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事業ポートフォリオ見直しとグループ再編
経営指標において資本効率性の存在感が強まる中、経営者にはどのような対応が求められているのでしょうか。事業ポートフォリオの見直しとグループ再編について、PwCコンサルティングX-Value & Strategyの3人が語り合いました。
2023年3月に東京証券取引所(東証)が発表した『資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応』は、「PBR1倍割れ問題」として大きな話題となりました。要請文書は「事業ポートフォリオの見直し」の推進について触れています。
経営指標において資本効率性の存在感が強まる中、経営者にはどのような対応が求められているのでしょうか。事業ポートフォリオ見直しとグループ再編について、X-Value & Strategy(XVS)の3名が語り合いました。
(左から)土田 篤、舟引 勇、池本 勝紀
登場者
土田 篤
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
池本 勝紀
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
舟引 勇
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
土田:
資本効率を意識した経営が浸透する中、事業ポートフォリオマネジメントについて議論する機会が増えてきているように感じます。しかしながら、日本国内において、事業ポートフォリオの見直しが企業価値の最大化につながっている例はまだまだ少ないように思います。これまでの日本企業の動きをどう捉えていますでしょうか。
舟引:
事業にはライフサイクルがあり、この先の成長が期待される事業もあれば、すでに成熟していて効率的に利益を上げることが求められる事業もあります。それらが良いバランスで構成されていれば、稼ぐべきところで稼いで、将来の柱となる事業への投資もできる。この好循環は企業の成長を加速させるでしょう。しかし、それがなかなか難しい。
国内市場が成熟化する中、海外売上比率が低い企業ほど成長事業のポートフォリオが不足しがちで、その結果「低成長・キャッシュリッチ」になっているのではないでしょうか。これがPBRの低い企業に多く見られる1つの傾向のように思います。
池本:
ポートフォリオの最適化というと、事業の撤退判断と重く受け止められ、伝統的に雇用を重んずる日本企業にとっては馴染みにくいと捉えられがちです。またコングロマリットではない企業、特に単一事業セグメントの企業にとっては、事業ポートフォリオの議論は関係ないと思われているケースも多いかと思います。
しかしながら、各事業の中には「製品ポートフォリオ」や「顧客ポートフォリオ」などより細かな単位でのポートフォリオの概念があり、単一事業であっても、どこに注力すべきかの議論は重要です。キャッシュや人員など限られた経営資源をどう最適配分するかは、経営における重要な論点です。
土田:
「事業ポートフォリオの最適化=事業の撤退」と捉えられやすい背景として、事業ポートフォリオ分析は「選択と集中」のためのツールとの認識が根強くあるように感じます。
1990年代から2000年代にかけて盛んであった「選択と集中」の議論においては、失われた30年の厳しい経営環境の中、財務を安定化させるためには、どの事業から撤退すべきかが論点となりました。その場面においては、その時点の事業ポートフォリオをスナップショットで分析し、評価することに意味がありました。
一方、今は企業がより成長を意識する中で、どう経営資源を配分すれば企業価値を最大化できるかという目線で事業ポートフォリオを見る必要があります。将来、例えば5年後の事業ポートフォリオ構成を見据えて、その過程にある現時点がこれで良いかどうかという動的な見方が必要です。例えば、5年後の収益最大化のために、今は投資期間なので、資本効率が悪くても計画の範囲であれば構わない(オントラック)という考えです。
直近の単年度業績の良し悪しで、事業を安易に評価することに対するマネジメントの本能的な違和感が、ポートフォリオ分析の活用を遠ざけているようにも感じます。
PwCコンサルティング合同会社 パートナー 土田 篤
舟引:
ライフステージの異なる事業の組み合わせで、バランスの取れた事業ポートフォリオが構成されていれば、それぞれの事業に期待される役割は異なります。例えば、成長を期待する事業には売上高成長率などの成長性指標に重きを置き、まずは市場獲得に注力してもらう必要があります。
それにも関わらず、事業ポートフォリオの財務パフォーマンスの評価において、各事業に一律にEVAスプレッドなどの資本効率を求めると、成長を期待する事業においても、投資を抑制する方向に組織をドライブすることになります。これではブレーキとアクセルを同時に踏むようなものです。
