
グローバル従業員意識/職場環境調査「希望と不安」2024:絶え間ない変化の中で、成果を上げ続けるにはどうすればよいか?
56,000人以上の従業員を対象とした2024年の調査レポートでは、変革を導くリーダーシップや生成AIの活用といった主要な変革テーマについて、グローバル全体と日本の傾向を比較しながら、変化に対応するために経営陣がとるべき6つの重要なアクションを提言します。
近年「人的資本」が、サステナブルな企業経営を考えるうえでのキーワードとして注目されています。「人的資本」には大きく分けると、従業員の知識や能力に投資する「人的資本投資」、その投資によって企業価値向上を図る「人的資本経営」という2つの概念があり、情報開示についてのガイドラインが整いつつあります。また、人的資本がイノベーションの源泉である以上、市場変化、人材の流動性が高まるこれからの時代においては、人的資本をどう生かすかが企業経営にダイレクトにかかわってきます。
コンサルティングやアドバイザリー、税務などさまざまな専門領域をもつPwC Japanグループとして、人的資本とそれに連動する企業価値向上にどのように貢献すべきか。「人的資本」をテーマに、メンバーが各法人の垣根を越えて議論しました。
対談者
PwCアドバイザリー合同会社 パートナー
大屋 直洋
PwCあらた有限責任監査法人 ディレクター
中村 良佑
PwC税理士法人 ディレクター
西川 真由美
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
篠崎 亮
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
(左から)西川、中村、篠崎、大屋
――担当領域において、「人的資本」が身近になってきたと感じた時期や、出来事についてお聞かせください。
大屋直洋(以下、大屋):日本で人的資本が広く意識し始められたのはここ数年のことだと思います。私が担当するM&Aの領域では、「伊藤レポート」(経済産業省の「『持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクト」の最終報告書)が公表された2014年ごろからだと感じています。この時点では「人的資本」というキーワードは使われていないものの、企業価値向上の一要素に人材の観点が盛り込まれたのです。
翌15年にはコーポレートガバナンス・コードが策定され、「企業は株主を重視すべき」との姿勢が明確になり、経営者の意識が企業価値を上げることに向き始めました。
西川真由美(以下、西川):税務の領域でも、コーポレートガバナンス・コードによって役員報酬の考え方が整理されて以降、株式報酬に対する税の取り扱いについてご相談を受けることが増えてきました。人的資本は、その時期から注目され始めましたね。
篠崎亮(以下、篠崎):その当時の日本経済は、リーマンショックを経て株価は回復基調にあったものの、企業価値を示すPBR(Price Book-value Ratio:株価純資産倍率)の低迷が課題として浮上していました。
私が専門とする知的財産の分野では、企業価値を構成する要素として、有形資産のみならず無形資産も重視すべきではないかとの議論が起こり始めていました。その無形資産には、日本企業がかねてから着目してきた「技術」に加えて、それを生み出す人材という資産こそが重要であるという話に及んでいたのです。
さらには非連続なイノベーションの必要性も謳われてきて、アイデアを出し、新規事業を起こせる人材の価値も高まりつつありました。
大屋:企業価値の向上は、既存のオペレーションをスムーズに回すだけでは実現できません。そこで、既存事業の強化にしても、新規事業の立ち上げにしても、多様な人材に活躍してもらう必要があることに経営者が着目し始めましたね。
中村良佑(以下、中村):私は会計士として経験を積む中で、会計上、従業員は人件費というコストであり、貸借対照表に資産として表れない点に、会計の限界があると感じてきました。皆さんが挙げている2014年頃を思い起こすと、海外はESGを重視した経営に舵を切り、その文脈で人材への着目が高まった時期だったように思います。
一方、その時期の日本は、東日本大震災からの復興の最中で、ESGの優先順位は高まりませんでした。ようやくここ数年で注目されたのは、コロナ禍によって、想定を上回る出来事は次々に起こるものだということを多くの人が実感したからではないでしょうか。
少なくない数の企業が経営危機に直面し、その結果としてサステナビリティの重要性を実感したのだと思います。短期で物事を考えても想定以上の変異が起こり得る。だったら長期的な視点で大きな絵を描こう。そのような機運が高まったと捉えています。
PwCアドバイザリー合同会社
パートナー
大屋 直洋
都市銀行を経て大手会計事務所系アドバイザリーファームに入社。主に事業再生やM&A関連業務に携わった後、外資系戦略コンサルティングファームへ転じ、多様な業種を対象に戦略コンサルティング業務に従事。その後、組織・人材開発サービス会社を経て、PwCアドバイザリー合同会社に入社。M&A戦略の立案、ビジネスデューデリジェンス、新規事業戦略など、多様なテーマのプロジェクトに携わっている。
PwCコンサルティング合同会社
シニアマネージャー
篠崎 亮
