
ポストコロナの世界における事業継続戦略「2025年の崖」起点の業務変革 ――「データドリブンBPR」が切り拓く企業の未来
情報システム(ERP)の導入と表裏一体の関係にある業務変革の手法に焦点を当て、その処方箋の1つとして「データドリブンBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)」を紹介します。
2021-11-19
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な大流行(パンデミック)から1年以上が経過しました。私たちは、COVID-19パンデミックを一時的な危機事象としてではなく、経営環境の変化と捉え、COVID-19パンデミックと共存しながら経済活動を実施していく必要があります。本コラムでは、このような「ウィズコロナ」時代における事業継続対応の課題と求められる対応について紹介します。
下表では、企業がこれまで実施してきたCOVID-19対応の一例を示しています。
災害やパンデミックへの対応は、一般的に「初動対応」と「事業継続対応」の2つに分けられます。初動対応は従業員や顧客の安全確保を目的とした対応です。COVID-19対応において企業は、災害対策本部の設置および運営、職員の健康管理や感染者が発生した場合の対応などを実施してきました。事業継続対応は自社の重要業務の継続を目的とした対応で、さらに経営戦略レベルとオペレーションレベルの対応に分けることができます。経営戦略レベルの対応としては経営戦略の再考や事業影響度分析、オペレーションレベルの対応としては重要業務に対する人的資源の確保や再配分、リモートワークへの移行を含むオペレーションのデジタル化などが挙げられます。
次章では、ウィズコロナ時代の事業継続対応の課題と求められる対応について紹介します。下表の「課題(次章参照)」の列では、次章で紹介するウィズコロナ時代の事業継続対応の課題と各COVID-19対応を紐づけていますので、皆様が実施してきたCOVID-19対応を振り返りながら読んでいただくことをお勧めします。
初動/事業継続対応 | 経営戦略/ |
対応 | 課題 (次章参照) |
---|---|---|---|
初動 | ー | 災害対策本部の設置と運営 | ー |
初動 | ー | 職員の健康管理 | ー |
初動 | ー | 感染者が発生した場合の対応(例:オフィスの消毒、情報の開示) | ー |
初動 | ー | 勤務体制の変更 | ー |
事業継続 | 経営戦略 | 経営戦略の再考 | 1-(1) |
事業継続 | 経営戦略 | 事業影響度分析(BIA) | 2 |
事業継続 | 経営戦略 | 必要経営資源(人・モノ・委託先など)の特定 | 2 |
事業継続 | オペレーション | 重要業務の遂行に必要な人的資源の確保や再配分(例:テレワーク体制、複数のチームによる交代勤務を行うスプリットチーム制などの体制構築) | 2 |
事業継続 | オペレーション | オペレーションのデジタル化(例:リモートワークへの移行、デジタルツール(チャットなど)の導入) | 1-(2) |
事業継続 | オペレーション | 重要業務以外の業務の考え方の整理 | ー |
事業継続 | オペレーション | 意思決定プロセスや基準の整理 | 1-(1) |
COVID-19による影響の度合いは企業の業種や業態、規模などによりさまざまですが、多くの企業ではCOVID-19が発生して以来、リモートワークの導入やスプリットチーム制(複数のチームによる交代勤務)の構築など、突貫工事的にオペレーションレベルの対応を実施してきたと言えます。COVID-19の発生から1年以上が経ち、企業の事業継続においてどのような課題が見えてきたのでしょうか。また、そうした課題に対してどのような対応が望ましいのでしょうか。ウィズコロナ時代の事業継続対応における課題の例として、以下の2点が挙げられます。
PwCが73カ国2,800人以上のビジネスリーダーを対象に実施した調査(グローバルクライシスサーベイ2021)では、約95%のビジネスリーダーが彼ら自身の危機管理能力について改善が必要だと回答しています。マネジメント層の危機管理能力を向上するには、まず彼ら自身のリスク意識を向上させることが重要です。マネジメント層のリスク意識が低いことにより、下記のような事象がもたらされるおそれがあります。
