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コロナ禍やウクライナ情勢といった未曾有のリスクがサプライチェーンに与えた影響は甚大だった。商品のStock Keeping Unit(最小在庫管理単位。以下、SKU)が数百万の単位となる株式会社LIXILの建材事業を展開するLIXIL Housing Technology(ハウジングテクノロジー事業)は、環境変化に伴う新たなリスクに対応するため、AIを活用した需要予測ソリューションへの転換に踏み切った。同社生産本部のPSI部長である長嶋伸明氏と生産デジタル推進部主幹の金子雅幸氏、同案件を担当したPwCコンサルティング合同会社の新井聡氏と河野芳明氏の4人が導入プロジェクトを振り返る。
(左から)金子氏、長嶋氏、新井、河野
―LIXILでAIによる需要予測が必要になった背景を教えてください。
長嶋:LIXIL Housing Technologyの生産本部は、様々な商材の生産管理を担当しています。当社が扱うのは、サッシや玄関ドア、エクステリアなどの住宅に関わる建材でして、製品の品番とサイズだけでも100万種類以上。販売エリア別のSKUは数百万もの単位に上ります。これまでは経験による資材調達で対応してきましたが、もともとのSKU管理に関する課題に加え、近年はコロナ禍やウクライナ情勢などサプライチェーンの大きなリスクとなるような環境変化がありました。実際に2022年には資材調達リスク、海外からのコンテナ不足等の問題が発生したことで、問題発生後に後追いで対処するのではなく、未来を予見し、アジャイルにアクションを起こせる体制構築が喫緊の課題となりました。調達から製造、販売までの各プロセスの状況を把握し、サプライチェーン全体の最適化に向けたロードマップの第一歩として、需要予測ソリューションの導入をプロジェクト化することになりました。
株式会社LIXIL LIXIL Housing Technology PSI部 部長 長嶋伸明氏
金子:SKU管理の課題については、私が所属する生産デジタル推進部が2年ほど前に発足して以来、大学の研究者に相談するなど最先端の需要予測技術について検討してきましたが、なかなか納得のいく解決策が見つかりませんでした。悶々としていたところにPwCコンサルティングからご提案を頂いたのが、AI需要予測ソリューションです。そこから導入プロジェクトが動き始めました。
株式会社LIXIL LIXIL Housing Technology 生産デジタル推進部 主幹 金子雅幸氏
―LIXILが導入したのは、PwCコンサルティングのサプライチェーンの次世代型需要予測ソリューション「Multidimensional Demand Forecasting」(以下、MDF)とのことですが、PwCコンサルティングとしてはどのような経緯で提案されたのでしょうか。
新井:LIXILとは従前よりお付き合いがあり、サプライチェーンを高度にマネジメントされている点や、商材ごとに多くの事業部があり、長嶋さんが強いリーダーシップを発揮してまとめられておられる点は認識していました。そのような中で需要予測をさらに高度化したいというご要望があるとのことで、MDFならまさにお役に立てるのではないかと考えました。
長嶋:LIXILとしては、需要予測を強化することでサプライチェーン全体の最適化を図るとともに、DX(デジタルトランスフォーメーション)の一環として業務プロセスの再構築にもつながるという考えがありました。従来の経験に依拠した方法だと、技術者が入れ替わったときに知見やノウハウが継承できないという課題があり、AIの活用はこれを解消するチャンスだと思いました。
新井:LIXILの構想を初めておうかがいしたときに、明確なビジョンをお持ちであることに深く感銘しましたし、課題解決支援のしがいがあると感じました。
PwCコンサルティング合同会社 自動車・製造・エネルギー産業事業部 ディレクター 新井聡
―需要予測ソリューションの導入プロジェクトがどのように進んだのかをお聞かせください。PwCコンサルティングから提案があったとのことですが、他社との比較はされましたか。
金子:PwCコンサルティングも含め9社で比較しました。AIありきではなく、「当社でやりたいことをどの方法なら実現できるのか」という視点で、機能や拡張性、ハンドリングなど20項目にわたり、Proof of Concept(PoC)による効果検証を行いました。
その結果、断トツだったのがMDFでした。中でも需要予測の精度については、我々が何度トライしても精度が出せなかったデータについても、驚くほど大きく改善していただきました。
河野:私たちが心掛けたのは、シンプルなデータから精度の高い予測を出すことでした。データが詳細になればなるほど精度は上がりますが、MDFはこれまで多様な案件を通して磨かれてきたプリセット予測モデルを搭載しているので、シンプルなデータでもスピーディーに高い精度を出すことができます。ここは他社と差別化できたポイントだと自負しています。
