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2023年3月に東京証券取引所(東証)が発表した『資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応』は、「PBR1倍割れ問題」として大きな話題となりました。それから約1年が経ち、多くの上場企業でPBRが改善し、日経平均は2024年2月に最高値を更新しました。いいこと尽くめのように見えますが、果たしてこのことは上場企業が中長期的に望ましい方向に向かっていることを示唆しているのでしょうか。
今回は、「PBR1倍割れ問題」について、その対応の先に求められるものを踏まえながらX-Value & Strategy(XVS)の3人が語り合いました。
(左から)舟引 勇、土田 篤、池本 勝紀
登場者
土田 篤
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
池本 勝紀
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
舟引 勇
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
土田:
東証は2023年10月の発表で、「資本コストや株価を意識した経営への取り組みの進捗状況」の開示を上場会社に求めています。現在の状況をどうご覧になっていますか。
池本:
東証の資料※によると、2024年3月末の時点でこの情報を開示している企業の割合はプライム市場で65%、スタンダード市場で26%。大企業ほど対応が進んでいる印象です。
市場では株主還元が目立ちました。自社株買いは過去最高を記録し、日経平均も最高値を更新。PBRの改善について、各社の対応は一定の効果があったと言えます。
舟引:
上場会社において、ステークホルダーの中に占める株主のプライオリティが高まりつつあります。これまでのところ、潜在的に株主還元のニーズを持つ企業でも自社株買いが選択肢に挙がることは多くありませんでした。企業の意識が株主に向かうようになったのは、コーポレート・ガバナンスを考えるうえで1つの大きな動きと言えるでしょう。
PwCコンサルティング合同会社 パートナー 土田 篤
土田:
株主還元策の中で、とくに自社株買いが多く用いられていることに関してはどう思われますか。
池本:
中長期的な企業価値の向上という観点では、自社株買いは資本構成を変更することで価値向上につなげることが可能ですが、そのような観点を欠いていれば、株価への応急処置と捉えられてしまいます。短期的な株価上昇には効果的ですが、その効果を支えているのは主に短期の株主です。そのため、本質的な企業の価値を信じて中長期の投資を行う機関投資家は、自社株買いの発表に飛びついて売り買いするという動きには通常なりません。
それに、自社株買いにはいくつかデメリットもあります。流通株が減るため、株価のボラティリティが上昇する可能性がある。機関投資家は、リスク量で投資を管理しているため、高ボラティリティ株への投資を抑制します。その結果、需給が悪化し、株価の低下につながる可能性があります。
舟引:
自社株買いよりも配当政策のほうが株価を上げやすいという研究結果もあります。
池本:
はい。機関投資家の中には、配当性向の高い企業をスクリーニングしてポートフォリオに組み込む運用をしているところがあるからです。
ただし配当性向の引き上げにもデメリットがあります。業績が悪くなったときに元の水準には戻しづらいことです。そのため、多くの企業は通常配当を増やそうとしません。
考えられるアクションとして、特別配当や記念配当を用いる方法があります。普通配当以外のこれらの配当の機会を増やすことができれば、「当社は将来的に株主還元を続けていきますよ」というメッセージを市場に伝えられます。このような過程を経て、普通配当そのものを引き上げることも検討できます。自社株買いのような1回きりの施策ではなく、市場とコミュニケーションを取りながら株主還元を持続できます。
舟引:
株主還元にも工夫がないと後が続きませんからね。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 池本 勝紀
土田:
ここまで株主還元についてお話を伺ってきましたが、企業の資本は株主から付託されているものと考えると、キャッシュは成長投資に回し、中長期的に大きく株主へ還元するのが本来の姿とは言えないでしょうか。
池本:
そのとおりです。自社株買いは株主への還元が低かったことの是正にはなりますが、結果の配分でしかありません。それよりも競争力を強く、事業を大きくするための投資を行い、「将来もっと企業価値が高まるのではないか」という期待を市場に抱かせることのほうが重要です。
証券アナリストの中には、自社株買いに好感を示しつつも「実際に成長投資を行うまでは評価できない」とコメントしている人もいます。
土田:
自社株買いや配当政策などの財務的な還元は「成長への自信のなさの表れ」と市場に受け取られかねませんね。
舟引:
クライアントと打ち合わせをしていても、企業価値向上のための投資には今一つ踏み込めていない印象があります。
