{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.title}}
{{item.text}}
2019-05-24
国の成長戦略として、スポーツの成長産業化が掲げられています。スポーツ庁が主導する平成30年度(2018年度)「地域の指導者を主体としたスポーツエコシステム構築推進事業」は、スポーツの普及に向けて、全国のスポーツ施設や指導者などを最大限活用し、スポーツ環境の充実を図り、スポーツ人口の拡大につなげる自律的好循環(スポーツエコシステム)の創出していくことを狙いとしています。そこで大きな役割を果たしているのが「シェアリングエコノミー」です。
今回は、支援業務としてかかわった、地域の指導者を主体としたスポーツエコシステム構築推進事業について内閣官房、スポーツ庁、早稲田大学からキーパーソンを招き、指導者やアスリートのノウハウを共有し、産業としてスポーツの発展を目指す背景や、シェアリングエコノミーの活用の課題・展望などについて語っていただきました。
高田 シェアリングエコノミーで成功を収めている二大事業として、Uberを筆頭とするライドシェアリングサービスとAirbnbに代表される民泊サービスが世界では有名ですが、これらの国内での展開には功罪の両面があると見ています。まず“功”は、言うまでもなく大きなビジネス/市場を新たに創出したことです。ただ、この点が表裏一体で“罪”にもなっているのではないでしょうか。なぜなら、日本では、シェアリングエコノミーがディスラプションをもたらす黒船のような存在だという誤解を生み出してしまっているからです。シェアリングエコノミーの大切な要素の一つとして、世の中に散在する小さな価値を、それを必要とする人々と共有することが挙げられます。本来であれば、国内でのシェアリングエコノミー普及の第一段階は、そこから追求すべきではなかったかと痛感しています。
菅原 シェアリングエコノミーは、社会課題の解決という側面も持ち合わせていますからね。
高田 そのとおりです。だからこそ、今回のスポーツエコシステム構築にシェアリングエコノミーシステムを活用するという試みには大いに期待しています。これまで光が当たらなかった人たちが、シェアリングエコノミーによって働く場や活躍の場を見いだせる──例えば、かつて実績を残しながら引退した元スポーツ選手に、その力を別の場所で発揮してもらう。そうしたことのためにスポーツという分野でシェアリングエコノミーを活用しようといったメッセージは、国民の皆さんにも伝わりやすいはずですし、先述したシェアリングエコノミーに対する負のイメージを変える意義もあるでしょう。
忰田 今回の取り組みの背景の一つには、これまでアスリートを支える側にいた指導者が、収入が低く結婚や出産などにより辞めざるを得なくなり、せっかく蓄積した指導ノウハウが社会からなくなってしまうという課題があります。実際、平成29年度(2017年度)に実態調査を実施したところ、多くのスポーツ指導者について年収が低く不安定な雇用状況にあることが明らかになりました。これまで国としては、競技人口や参画人口を公的負担で増やそうとしてきたわけですが、こうした実態を受けて、今後は産業としても発展させ、その収益を指導者の収益向上やスポーツ環境の充実などさらなるスポーツ振興に活用していこうとなったのです。平成30年度の「地域の指導者を主体としたスポーツエコシステム構築推進事業」はそのための具体策であり、シェアリングエコノミーの活用によってスポーツ指導者やアスリートを人々の共有財産とすることを狙いとしています。
菅原 日本は公共のスポーツ施設や、それに付帯するレッスンや教室といったサービスがかなり充実していて、非常に安価に利用できるケースも多いわけですが、既に公共財として提供されているが故に、産業化となるとかなりのエネルギーが必要となるのではないでしょうか。まずは、より良い指導などを受けるにはそれなりのお金を支払う必要がある、という価値観や文化の醸成をしていかねばならないと考えています。
忰田 確かに、日本のスポーツは学校の部活動の影響がとても多いので、そもそも指導者に対してお金を払うという文化が根付いていませんね。これには良い側面もあるものの、そのためにトップアスリートが十年、二十年と身を削る思いで一つのスポーツに打ち込んで来た経験やノウハウが生かしにくいというのは、社会的にも大きな損失であると思います。
