
各国サイバーセキュリティ法令・政策動向シリーズ(5)ブラジル
各国サイバーセキュリティ法令・政策動向シリーズの第5回目として、ブラジルのデジタル戦略と組織体制、セキュリティにかかわる政策や法令とその動向などについて最新情報を解説します。
欧州Cyber Resilience Act(CRA)や、JC-STAR(セキュリティ要件適合評価及びラベリング制度)を筆頭に、昨今の製品セキュリティを取り巻く規制や制度への対応に伴い、企業において脆弱性開示ポリシー(Vulnerability Disclosure Policy:VDP)に対する検討、整備が進んでいます。VDPは脆弱性および/あるいはその報告者に対する企業のスタンスを示すものであり、報告者との間のコミュニケーションを行う上での前提となります。したがって、VDPの内容が不十分であった場合、企業と報告者間における認識の相違に伴うさまざまなリスクが生じる可能性があります。本稿では、特にホワイトハッカー(バグハンター)を中心とした外部有識者からの脆弱性報告に対応する上で想定されるリスクと、企業がとるべき戦略について解説します。
脆弱性報告窓口の設置は、多くの企業が既に対応済みですが、VDPついては公開有無も含めて企業ごとにさまざまです。窓口に報告をする報告者は、その時点では善意の報告者であると推測することができ、企業としても自社製品に対する未知の脆弱性を発見・報告してくれた報告者に対しては敬意を持って接することが大前提であり肝要です。
しかし、バグハンターのようにプロアクティブに企業の脆弱性を探索するタイプの報告者であった場合、VDPのようなルールが定められていないことで、企業が想定していない範囲やアプローチで脆弱性を発見し、報告してくるケースが想定されます。このように、報告者はさまざまな背景、属性を持っており、それが結果としてさまざまなリスクにつながることがあります。
以下は、VDPが定義されていない、定義されていたとしても内容が不十分だった場合に想定されるリスクの例です。
こうしたリスクには、脆弱性開示ポリシーを策定することで一貫した対策ができます。ただし、前述のとおり報告者にはさまざまなタイプが存在し、それぞれが異なる考えを持っているということに留意して対応に当たる必要があります。
脆弱性開示ポリシー(VDP)とは、企業や組織が外部からの脆弱性報告を受け入れるためのガイドラインを提供する文書を指します。このポリシーは、脆弱性の報告者に対して、企業や組織がどのようにその報告を受け取り、対応するかを明確にし、企業と報告者のリスクを最小限に抑えつつ、脆弱性を迅速かつ効果的に修正するための協力関係を構築することを目的としています。
VDPは、ISO/IEC 29147:2018※1 で標準化されており、一般的な構成要素には以下のようなものがあります。
脆弱性報奨金制度(Bug Bounty Program:BBP)とは、自社の製品やサービスに存在する脆弱性を発見した報告者に対して、企業が報奨金を支払う制度を指します。
この制度は、脆弱性の発見、報告にインセンティブを与えることで、自社の製品やサービスに対して、よりプロアクティブにセキュリティを向上させることを目的としています。
BBPはVDPを前提に運用され、報奨金の支払い条件などについては、さらに詳細なルール(対象製品および脆弱性の種類、複雑さなどによる支払金額および追加報酬の設定など)が設けられることが一般的です。
BBPは企業や組織が独自に運用する他、いくつかのセキュリティベンダーから提供されている、専用プラットフォームを活用する方法があります。なお、BBPを運用した場合、報奨金という報告者にとって明確なモチベーションが生じることで、運用していない場合と比較して報告件数がかなり増大することが予想されることから、事前に脆弱性の対応プロセスの運用体制を整備しておくことが重要です。
また、BBP運用にあたっては報奨金という報告者に対する明確な利益が生じることから、それに伴うリスクを考慮すべき場合があります。以下は想定される代表的なリスクの例です。
こうした例を含むリスク分析および対応については、法務部門などの法律の専門家に相談のうえで判断し、必要に応じてあらかじめBBPのポリシーに明記しておくことが望ましいです。また、BBPはVDPの延長線上に存在する制度であると考えるべきで、報奨金はあくまでVDPおよびBBPのルールに基づいて脆弱性を発見、報告してくれた善意の報告者に対するインセンティブになります。したがって、発見された脆弱性はVDPに基づいたプロセスで適切に対応、開示されるべきであり、逆にこうしたポリシー、ルールに則っていない報告者あるいは報告者による不当な要求行為(例:脆弱性情報や脆弱性の悪用によって不当に得た機密情報と報酬の引き換え要求など)は、明確に支払いの対象外となる旨を示すとともに、インシデントとしてしかるべき対応をする必要があります。