大手電機メーカーにおいて研究開発分野を中心とした広報・IR・研究企画に従事後、日本経済団体連合会(経団連)に出向。イノベーション政策(科学技術・知財・新興企業育成)、成長戦略に関する政策提言などに従事。2017年より現職にて、知的財産戦略・オープンイノベーションなどの分野におけるコンサルティングや、内閣府・特許庁等における政策調査などに携わる。
――企業が人的資本経営を進めるにあたり、課題やボトルネックになっていることを教えてください。
篠崎:終身雇用制や年功序列の報酬制度など、従来からの日本的な経営システムが影響して、自社でのみ生かせるスキルや経験を積むような人的資本投資が多くなっていることは、課題だと考えています。
企業が持続的に価値を上げていくためには、イノベーションを起こし、競争優位性のある経営をしていかなければなりません。そのためには、自社の事業ドメインを超えて価値を発揮できる人材の成長を支援していくことが不可欠です。さらには、組織を超えた人材交流も必要だと考えています。これからの人的資本投資は、非連続な学びの機会を提供することにこそ、その価値があるのではないでしょうか。
西川:人材確保という点では、日本全体で優秀な人材を獲得するために必要な要素の1つとして、魅力的な報酬制度があります。その魅力が、課税の仕組みによって減らないように制度設計をしなければなりません。
ところが現在の日本の税制では、業績連動型の役員報酬を損金算入するための要件は厳しく、また特定のもの以外の財務指標や非財務指標に連動する役員報酬が損金と認められないこともあり、業績連動型の役員報酬制度の導入を見送るケースも散見されます。これは世界的に見ても珍しく、日本企業は役員層にとって魅力ある報酬制度を導入しきれていないという課題があるのです。
大屋:人的資本を含めて企業価値を見極める方法も、まだ模索中の段階にあります。企業がM&Aをする際は、対象会社について、人的競争優位性の定性的な見極めと人的資本価値の定量的な測定を行います。時間が限られているM&Aのプロセスにおいては、こうした見極めが非常に困難であり、結果として、企業価値に人的資本を含めないケースが通例になっています。
中村:人的資本を企業価値の指標としてどう考えるかは、先ほど挙げた会計の限界も関係していると思います。経営者や従業員が自社へもたらす貢献を、現行の会計ルールでは資産として計上できないのです。
一方で、企業価値を見極めるにあたり、こうした会計の限界を乗り越えようとする動きも少しずつ見られます。1点目は非財務情報として表現する動きです。日本では、2023年3月期の有価証券報告書から、大手企業に対して一部の人的資本指標の記載が義務付けられました。
2点目は、欧米企業を中心に検証が進んでいる「インパクト加重会計(IWA:Impact-Weighted Accounts)」です。これは、会計の対象になっていない人的資本や、社会および環境へのインパクトを貨幣価値に換算して、財務諸表に加えるというものです。まだパイロットプログラムの段階であり、制度化されるまでにはまだ時間がかかりそうですが、注視しておく必要があると考えています。
――人的資本への投資は短期的に成果が出るケースは少ないといわれています。足元の業績も含めた経営の舵取りをする中で、人的資本投資を行いながら経営を安定化させるためには、どういった視点やスタンスが必要でしょうか。
大屋:企業へ投資する投資家の中には、短期業績を気にする方もいれば、中長期的なTSR(Total Shareholder Return:株主総利回り)を求める方もいます。人的資本投資を実のあるものにするには、中長期的なリターンを求める投資家への期待により応えていけるような戦略とキャッシュフローを生む事業計画を立て、株主還元があることを示していくことが必要です。こうしたコミュニケーションを取っていくことは、これからの経営者にとって重要になると考えます。
同時に、生産年齢人口が減る現在の状況下では、経営に必要な人材を確保し続けることがビジネスを成立させるための必須条件になります。中長期的な成長以前に、足元の事業を回すことができない事態に陥らないよう、人的資本へ投資し、魅力的な会社にする必要があり、そのためには多くの人材を惹きつける施策が欠かせません。
中村:人的資本投資が中長期的な企業価値向上につながることを、社内外のステークホルダーが納得できるようなストーリーを示すことが必要ですね。ただ、社内外のステークホルダーが納得できるようなストーリーを描くことの難易度は高く、さまざまな企業が模索中の段階にあります。人的資本だけでなく、知的財産や技術といったものも関係する複雑さがあるためです。
世界の動きとしては、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が、サステナビリティ関連情報と財務情報との結合(コネクティビティ)を検討するプロジェクトを進めています。こうした動きが市民権を得ると、より多くの企業が人的資本投資と経営の安定性を両立しやすくなり、ステークホルダーも納得できるのではないでしょうか。
PwCあらた有限責任監査法人
ディレクター
中村 良佑
財務諸表監査、内部統制監査に現場責任者として従事した後、品質管理部門において国際財務報告基準(IFRS)および日本基準の調査・研究や質問対応を担当。プライスウォーターハウスクーパース株式会社への出向時には事業再生、IFRS導入など数々のプロジェクトに参画。現在は財務、非財務を問わず、コーポレートレポーティングを中心としたアドバイザリーサービスなど、幅広い業務を手掛けている。