舟橋 スポーツ指導者についてお話しすると、亜細亜大学・石黒先生の調査では日本人のスポーツ指導実施率は国民全体の約5%で、そのうちの9割がボランティアということです。さらに、スポーツ指導を行う人々の中で、それだけで生計を立てている指導者となるとわずか2%に過ぎません。この状況を経済学的に読み解けば、生産者余剰(スポーツ指導者の利益)がものすごく小さく、消費者余剰(スポーツ消費者のお得感)がものすごく大きいということになります。低価格化が進むと、受けられる指導の質が低下し、結果的に消費者余剰自体の縮小にもつながるでしょう。これをスポーツ指導者が十分に稼げるように変えていくには、指導に見合った形で価格を引き上げるか、消費者が支払い意思を上げるような指導サービスの開発か、指導機会を増やしていくことが欠かせないわけですが、その課題にシェアリングエコノミーが大いに貢献すると見ています。
忰田 やはり最終的には、ニーズの掘り起こしにかかってきますよね。そのニーズに応えるサービスに対し、顧客がどれだけの対価を支払えるのかというギャップを、シェアリングエコノミーで狭めていければいいですね。例えば、優れたアスリートが有しているコンディショニングのノウハウや、ストレッチの手法などというのは、実は働いている人々の多くが抱える腰痛への対処や体調改善にも効果があると思いますが、そうした事実はあまり知られていません。このようにスポーツに限らずとも、多様なニーズを掘り起こし、それに合わせて指導の内容を広げていくことも大切でしょう。場所にしても、スポーツ施設に限らず、指導者が企業の職場に出向いていき、休憩時間にストレッチを教えるというビジネスだって考えられるはずです。
菅原 指導者がボランティアでやっていると、受ける側もどうしても指導内容に注文をすることなど考えなくなりがちです。しかし、それがお金を払うとなれば、自身のニーズに合致した内容であるかをシビアに見るようになるでしょうね。皆が競技志向でスポーツをするわけではなく、健康志向や気晴らしのためにスポーツをしている人も大勢いるわけで、ニーズと指導内容とのギャップをしっかり埋めていくことが当たり前となる、良い意味での緊張感が生まれてくれば、コンテンツも発展していくことができるはずです。
忰田 実は今、スポーツ実施率が低い世代は20代、30代です。少子化が進み学校の部活動の数も減っており、本当は違う競技をやりたかったのに選択肢が無かったという若者も増えているという声も聞きます。一方で、こうした世代は普段からスマートフォンでネット通販などを活用しているわけですから、シェアリングエコノミーの活用はそういった世代のアプローチ手段として有効ではないかと考えています。
菅原 マッチングには広く知られていないサービス提供者と消費者を結びつける効果があるので、とりわけマイナースポーツにとって、シェアリングエコノミーは効果を得やすいでしょうね。
高田 まったくそのとおりで、シェアリングエコノミーはマイナースポーツ振興のきっかけの一つになるのではと期待しています。例えば「水球のまち」をうたっている新潟県柏崎市には、世界レベルの水球選手が何人もいて観光資源にもなっています。これと同様に、シェアリングエコノミーを自治体などが上手に活用することで、競技人口の少ないスポーツであっても、そこに行ってやってみたいというニーズを掘り起こし、都会からの人の流れを生み出せるはずです。
舟橋 週一回以上の成人のスポーツ実施率を見れば日本人は5割ほどにもなりますが、競技別に見るとウォーキング、ランニング、トレーニングなどの「運動系」が大半を占めているのですよね。ですので「するスポーツ」の観点から言えば、「競技スポーツ」はほとんどがマイナーなのです。時間、空間、仲間が必要ですから。テクノロジーの力で、ある競技をやってみたい人と、教えたい人を効率的にマッチングできれば、両者にとってプラスですし、競技スポーツの裾野の拡大につながることでしょう。
忰田 この先、スポーツ指導者やアスリートが活躍できる場をシェアリングエコノミーで創出していくにあたって大きな課題となるのが、利用者や自治体などに対していかに具体的なメリットを示せるかだと考えています。自治体としても、指導者を稼がせるために数多くの公共スポーツ施設をつくり運用しているわけではないですから。そこで本年度(2019年度)の実証事業では、例えば公共団体に対しては、若者のスポーツ実施率が上がりますとか、稼働率が10%を切っているような施設の稼働率がシェアリングエコノミーの実証に参加すればこれぐらいにまで上がる見込みですとか、また民間企業であれば、ビジネス面の効果を強調してどれだけの収益につながるのかなどといったように、しっかりとエビデンスを示すことに注力していきます。こうして指導者と利用者、施設などの運用者の三者それぞれの目線で、それぞれにとってのメリットを客観的なデータで示していくことが本年度の課題です。
舟橋 併せて、スポーツ指導者の質と量をいかにして確保し続けるかも課題となるでしょう。そのためには、例えば、公認スポーツ指導者資格の講習や研修に、どうすれば自分のスキルをシェアリングエコノミーで生かすことができるのか、といった内容の講座を将来的にカリキュラムに組み込むというのは効果的かもしれません。あとは通販サイトや飲食店の紹介サイトのように、利用者によるレビューシステムを普及することによっても、スポーツ指導者の質を担保できるのではないでしょうか。そのためにも、指導者自身がどのようなスキルをシェアできるのか、言語化できるようにならなければいけません。
