
「経営トップ交代・経営チームづくり」で持続的成長をもたらす秘訣とは 半導体試験装置で世界シェア1位・アドバンテストの「CEOサクセッション」を読み解く
株式会社アドバンテスト取締役の占部利充氏とPwCコンサルティングのパートナー北崎茂が望ましい経営トップ交代、経営チームづくりのポイントを解説します。
今、多くの日本企業が、経営環境の変化に応じて経営チームをいかに組成し、変えるべきか模索しています。半導体装置のリーディングカンパニーである株式会社アドバンテストが取り組んだ経営チームの再編は、事業の基盤強化につながった成功事例です。同社は2024年、グループ最高経営責任者(Group CEO)にダグラス・ラフィーバ氏、グループ最高執行責任者(Group COO)社長に津久井幸一氏が昇格するトップ人事を発表しました。電圧計などを手掛ける計測器メーカーをルーツとし、70年の歴史を歩む中で、トップに外国出身の人材が就くのは初めてのことでした。
本対談では、経営トップの後継者を選ぶ「CEOサクセッション」のキーパーソンである同社取締役・占部利充氏を対談のゲストにお迎えし、企業の組織人事・戦略策定、チェンジマネジメントの専門家であるPwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナーの北崎茂(組織人事コンサルティングリーダー)とともに望ましい経営トップ交代、経営チームづくりのポイントを解説します。
(左から) 占部 利充氏、北崎 茂
登場者
株式会社アドバンテスト 取締役
占部 利充氏
PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 組織人事コンサルティングリーダー
北崎 茂
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
北崎:
半導体製造は今、いくつかの大きな課題と向き合っています。AI向け需要の急拡大、後工程(最終組み立て・パッケージングなど)技術の高度化の要請、地政学リスクの高まり、主要国で積極化する企業誘致の動きなどです。これらにスピーディに対応できる戦略を企業が策定し、競争力を強化するには、世界規模のパートナーシップ構築が欠かせません。そしてもちろん、グローバルをにらんだ経営戦略の継続──CEOサクセッションも極めて重要です。
アドバンテストでは2024年4月、経営トップが7年ぶりに交代し、ダグラス・ラフィーバ氏がグループの新CEOに就任しました。多様な人材の活用を強みにするという意味で、出身地や国籍などの属性にとらわれないインクルージョン&ダイバーシティ(以下、I&D)の姿勢は、今や不可欠といえます。このたびのサクセッションに指名報酬委員会の委員長として関与された占部さんの経験は、後継者育成プランのあるべきかたち、グローバルな連携強化の基盤整備という観点からも、多くの日本企業にとってヒントになると考えます。まずは今回の経営トップ人事をめぐる背景と狙いを紹介いただけますでしょうか。
占部:
CEOサクセッションの本格的な検討が始まったのは2020年、当時CEOだった吉田芳明氏(現在は同社会長)の就任4年目の時期です。グローバル化という意味での伏線は、2011年の米国半導体試験装置メーカーの買収でした。
以前から顧客のほとんどは海外の企業でしたが、吉田前CEOの下で買収後の統合プロセス(Post-Merger Integration、以下、PMI)が実を結び、顧客の幅がさらに世界に広がったことに加え、開発や製造に関しても海外オペレーションの比重が増しました。事業の軸足が国内から海外に移ったことで、企業としての継続性や成長のさらなる加速をグローバルな観点で捉えられる経営体制整備の必要が高まってきたのです。2020年に、指名報酬委員会から取締役会に、報酬制度、グローバル本社機能、CEOサクセッションの3テーマを提案しました。新体制誕生の背景には、こうした変化がありました。
北崎:
グローバルな成長戦略が契機になったわけですね。半導体業界の熾烈な競争は、世界市場を舞台として起こっています。PwCコンサルティングも、グローバルで半導体企業の戦略立案、グローバルな企業間コーディネーション、産官学連携などを支援してきましたが、その私たちの経験からも、今回のサクセッションは日本企業にとって画期的な動きであると捉えています。
アドバンテストは1954年に東京で創業された日本企業です。今回のCEOサクセッションでは外国籍の人材の起用を意識されていたのですか。
占部:
いえ、「外国出身の人材ありき」という議論は全くありませんでした。あくまで世界で展開するオペレーションを統括し、成長を実現するのに必要な経営体制、最適な経営人材は誰か、という観点で検討した結果です。