金子:実際、バックテストで出していただいたPwCコンサルティングの予測値と、当社で保有していた実績値を比べたところ、当社の予測値以上の精度でした。初回のPoCでLIXIL Housing Technologyの全量データで換算し、精度を担保しつつ目標時間(90時間以内)をクリアしてくれたバランスの良さが導入の決め手になりました。また、初回リリース時点でMDFの標準機能で対応可能な通常品(モデルチェンジ品を除く)をカバーする予定でしたが、この時点で9割以上の製品で十分な精度が出ていたので安心してお任せできたのを覚えています。
―実際にソリューションを使う現場の反応はいかがでしょう。AIに対する抵抗感などはありませんでしたか。
長嶋:高い精度を担保した100万単位の予測はこれまでなかなか実現できなかったので、工場の反応はかなり良かったですね。データ検証、改善への活用検討も活発ですし、若い世代からはもっとAIを勉強したいという声も出ています。
―実際に導入してどんな成果が出ていますか。また、業務プロセスの再構築という面で変化はありましたか。
長嶋:海外で生産した製品を日本に輸送する際、これまでは実績値を基に国内6カ所の拠点に納入する数量を決めていましたが、実績を確認してからの作業となるため、どうしても横持ち輸送のコストが発生していました。現在はMDF予測値を採用したことで、こうした無駄なコストを抑えることができています。さらにMDF予測値をベースに計画業務の標準化も進めており、エリアごとの定期的な見直しも展開していく予定です。
金子:定期的な見直しという点では、予測のポイントとなるのはデータの傾向をいかにつかんでアルゴリズムを修正するかという点なのですが、私たちがノータッチでもMDFソリューションが自律的にアップデートしてくれます。また、どういうメカニズムでその予測値が出ているのかも、PwCコンサルティングから丁寧にご説明いただいています。予測モデルが陳腐化しないというのは非常に重要な点で、勘や経験からの脱却がうまく進んでいくものと確信しています。
―今後、MDFを活用して挑戦したいことはありますか。
金子:当社が扱う商材はモデルチェンジが多いという特徴がありますが、旧モデルから新モデルへ切り替えた際の需要予測を見誤ると、販売機会の喪失や廃棄ロスといったリスクが出てきます。そこで、MDFデータを活用し、LIXIL Data Platformという当社のプラットフォームでシミュレーション環境を整え、モデルチェンジ品の予測精度向上にトライしています。また、商品のSKUは先ほども話が出たように数百万単位ですが、資材レベルだとさらに増えるので、今後はあらゆるSKUをend-to-endのワンプラットフォームで管理し、サプライチェーン全体を可視化できればと考えています。
河野:私自身、需要予測に10年ほど関わる中で、モデルチェンジやロングテール品などのアプローチの経験も積んできましたが、今回のプロジェクトは、これらの蓄積が存分に生かせるという意味で、当社としても大きな手応えを感じながらご支援させていただきました。
PwCコンサルティング合同会社 データアナリティクス シニアマネージャー 河野芳明
―最後に、今回のプロジェクトを振り返って感じたこと、今後AI導入を検討予定の企業に向けたアドバイスなどありましたらお願いします。
金子:MDFの完成度は非常に高いと思っていますが、だからといってAIを万能だと思っているわけではありません。結局は、自社が何を必要としているか、そのためにどんな仮説を立て、実行するのかが重要で、そこでAIの良いところを活用することが、課題解決の早道だと思います。事業計画とSKUはマクロとミクロの関係ですが、当社では両者が整合性を持ってつながるようにしていきます。これは多くの業種・業態に共通のメリットになるのではないでしょうか。
河野:LIXILはAIに対する理解度が高いので、当方としても「ここまではできる」「ここからはできない」と正直に言えますし、その制約の中で実現できることを議論できたからこそ、効率的なプロジェクト進行につながったと思います。
長嶋:予測がシステマチックになれば、生産性向上や業務プロセスのさらなる最適化といった相乗効果が生まれることを実感しています。AIを学び、その特性を理解し、実際に使うことで新たなアイデアが出てきますし、当社でも工場の改善活動がプロジェクトを推進する上で大きな原動力になりました。
新井:LIXILは、需要予測の精度を高めるツールとしてAIを活用するにとどまらず、業務プロセス全体の抜本改革を目指されたことが成功の大きな要因になったと感じています。実はこれは、DXを成功させるポイントにも当てはまります。そういう意味で、AIだけでなくDXに取り組まれている企業にとっても、大きなヒントになる事例ではないでしょうか。
※本稿は日経ビジネス電子版に2023年に掲載された記事を転載したものです。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。