事業ポートフォリオを成長性と資本効率性でグラフにプロットし、一覧して見ること自体、その時点での企業価値への貢献度合いを見るには適切ですが、中長期のあるべき事業ポートフォリオへの進捗を管理するには不向きです。
それぞれの事業の役割に応じて、評価指標の見方を変える必要があります。
土田:
将来のポートフォリオという観点では、必ずしも既存の事業だけが対象ではなく、将来に向けて新たに生み出す事業や、買収などにより獲得する事業に対する考察も必要ですね。
舟引:
そうですね。将来の事業ポートフォリオを検討する上では、既存の事業のみに縛られない発想が必要です。ポートフォリオ再編時には、まず各事業を「戦略適合性」「投資収益性」で評価したうえで「リスク水準」を加味し、3つのファクターから総合的に判断します。そのうえで、積極的に投資して事業拡大を図る領域、投資エクスポージャーを下げてリスクを抑制する領域、撤退を検討する領域などの方針を定めていきます。その際には、今後生み出す新規事業領域も含めて検討します。ここで定められた方針に基づき、M&Aや事業売却、持分売却、ジョイントベンチャー設立などの具体的な打ち手が導かれることになります。
土田:
将来のポートフォリオを描くにあたっては、どのような点に注意して検討すれば良いでしょうか。
池本:
現状の事業ポートフォリオを正しく判断するには、大きく分けて2つの軸で見ていく必要があります。空間軸と時間軸です。
まずは空間軸から事業の現状を客観的に評価します。
「自社内のみでの事業の相対的な位置を確認する」という観点を離れ、それより一段高い「鳥の目」、つまり各事業の市場の観点から検討します。そうすることで、例えば、成長率が社内で一番高い事業が、当該市場の成長率より低く、シェアを失っているということが分かるかもしれません。
逆に、解像度を上げて事業ポートフォリオの内部を「虫の目」で検討し、製品・サービスポートフォリオや顧客ポートフォリオを改善することができれば、事業ポートフォリオの位置を動かすことも可能になります。
そのうえで時間軸を加味して考えます。時間軸とは、例えば5年後に会社がどうなるのか、会社をどうしたいのかを考えることです。時間を強制的に早送りし、事業の成長曲線などを考慮に入れながら、将来の事業ポートフォリオに落とし込みます。
過去や現在よりも、変化を見越し、未来を見通すことで、自社にとってより適切な判断ができるようになります。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 池本 勝紀
土田:
将来のあるべきポートフォリオを描いたうえで、より成長分野に経営資源をシフトしていくためには、一定の事業の新陳代謝は必要となります。日本企業の多くは、自社がその事業のベストオーナーであるかに関わらず、ダメになるまで持ち続ける傾向があり、能動的な事業の新陳代謝は容易でないと感じます。
舟引:
コア事業を大切にしながら長期的な視点で事業ポートフォリオを描いている企業は事業の「売りどき」をよく考えていますね。とはいえ、そういう企業は少数派です。事業の撤退基準と売却基準を設けているにもかかわらず、それを厳守できていない企業が目立ちます。
池本:
企業の状況を「見える化」して悪い部分が明確になっても、事業ポートフォリオをシフトさせるアクションにはつながらないことが少なくありません。
その理由の1つ目は、企業文化です。日本の企業は社員という「人」に重きを置いており、従業員へショックを与えないよう配慮してきました。「人」を大事にする企業文化は良い面も多くあるのですが、大胆なポートフォリオの見直しをためらわせている面もあります。
もう1つには、戦略的に事業ポートフォリオをシフトさせるノウハウが普及していないことが挙げられます。悪化した事業は、価値評価した場合の評価額が非常に小さく、場合によっては「のし」をつけて入れ替えることを検討しなくてはいけません。ですが、通常そのようなことは選択できないため、議論が止まってしまいます。例えば、事業を経営内容が良い部分と悪い部分に分割し、良い部分の売却益で悪い部分の損失を清算するといったスキームが考えられます。あるいは他社と共同で、事業を共同新設分割し、規模の経済を追求しつつ共通部分のコスト削減を実行することで効率化を進めながら、株式の持分割合を段階的に少なくするといった方法もあります。
このように事業ポートフォリオを戦略的にシフトさせる方法を検討しない中で、ただ「苦しい事業があるから事業ポートフォリオを入れ替えたい」というだけでは、なかなか事業ポートフォリオのシフトは進みません。
土田:
事業の売却がうまくいかない企業にはどのような特徴があるでしょうか。
舟引:
資本効率を意識していない企業ほど、売却のタイミングを逃しやすい傾向にあります。よくあるのは、EVAスプレッドがマイナスでも、P/L上は黒字が出ており、それなりに売上規模も大きい事業が温存されるというケースです。経営陣の中に企業全体の売上に及ぼす影響を恐れて反対する人がいると、社内の意見がまとまりません。
