
財経部門の業務プロセスを変える生成AI活用実証実験の裏側――チャットボットの枠を超えて、真の生成AI変革を実現
業務プロセスの改革を目指す大手商社の三菱商事株式会社とPwC Japanグループは、共同で生成AIを用いた財務経理領域の業務自動化の実証実験を行いました。専門的な知見とテクノロジーを掛け合わせ、実験を成功に導いたプロジェクトメンバーの声を聞きました。
飲食店の経営課題解決に特化したコンサルティングとソリューションを提供するリディッシュ株式会社(以下、リディッシュ)。早くから生成AIタスクフォースを組織し、ビジネス利用に向けた取り組みを加速させてきたPwC Japanグループ。両社がタッグを組んで取り組んだ、生成AIを活用した経営改善支援サービスが注目を集めている。この実証実験プロジェクトを進めた両社の思いを聞いた。
(左から)松隈氏、川崎、角谷
――リディッシュは、中小飲食店の経営支援を行うスタートアップということですが、具体的にどのようなサービスを提供しているのですか。
松隈:リディッシュは2015年の創業以来、中小の飲食店が抱える「集客」「資金」の課題をテクノロジーで解決するソリューションを提供しています。最初はリピーターを増やすための集客とマーケティングのソリューションで事業を拡大し、その後、2020年よりバックオフィスの経理や税務のファイナンス業務を請け負う事業をスタートしました。
マーケティング、ファイナンスとも、多くのお客様にソリューションを提供しようとすると、テクノロジーの支えがなければ実現できません。当社はITを駆使した業務支援を行い、そこから得られたデータを活用して、中小の飲食事業者のDXを実現し、経営改善に結びつけることを目指しています。
というのも、規模が小さい飲食店が自力でDXを進めることは非常に難しく、外部の企業による支援が必要です。飲食店に対して、集客支援やネット広告の最適化など、個別のサービスを提供している事業者は多数存在しますが、マーケティングに加えて財務などのバックオフィスを含めてワンストップで経営改善につながる支援を丸ごと提供できることが当社の強みであり、お客様に対するアピールポイントです。
リディッシュ株式会社 代表取締役 松隈 剛 氏
大学卒業後、監査法人に入社し監査業務に従事。その後、税務事務所でM&Aを担当し、投資運用会社に移籍後はファンドマネージャーとして数千億円のファンドを運用する。2015年に「テクノロジーで、飲食店の場を豊かに」をミッションに掲げ、リディッシュを創業。
――一方、PwC Japanグループはグループ全体で、生成AIの顧客企業への導入に力を入れています。
川崎:はい。私と角谷は、共にPwC Japanグループの生成AIタスクフォースのメンバーです。また、私はPwC税理士法人の税理士でもあり、社内の「タックステクノロジー&トランスフォーメーション」という部門を担当しています。これは、従来マニュアル作業だった税務業務の世界をデジタル化し、効率化と付加価値向上を進めることをミッションにしています。
角谷:私たち2人は、監査法人やコンサルティングファームなど、PwC Japanグループ内の各法人からメンバーが抽出されたバーチャルな組織である生成AIタスクフォースにおいて、部門横断で生成AIのユースケースの開発に関与しています。
PwC税理士法人 パートナー 税務レポーティング・ストラテジー 川崎 陽子
税務コンサルティングおよび税務コンプライアンスサービスにおいて豊富な実務経験を持つ。また、タックステクノロジー&トランスフォーメーション部をリードし、税務業務の新しいテクノロジーを活用した変革に取り組んでいる。PwC英国 ロンドン事務所への出向経験も有する。
PwC税理士法人 シニアマネージャー 税務レポーティング・ストラテジー 角谷 亮太
生成AIタスクフォースにて、「特定ドメイン×生成AI」のソリューション開発や導入支援案件に従事。PwC税理士法人および関連法人におけるテクノロジーを活用した経理業務のDX案件も担当。画像解析や自然言語処理などの先端技術を会計税務業務に応用し、実証実験のみならず実用的な業務フローの構築、AIシステムの開発を得意分野とする。
――テクノロジーによる中小飲食店の支援を進めていたリディッシュと、AIのユースケースを探ってきたPwC Japanグループが出会ったことで生まれたのが、2024年2月に発表されたPOSデータ分析の生成AIサービス実証実験ということですね。
松隈:はい。当社は常に最新のテクノロジーを探索していますが、生成AIが登場したとき、「この技術は飲食業の店舗経営を変える力がある」と直感しました。そこで、早くから生成AI専門の組織を立ち上げ、AIに関して豊富な知見を有するPwC Japanグループにお声掛けして、協業が実現できたことには感謝しています。
川崎:私たちとしても、現場の経営課題を知り尽くし、解決に向けたアイデアを豊富に持っている松隈さん率いるリディッシュとご一緒できたことは、実践的な開発経験を持てた点で大変幸運なことでした。
