が6つの原則に沿っているかを点検する際などに、参考としてご活用ください。

「OTサイバーセキュリティの原則」に基づくチェックリスト

執筆者

上村 益永

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

木佐森 幸太

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

デジタル化する工場のサイバーセキュリティ

18 results
Loading...

経済産業省「工場システムにおけるサイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドライン」に基づくセキュリティ対策の進め方

「工場システムにおけるサイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドライン」は、工場環境に適したセキュリティ対策の進め方や具体的なプロセスを説明し、PDCAサイクルを前提とした管理方法を提案しています。対策の検討・実装において参考となる資料の紹介と併せて解説します。

Loading...

サイバーセキュリティ・プライバシー法規制のトレンドと企業に求められる対応

48 results
Loading...

パーソナルデータの利活用におけるデジタル先進企業のプライバシーガバナンスの取組状況

プライバシーガバナンスは、プライバシー問題に関するリスクを適切に管理し、消費者やステークホルダーに対して責任を果たすことを指します。この見直しは、社会からの信頼を得るとともに企業価値の向上に寄与します。企業のプライバシーガバナンスへの取り組み状況として2社の事例をご紹介します。

脆弱性開示ポリシーと報奨金制度 ―脆弱性報告窓口運用におけるリスクと企業がとるべき戦略―

昨今の製品セキュリティを取り巻く規制や制度への対応に伴い、企業では脆弱性開示ポリシーの整備が進んでいます。脆弱性を迅速かつ効果的に修正し運用するための、脆弱性を発見した報告者と企業との協力関係の構築と、報告者に対して企業が支払う報奨金制度の活用について解説します。

Loading...

インサイト/ニュース

40 results
Loading...

パーソナルデータの利活用におけるデジタル先進企業のプライバシーガバナンスの取組状況

プライバシーガバナンスは、プライバシー問題に関するリスクを適切に管理し、消費者やステークホルダーに対して責任を果たすことを指します。この見直しは、社会からの信頼を得るとともに企業価値の向上に寄与します。企業のプライバシーガバナンスへの取り組み状況として2社の事例をご紹介します。

脆弱性開示ポリシーと報奨金制度 ―脆弱性報告窓口運用におけるリスクと企業がとるべき戦略―

昨今の製品セキュリティを取り巻く規制や制度への対応に伴い、企業では脆弱性開示ポリシーの整備が進んでいます。脆弱性を迅速かつ効果的に修正し運用するための、脆弱性を発見した報告者と企業との協力関係の構築と、報告者に対して企業が支払う報奨金制度の活用について解説します。

Loading...

本ページに関するお問い合わせ