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2022-06-29
2015年のパリ協定から、各国・各企業において、温室効果ガス(Greenhouse Gas、以下GHG)排出量と吸収量を均衡させてゼロにする「ネットゼロ」達成に向けた動きが加速しています。現状、企業にとってのGHG排出量把握は、Scope1(自社の直接排出)、Scope2(他社から供給された電気などのエネルギーを使った間接排出)で定着しつつあります。しかし今後求められるのは、組織のサプライチェーン全体の排出量を把握・削減するScope3です。実現に向けた課題について、PwCコンサルティング合同会社・髙梨智範と桑島大輔が解説します。
PwCコンサルティング合同会社ディレクター 髙梨智範(左)、PwCコンサルティング合同会社マネージャー 桑島大輔(右)
――日本でも脱炭素に向けたさまざまな動きが進んでいますが、企業活動という側面での“現在地”をどう見ていますか。
髙梨智範(以下、髙梨):近年、カーボンニュートラルに向けた各国政府のコミットメントが公表されたことで、GHG排出削減に関する取り組みへの気運が急速に高まり、サステナビリティ経営の実践に関する最優先領域として注目されています。こうした中、東京証券取引所の市場区分の変更が決定し、プライム市場上場企業は気候変動に対応した経営戦略に関して、TCFD(気候変動財務情報開示タスクフォース)提言に沿った開示が実質的に義務付けられたことで、他企業の動向をうかがっていた企業にまで、脱炭素の取り組みが一気に広がっています。
上場企業の中でもより先進的な企業は、競争優位性を発揮するためにも、ネットゼロを前倒しで進めようとしています。2020年に菅政権のもと、日本は2050年を目標としたカーボンニュートラル宣言をしましたが、一部の先進企業は30年、中には25年に達成したいと積極的な姿勢で取り組んでいます。
桑島大輔(以下、桑島):一方で、課題があるのも事実です。それがScope3のGHG排出量の算定(可視化)です。Scope1は自社の直接排出量、Scope2は自社の間接排出量といずれも自社の取り組みの範疇ですから、排出量の可視化、削減は自社次第とシンプルです。しかし、Scope3はサプライチェーン全体のGHG排出量まで可視化、削減を求められるため、他社との連携が不可欠となります。結果、問題が複雑化し、多くの企業が対応に苦慮しています。
髙梨:現状、Scope3まで取り組まなくても罰則規定はなく、カーボンニュートラル宣言やSBT(Science Based Targets:パリ協定の水準に整合する、科学的根拠に基づいたGHG排出削減目標)などにコミットしていても達成目標年まで遠いために、どの企業にとっても喫緊の課題というわけではありません。しかし、今後、2030年、40年と目標年が近づくにつれて、多くの企業は取り組みを本格化せざるを得ないでしょう。私たちは、多くの企業変革を支援してきた経験から、実現困難な課題だからこそ対応を先延ばしにするのではなく、早い段階で実現までのロードマップを描き、着実に取り組んでいくことが重要だと考えます。また、率先して対応することができれば、企業のブランディングにも大きく寄与すると思います。
桑島:いずれサプライチェーン全体のGHG排出量を可視化できれば、環境配慮のイメージやコンセプトだけを売りにしている「グリーンウォッシュ」製品・サービスは淘汰され、結果、真の環境配慮商品・サービスが普及し、取り組んだ企業にとっては競争優位性の源泉になります。取り組みが正当な評価を受ければ、高付加価値製品・サービスが生まれ、それによってさらにGHG削減サイクルが回る。この世界観を企業としては早期に目指すべきではないでしょうか。
――Scope3の対応について、バイヤーとサプライヤー企業間に温度差はありますか。
髙梨:そうですね。サプライヤー企業といっても、業界や企業の規模によって状況は異なります。大企業から中堅・中小企業まで、高い意識をもって脱炭素推進に取り組んでいる業界も出てきています。ただ、そうでない業界では、大企業は前述のような外部要請を受け、自発的にネットゼロに向けて動き出している一方、サプライヤーの多くを占める中堅・中小企業は、上場市場や投資家から開示を要請されることが少なく、GHG削減に取り組む意義や目標が見えにくいため、脱炭素に対する意識を持ちにくいというのが現状です。これを私たちは「モチベーションの壁」と称しています。
また、バイヤー企業からGHG削減を求められ、それに対応しなければという段になったとしても、それを可視化・削減するためのノウハウ、実際に取り組むための工数や投資資金がないという、可視化・削減における「実行の壁」にも突き当たりやすいのです。
