企業情報開示と株主総会のスケジュールの諸外国との比較 ~新型コロナウイルス感染症拡大を契機に企業開示や株主総会実務を考える~

2020-05-25

インベストメントチェーン改革における企業開示の在り方の検討

一連のインベストメントチェーン改革では、中長期的な企業価値向上のための企業と投資家との建設的な対話に向けて、わが国の企業情報開示の在り方についても継続的な検討が行われています。金融審議会のディスクロージャーワーキング・グループの提言1を受けた開示府令の改正2により、有価証券報告書におけるリスク情報開示の拡充などの制度改革が進められてきました。また、わが国の企業開示制度や株主総会の在り方について、よりファンダメンタルな議論も並行して続いています。有価証券報告書と事業報告の一体的開示3に向けた取り組みや、バーチャル株主総会についての研究4などがその例です。こうした検討や議論の中で、諸外国とわが国の企業情報開示や株主総会に係る制度を比較しながら、今後のあるべき姿が模索されてきました。

新型コロナウイルス感染症拡大に際して企業開示制度と株主総会について考える

新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、政府より緊急事態宣言が2020年4月7日に発令されました。多くの企業では決算や会計監査に際して、さまざまな困難に直面する事態となり、決算発表日を延長した会社も多く見られます5。また金融庁では、この状況を踏まえ、6月末までに有価証券報告書の提出期限を迎える企業については、提出期限を9月末まで延長することが公表されました6

また、6月末に定時株主総会を予定していた企業について、会社法の計算関係書類の定時株主総会における報告は、以下の対応が可能である旨が連絡協議会7から示されました8

①定時株主総会の基準日を変更した上で、延期後の定時株主総会において報告する方法

②当初予定した時期に定時株主総会を開催し、続行(会社法第317条)の決議を求めた上で、計算書類、監査報告等については、継続会において報告する方法

①は基準日の変更により定時株主総会を延期する方法、②は定時株主総会を2段階方式で開催する方法であり、いずれも現行法で可能とされています。

今回の新型コロナウイルス感染症拡大により、日本の上場企業の約6割を占める3月決算企業の多くは、年度決算開示や株主総会のスケジュールや方法を検討したと考えられます。実際に、決算発表や株主総会開催日の変更を行った企業もありました。これまでも、3月決算企業の株主総会が6月末に集中することを避けるといった観点から、議決権行使基準日を柔軟に設定する方法などについて度々議論されてきましたが、実務が大きく変わることはありませんでした。くしくも今回の状況が、企業と投資家との対話の観点から、より望ましい企業開示や株主総会のスケジュールを柔軟に検討する契機となり得るかもしれません。

そこで、以下のような論点を想起しながら、諸外国とわが国の企業開示と株主総会スケジュールの対比を行いたいと思います。

  • 株主総会が決算日後3カ月以内というスケジュールは諸外国の実務に比べて期間が短いのでは
  • 議決権行使の基準日から総会までの期間が3カ月というのは諸外国に比べて長いのでは
  • 有価証券報告書と事業報告書の一体的開示を進めるべきでは
  • 有価証券報告書の株主総会前の開示が促進されるべきでは
  • より有用な計算書類や財務諸表を含む企業情報開示資料の作成や監査のために、十分な時間の確保が必要では

株主総会のスケジュールについて~諸外国との比較~

次に、株主総会の開催時期、招集通知の送付時期、議決権行使の基準日について、諸外国との比較をしながら概観したいと思います。

このように、日本では、決算日から株主総会の開催日までの期間と、招集通知の送付から株主総会の開催日までの期間が諸外国と比べて短いという特徴があります。期間の短さは、企業にとっては情報開示の準備が十分に確保できず、監査人にとっては監査の時間が十分に確保できず、投資家や個人株主にとっては議案を検討する時間が十分に確保できないというデメリットがあります。また、日本では、議決権行使の基準日から株主総会の開催日までの期間が諸外国に比べて長いという特徴があります。期間の長さは、株主総会の開催日現在において株主でない者が議決権を行使できてしまう一方、議決権行使の基準日よりも後に株主になった者は議決権を行使できず、株主総会の意思決定が現在の株主の利益に反するおそれがあるというデメリットがあります。

定時株主総会については、会社法第296条第1項によれば、事業年度の終了後一定の時期に招集しなければならないものとされており、必ずしも決算日後3カ月以内に開催しなければならないとされているわけではありません。例えば、3月決算企業が定時株主総会を7月に開催したい場合、議決権行使の基準日を定款変更により4月30日とすれば、7月に定時株主総会を開催することができます。しかしながら、これまでは議決権行使の基準日を決算日としている企業がほとんどであり、大多数の企業が決算日後3カ月以内に開催していました。また、議決権行使の基準日を変更する企業もほとんどありませんでした。

これには、以下の理由が挙げられています。9

  1. 基準日と決算日が異なる場合、投資家から見て分かりづらいのではないか
  2. 株主確定コストが増加するのではないか
  3. 取締役人事が遅くなることにより、影響が出るのではないか
  4. 配当・税務関係スケジュールが遅くなることにより、影響が出るのではないか
  5. 第1四半期決算と時期が重複するため対応が困難ではないか

しかしながら、日本で懸念されているこれらの課題について、諸外国ではいずれもそれほど不都合を感じることなく対応しているように思われます。機関投資家、個人株主、企業、監査人など、さまざまなステークホルダーにとって、より望ましい企業情報開示の実務を模索することで、中長期的な企業価値向上に向けた建設的対話の土台作りに寄与することが望まれます。

1 「金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告-資本市場における好循環の実現に向けて-」平成30年6月28日 金融庁[PDF 430KB]

2 「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正 平成31年1月31日 金融庁[PDF 2,034KB]

3 「事業報告等と有価証券報告書の一体的開示のための取組の支援について」平成30年12月28日 内閣官房、金融庁、法務省、経済産業省[PDF 138KB]

4 「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド」2020年2月26日 経済産業省[PDF 1,166KB]

5 株式会社東京証券取引所では、通期の決算内容および四半期決算内容について、今般の新型コロナウイルス感染症の影響により決算手続き等に遅延が生じ、速やかに決算内容等を確定することが困難となった場合には、「事業年度の末日から45日以内」などの時期にとらわれず、確定次第に開示することで差し支えないとしている。

6 「新型コロナウイルス感染症に関連する有価証券報告書等の提出期限について」令和2年2月10日 金融庁

7 新型コロナウイルス感染症の影響下における、企業の決算作業及び監査等について、関係者間で現状の認識や対応のあり方を共有するために設置された。
構成メンバー:日本公認会計士協会、企業会計基準委員会、東京証券取引所、日本経済団体連合会、日本証券アナリスト協会
オブザーバー:全国銀行協会、法務省、経済産業省
事務局:金融庁

8 「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査及び株主総会の対応について」令和2年4月15日 新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査等への対応に係る連絡協議会 金融庁[PDF 203KB]

9 「第4回株主総会プロセスの電子化促進等に関する研究会事務局提出資料~基準日変更に関する考え方~」平成28年3月4日 経済産業省[PDF 1,090KB]

執筆者

PwCあらた有限責任監査法人 コーポレートガバナンス強化支援チーム
パートナー 小林 昭夫
シニアマネージャー 足立 順子
シニアマネージャー 阿部 環

※法人名、役職、コラムの内容などは掲載当時のものです。

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