松隈:当社は、クライアントである中小の飲食店の財務会計データだけでなく、POSデータをはじめとした非財務のデータも預かっています。そして、それらを統合して分析することで、経営改善につながるアドバイスを提供できる状況にあります。
ただ、その分析結果を店舗に提供するレポートの内容に、大きな課題がありました。店舗のオーナーは、「味とサービス」におけるプロフェッショナルで、その道を究めてきた人がほとんどです。いくら経営分析の結果をグラフなどでグラフィカルに見せたとしても、そこから何を得て、改善につなげられるかについては、難しい問題があります。この課題の解決に、生成AIが使えると考えました。
角谷:私たちも同じ課題感を持っていました。従来の経営分析のダッシュボードは、結局はクライアントに判断を委ねる形になっていました。そこに生成AIを投入して、グラフの解釈について日本語のコメントを自動的に付けられることに大きな可能性を感じました。
松隈:また、中小の飲食店は、こうしたサービスの利用に使える予算も限られています。従来、個別の診断レポートは当社の担当者による「手作り」のコンサルティングサービスが必要でした。そこを生成AIのサービスに置き換え、低価格でサービスを提供できることを目指しています。
――今回の実証実験では、店舗のPOSデータなどを分析したレポートを開発しました。リディッシュの発想に対して、PwC Japanグループではどのように応えたのですか。
角谷:リディッシュのコンセプトに沿い、企画段階からできる限り簡単に使えるインターフェースになるよう、開発を支援しました。
具体的には、お客様のスマートフォンで、メジャーなメッセージアプリの画面からワンタッチで、店舗の業務効率化支援のシステムと経営分析レポートの2つの機能にアクセスできるようにしました。忙しい店舗オペレーションの合間に、手軽に確認できることを特徴としています。
レポートの内容は、日々の売り上げ分析、商品別の売れ行きランキング、自店と競合店のSNSのレビューなどを並べ、それぞれに生成AIによるレビューを付けています。各画面は必要な情報に絞った上で、分かりやすく見せる工夫を随所に施しています。
松隈:当社はスタートアップなので開発リソースも足りないところが多いのですが、PwC Japanグループには文字通りの「伴走支援」をしていただきました。当社のリソース不足などの課題にも真摯に対応していただき、できること、できないことを示していただきました。結果的に、最初のバージョン(α版)としては、狙い通り、それ以上のものができたと感じています。これには感謝しかありません。
川崎:リディッシュのレポート画面では、飲食店オーナーの方々に分かりやすい内容がスマートフォンのコンパクトな画面にまとめられています。店舗の売り上げ状況や顧客満足度などの多種多様なデータのサマリーをスピーディーに把握できるレポート画面には、イラストも入れて親しみやすさを出しています。これは松隈さんからの提案によるもので、私たちはさすがと思うと同時に、インターフェースの重要性を再認識しました。
角谷:本当にそうですね。日々の開発では、どうしても目先の課題に集中してしまいがちなところ、このプロジェクトでは松隈さんのあるべき未来像からバックキャストした提案、発想に触れることができ、目からうろこが落ちる思いでした。
生成AIを活用した分析レポートサンプル(リディッシュ提供)
各種分析レポート画面の例。飲食店の経営者がスマートフォンで手軽に扱えるように、画面の要素を絞り込み、デザインも考慮した。生成AIによるコメントには人物キャラクターのイラストも添えて、親しみやすさを追求している
――この実証実験を今後、どのように発展させて本番のサービスにつなげていこうとしているのでしょうか。
松隈:今回のサービスで、中小の飲食店の方は今まで正確につかめていなかった“自店の実力”を知ることができると確信しています。
しかし、まだできること、サービスに加えられることはいくつもあります。例えば今回採り入れていない商圏の分析なども、次の段階では加えていきたいと思います。
角谷:同感です。今回、データをため込む基盤と、生成AIをサービスに溶け込ませる準備ができました。この2軸がそろったことで、リディッシュが目指している「バックオフィス業務のさらなる自動化と経営支援機能の強化」への第一歩が踏み出せたと思います。
松隈:データの蓄積によって私が期待しているのが、店舗の改善サイクルの高度化です。顧客ごとにデータを管理するダッシュボードによるアドバイスから、飲食店の経営を改善すると、その結果が経営の数字となって当社が管理するプラットフォームに反映されます。施策とその成果をリアルタイムに確認しながら、改善サイクルを回すことができる。これは、当社のようにワンストップで飲食店の経営データを預かっているからこそできる支援だと考えています。