――サプライヤー企業が2つの壁を乗り越えるための有効策はどんなものがありますか。
髙梨:まず「モチベーションの壁」を乗り越えられるよう、バイヤー企業がGHG削減の必要性を伝えて脱炭素に取り組む重要性(取り組むメリットや取り組まないことによるリスク)の理解を促し、可視化・削減の要請をしていくことが大切です。次に「実行の壁」を乗り越えられるよう、バイヤー企業がサプライヤー企業にとってのインセンティブを設計する。たとえば、購買価格にプレミアムを乗せたり、再生可能エネルギーをバイヤーが買い上げ使用量に応じて配分したりといった方法が考えられます。また、いずれの壁を乗り越える際にも、取り組みに必要な協力関係が機能するよう、サプライヤーに近い金融機関や自治体を巻き込んだ座組みをつくることも非常に重要です。各者の狙い・メリットを実現するWin-Winな関係・座組みを構築し、コレクティブインパクトで課題を解決するという発想です。
現状、多くのサプライヤー企業はコスト削減を目的とした省エネを行い、それが結果的に脱炭素につながっています。これは初期的には非常に重要な取り組みですが、省エネ効果をコストだけでなく、脱炭素の文脈で可視化し、脱炭素そのものを目的としていくよう、段階を追って策を講じる必要があります。
図1 サプライヤー企業の2つの壁
桑島:見落とされがちですが、サプライヤー企業に重要性を理解していただく上では、世の中の動向に関する知識の提供もとても大切です。一企業がいくら脱炭素を目指したとしても、効果はどうしても限定的であり、実現にはバイヤー、サプライヤーを含むさまざまなプレイヤーの協力関係が不可欠です。本来、脱炭素は全世界規模で目指すべきですし、そうしなければ温暖化に歯止めはかかりません。だからこそ、サプライチェーン全体の脱炭素を目指す企業を増やしつつ、取り組まない企業はビジネスとしても生き残れないという危機感を促していくべきです。そして取り組みに対応する人材も求められています。
――人材が不足している中で、それでも脱炭素に向けて組織を動かしていかなければならないのが現状です。解決の糸口はどこにあるのでしょうか。
髙梨:たとえば、サプライヤー企業がどのようにGHGを算出すれば良いのかが分からず、日々の業務に追われて勉強する時間もないという状況の中で、簡易的にGHGを算出することができるツールがあれば、負荷・難易度が軽減され、取り組むモチベーションにつながるでしょう。
とはいえ、現時点で存在している可視化ツールは、自分たちが知識をしっかり持ち、可視化の元情報を把握できていて、はじめて使用できるものが多いと思っています。肝心なのは、どうやったらGHGの排出量を簡易的に計算できるのかですので、そこは私たちのような第三者の専門家が、業種、業態別に簡易的な算出のロジック構築からツール開発までを支援することが効果的だと考えています。
PwCコンサルティング合同会社ディレクター 髙梨智範
――実際にGHG排出量を可視化する計算方法にはどんなものがあるのですか。
桑島:現在は、「平均原単位」といって、活動量×排出量で計算されることが多いです。たとえば、生産に必要な調達物品の購入額と、調達物品1単位のGHG排出量(排出係数)を掛けて求めています。ただ、データベースにあるGHGの排出係数は固定値なので、この部分はいくら企業が努力をしても数値が下がりません。その状態でGHG排出量を下げるためには、調達物品の購入量、すなわち生産量自体を下げなければならないという、実態にそぐわない理屈になります。
排出係数は生産の過程で変わるはずなので、本来はサプライヤー企業各社が算出したGHG排出量を提供してもらうのがあるべき姿です。
ただし、この算定方法は厳密には最上流のサプライヤーまで遡って算定しなければならないことになり、サプライヤー企業側でかなりの工数を要します。たとえば、鉄を作る場合の計算では、鉄鉱石を掘り出した際に排出されたGHGまで把握しなければなりません。実際に導入するには、データの精緻さと工数のバランスを検討し、一部を簡略化して、Tier1 サプライヤー(バイヤー企業と直接取引する1次サプライヤー)に絞って検討する必要があります。
――サプライヤー企業に対するインセンティブ設計が求められる背景には、この工数の負荷があるのですね。
桑島:そうです。今まで取っていなかったデータを集めなければなりませんから、時間と工数がかかります。そういった状況下でScope3の可視化・削減を進めていくためには、やはりサプライヤー企業に対して、何らかの形でインセンティブを付与する必要があります。
PwCコンサルティング合同会社マネージャー 桑島大輔
