
対談:ビジネスとソーシャルの融合で生むコレクティブインパクトーーNPO法人クロスフィールズ小沼代表
NPO法人クロスフィールズ代表 小沼大地氏とPwCコンサルティングのパートナーでチーフ・インパクト・オフィサーの宮城隆之がビジネスセクターとソーシャルセクターの協働で目指す社会課題の解決のあり方や、インパクトなどについて語りました。
PwCコンサルティング合同会社は、2017年に社会課題体感フィールドスタディ(以下、フィールドスタディ)への参加をきっかけとして、さまざまな形でNPO法人クロスフィールズと社会課題の解決に向けた連携を行ってきました。2024年にはPwCコンサルティングからクロスフィールズに2名のコンサルタントが出向するなど、ビジネスとソーシャルの連携は新たなフェーズに入っています。
今回はクロスフィールズ代表 小沼大地氏とPwCコンサルティング合同会社の常務執行役パートナー チーフ・インパクト・オフィサー(以下、CIMO)の宮城隆之がビジネスセクターとソーシャルセクターの協働で目指す社会課題の解決のあり方や、セクターを超えた協働で生まれるインパクトなどについて語りました。
左から宮城隆之、小沼大地氏
プロフィール
小沼大地氏:
NPO法人クロスフィールズ共同創業者・代表理事
青年海外協力隊、マッキンゼー・アンド・カンパニーでの勤務を経て2011年にクロスフィールズを創業。ビジネスとソーシャルをつなぐさまざまな活動を展開。新公益連盟の共同代表も務める。
宮城隆之:
PwCコンサルティング合同会社 常務執行役パートナー プラクティス本部
兼 クライアント&インダストリー/Chief Impact Officer
1997年より20年以上にわたり、製造業・小売/サービス業から公共事業まで幅広い分野におけるコンサルティング業務に携わる。2018年、公共事業部門担当パートナーに就任。
2024年よりChief Impact Officer(CIMO)に就任。
小沼氏:
宮城さんは2017~18年に南相馬や女川のフィールドスタディに参加されました。プログラム参加に至った背景や、特に印象的だったことを教えてください。
宮城:
フィールドスタディに参加したのは公共事業部門のリーダーになった間もないタイミングでした。それまでさまざまな業種でコンサルティングを担当していましたが、いろいろな企業経営者と接するなかで彼らの捉える課題の根本は社会課題に結びついていることに気づいていました。
「1つの企業に対するソリューションではなく、複数の企業やステークホルダーをつなげ、社会全体の課題解決に取り組みたい」と考えていた時に当社としても公共事業部が立ち上がり、私がリーダーを担当することになりました。
とはいえ公共事業は知らないことが多く、当初は「どのようにしたら周囲から共感を得て、同じ方向に進んでいけるか」「自分はどういったリーダーシップを取るべきなのか」など悩んでいました。フィールドスタディに参加したのはそのタイミングでした。
実際に参加して印象的だったのは、「左脳的な気づきと右脳的なスパーク」を得たことです。
右脳的なスパークとは、「自分自身に起こった震えやゆらぎ」といえるかもしれません。東日本大震災の被災地を訪問したり、現地の南相馬や女川の方々と対話したりするなかで「今まで自分が目指していた“周囲からの共感を持って同じ方向に進んでいく”というチームカルチャーの醸成は、課題が生じている現場や課題に立ち向かう人と直接関わる体験を通じてできるのではないか」と気づきました。
同時に、社会人になった時に解決したいと思っていた社会課題を思い出し、「コンサルタントの個々の知識や経験とPwCの組織のリソースを組み合わせたら、解けない課題はない」と考えるように。これらが火花となって自分のなかに広がっていき、やがて火になっていった感覚です。
他のメンバーもこのような経験をしたら、自分が目指すことに共感する人が増え、チーム全体が同じ方向に進めるのではないか。これが「左脳的な気づき」です。
公共事業部でマルチステークホルダーによる社会課題解決を実現したいと考えていたのですが、このような中長期的かつ抽象度の高い課題解決に社内のメンバーが共感し、ついてくるのかという不安もありました。