高田 今後についてお話しすると、国内におけるシェアリングエコノミーは、認知率も利用率も上がってきていますが、不安を抱いている人々の数もほとんど減ってはいないのですね。特に皆さんが気にするのは、もしも事故に遭ったときの保証はどうなるかなど、安全性についてです。このことはすごく大事で、政策の打ち手としては次の三つがポイントになると考えます。一つは、プラットフォーマーが単なる「場貸し」ではなく社会的責任を果たすこと、二つ目は、使う側も自己責任という意識を持つことです。これはフリーマーケットを想像してもらえると分かりやすいでしょう。そして三つ目は、オープンデータ化をはじめ政府として社会実装を進めていく支援を行っていくことです。これら三つのポイントが満たされる場合に、これまでシェアリングエコノミーを使わなかった層にまで訴求ができるに違いありません。
忰田 スポーツにおけるシェアリングエコノミー活用については、シェアリングエコノミー検討会などの既存の仕組みに参画しながら効果を証明していきたいと考えています。やはりシェアリングエコノミーの中でもニッチな取り組みですから。あとは、スポーツの世界にはさまざまなインフルエンサーが存在していますので、そうした人々からの協力を得られれば社会的なインパクトも大きいはずです。どうしても日本は新しいビジネスを創出するスピードが緩やかですから、まずは国が先行事例をつくるとともに、推奨データセットの策定・好評などデータのオープン化に必要な環境をつくっておくことが大事だと思っています。そこまでできたら、その後は民間のプラットフォーマーが競争すればいいのですから。
舟橋 今回のテーマは多岐にわたりましたが、もう一度原点に立ち返ると、本質はスポーツをしたい人、教えたい人、そしてスポーツを行う場のマッチングにあるのでしょうね。スポーツをしたくてもさまざまな事情でできていない人がいる、もっとスキルを提供したいと思っている指導者がいる、空いているのにリアルタイムで情報公開がされておらず、また地域的な制約などから利用されない施設がある──そうした課題を、テクノロジーを活用しながら、シェアリングエコノミーというアプローチで解決していくことが本質であるに違いありません。
菅原 そうですね。スポーツ庁をはじめとして国も先行事例を創出しているので、これからはどのような成果が得られたのかを踏まえて、健康経営やスポーツ実施率の向上、産業振興など、仮説段階から根拠のあるさまざまな政策へと歩を進めることに期待しています。
2000年4月旧郵政省(現総務省)入省。主に地域におけるICTインフラの整備や利活用の推進を担当。また、出向経験(岡山市役所、内閣官房東京オリンピック・パラリンピック競技大会推進本部事務局など)を通じ、コミュニティとの協働や文化・スポーツを通じた地域づくりにも従事。2017年7月から現職に着任し、シェアリングエコノミーの推進に向けた政府部内の総合調整を担当。
2009年早稲田大学卒業後、経済産業省に入省。地域経済政策や貿易政策などを担当。2015年から2年間、オーストラリアのグリフィス大学でスポーツマネジメント修士号を取得。2017年6月からスポーツ庁に出向し現在に至る。スポーツ庁では、スポーツの成長産業化実現に向けて、スポーツスキルとスペースのシェアリングエコノミーやスタジアム・アリーナ改革、スポーツ経営人材の育成・活用、SOIP(スポーツオープンイノベーションプラットフォーム)の推進などを担当。
2014年度早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程修了。博士(スポーツ科学)。日本学術振興会 特別研究員を経て、2015年度より早稲田大学で教鞭をとる。専門はスポーツの公共政策・経済学、スポーツマネジメント。日本スポーツ産業学会、日本スポーツマネジメント学会、日本体育学会などで受賞歴を持つ。早稲田大学スポーツビジネス研究所 研究所員・幹事。スポーツ庁「地域のスポーツ指導者を主体としたスポーツエコシステム構築推進事業」検討会座長。
2005年より現職。一貫して、中央省庁および地方公共団体、独立行政法人などの公共機関に対するコンサルティングに携わり、各種調査研究、業務分析・改善、情報システムの企画から導入に至る案件を数多く手がける。スポーツ庁「地域のスポーツ指導者を主体としたスポーツエコシステム構築推進事業」をはじめスポーツ施設・指導者に係る調査実績。PwCが毎年発行する「PwCスポーツ産業調査」の日本版監修責任者。早稲田大学スポーツビジネス研究所 招聘研究員。