脆弱性開示ポリシーと報奨金制度

脆弱性報告窓口運用におけるリスクと企業がとるべき戦略

  • 2025-04-08

欧州Cyber Resilience Act(CRA)や、JC-STAR(セキュリティ要件適合評価及びラベリング制度)を筆頭に、昨今の製品セキュリティを取り巻く規制や制度への対応に伴い、企業において脆弱性開示ポリシー(Vulnerability Disclosure Policy:VDP)に対する検討、整備が進んでいます。VDPは脆弱性および/あるいはその報告者に対する企業のスタンスを示すものであり、報告者との間のコミュニケーションを行う上での前提となります。したがって、VDPの内容が不十分であった場合、企業と報告者間における認識の相違に伴うさまざまなリスクが生じる可能性があります。本稿では、特にホワイトハッカー(バグハンター)を中心とした外部有識者からの脆弱性報告に対応する上で想定されるリスクと、企業がとるべき戦略について解説します。

脆弱性報奨金制度の活用

脆弱性報奨金制度(Bug Bounty Program:BBP)とは、自社の製品やサービスに存在する脆弱性を発見した報告者に対して、企業が報奨金を支払う制度を指します。
この制度は、脆弱性の発見、報告にインセンティブを与えることで、自社の製品やサービスに対して、よりプロアクティブにセキュリティを向上させることを目的としています。
BBPはVDPを前提に運用され、報奨金の支払い条件などについては、さらに詳細なルール(対象製品および脆弱性の種類、複雑さなどによる支払金額および追加報酬の設定など)が設けられることが一般的です。

BBPは企業や組織が独自に運用する他、いくつかのセキュリティベンダーから提供されている、専用プラットフォームを活用する方法があります。なお、BBPを運用した場合、報奨金という報告者にとって明確なモチベーションが生じることで、運用していない場合と比較して報告件数がかなり増大することが予想されることから、事前に脆弱性の対応プロセスの運用体制を整備しておくことが重要です。

また、BBP運用にあたっては報奨金という報告者に対する明確な利益が生じることから、それに伴うリスクを考慮すべき場合があります。以下は想定される代表的なリスクの例です。

  • 制裁国・地域の法域に居住している報告者への報奨金の支払い
  • VDPに従わない金銭支払い要求

こうした例を含むリスク分析および対応については、法務部門などの法律の専門家に相談のうえで判断し、必要に応じてあらかじめBBPのポリシーに明記しておくことが望ましいです。また、BBPはVDPの延長線上に存在する制度であると考えるべきで、報奨金はあくまでVDPおよびBBPのルールに基づいて脆弱性を発見、報告してくれた善意の報告者に対するインセンティブになります。したがって、発見された脆弱性はVDPに基づいたプロセスで適切に対応、開示されるべきであり、逆にこうしたポリシー、ルールに則っていない報告者あるいは報告者による不当な要求行為(例:脆弱性情報や脆弱性の悪用によって不当に得た機密情報と報酬の引き換え要求など)は、明確に支払いの対象外となる旨を示すとともに、インシデントとしてしかるべき対応をする必要があります。

製品セキュリティ法、国際規格なども推奨事項に

欧米をはじめとする主要国では製品セキュリティ法制定時に、脆弱性情報がダークウェブで売買されることを防ぐ有効な方法として、企業にBBP導入を積極的に推奨しています。例えば、欧州の製品セキュリティ法であるサイバーレジリエンス法は、協調的なVDPの一環としてBBP導入を製造者に勧めています※6 。同じく、欧州ネットワーク・情報セキュリティ機関(ENISA)は、欧州サイバーセキュリティ法第55条(1)※7 と欧州共通基準に基づくサイバーセキュリティ認証制度(EUCC)第33条(2)※8 の解釈として2025年1月に公開した「脆弱性の管理と開示に関するガイドライン(EUCC SCHEME‐GUIDELINES ON VULNERABILITY MANAGEMENT AND DISCLOSURE)」において脆弱性情報を受け取る有効な方法として、BBP導入を推奨しています。その他、米国国防総省※9や、サイバーセキュリティ・社会基盤安全保障庁(CISA)※10でも、BBP導入しています。
また、2021年に中国で制定された「インターネット製品脆弱性管理規定」など、脆弱性の報告について推奨しているものの、脆弱性の開示、報告などそのプロセスを厳格に管理している国・地域があるため、事業展開国・地域における脆弱性管理関連の法規制を確認しておく必要があります。

まとめ

グローバル主要国において製品セキュリティに関する法制度が進められており、脆弱性管理は法的義務化の傾向にあります。また、サイバー攻撃が日々増加する中で消費者もセキュリティサポートの高い製品を望むようになっています。製造者は、自社製品に潜む深刻な脆弱性をいち早く把握し、効果的に対応するために、脆弱性開示ポリシーの整備と報奨金制度の活用が考えられます。
一方、脆弱性開示ポリシーと報奨金制度の不備により、脆弱性対応に伴う社内リソースの浪費、事業に影響を与える可能性のあるテスト実施、報告者からの想定外の要求などといった思わぬリスクも生じますので、法令、国際規格、ベストプラクティスなどの要件を考慮した戦略的な対策が必要です。

※1 https://www.iso.org/standard/72311.html

※2 https://www.ipa.go.jp/security/todokede/vuln/uketsuke.html

※3 https://jvn.jp/

※4 https://cve.mitre.org/

※5 BOD 20-01: Develop and Publish a Vulnerability Disclosure Policy, https://www.cisa.gov/news-events/directives/bod-20-01-develop-and-publish-vulnerability-disclosure-policy

※6 Cyber Resilience Act、https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A32024R2847、2025年3月19日閲覧

※7 Cybersecurity Act、https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2019/881/oj/eng、2025年3月19日閲覧

※8 European Common Criteria-based cybersecurity certification scheme (EUCC)、https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A32024R0482&qid=1707312751025、2025年3月19日閲覧

※9 Vulnerability Disclosure Program Overview、https://www.dc3.mil/Missions/Vulnerability-Disclosure/Vulnerability-Disclosure-Program-VDP/、2025年3月19日閲覧

※10 Vulnerability Disclosure Policy (VDP) Platform、https://www.cisa.gov/resources-tools/services/vulnerability-disclosure-policy-vdp-platform、2025年3月9日閲覧

執筆者

和栗 直英

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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エレドン ビリゲ

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

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