しかしフィールドスタディに参加し、現地に行くことで社会課題に対する解像度が上がったので、他のメンバーもこのプログラムを経験したら自然と共通認識が生まれるのだと考えたのです。そこから何名ものメンバーがフィールドスタディに参加しています。
同時に、南相馬や女川を見て感じたことを周囲に発信していきました。具体的にはリーダーメッセージとして社内に共有したり、チームの全体会議で伝えたりしました。
実はそれまで、コンサルタントのあるべきリーダーシップの姿は、自分をさらけ出さず理路整然と物事を進めて誰がやっても同じ成果を出せることだと考えていました。しかしフィールドスタディを通じて、ロジックだけではなく私の感性も出すことで、他のメンバーの共感を得られるのだと考えるようになりました。たとえば自分が憤りを覚える社会課題や、「もっとこうなったらいいのに」というビジョンなどを積極的にメンバーに共有するようになりました。このリーダーシップのあり方は、今では自分の強みの1つにもなっています。
多くのメンバーは私の話に関心を持ってくれ、彼らのアイデアと知識も相まって良いディスカッションに発展することもあります。また、私の考えやビジョンを普段から周囲に話してベースを作っておくと、いざ事業を提案したときに「一緒にやっていこう」と思ってもらいやすいと感じています。
小沼大地氏
小沼氏:
フィールドスタディ後、2019年にSocial Impact Initiative(以下、SII)を立ち上げましたよね。その経緯とSIIについて教えてください。
宮城:
SIIは大企業、パブリックセクター、アカデミア、NPOなどを巻き込んで、コレクティブインパクトのアプローチによる社会課題解決のシステムをつくることと経済的なマネタイズの両立を目指した取り組みです。
それまで異なるスキルを持つ人材を結びつける視点はなかったのですが、フィールドスタディでの気づきを経て、社内で同じ志を持つメンバーをつなげたら実践につながると思うようになったのもSIIを立ち上げた背景の1つです。
社内のカルチャー醸成に向けて「より良い社会を作りたい」という思いを持った有志が部門や役職を超えて集結し、「ソーシャルイノベーションの創出支援」「社会的インパクトマネジメント手法の確立」「社会的インパクト投資の普及」という3つのフレームワークを通じて社会にアプローチしていくことをミッションに活動しています。最初は4、5名だったメンバーも今では1,000人規模に拡大しています。
小沼氏:
2024年にはチーフ・インパクト・オフィサー(以下、CIMO)を設置し、宮城さんが担当されることになりましたが、SIIの活動がCIMOに発展した背景を教えて下さい。
宮城:
SIIでの活動を通じて社内のカルチャー醸成は成功していましたが、プロボノが多くインパクトが限定的でした。クライアント企業の経営課題の先にある社会課題の解決をマルチセクターで実現するために、より持続的な形で事業を通じた社会課題の解決に取り組みたい、というのがCIMO立ち上げ背景の1つです。
他にも社内の人材育成を加速させたい、先駆者としてマルチセクターによる社会課題解決に取り組み他社に事例として示していきたい、など複数の理由があります。
また、社内を見ているとコンサルタントが直接向き合うのはクライアントであり、その先にある社会課題そのものではないという職業の特性もあって「自分の仕事がどのように社会とつながっているか」を結びつけて考えづらい現状があります。CIMOが主導する活動を加速することで、より多くのメンバーが「自分と仕事と社会のつながり」を実感し、事業を通じて持続的に社会課題の解決を推進できる組織にしていきたいとも考えています。
宮城隆之
小沼氏:
2024年8月より2名のコンサルタントをクロスフィールズに出向として派遣いただいています。この実施もCIMOの設置が背景にあると理解しているのですが、出向の経緯について教えてください。
宮城:
出向の話が生まれたのは、2023年に小沼さんやクロスフィールズのプロジェクトマネージャーの田熊さんと「ビジネスセクターとソーシャルセクターとで人材がもっと本格的に行き来したら、マルチセクターで意義ある座組みができそうだ」というビッグピクチャーを描いたことがきっかけです。