PwC税理士法人
ディレクター
西川 真由美
20年以上にわたり金融機関向けのアドバイザリー業務を担当。株式交付信託や譲渡制限付株式などを活用した報酬制度が一般化するのに伴い、制度をけん引する金融機関に対して税務面でのサポートを行ってきた。現在は、日系および外資系の銀行、証券会社、リース会社、信託銀行、投資顧問会社などの金融機関向けの税務サービスや、役員を中心とした株式報酬制度の設計時における税務面からのアドバイザリー業務、海外税制のリサーチの他、国税当局への事前照会サポートも行っている。
――「人的資本」という概念が浸透していくと、投資家や経営者、従業員のマインドや行動にどのような変化が起こり得るとお考えでしょうか。
篠崎:まず、経営者が持つべき人的資本の考え方は、技能やスキルの向上に偏るのではなく、経営の中心として「人」を捉え、人材のポテンシャルを開花させていくためのものだと考えます。
こうした人的資本投資が浸透すると、企業の従業員も、自分のポテンシャルをどのフィールドで発揮すべきかを意識するようになり、自社内ではなく社会における自分の付加価値に関心が向き始めるでしょう。結果として、社会性の高い新規事業が創出されたり、人材の流動化が高まったりすることが期待できます。
西川:投資家の観点では、NISA制度が恒久化されるなど、個人資産の投資が推進される中で、個人投資家の資本市場への進出がより活発化すると予想されます。個人が投資先を選ぶにあたり、企業情報の1つとして人的資本への対応も見るでしょうし、その際に自身の就労環境との比較をするでしょう。
このような個人投資家の変化を見据えると、企業は投資家だけでなく、社内のステークホルダーである従業員に対しても、人的資本に関する前向きな発信が必要になると思います。
――さまざまなプロフェッショナルが集うPwC Japanグループが、人的資本を手がける意義や強みについてお聞かせください。
篠崎:人的資本のどのような側面が企業価値向上のドライバーになり得るかは、各社各様だと思います。生産性を上げるための人材育成もあれば、クリエイティビティの向上、もしくは健康増進、ウェルビーイングといった観点もあるでしょう。こうした企業価値向上のドライバーを見極めることは、PwC Japanグループの専門性の融合によって可能になると考えます。
またPwC Japanグループがハブになり、国や企業間の連携を促進すべきだとも考えており、現在、大企業間で人材を交流させる座組の検討を進めているところです。各社のビジネスモデルが変わりゆく中、雇用を変えずに会社間で人材を流動させるような取り組みは有用だと思います。こうした「攻め」の施策をする一方で、税制面といった経営の「守り」の側面も同時に考えていかなければなりません。
西川:篠崎さんのご指摘のとおり、企業で新たな取り組みをする際には物事が決まった後で、税務担当者が関与することも少なくありません。しかし、最適な税務対策を考えるためには初期段階から関わることが理想なので、PwC Japanグループの各法人と連携して、こうした早い段階での税務対策も各企業へ促していきたいと思います。
中村:人的資本をはじめとする非財務情報が拡充されるにつれ、その信頼性もより厳しく求められるようになるでしょう。そうした信頼性の担保といった「守り」の部分は監査法人で担えますし、「攻め」の施策で生まれた人的資本の価値をロジカルに、手触り感のある形で示せるように尽力していきたいと思います。
大屋:人的資本というアジェンダに対応する際のPwCの強みは、グループ間でコラボレーションする文化はもちろん、会計系ファームであることだと思うのです。
人的資本は、今や企業の開示情報に関わる重点領域です。これをどのように見極め、企業価値として捉え、開示情報に組み込んでいくかを、私たちは一貫して扱うことができます。日本企業の中長期的な企業価値向上を実現するために、PwC Japanグループとして人的資本は注力すべき領域であると、今回のディスカッションで改めて感じました。
56,000人以上の従業員を対象とした2024年の調査レポートでは、変革を導くリーダーシップや生成AIの活用といった主要な変革テーマについて、グローバル全体と日本の傾向を比較しながら、変化に対応するために経営陣がとるべき6つの重要なアクションを提言します。
46の国・地域の5万人以上の労働者から回答を得た2023年度調査より、本レポートでは日本の回答者に焦点を当て、諸外国との比較や時系列の分析を通じ、その実態や課題、対応について考察します。また日本企業に求められる取り組みについても提言しています。
本調査は2019年から続くシリーズの第4弾で、46の国と地域の約54,000人の労働者から回答を得たもので、経営幹部が直面する中心的な課題を浮き彫りにしています。また、組織をより改革に適したものにするために取り組むべき4つのアクションも解説します。
人材のパフォーマンスを最大化して企業価値につなげる人的資本経営への取り組みが国内外で広がりつつあります。PwCコンサルティングの部門横断型組織で人的資本経営とその情報開示を支援するコンサルタントが、昨今のトレンドと取り組みのポイントを語ります。(外部サイトへ)