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近年、日本企業において資本コストや株価を意識した経営が浸透しつつあり、ROIC(Return On Invested Capital:投下資本利益率)を経営指標として積極的に用いる企業が増えてきています。ROICは資本効率性を説明するうえで有用な指標ではあるものの、適切な使い方をしないと、経営の舵取りを誤ってしまい、オペレーションの現場を疲弊させることになりかねません。
今回は、ROIC経営を実践するにあたって留意すべき点を、X-Value & Strategy(XVS)の3名が語り合いました。
(左から)栗田 亮介、土田 篤、原田 英始
登場者
土田 篤
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
栗田 亮介
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
原田 英始
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
土田:
ROIC自体は新しい概念ではなく、20年以上前から用いられていますが、考え方や使い方がROA(Return On Assets:総資産利益率)やROE(Return On Equity:自己資本利益率)と比べて分かりにくく、長らく日本企業の経営管理指標として浸透していませんでした。ところが昨今、さまざまな企業がROICを経営目標として用いるようになっています。
栗田:
ROICは単なるB/Sとリターンの関係ではなく、資本効率性を説明できる指標です。ROICが浸透しているということは、企業が資本市場を意識するようになった点において大きな意味があると思います。
原田:
ROICは企業経営に財務規律という視点を与えていますね。
土田:
一方で、ROICを経営判断に重用する「ROIC経営」の誤用や、ROIC偏重による弊害も見られます。詳細は後ほど話すとして、まずは本来求めるべき、ROIC導入の意義について考えたいと思います。ROICの長所は、WACC(Weighted Average Cost of Capital:加重平均資本コスト)という絶対値との比較ができることです。ROICとWACCを適切に算定し比較できれば、資本効率を考慮した経営が可能となります。全社視点で各事業を横並びに比較することでポートフォリオマネジメントを最適化したり、各事業部門においてROICツリーを用いた経営管理を行ったりすることで、企業価値の最大化につなげることができます。
栗田:
確かに、部門長クラスがROICを見て資本効率の改善に取り組むのであれば、導入の意義は大きいと思います。しかし、ROICツリーに分解した各指標をオペレーションの現場で従業員のKPIとして直接設定することは、まだ道半ばという印象です。部門の目標として適切であっても、個々の従業員に落とし込むことについては試行錯誤という段階ではないでしょうか。
原田:
資本効率性を現場まで意識づけようと考えて、難しく捉えすぎているケースも見られます。自分の責任と権限の範囲内でコントロールできるようなKPIを設定しないと、従業員は本気で改善に取り組んでくれません。この意識のズレがROICの導入を難しくしている側面もあるかと思います。
栗田:
本社に配賦する間接費が多くても現場ではコントロールできませんし、そのうちにKPIを信用しなくなってしまいます。また、通常はDebtとEquityが事業部別に分かれておらず、事業部別の資本コストの算出が困難であるため、事業別の資本収益性の把握は難しくなっています。また、各事業に連結子会社がある場合は、「事業部でのサブ連結の財務諸表」に基づいたハードルレートの設定が必要ですが、そこまで整備されているケースは少ないのが実情です。
原田:
また、ROICツリーを用いて全社にKPIを張り巡らせることに注力するあまり、管理工数が膨れ上がるケースも見られます。ROICツリーを用いる意義の1つは、何がROICの結果に大きく作用するかを見極めることにあります。重要性の高低に関わらず、管理工数をかけると費用対効果に合わず、現場を疲弊させることにもつながりかねません。
PwCコンサルティング合同会社 パートナー 土田 篤
土田:
先ほどWACCとの比較について触れました。企業は事業部別のWACCを適切に運用できているのでしょうか。
栗田:
ROIC以前に事業部WACCの算出でつまずいている企業が多いと感じています。一例として、実際にはグローバルで競合しているのに、国内の数字のみで事業部WACCを計算してしまうケースです。まずは自分たちの事業がどの領域に身を置き、何をベンチマークとするべきかを把握しなければ、ROICの活用は難しいでしょう。
原田:
何を比較対象とするかは重要ですよね。事業が負うリスクも織り込んで分析する必要があります。例えば、インフラ事業のような低リスクの事業は、安定的な収益を上げやすくWACCも低い反面、ROICも低くなりがちです。それゆえにEVAスプレッド(ROIC-WACC。Economic Value Added:経済的付加価値)は確保できているにもかかわらず、全社のROICの足を引っ張るということで過小評価され、投資の優先順位が下げられてしまうことがあります。事業別のWACCが適切に運用されていない中、ROICを強く求めると経営判断をミスリードすることになりかねません。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 栗田 亮介