欧米をはじめとする主要国では製品セキュリティ法制定時に、脆弱性情報がダークウェブで売買されることを防ぐ有効な方法として、企業にBBP導入を積極的に推奨しています。例えば、欧州の製品セキュリティ法であるサイバーレジリエンス法は、協調的なVDPの一環としてBBP導入を製造者に勧めています※6 。同じく、欧州ネットワーク・情報セキュリティ機関(ENISA)は、欧州サイバーセキュリティ法第55条(1)※7 と欧州共通基準に基づくサイバーセキュリティ認証制度(EUCC)第33条(2)※8 の解釈として2025年1月に公開した「脆弱性の管理と開示に関するガイドライン(EUCC SCHEME‐GUIDELINES ON VULNERABILITY MANAGEMENT AND DISCLOSURE)」において脆弱性情報を受け取る有効な方法として、BBP導入を推奨しています。その他、米国国防総省※9や、サイバーセキュリティ・社会基盤安全保障庁(CISA)※10でも、BBP導入しています。
また、2021年に中国で制定された「インターネット製品脆弱性管理規定」など、脆弱性の報告について推奨しているものの、脆弱性の開示、報告などそのプロセスを厳格に管理している国・地域があるため、事業展開国・地域における脆弱性管理関連の法規制を確認しておく必要があります。
グローバル主要国において製品セキュリティに関する法制度が進められており、脆弱性管理は法的義務化の傾向にあります。また、サイバー攻撃が日々増加する中で消費者もセキュリティサポートの高い製品を望むようになっています。製造者は、自社製品に潜む深刻な脆弱性をいち早く把握し、効果的に対応するために、脆弱性開示ポリシーの整備と報奨金制度の活用が考えられます。
一方、脆弱性開示ポリシーと報奨金制度の不備により、脆弱性対応に伴う社内リソースの浪費、事業に影響を与える可能性のあるテスト実施、報告者からの想定外の要求などといった思わぬリスクも生じますので、法令、国際規格、ベストプラクティスなどの要件を考慮した戦略的な対策が必要です。
※1 https://www.iso.org/standard/72311.html
※2 https://www.ipa.go.jp/security/todokede/vuln/uketsuke.html
※5 BOD 20-01: Develop and Publish a Vulnerability Disclosure Policy, https://www.cisa.gov/news-events/directives/bod-20-01-develop-and-publish-vulnerability-disclosure-policy
※6 Cyber Resilience Act、https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A32024R2847、2025年3月19日閲覧
※7 Cybersecurity Act、https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2019/881/oj/eng、2025年3月19日閲覧
※8 European Common Criteria-based cybersecurity certification scheme (EUCC)、https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A32024R0482&qid=1707312751025、2025年3月19日閲覧
※9 Vulnerability Disclosure Program Overview、https://www.dc3.mil/Missions/Vulnerability-Disclosure/Vulnerability-Disclosure-Program-VDP/、2025年3月19日閲覧
※10 Vulnerability Disclosure Policy (VDP) Platform、https://www.cisa.gov/resources-tools/services/vulnerability-disclosure-policy-vdp-platform、2025年3月9日閲覧
各国サイバーセキュリティ法令・政策動向シリーズの第5回目として、ブラジルのデジタル戦略と組織体制、セキュリティにかかわる政策や法令とその動向などについて最新情報を解説します。
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昨今の製品セキュリティを取り巻く規制や制度への対応に伴い、企業では脆弱性開示ポリシーの整備が進んでいます。脆弱性を迅速かつ効果的に修正し運用するための、脆弱性を発見した報告者と企業との協力関係の構築と、報告者に対して企業が支払う報奨金制度の活用について解説します。
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昨今の製品セキュリティを取り巻く規制や制度への対応に伴い、企業では脆弱性開示ポリシーの整備が進んでいます。脆弱性を迅速かつ効果的に修正し運用するための、脆弱性を発見した報告者と企業との協力関係の構築と、報告者に対して企業が支払う報奨金制度の活用について解説します。
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