出向を決めた理由の1点目が人材の流動化による社会貢献です。長年、コンサルタントとして働いていますが、特に近年は優秀なメンバーが入ってくるようになったと感じています。同時にそういった優秀な人材をもっと社会に還流させることが必要だと考えており、人的リソースが不足しながらも社会課題解決という難易度の高い挑戦をするソーシャルセクターに人材を提供することで、社会貢献につながると考えています。
2点目がソーシャルセクターの視点を備えた人材の育成です。NPOという民間企業とは異なる環境で働くことで、NPOの文脈を深く理解したり、さまざまなステークホルダーと共感をもとに何かを創り上げて推進したりする経験を期待しています。そのような経験を経て得られるスキルやNPOの文脈で物事を考える視点は、出向後にビジネスセクターに戻った時も重要になってくると考えています。
そして3点目がクライアント企業に向けて成功事例をつくることです。複数のクライアントと話すなかで、NPOに出向者を出したいと考えている企業は少なくないと感じています。一方でどの団体に、誰を、どのようにして派遣すべきかという悩みを抱えていたので、先行事例を作ってソーシャルセクターへの人材派遣のモデルを発信したいと考えています。
小沼氏:
たしかに、今の日本ではコンサルティング会社やスタートアップに優秀な人材が集中しており、社会全体として人材配置が不均衡になってきているとも感じています。この課題を認知し、出向という形で解決に向けた行動を起こして、さらにソーシャルセクターからの学びを得ていこうとしているPwCの姿は今の時代において先駆け的な存在だと思っています。
出向者の1名は私のもとで働いています。「クロスフィールズでの出向でどのような経験をして、何を得たいか」について改めて話してもらったところ、「これまでは目の前のクライアントからの期待に応えようと仕事をしてきた。でもNPOで働いてみると、社会課題の現場にいる方々、経済同友会、新公益連盟などさまざまなセクターの人々の声を聞く機会が多くあり、そのなかで『自分はこうしたい』という軸がないと前に進めないことに気づいた。マルチセクター連携に関する事業に携わるなかで、自らビジョンを描いて共感で人を巻き込む経験をしたい」と話してくれました。
宮城:
送り出した側として、ただソーシャルセクターで働いて、気付きを得るのではなく、リーダーシップスキルを身に着けてきてほしいと考えています。そのため、期間は数カ月ではなく2年に設定しました。
出向者が2年後に戻って来た時にソーシャルセクターで培ったリーダーシップを発揮し、活躍できる土壌をつくっておくことが必要だと感じています。CIMOの責任として、その土壌づくりに向けた行動も起こしているところです。
左から小沼大地氏、宮城隆之
小沼氏:
CIMOとしての今後の展望を教えてください。
宮城:
展望としては、クライアント企業の経営課題の先にある社会課題の解決に取り組むことです。そのために社内外のステークホルダーを巻き込んで、コレクティブインパクトのアプローチで課題解決に取り組むことが重要だと考えています。
具体的には、すでに取り組んでいる社会課題へのアプローチを拡大していきつつ、取り残されている課題にもアプローチをしていくことです。
2019年に創設したSIIは社内のムーブメントを起こして内的な自発性を発揮することを目的としていました。一方でCIMOはその一歩先、課題を解決しにいく行動を起こすことを目指しています。社会課題の解決には企業の力を活用することが必要ですが、一時的な共感だけで企業を動かすことは難しい。そうではなくて、クライアントに対して企業の経営課題の先に社会課題があることを示し、社会課題と企業経営を結びつけて、課題解決に取り組んでいくフェーズに来ているのです。
小沼氏:
ソーシャルセクターとしては、CIMOを設置してこれだけ大きな挑戦をしている企業の存在を心強く感じています。
NPO法人クロスフィールズ代表 小沼大地氏とPwCコンサルティングのパートナーでチーフ・インパクト・オフィサーの宮城隆之がビジネスセクターとソーシャルセクターの協働で目指す社会課題の解決のあり方や、インパクトなどについて語りました。
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