SPACによる米国上場

本シリーズは、企業の成長促進や収益性向上の中心的手法であるディール(M&A、事業売却など)と海外資本市場への参入(新規上場、国際的な資金調達など)を大きなテーマにしています。CFOをはじめとする企業の経営層が検討すべきトピックを経営戦略と財務報告のそれぞれの側面から概説し、企業の成長のためにヒントとなるような情報をシリーズを通じてお届けします。

今回は「経営戦略トピック」より、SPAC(Special Purpose Acquisition Company、特別買収目的会社)による米国上場について、SPACのライフサイクルや上場手続き、メリット・デメリット、会計・財務に関する留意事項を解説します。

戦略的ディール会計 証券市場へのアプローチ

SPAC上場という新たな選択肢

2020年頃から米国株式市場ではSPAC上場がブームとなり、世界的な注目を集めています(図表1)。

SPACは、通常の企業とは異なり買収のみを目的としています。SPAC自身は事業を行わない「ハコ」のようなもので、まずは自らが上場することで資金を調達し、その資金でターゲット企業を買収します。上場後のSPACとターゲット企業が合併すると、ターゲット企業はIPOを行わずして上場企業となります。

これがいわゆるSPAC上場の仕組みです。

図表1 米国における業種別のIPO件数

出典:Dealogic社(2021/6/2時点のデータに基づく)。米国以外のオファリング、非SEC登録企業、SPV、クローズドエンド型ファンド、2,500万ドル未満のオファリング、OTCブリティンボードやピンクシートといった米国店頭市場で行われたオファリングを除く。重複上場IPOに関しては、米国市場での調達金額のみが含まれる。

日本および諸外国におけるSPAC動向

米国以外では、カナダ、英国、ドイツ、フランス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、イタリア、韓国、マレーシア、シンガポールなどにSPAC制度があります(図表2)。

日本では、2021年6月18日に閣議決定された「成長戦略実行計画」において「SPACを導入した場合に必要な制度整備について、米国をはじめとする海外の規制当局の対応やSPACをめぐる市場の動向、我が国の国際競争力の強化の視点を踏まえつつ、検討する」こととされています。

図表2 SPAC制度を導入している国・地域

※本記事の執筆時点(2022年1月)においてSPAC制度の導入が判明している国・地域のみ記載

SPACのライフサイクル

米国の場合、SPACは設立・上場から最大24カ月以内に買収を完了する必要があります。その期間を過ぎるとSPACは運営を終了し解散しなければなりません。ターゲット会社との交渉が決裂した場合や、合併に関する株主の承認を得られない場合は、SPACはターゲット企業の選定に戻るか解散するかを決定する必要があります。

SPACがターゲット会社と合併し、一連の買収取引を完了することを「De-SPAC」といいます。

ターゲット企業においては、買収契約の締結から買収完了までの3~5カ月が実質的な意味での上場手続期間となります。これに対し、通常のIPOによる上場では一般に12カ月~24カ月が必要と言われていることから、SPAC上場は通常のIPOに比べて短期間での上場が可能となります。

SPAC上場手続

ターゲット企業が定まると、SPACは、De-SPACへ向けて、投資家会議を開催しSPAC投資家に対してターゲット企業についての説明を行います。ターゲット企業の買収について投資家の承認が得られるとSPACは買収実行前の各種手続を実施します。

SPACとターゲット企業との間で買収契約が締結されると、SPACはターゲット企業と協力してForm S-4という買収・合併に関する申請書類を作成し、米国証券取引委員会(SEC)に提出します。SECはForm S-4に関する審査を行います。これと並行して、ターゲット企業では上場企業となるための体制整備を進めます。

なお、米国上場ファイリングには複数のフォーマットがあります。例えば、米国企業が通常のIPOを行う場合はForm S-1、日本企業のような外国企業が米国で通常のIPOを行う場合はForm F-1、 米国企業・日本企業などがSPAC上場を行う場合はForm S-4をファイリングします。

Form S-4にはさまざまな開示が要求されますが、そのうちのひとつがプロフォーマ財務情報です。プロフォーマ財務情報は、SPACによるターゲット企業の買収・合併が実際の取引日より早い時点(例:直近年度の期首)に実施されたと仮定し、SPACとターゲット企業の財務情報を合算して作成する財務情報です。

さらに、SPACとターゲット企業との合併完了後4営業日以内にFrom 8-K(いわゆる「Super 8-K」)という書類もファイリングする必要があります。Super 8-Kでは、ターゲット企業のForm 10(年次報告書、日本の有価証券報告書に相当)の提出に必要な情報と同等の情報を開示することが求められます。

SPAC上場のメリット・デメリット

米国におけるSPAC上場をターゲット企業の立場から見た場合、通常のIPOに比べて短期間でコストをかけずに上場が可能となるなどのメリットがあります。また、通常のIPOでは市場における初値が起業家による公開価格(上場時に起業家が株式を売り出す価格)を大きく上回る傾向にある点が指摘されているのに対し、SPAC上場ではSPACとターゲット企業が取引対価を直接交渉できるため、このような問題点を回避できる可能性があります。さらに、SPACは、De-SPAC後の業績見通しを開示することができ、その見通しを達成できなくても投資家に対して責任を負いません。この業績見通しの開示において、SPACが投資家を誤解させることを知りながら記載したことを原告側が立証できない場合、SPAC側の責任が免除されるという、いわゆるセーフハーバー・ルールが適用されます(ただし、現在、SECはSPACに関するさまざまなルールの改訂を検討しており、改訂案が2022年4月に公表される見込みです)。

他方、SPAC上場には上場に慎重なSPAC投資家もいるなど、さまざまな利害関係者が存在するため通常のIPOより調整事項が多くなることなどがデメリットとして挙げられます。

制度会計および財務報告に関する留意点

会計・財務に関する留意事項には、SPACとターゲット企業に共通する項目もあれば、いずれかに固有の項目もあります。例えば、買収価格を検討するための財務デューデリジェンス(DD)は両者にとって重要ですが、ターゲット企業においては上場企業になる基礎準備として専門知識を持ったアドバイザーによるIPO Readiness分析も重要な取組みの一つになります。

* SRCやEGCに該当する場合は一部開示の免除やファイリング開始までに一定の猶予を受けることが可能となるため、プロジェクトの初期段階で要件を確認することが重要です。

SPAC上場を通じたValue Creation

日本にはまだSPAC上場の仕組みはないものの、多くの企業が関心を持っています。特に上場を検討しているベンチャー企業にとっては、新たな選択肢として検討する価値があると考えられます。CFOは通常のIPOとSPAC上場のメリット・デメリットを比較考量したうえで、企業価値を最大化する最適なスキームやタイミングを見計らって的確な舵取りを行う必要があります。

主要メンバー

稲田 丈朗

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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田野 雄一

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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