土田:
ROICは事業セグメントやポートフォリオの見直しにも利用する必要があります。この点に関して、企業の取り組みをどのようにご覧になっていますか。
栗田:
実際には、事業ポートフォリオの入れ替えには至っていないケースがほとんどだと思います。ROICという「通知表」を出していても、アクションにはつながっていない印象です。ROICには成長の観点がありません。分母である投下資本を減少させれば数字上ではROICを改善できます。しかし、それがポートフォリオ全体を見て最適なのか、または企業の成長戦略と適合しているのかというのを私たちは注意深く考えなければなりません。
土田:
ROICなどを用いたキャッシュアロケーションの策定までできている企業はまだ少ないようですね。特に投資すべき領域により弾力的に資金を配分するという動きにはなかなか至っていないように見えます。
栗田:
将来どのようなポートフォリオを目指し、どのような道のりでそこに至るのかというストーリーを描くのが成長戦略です。スナップショットのポートフォリオを作るだけでは、撤退すべきかどうかといった、後ろ向きの議論しか生まれないでしょう。ROICは足元の数字であるため、ある意味では近視眼的な指標と言えます。中長期的な成長戦略を描くうえでは、一時的に資本効率が落ち込むことを恐れてはいけません。仮に当初3年間は投資によりROICが下がったとしても、5年後に果実を取れればいいわけですから。
土田:
事業ポートフォリオは現状を把握するだけではなく、例えば5年後など、将来の事業ポートフォリオをどうしたいかという観点を加え、動的に見る必要がありますね。事業ポートフォリオの中には、成長を期待する事業もありますし、成熟期にある事業もあります。全社は成長性指標により着目すべきですし、後者は資本効率を重視すべきです。画一的にROICやEVAスプレッドを適用するだけでなく、各事業の期待役割に適した指標で業績管理をする必要があります。そのうえで全社の目標数値をどう実現するかを考えるべきです。
原田:
そうですね。事業のライフサイクルによる違いを念頭に入れて事業を評価する必要があります。成長過程にある事業と成熟した事業を、ROICを用いて単純に比較をすると、成長中の事業を切り捨ててしまうことになりかねません。
土田:
企業経営の目的は企業価値を最大化することです。資本効率は「率」の概念で絶対額を示していません。「率」の改善は割り算の分母を減らしても達成できるので、ROICを最重要指標として扱うと、必要な投資にも抑制する方向に作用するリスクがあります。企業価値の絶対額を上げるには成長性指標と対にして見ることが欠かせません。
栗田:
ROICはあくまでも経営指標を構成する一要素です。そういう意味では、何もかもROICで判断できるのかと思わせるような「ROIC経営」という言葉自体がミスリードしているのかもしれません。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 原田 英始
土田:
先に述べたように、ROICまたはEVAスプレッドは事業ポートフォリオの評価においても用いられますが、ROICやNPV、IRRのような資本コストを加味した指標が重用される一方で、戦略適合性の視点が欠落しているケースが見られます。
栗田:
定性評価と定量評価など、さまざまな視点を組み合わせて何をすべきかを考えなければなりません。デジタル要素で全てを判断できれば経営者は苦労しませんが、そうはいかないのが経営です。企業は数字だけではなく、自社が進む方向性をステークホルダーに発信しなければなりません。それがないと、単なる個別事業の集合体になってしまいます。
土田:
当たり前の話ですが、企業にはビジョンやミッションがあり、EVAスプレッドの高い事業を集めることが、企業の目指すべき方向と一致するとは限りません。それにも関わらず、資本収益性などの定量面は白黒がはっきりするので、事業ポートフォリオの取捨選択や投資・撤退判断において、絶対的な評価軸として扱われやすい側面があります。
原田:
本来は定量面である資本収益性と定性面である戦略適合性を対にして判断すべきです。投資や撤退の意思決定を行う際に、各事業の戦略的意義や、他の事業とのシナジーなどの評価も定量評価と併せて検討する仕組みが必要です。戦略適合性は、単に注力事業に該当するかだけではありません。例えば経営環境に鑑みて、今は短期の利益獲得を求めるのか、中長期的な将来の収益の柱を創りたいと考えるのかによっても投資の優先度は変わります。昨今だと環境負荷や人員効率を考慮すべきという考えもあるでしょう。いずれにしても、その優先度を投資・撤退基準に反映させる必要があります。マネジメントとして何を優先すべきかをしっかりと言語化したうえで、戦略適合性を評価する仕組みが重要です。
土田:
戦略適合性を言語化し、評価体系に組み込むのは容易ではありませんが、マネジメントが目指す方向に企業をドライブするためには、それらは投資・撤退などの評価軸として欠かせません。定量的な評価により、客観的視点を持ち合理的な経営判断をすることは当然ながら重要ですが、中長期的かつ戦略的な観点からどうあるべきかを考え、マネジメントとしてどうしたいかという意志を持ち、経営の舵取りをしていくことも大切ではないでしょうか。