指名報酬委員会ではまず、経営上やこうした検討から導かれた事業面の課題と人材面の状況を取締役会に上申し、さらに議論を掘り下げ、2022年度以降は外部の専門家も起用してそれまでの議論を客観的に再整理し、社内に加えて海外の外部経営人材市場も調査しました。
これらの結果、次期経営チームとして、米国在住で当社の事業開発等を長年率いてきたラフィーバ現Group CEOとオールラウンドプレイヤーの津久井現Group COO 社長の組み合わせが最適だとの結論に達し、2023年から両者を代表取締役副社長 Group COO(および同Group Co-COO)に任命して移行期間に入りました。
北崎:
日本企業の経営トップに外国出身の人材が就くケースは漸増しています。ただ、サクセッションの過程で軋轢が生じる例も少なくないと思います。その点に不安はありませんでしたか。
占部:
不安は特になく、実際に障害も摩擦もありませんでした。バトンタッチがスムーズに進んだ大きな要因は、数年かけて議論・共有した成長戦略に沿ってグローバル本社機能の整備などを進めてきた流れがあり、さらに1年間の移行期間も含めて、新たな経営体制の整備に時間をかけてトライアルできたことです。吉田前CEOの下で安定した成長軌道に乗っていたため、それが可能でした。
北崎:
時間をかけたトライアルが、やはり今回のサクセッションの秘訣だと感じます。少し掘り下げて伺いたいのですが、準備・検討の段階でどのような工夫をされましたか。
占部:
一つ、具体例を紹介しましょう。当社は以前から、事業のオペレーションのかなりの部分を海外拠点の幹部社員が担ってきました。従来、多くの日本企業と同様、当社でも、こうした幹部のキャリアの到達点は大半が海外事業のトップまででした。しかし、顧客・市場に加えて事業のオペレーションもグローバル化し、これに応じた最適な事業運営体制を考える必要性が高まってきたので、2021年頃から本社機能の再構築に着手して、国籍や駐在地にかかわらず最適な人材を各領域の責任者に任命するようになりました。
2025年1月現在、ラフィーバGroup CEOを含む10名の経営執行役員は日4/米3/独2/中1という構成で、各自の駐在地から担当分野の世界中の活動を統括する体制です。出身国や駐在地に関係なく、その領域で誰がチャンピオンかという観点で各領域のトップ(CxOやビジネス・ユニット長等)を選んだ結果です。また、現在の幹部は全員が長期勤務者ですが、こうした優秀な経営人材をリテインするため、役員報酬制度の見直しにも2020年から力を入れています。
北崎:
経営チームの構造そのものにグローバル展開の視野とI&Dの視点を組み込み、報酬制度もそれに連動して変化させていったわけですね。経営陣が誰であるべきかという「個」が重要な一方で、「経営チーム」としてどのような人材を組み合わせていくべきなのか、またそこからどのようなケミストリーを生みだしていくかも重要な観点かと思います。新たな経営チームの編成で工夫されたことはありましたか。
占部:
「CEOに求める要件や人物像の可視化」でしょうか。CEOサクセッションと同じ2020年頃から、CEOの仕事ぶりや課題認識、人柄などの評価・分析を始めました。毎年度末に、非業務執行取締役(事業に関与しない取締役)がCEOを評価し、その結果を指名報酬委員会が取りまとめてCEOにフィードバックし、本人の反論や意見なども踏まえてリポートにまとめ、ボード(取締役会)メンバーで共有する取り組みを行いました。候補者群に当たるCEO以外の経営執行役員に対しても定期的インタビューを含む観察・評価を行い、結果を蓄積しています。
これを続けると、当社の経営課題や経営チームに必要な人材要件、現経営陣の人物像が可視化されボードメンバーの内部でよりクリアに共有されて、CEOや経営チームの検討を最適化しやすくなります。合意形成の上でも有効です。この施策は現在も継続されています。
北崎:
アバンテストのオープンなカルチャーがうかがえる取り組みですね。取締役会や経営チーム全体がメンバーの状態を把握し合い、フラットに意思疎通できる風土やメンタリティが確保されている──これは決して当たり前のことではありません。ともすると経営体制がヒエラルキー構造になり、それに伴って組織が硬直化する。そうした課題を抱えた経営チームは、日本のみならず海外でも少なからず存在します。アドバンテストには、もともとオープンな企業文化があったのでしょうか。
占部:
もともとそういう素地があったと思います。半導体業界のさまざまなプレイヤーの事業に深く入って活動する当社のビジネスの性格もあって、やや受動的になりやすい面もありますが、技術志向が強く、合理的かつオープンに物事に向き合うカルチャーがあります。さらに米国企業の買収で人材の多様化が進み、「人材の力を最大限に発揮させる環境があって初めて、会社もビジネスも成長する」という考え方が強まった気がします。
北崎:
確かに、企業のグローバル化はカルチャー変革の契機になりますね。一方で、マネジメント層に外国出身のメンバーが増え、英語が社内公用語化するような状況になると、日本企業としてのアイデンティティをどこに求めるべきかという問いも生じます。アドバンテストではこの点、どのように捉えているのでしょう。
占部:
現在の経営チームには、当社は日本オリジンの企業という意識が徹底されています。ラフィーバCEOをはじめとする現在のメンバーは全員が長期勤務者で、「日本企業の持つ“Bond(絆)”が大切だ」と口をそろえて言います。“Bond”とは、メンタリティ、組織的な動き、長期的な展望など、さまざまな日本的要素を包括する表現です。これらは当社が掲げるコア・バリュー「INTEGRITY」(真摯・誠実・高潔)とも響き合います。
当社のこうした志向の根底には、創業以来受け継がれてきた「技術に対するこだわり」のカルチャーがあります。自社の技術を大切にする一方で、外部の技術を積極的に採り入れたり乗り換えたりできる合理性もアドバンテストは併せ持っています。日本メーカーが海外メーカーを買収すると、現場で技術的な軋轢が生じてうまくいかないケースもあります。しかし当社の買収では、統合した両社が互いの技術をリスペクトしています。さらに、吉田前CEO時代から「買収した側、された側」的な意識を払拭して、「市場・顧客から選ばれるものが優れた技術である」という考え方を徹底して、市場・顧客視点で技術を取捨選択してきたので、そのことが功を奏しました。
北崎:
重要なヒントになるお話です。多くの日本メーカーでは、「ものづくり」にこだわる日本企業ならではの良きアイデンティティや、強みとなる独自のカルチャーが育まれてきました。ただ、技術継承の難しさやマーケットスピード、経営環境の変化などから、そんな「らしさ」が薄れつつあると惜しむ声もあります。カルチャーをどう引き継ぐかは、経営戦略で意識的にデザインする必要がありますね。
M&AとPMIが当たり前の時代に、カルチャーというアセットの力をいかに存分に活かせるか、カルチャーの統合や変革に最適なリソースをどれだけ投下できるかは、企業の持続的成長を左右する重要なポイントです。
とはいえ、カルチャーの統合や変革に自社のみで取り組むことには困難も伴います。とりわけ「日本×外国」という異文化間のM&Aではなおさらのことです。PwCコンサルティングは、PMIにおける制度統合のみならず、組織カルチャーの統合やチェンジマネジメントに関する幅広いソリューションをクライアントに提供してきました。このカルチャーの変革という点は、日本企業のPMIが成功する大きな分岐点になると私たちの経験からも考えています。
北崎:
ところで、監査等委員会設置会社であるアドバンテストの指名報酬委員会は、任意設置の機関です。取締役や執行役員の選定・選任を最終決定する権限はなく、ボードへのアドバイスという役割ですね。日本企業では、アドバンテストの指名報酬委員会に相当する「指名委員会」の権限が機関設計によって異なっており、現CEOが後継者選びにどれだけコミットするかも含めて議論があります。占部さんはどのようにお考えでしょうか。
占部:
実は当社でも過去に、「指名委員会が役員人事の最終決定権を持つ『指名委員会等設置会社』に機関設計を変えよう」という議論がありました。しかし私は、CEOサクセッションは社外取締役中心の指名委員会だけで進めるべきではなく、現CEOも交えたボード全体で検討するべきだと考えています。自社の経営課題や次期リーダーについて、ビジネスに直接携わっている当事者のマネジメントを外して話し合っても、観念的な議論になってしまいかねないからです。最終決定はフルメンバーのボードが行い、指名委員会はトップ交代に向けたpreparation(準備)の場であるべきです。
北崎:
ご指摘のとおり、必ずしもビジネスの実情に通じているとはかぎらない社外取締役が主導し、トップを選ぶことは「最適な人事」になるか否かの点でリスクがあるのは事実です。また、指名委員会の仕組みに不慣れな企業の場合、指名委員会主導のサクセッションには、ガバナンスコードで求められる客観性・透明性・妥当性などの形式的な基準を重視して人を選ぶ傾向がみられます。その結果、「経営機能の強化」という本質的な観点が抜け落ちるおそれもあるのです。アドバンテストのケースは、指名委員会によるトップ指名が有効に機能したCEOサクセッションの成功パターンの一つで、多くの企業の参考になると思います。