そして、その先には飲食店以外の中小事業者への展開を計画しています。人手不足対策やバックオフィス業務の効率化など、飲食店と同じような課題を抱えている中小事業者は非常に多いので、このシステムの横展開ができると考えています。
角谷:生成AIの開発案件は、当初は社内向けのチャットボット構築が中心でした。今回のプロジェクトは、いよいよ経営改善支援のような専門性が高い分野に入り込んできた事例として、私たちとしても意義深いものでした。
川崎:生成AIが、実際の仕事の中で使えることは重要です。PwCはグローバルで、法律分野の生成AIを開発する米国のスタートアップ企業Harveyと提携しています。日本でも、そうした提携による技術や知見を、税務業務における生成AI活用の強化に生かしています。
角谷:今後さらにデータの質と量を高めていくことで、自動化の範囲を拡大することができます。究極的には、すべての作業はAIのレイヤーが受け持ち、クライアントは企業の中枢である意思決定や責任の部分に集中できるようになる。そういう未来を目指しています。
松隈:作業部分をAIが受け持つことで、顧問先との関係も変えていけると思います。私が目指しているのが、「CFO(最高財務責任者)の民主化」です。どんな会社でも、事業とお金は両輪で回していかなければいけません。事業に意識が集中しがちな中小の経営者に向けて、CFOの機能を果たせるサービスをテクノロジーの力で提供し、サポートしたい。それが私の描いている夢です。
川崎:生成AIの活用は、とっつきにくい財務データ周りの業務をかみ砕き、分かりやすく示すチャンスです。PwC Japanグループの生成AIタスクフォースでは、クライアントの経営支援のために、この技術をどう使えばいいか、様々なアイデアが生まれ、検討が始まっています。リディッシュと私たちの目指す方向は一緒なので、これからも互いの能力を持ち寄って価値の向上を図っていきたいと思います。
PwC Japanグループの「生成AI(Generative AI)コンサルティングサービス」では、生成AIを活用した事業化支援、生成AIの社内導入支援、生成AIに関するリスク管理支援の3つのサービスを提供している。企業はこれらのサービスを利用することで、迅速な導入判断とリスクマネジメントを同時に進めることができる。
※本稿は日経ビジネス電子版に2024年に掲載された記事を転載したものです。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
業務プロセスの改革を目指す大手商社の三菱商事株式会社とPwC Japanグループは、共同で生成AIを用いた財務経理領域の業務自動化の実証実験を行いました。専門的な知見とテクノロジーを掛け合わせ、実験を成功に導いたプロジェクトメンバーの声を聞きました。
飲食店の経営課題解決に特化したコンサルティングとソリューションを提供するリディッシュ株式会社と取り組んだ生成AIを活用した経営改善支援サービスについて、この実証実験プロジェクトを進めた両社の思いを聞きました。
建材事業を展開するLIXIL Housing Technologyが踏み切ったAIを活用した需要予測ソリューションへの転換について、同社の長嶋氏、金子氏と、PwCコンサルティング合同会社の新井、河野が振り返りました。
三菱マテリアル株式会社 DX推進部 データサイエンス室 室長の片倉賢治氏とPwCコンサルティング合同会社 三善心平がDX人材育成の重要性などについて議論しました。
生成AIの利用機会の増加に伴い実現可能なこと・不可能なことが明確になる中、実施困難なタスクや業務を解決するテクノロジーとしてAI Agentが注目を集めています。製薬企業において期待される活用事例と合わせ、AI Agentの特徴を解説します。
顧客とのロイヤルティを育むことは、組織に価値をもたらし、収益性を高めます。本稿では、PwCが実施した顧客ロイヤルティに関する調査からの洞察を紹介するとともに、日本企業が取るべき対応策を解説します。
市場環境やビジネス要求が絶え間なく変化するなか、企業が迅速な対応と高い柔軟性を獲得するには、DevOpsとデータ駆動型アプローチの融合が有効です。本レポートでは、国内外の成功事例を参照し、データ駆動型DevOpsを実現するための具体的なアプローチを紹介します。
PwCコンサルティング合同会社、PwC Japan有限責任監査法人、PwCアドバイザリー合同会社、PwC税理士法人は、長野県南佐久郡小海町と、「憩うまちこうみ事業」とそれに付随するまちづくり事業を協働により推進することについて協定を締結しました。
PwCコンサルティング合同会社は3月10日(月)より、表題のセミナーをオンデマンド配信します。セミナーの最後に無償トライアルのご案内があります。
PwCコンサルティング合同会社は、5月20日(月)より、表題のセミナーをオンデマンド配信します。
PwCビジネスアシュアランス合同会社はTMIプライバシー&セキュリティコンサルティング株式会社とともに表題のオンラインセミナーを開催し、2022年5月27日(金)よりオンデマンド配信します。