東証の要請から約1年が経過し、年度が変わりました。2024年度には、より具体的な成長投資の施策が求められるでしょう。市場から評価されるような資本政策またはキャッシュ・アロケーションを策定し、開示していく必要があります。もともと東証の要請も、上場会社にキャッシュを貯め込むのではなく、積極的に成長に向けた投資をしてほしいというメッセージだったはずです。
土田:
成長ストーリーが見えないとマルチプルが上がらず、結果的に株価は上昇しません。これについては東証も懸念しており、株主還元にとどまらないよう求めるコメントもありました。
企業価値の向上には企業を成長させること、資本効率を高めること。これらのいずれか、または両方が必要です。
資本効率を高めるための取り組みとして、東証はROIC(Return On Invested Capital:投下資本利益率)やWACC(Weighted Average Cost of Capital:加重平均資本コスト)を用いた分析をすすめています。これを受けて各企業の対応はいかがでしょうか。
舟引:
ROIC経営を導入している企業自体は多いと感じています。ただそれが企業価値の向上につながっているかというと、まだまだ課題が多いのではないでしょうか。とりあえずROICを取り入れてみたものの、適切なKPIを設定できていない企業は少なくありません。
池本:
東証は事業セグメントごとに資本収益性を評価することを提唱しています。事業部別の資本コストをハードルレートとして設定し、各事業の収益性を確認しますが、事業部別の資本コストの算出が課題になります。全社の資本コストは全社の財務諸表から簡単に計算できますが、事業部には通常、DebtとEquityが割り当てられていないので、簡単には計算できません。
事業部別のハードルレートの設定の難しさは、各事業に連結子会社がある場合に顕著になります。製造や販売で子会社が分かれている場合はまず、「事業部でのサブ連結の財務諸表」で事業部のハードルレートの検討が必要になります。事業を、サブ連結の財務諸表を用いることで有機的一体として扱わなければ、事業内のつながりを欠いた、部分の寄せ集めとして事業を測ることになり、誤った経営判断を導きやすくなります。
土田:
ROICを管理するためのツールとしてよくROICツリーが用いられますが、課題はあるでしょうか。
舟引:
ROICはもともと日本ではバブル崩壊後の90年代に、トップラインが伸びない中で少しでも資本効率を上げようという文脈としてROE(Return On Equity:自己資本利益率)などと一緒に使われるようになりました。成長とは必ずしも両立しません。割り算の世界ですから、たとえ分子である利益が増えなくても、分母である投下資本を縮小すれば、見せかけの数字はできてしまいます。だからこそ成長のためには外側に目を向けなければなりません。外部環境が変わっているのに気づかず、自社内でROICツリーを精査して割り当てても、実態と合っていないということが起こりえます。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 舟引 勇
土田:
資本効率だけではなく、企業価値の「絶対値」を考えなければならないということですね。成長戦略を描き、株主に期待を抱かせるためには、どうすればいいでしょうか。
池本:
自社の強みと市場の機会について真剣に考えることです。一般的な「クロスSWOT分析」は、どの企業でも行っているでしょう。
土田:
新たな価値を生み出すこと、それに加えて事業ポートフォリオを見直し、どこにより経営資源を集中的に投下するかの検討も重要ですね。
舟引:
市場の成長度合いが異なる複数の事業を持つクライアントから「成長領域にシフトしていきたい」というご相談を受けることがあります。
日本の企業は伝統的に、既存の事業に近い領域で次世代のビジネスを創出してきました。ところが最近は自社にない強みを取り入れる手法として、M&Aが定着しています。企業が新たな市場を見据えたときに、M&Aによる非連続的成長は重要です。自社の強みをしっかり精査してプランニングすれば、最短の成長戦略を描けます。
池本:
成長投資は未来のために行うものです。ROIC経営にこだわりすぎると、その当たり前のことを見逃してしまうかもしれません。事業によっては、ROICがいったん下がったとしても、投資を行って事業規模を拡大したほうが、将来的に利益を出せるようになります。
土田:
資本効率は事業を評価するうえでの1つの側面に過ぎません。特に成長を期待する事業に資本効率性を求めすぎると、成長を阻害することになりかねません。事業ポートフォリオにおける各事業の位置づけ、それぞれの事業の将来像を考え、意識すべき指標や目標値を設定する必要がありますね。
池本:
ぜひ3年後、5年後の事業ポートフォリオを作ってみてほしいと思います。想像で構いません。過去でも現在でもなく、未来に最適化して施策を打つことが、企業に成長をもたらすでしょう。
※『「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示状況』(東京証券取引所上場部、2024年4月15日)