感染状況の悪化により、企業は経営戦略やオペレーションの変更を余儀なくされてきましたが、その判断基準および判断のタイミングは適切なものだったでしょうか。緊急事態宣言などの政府や自治体の決定が下されてから経営戦略やオペレーションの変更に着手していなかったでしょうか。実際、緊急事態宣言が発出された段階ではすでに感染者が急増しているケースがほとんどのため、その時点からの経営戦略やオペレーションの変更では社内の感染者増加を防げず、リソースが減少するリスクが高いと考えられます。国や自治体の基準を参考または一つの指標にすることは全く問題ではありませんが、それだけに頼っていると、目まぐるしく変化するビジネス環境や感染状況などに迅速に対応することができません。そのため、社内やステークホルダーの感染状況に基づいた出社基準をあらかじめ設定するなど、自社独自の判断基準を事前に策定しておき、ビジネス環境や感染状況が変化した際に検討すべき事項を減少させておくことが重要です。各企業のマネジメント層が当事者意識を持ち、自社独自の判断基準を策定しておくことにより、定められた判断基準に基づき、環境の変化に対して迅速に意思決定することができると考えられます。
また、企業にはステークホルダーに対し、COVID-19対応を含む自社のビジネスの状況を説明する責任があります。説明責任を果たすためには事業継続の戦略やオペレーションについて規程類に文書化する必要がありますが、多くの企業では現在もCOVID-19対応を臨時オペレーションとして取り扱い、規程上には明記していないのではないでしょうか。これは、危機状態から平時への移行ができておらず、企業としてどのように説明責任を果たすかについて意思決定ができていない状態と言えます。COVID-19が一時的な危機事象であればCOVID-19対応を臨時オペレーションとして文書化することに違和感はありませんが、私たちはこれからもしばらくはCOVID-19と共存し事業を継続していかなければなりません。また、企業が世の中から強く説明責任を求められる背景には、企業に従業員の健康を守る義務(安全配慮義務)があることが要因として挙げられます。企業はCOVID-19と共存することを前提とし、従業員の健康を守りつつ企業を成長させていけるような事業継続戦略やオペレーションの方針について、従業員やステークホルダーに説明する必要があります。
マネジメント層が「出社していなければ勤務していないことと同義」のような価値観を持っていたり、リモート化によりアウトプットの質が下がることを恐れていたりすることから、リモート化が可能な業務であってもとりあえず従業員を出社させることで事業継続を図っているというケースも見受けられます。しかしコロナ禍においては、従業員をむやみに出社させることが事業継続の最良の手段とは言えません。従業員を出社させることには、従業員の健康を守る義務(安全配慮義務)を果たせない、安全配慮義務に対する説明責任を果たせない、企業としてのレピュテーションが低下する、社内の感染者数の増加により人的リソースが減少するなどのリスクがあり、その結果、事業継続自体が危ぶまれるおそれがあります。
ではなぜ一部のマネジメント層はリモート化への抵抗感を持つのでしょうか。その原因の1つは、リモート化がもたらすリスクをマネジメント自身が理解していないことにあると考えられます。リモート化がビジネスに与える影響が分からないため、「出社」という既存の管理しやすい方法で事業を継続しようとするのです。
では、リモート化がもたらすリスクにはどのようなものあるのでしょうか。リスクが高い例として、対面コミュニケーションの減少による従業員教育の質の低下が挙げられます。上司と部下が対面でコミュニケーションを取りながら仕事をする場合は、上司は部下のアウトプットの作成過程についても把握することができるため、アウトプットだけではなく、その作成の仕方やソフトスキル面についてもフィードバックをすることができます。一方、リモートワーク下においては、従業員へのフィードバックがアウトプット基準となり、出社時のようにアウトプットの作成過程やソフトスキル面のフィードバックを与えることが難しくなります。また、出社時に比べ上司と部下のコミュニケーションの機会が減少するため、部下が自ら上司に求めなければフィードバックを得にくくなります。また、部下自身が必要だと思っている分野に対してのみフィードバックを求めがちになるため、自分にとって必要ないと考えている分野については成長の機会が失われてしまいます。特に新卒社員の場合は、業務経験が浅く社会人経験もないため、こうしたリスクが顕在化しやすくなります。