北崎:
今回のCEOサクセッションを通して社内に生じた具体的な変化があれば教えてください。
占部:
「変化」というよりは、これまでの取り組みの延長線上において、さらに「進化」したというのが実感です。例えば、中期経営計画でもともと描いていた成長戦略を、より具体的に踏み込んだ内容に進化させることができました。ラフィーバGroup CEOは、当社のビジネスはテスト装置の製造販売だけでなく、半導体のバリューチェーン全体に効率性や安全・安心を提供するという広い視野を持ち、これまでにもシステムレベルテストという複合事業を立ち上げてリードしてきた人材です。半導体関連分野の人脈も豊富です。新たなCEOのビジョンやケイパビリティがより具体的に加味されたことで、最新の中期経営計画ではより具体的な成長ストーリーを描けました。
また、経営トップに選ばれた人物が米国在住の外国出身者だという点については、彼は30年近く当社で働き、社内はもちろん、顧客・取引先・業界とも一番多くのネットワークを有する人物です。社内外ともにサプライズはなく、経営方針・経営計画の継承も円滑だったと思います。属性にとらわれることなく、その領域に最もふさわしい人材がその領域をリードすべきだとする、これまで進めてきた志向がさらに徹底されたかたちだといえます。多様な人材の今後の活躍がますます楽しみです。
北崎:
最後に、アドバンテストにおけるサクセッションマネジメントをこれからどのように進化・深化させていくのか、展望を伺えますか。
占部:
サクセッションプランに終わりはなく、現在のCxO・本部長の継承計画が次世代のCEO継承計画につながるわけで、そういう重層的な取り組みを進めています。一方で、グローバル展開する日本オリジンの企業という点では難しさも感じています。現体制は、日本オリジンの企業文化に共感し、ともにグローバル展開を進めてきた多国籍人材の経営チームです。一定の価値観を共有しながら、異なる視点で議論を戦わせて合意形成する素地があります。今後とも、このバランスもとりながら、時代の要請に合わせて経営チームが進化し続ける必要があります。あくまでも、国籍や駐在地にかかわらず経営課題や成長戦略に応じた最適人材を活用することが基本ですが、日本オリジンの強みの継承ということを考えると、グローバル化した多様な優秀人材集団の中で、日本オリジンの強みを体現できる強い日本人が、今後も一定数は必要だと痛感しています。
北崎:
お話を伺って、CEOサクセッションは「チームづくり・経営機能強化」そのものであること、さらには経営機能としてのケミストリーの設計が肝要なこと、指名委員会はそのための舵取り役として重要であることを改めて認識しました。
今回はCEOサクセッションや経営体制づくりに焦点を当てて議論しましたが、経営の強化・グローバル化には、それを支える次期マネジメント層の人材育成も重要です。海外拠点への新規展開やオペレーションの現地化が一定の規模で進んだ現在は、高度経済成長期などとは異なり、タフ・アサインメント(頻繁に海外赴任させ、苦労を重ねて成長させること)を通じた人材育成は難しい環境になりました。しかし、グローバル化を見据えたマネジメント人材の育成環境を戦略的に整えないと、世界に伍するタフな人材は輩出できず、サクセッション全体も機能しなくなります。
さまざまな環境変化の中で企業の持続的成長を支えるために、経営チームの舵取りの重要性はさらに高まっていきます。この対談が、読者の皆さまの今後のサクセッションマネジメントの在り方、経営機能の在り方を考える一助になれば幸いです。
株式会社アドバンテスト取締役の占部利充氏とPwCコンサルティングのパートナー北崎茂が望ましい経営トップ交代、経営チームづくりのポイントを解説します。
HRテクノロジーに対する投資は堅調であり、2020年時と比較して増加しています。近年、生成AIなどのテクノロジーの発達も著しく、今後全ての業務領域でシステム化が進むと考え、人事施策と連動したテクノロジーの活用がより必要となってくることが予測されます。
オランダには世界をリードする半導体関連企業が数多く存在し、中小企業を含めた優れたエコシステムが形成されています。本レポートでは、このエコシステムの特徴や課題、持続的な成長に必要な要素を分析するとともに、日本企業への示唆を提示します。
PwCコンサルティングの半導体領域のプロフェッショナルが、日本の半導体企業が取るべき針路と、その持続的成長をサポートするコンサルティングファームの役割について意見を交わしました。