土田:
資本効率の低い事業を残すことにより、よりよい投資機会に資金が回っていかないという点も認識する必要がありますね。
また売却の決断は早ければ早い方が選択肢が多く、有利な条件を引き出しやすいものです。意思決定が遅れることのリスクも過小評価されているかも知れません。
欧米の企業はもっとダイナミックにポートフォリオのシフトを行っています。キャッシュを生んでいる事業でも、戦略フォーカスから外れたら価値が高いうちに売り、戦略フォーカスに合う成長事業に再投資するという判断がなされています。資本を効率的に運用しつつ、成長シナリオを描けないと株式市場から評価されないことを肌身に感じているからとも言えます。
それに比べると、日本の企業は「ダメになったら売る」というケースが少なくありません。「自社にとっての戦略的な意義は何か」または「自社がベストオーナーであるか」というのを尺度にされているケースは少ないように思います。
舟引:
これは体質のようなもので変えづらいところではありますが、変えていくべきです。ポートフォリオをうまくシフトしてきた例としては、トップダウンで決断し、常設の専門チームが実行する仕組みが整っている海外企業があります。
土田:
大切なのは、経営者が長期のビジョンに基づいて大胆な決断ができるか、またはそのための組織や仕組みが整っているかどうかです。しかしながら、日本企業の多くは伝統的に社内力学のなかで事業部門が強いケースが多く、経営のブレインであるはずの経営企画部門は各事業部門をグリップできていないというケースが多いように感じます。これでは事業部門間をまたいだ経営資源の最適配分は難しいでしょう。成長事業に対して、もっと弾力的に投資できる仕組みが必要です。
舟引:
いずれにしても構造的な問題ですね。とはいえ最近は日本の一部のメーカーや通信業界、総合商社など、トップダウンで事業再編を進める企業が増えました。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 舟引 勇
池本:
経営陣に求められるのは、2つの観点で経営を捉えるということです。社内投資家としての観点と戦略家としての観点です。
社内投資家の観点では、資本の原理に則ってリスクをコントロールし、リターンが高くなるように資源配分を行います。また、投資には時間の概念が含まれるので、成長率でも検討を行います。これらは見えている世界に効率重視で臨む、順張り的な発想です。
一方、戦略家の観点では、状況を静的に捉えず、状況をどのように改善できるのかという点を踏まえて可能的、あるいは動的に捉えて、自社の競争力がより高まるように資源配分を行います。つまり、不確実性の中に機会を見つけ、ラーニングを重視するという攻めの発想です。
この2つの観点は、「守り」と「攻め」、「安定・確実」と「ダイナミック・不確実」と言い換えられるかもしれません。戦略的な企業とは、事業ポートフォリオだけでなく、「攻め」と「守り」など、観点や発想のポートフォリオを持っている企業です。
「攻め」の必要性は、例えばネットキャッシュの企業は逆レバレッジになっているため、投資済みの資産からのROICより、ROEは通常低くなります。現金そのものがほとんどリターンを生まないからです。「効率重視・安定・確実」に偏ると、キャッシュリッチになり、かえって企業全体のリターンが小さくなる点は注意が必要です。
土田:
日本企業は守りに割く時間が長すぎました。これからは成長に向けた積極的な投資を考えなければなりませんね。
それには単純にどの事業ドメインが有望かという観点だけではなく、自社の財務的な余力や利用可能な経営資源、またその強みなどのコンディションを踏まえて、いつどのように稼ぐのか、そのために今どこに投資すべきか、という軸を明確にすることが求められているのだと思います。
先日、ある企業のCFOとお会いした際に、「資本効率性を重視し、資本効率の良い事業にポートフォリオを集約していった結果、まとまりのない事業の集合体になりつつある」という話がありました。資本効率を考えることは重要ですが、財務パフォーマンスのみに偏らず、戦略に基づくことが重要です。
舟引:
近年、CFOの守備範囲が広がっているように感じます。以前はCEOの金庫番としての数値管理が主な役割でした。現在は数字だけではなく、経営戦略をよく理解した上でポートフォリオを管理し、CEOを支えていくことが期待されています。
池本:
戦略家としての観点がより重要になっていますね。
舟引:
最近のトレンドとして、CFOからCEOになる人が増えています。どういう人が多いのかというと、トップダウンで経営改革を断行しているような人です。財務のスペシャリストと戦略家の両方の顔を持ち合わせたCEOは、これから増えていくでしょう。
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