髙梨:一方で大企業では関係するサプライヤー企業が数千社~数万社に達する場合もありますから、どのようなインセンティブが効果的か、どのサプライヤー企業から削減にあたるのが効率的かを考えるにあたっては、サプライヤー企業を区分し、優先順位をつける必要があります。「パレートの法則」(売上や評価などの数値の大部分は、一部の要素が生み出すという法則)は、実はサプライヤー企業のGHG排出量にも当てはまる傾向があります。つまり20%のサプライヤー企業が排出するGHGの量が、サプライヤー企業全体のGHGの80%を占める傾向が見られます。
したがって、まずはこの20%のサプライヤー企業を対象に、GHG排出量の大半を占めている品目や製造工程といった排出源を特定し、どのようなインセンティブが効果的かを優先的に設計の上、削減にあたるのが効率的です。その上で、残り80%のサプライヤー企業を対象に、脱炭素の取り組みを推進していくべきでしょう。
図2 パレート分析による主要排出源の特定(例示)
桑島:サプライヤーの区分に応じて設計すべきインセンティブも変わります。バイヤー企業とサプライヤー企業との売上依存関係や取引歴など、区分する観点もさまざまです。このあたりは、バイヤー企業が脱炭素とは別の文脈で自社のサプライヤー企業を区分している場合が多くあるため、その区分をうまく使うやり方を模索すると効率的です。
――PwCコンサルティングとしては、この分野においてどのような取り組みに注力しているのですか。
髙梨:近年、「Scope3の算定・削減を始めたいが、取り組み方がわからない」という問い合わせを多くいただいています。また、「サプライヤー企業とWin-Winな関係を築くための仕組みづくりを支援してほしい」という相談も増えており、私たちとしてはそれらを重要な取り組みと位置付けて支援しています。実例として、Win-Winな関係構築・座組みづくりでは、岡山県での「地域脱炭素創生・岡山コンソーシアム」設立にも参画しており、まさに現在注力しています。
――バイヤー企業とはどのように連携や支援を行っているのですか。
桑島:まずは現状把握として、優先的に協力関係を築くべきサプライヤー企業を特定し、インセンティブの設計をサポートします。ここではサプライヤー企業の取り扱う品目や主要な排出源、GHG排出量だけでなく、GHG削減の取り組み状況も考慮し、サプライヤー企業のGHG削減活動の高度化につなげることを念頭に支援します。またサプライヤー企業にとってそのバイヤー企業がどういった取引相手なのかを確認し、サポート範囲を検討しながら設計します。サプライヤー企業の視点から見て、複数の大手バイヤーのうちの1バイヤーなのか、売上のほとんどを占めるバイヤーなのかによって、必要なサポートが変わってくるのです。
次に、企業の目標設定の支援を行います。最後に可視化と削減施策の実施支援です。主な排出源を考慮したGHG排出量を、可能な限りサプライヤー企業が持っている情報から算定できるようにする方法を当社で開発し、その知見を提供しています。加えて、サプライヤー企業が削減方法を実行するため、金融機関・自治体と協力関係を築く体制を検討し、実効性を高めます。
――この分野におけるPwCコンサルティングの強みは何でしょうか。
髙梨:気候変動に関する豊富な知識・経験はもちろんですが、企業変革において戦略から実行までを一貫して支援できるノウハウも大きな強みだと思っています。たとえばScope3の可視化をするためには、バイヤー企業の意識改革に加え、ロードマップづくりが必要です。一言でサプライチェーンといっても、企業のさまざまな部署が関係してきますので、それぞれの課題を把握しなければなりません。複数テーマを横断して支援できること、幅広い業界に精通し、ネットワークを有することで、前述の岡山コンソーシアムのように産官学金連携の実現や、Win-Winな関係性の構築が可能となります。PwCコンサルティングをはじめとしたPwC Japanグループのメンバーファームにはさまざまな領域に専門性を持つエキスパートがおり、社内でも知見を共有しながらトータルで支援できるのが強みだと思います。
テクノロジー・メディア・テレコム事業部 ディレクター。国内大手コンサルティング会社を経て、2016年に入社。幅広い業界に対して、業務改革から全社システム刷新まで一貫した改革支援に従事。近年は、ESG・SDGsに関する戦略策定、イノベーション創出支援、脱炭素実現支援などのコンサルティングサービスに重きを置く。
テクノロジー・メディア・テレコム事業部 マネジャー。大手通信会社を経て、PwCコンサルティング合同会社へ入社。通信業、製造業中心に事業戦略策定から業務改革支援までさまざまなプロジェクトに従事。近年は、特にテクノロジー・通信会社を中心に、ESG・SDGsといったサステナビリティ領域における経営計画や対話戦略、事業戦略の策定、Scope3可視化・削減に向けたインセンティブスキーム検討を含む脱炭素実現支援などに従事している。