一方で、リモート化によるリスクが低い領域もあります。例えば定型業務においては、その実施方法がマニュアルなどで定められている場合が多く、質問があればチャットやメール、オンラインミーティングでの従業員同士のコミュニケーションで十分対応できるケースも多いと考えられます。こうした業務を実施するために出社させた場合は、感染が拡大する中で出社しなければならないことに従業員が不安を覚え、仕事へのモチベーションが低下しアウトプットの質が下がるおそれがあります。逆にリモートワークにすれば、通勤時間を作業時間に充てることができるようになり、むしろアウトプットの質が向上するケースもあるでしょう。
自社の業種や業態、企業文化や組織構成などに鑑み、リモート化によるリスクを洗い出すことができれば、リモート化によるリスクが低い業務プロセスにおいてリモートワークやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などを導入し、生産性を高めることができます。出社またはリモート化のいずれかに偏るのではなく、リモート化によるリスクを各企業で洗い出し、洗い出されたリスクと出社によるリスクを天秤にかけ、リモート化によるリスクを受容または回避するかを判断し、事業継続戦略を策定することが重要です。リスクを受容するか、または回避するかを判断する際は、2点目の課題の中で紹介する目標復旧レベル(RLO)を達成または維持できるかという観点を持つことが大切です。
各企業で策定された「事業継続戦略」は、本当に事業継続性を実現できるものになっているでしょうか。ビジネス環境の変化を事業継続戦略に反映できているでしょうか。また、単に事業を継続させるだけではなく、企業の成長を見据えた事業継続戦略を策定できているでしょうか。
これらの課題を検討する上で重要なのは、適切な目標復旧レベル(RLO)が設定されているか、RLOを維持するための戦略が策定されているかという観点です。
COVID-19の発生から1年以上が経過し、自社のビジネスの状況やサプライチェーンの状況も変化しました。そのため、企業は再度事業継続戦略を見直す必要がありますが、突貫工事的にCOVID-19対応を進めてきた多くの企業では、見直しが実施されていないケースが散見されます。事業継続戦略の見直しにあたっては、あらためて事業影響度分析(BIA)を実施し、現在の自社の状況を把握することが大切です。従来のBIAでは各重要業務は一定の時間で復旧するという前提のもと、各重要業務に対し目標復旧時間(RTO)を設定し、事業継続戦略を策定していました。しかし、いまだ感染の収束が見通せていないウィズコロナ時代においては、「復旧」ではなくCOVID-19との「共存」を前提として、各重要業務をどのレベルで継続させていくか、つまり適切な目標復旧レベル(RLO)を設定し事業継続戦略を策定することが重要です。適切なRLOが設定されれば、経営資源がどの程度必要なのか、どのオペレーションが本当に必要なのかなどを見極めることができます。
また、RLOを設定するだけではなく、「RLOを維持する」という視点も重要です。RLOを設定しても維持することができなければ、目標とするレベルで事業を継続することはできず、企業の成長も見込めません。現状、従業員の努力に頼ってRLOを維持しているケースが多く見られます。
例えば、各業務で必要な書類(契約書、業務上必要な申請書など)の押印のために従業員が出社して対応している企業はまだあります。そのような企業では手続きが遅延しないよう留意しつつ、従業員が交代で出社し、出社時にまとめて押印作業を実施するなど工夫をしながらRLOを保っています。ワークフローや電子印鑑の導入により業務効率化や従業員の業務負荷の低減が可能ですが、このようなケースにおいて企業が現状の運用を続けてしまう理由としては、マネジメント層の目からはRLOが維持されているように見える、業務効率が下がっていることに気づいていてもどの程度投資して良いか分からない、といった理由が挙げられます。
「マネジメント層の目からはRLOが維持されているように見える」という点については、売上などの指標のみに注目し、従業員の満足度に着目していないことが原因と言えるでしょう。確かに売上などの指標のみに注目すればRLOを維持できているように見えるかもしれませんが、それは従業員の努力により一時的に保たれているものです。結果として業務がまわらないために従業員のストレスが増え、モチベーションの低下やそれに伴うアウトプットの品質低下につながるおそれがあり、RLOを長期的に維持し続けることは困難です。売上などの指標だけではなく、従業員の満足度も考慮し、RLOを維持するための戦略を策定しなければなりません。従業員の満足度を高め、従業員の成長を維持することができれば、個々のスキルの向上、業務効率化の向上が見込まれ、結果として会社全体に従業員の成長という恩恵が返ってきます。
「業務効率が下がっていることに気づいていてもどの程度投資して良いか分からない」という点については、適切なRLOを設定し、RLOを長期的に維持するための施策を考えた上で投資判断をすることが重要です。RLOを長期的に維持するためには、業務効率や品質を落とさずにオペレーションを継続させる必要があります。そのためにはまず、現状保有している資源とオペレーションの実態を把握し、設定したRLOをもとに本当に現状の資源とオペレーションで従業員がRLOを維持し続けることができるのかを考えます。その結果RLOの維持が難しいと判断した場合、その要因(業務プロセスに無駄が多い、コミュニケーションが取りづらく業務効率が下がっている、労働時間が長く従業員に負担を強いておりモチベーション低下のおそれがあるなど)について分析し、問題を解決するための投資(業務プロセス改善のためのツールの導入、コミュニケーションツールの導入など)を検討します。このようにRLOを設定し、RLOを長期的に維持するための施策を考えることで、必要な投資についても把握することができます。
目標のレベルで事業を継続するための鍵は「RLOの再設定」「従業員の満足度、成長を考慮したRLOの維持戦略」です。これらを実施することにより、事業継続性を高めつつ、企業自体を成長させることができると考えられます。
今回はウィズコロナ時代の事業継続対応における課題と求められる対応について紹介しました。本稿がマネジメント層およびマネジメント層を支える立場にある経営企画・リスク管理部門でのウィズコロナにおける事業継続対応の振り返りの一助になれば幸いです。
長谷川 智枝子
シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社
情報システム(ERP)の導入と表裏一体の関係にある業務変革の手法に焦点を当て、その処方箋の1つとして「データドリブンBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)」を紹介します。
「ウィズコロナ」時代における事業継続対応の課題と求められる対応について紹介します。
サプライチェーンの再整備における外部委託先の新たな選定基準を提示し、その上で、今後国際社会で支持される企業になるためのポイントについてご紹介します。
危機発生時にマネジメントが備えておくべき意思決定の7つのポイントや、意思決定プロセス強化のための着眼点を紹介します。
企業には財務的な成果を追求するだけでなく、社会的責任を果たすことが求められています。重要性が増すサステナビリティ情報の活用と開示おいて、不可欠となるのがデータガバナンスです。本コラムでは情報活用と開示の課題、その対処法について解説します。
クラウドサービスやIoT、AIなどのデジタル技術の発展とともに、新たなセキュリティリスクが生じています。本レポートでは、デジタルサプライチェーンのリスクに焦点を当て、ISMAP(政府情報システムのためのセキュリティ評価制度)を活用した効率的な管理方法を考察します。
本稿では、企業がDXを進めるための行動指針として経済産業省が定めた「デジタルガバナンス・コード」を前提に、企業価値向上に資するサイバーセキュリティ対応のあり方や、その態勢構築のアプローチについて考察します。
AIに関するマネジメントシステムを確立するためのフレームワークであるISO/IEC 42001について、解説します。