小売業を変える先端リアル店舗技術とアナリティクス高度化

2021-04-21

小売業は、その事業形態を従来から大きく変化・拡張させています。究極の利便性(オンライン注文、レジ無し決済、ドローン宅配など)を追い求めるのと同時に、提案型営業や体験型店舗、エンターテイメント型(リテールテインメント)といった新たな業態へと領域を広げていっています。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックが顧客行動に変化をもたらしたことも相まって、リアル店舗の在り方が大きく変化しています。リアル店舗で活用される最新技術を紹介すると共に、そこから新たに得られる各種データを事業生産性向上につなげるためのアイデアを提示します。

1.リアル店舗の現状と課題

オンラインショップで注文し、自宅などへ配送してもらう――。インターネットが普及した昨今、こうした購買形態が広く定着・一般化しています。これに伴い、必要なものを自ら買う(プル型)という場面において、リアル店舗は従来ほどの必然性を失いつつあります。オンラインショッピングの利便性が継続的に向上していくと、自ら出向いて必要なモノを探さなければならないリアル店舗の利便性は相対的に低下すると考えられるからです。こうした中でもリアル店舗の必然性を担保していくには、「新しい価値の提供」(ポジティブ要素の付加)および「従来型オペレーションの改善」(ネガティブ要素の除去)という両者からの多面的な施策実施が急務となります。

こうした状況から、リアル店舗においては、単に「モノを売る」というだけではなく、提案型品揃え(新しい発見・驚きの提供)や、コーディネーション(アイデア、センス、文化的・知的文脈の提供)といった「発見」や「気付き」という「コトを売る」かたち(プッシュ型)へのシフトが求められてきています。これを実現するためには、商品開発・開拓能力、文化知識などがスキルとして必要とされるようになります。

他方、従来のレコメンドにも改善が求められます。性別や年齢をもとにした売れ筋の分析により、個客に対する高度なパーソナライズを実現しているとしても、顧客の慣れにより新しい発見・驚きの提供が伴わなくなっているリアル店舗は少なくありません。提供価値の低下を防ぎ、従来の枠を超えるコトの提供を実現するためには、新種のデータおよびインサイトの獲得がカギとなっていくでしょう。

2.新しい価値の提供に向けた技術

ここからは、リアル店舗の必然性を担保していく上で重要な「新しい価値の提供」(ポジティブ要素の付加)および「従来型オペレーションの改善」(ネガティブ要素の除去)の両面から、小売業が検討すべき具体的な施策を見ていきましょう。まずは、リアル店舗を強力なコミュニケーションメディアとして活用し、新しい価値を提供(ポジティブ要素を付加)するための「攻め」の技術を紹介します。代表例として、以下のようなものがあります。

AR試着

衣類やアクセサリーなどを、実際に着用せずとも着用状態をバーチャルな映像空間で確認できる技術です。通常の試着よりも格段に高い自由度で、かつ簡単に手早く行うことができるため、試着の実施数は飛躍的に増加します。高度な拡張現実(AR)を試着に応用したリテールテインメントの提供は、従来の店舗やオンライン店舗には無い、新しい気付きや驚きの提供という高い付加価値をもたらし得ます。

AI接客

人工知能(AI)搭載のロボットやディスプレイが顧客に対応し、レコメンド商品の提示や店舗案内を行う技術です。この技術のメリットは、接客に掛かる人員コストの削減だけではありません。購買データの分析あるいは会話音声のテキストデータ化とテキスト分析をAIが行うことで、そこから導き出された、顧客自身も気付かない需要=潜在ニーズのマイニングが可能となります。潜在ニーズへ向けた提案により、従来型の店舗にはない新たな「提案型品揃え」体験を提供することが可能となると考えられます。

こうした技術は、顧客に新たな体験という価値を提供します。他方、企業には新種かつ大量のデータをもたらします。従来は取得し得なかった顧客の潜在ニーズに関するデータを分析し、売り場設計や商品のラインアップに活用することで、リアル店舗の必然性は大いに高まることが予想されます。

3.従来型オペレーションの改善に向けた技術

次に、リアル店舗における「従来型オペレーションの改善」(ネガティブ要素の除去)を実現する「守り」の技術を紹介します。近年注目されるものとして、以下が挙げられます。

無人レジ

画像認識やICタグを用いて商品読み取りを自動化し、レジのプロセス自体を無くす技術です。「レジ待ちストレス」という、顧客にとっての大きなネガティブ要素を直接的に取り除くことができると考えられます。また、レジ打ちの作業工数削減・人員リソース削減も可能になります。

スマートシェルフ

商品に電子タグを付与することで、陳列棚の状態をリアルタイムに把握できるようにする技術です。棚上の品切れ発生を減少させることができるため、顧客ロイヤルティやブランド力の維持・向上に直結します。また、無人レジ同様、欠品状態の確認や棚卸といった作業の工数削減も可能になり、事業収益性の向上に寄与することが期待できます。

AIカメラによる人流最適化

撮影により店内の人の流れ(=動線)をデータ化し、実験計画法に基づいて検証を行いながら、店内の人流を最適化していく技術です。実績からの検証データを用いて分析を行うことで、より効率的に、あるべき店舗レイアウトへとたどり着くことを実現し得ます。無駄な移動を要さない店舗レイアウトにより、顧客がスムーズに買い物をできるようになり、ブランド力向上にもつながると期待されます。

こうした技術も、顧客にまつわるネガティブ要素を除去するのと同時に、今までに無かった新種のデータを大量に企業へともたらします。データを活用し、可能な限り最適化を進めることで、コスト削減・効率化、事業の競争力と顧客ロイヤルティ維持につながると考えられます。また、労働人口減少による人手不足への対応、コロナ禍における人間同士の接触の最小化、食品ロス削減をはじめとするSDGs、ESG(環境、社会、ガバナンス)への対応など、昨今の社会情勢に鑑みても、その必要性は今後、さらに高まっていくものと推察されます。

図表1: リアル店舗で用いられる先端技術の種類と概要

4.先端リアル店舗技術の導入とアナリティクス高度化で実現できること

デジタル化が加速し、顧客のニーズが変化する時代において、顧客の期待に応え、企業の収益を維持・拡大するためには、オンライン店舗とリアル店舗の両方に、これまで見てきたような先端技術を段階的・継続的に導入していく必要があると言えるでしょう。

競争力維持・事業拡大の上では、特に「非計画購買」へつながるような魅力的な提案、ブランドアピールを行えるかがポイントになります。しかし、そのための有効なデータを取得するには、オンライン店舗だけでは十分とは言えません。リアル店舗は、オンライン店舗(=限られた画面スペース内での平面表現)とは比較にならないほどの高いマルチメディア性、強力なプレゼンテーション力を持ちます。この能力を最大限に生かし、新技術の導入をとおしてユーザーとインタラクティブなやり取りを行い、新種のデータを取得していくことが期待されます(図表2)。売上の主戦場はオンライン店舗だとしても、有効なデータ取得の場、実験試行の場として、リアル店舗を上手く使う必要があります。

図表2: 新サービスの投入と新種データ&インサイト取得の循環

では企業は、先端技術で獲得した新規データをいかに活用すべきでしょうか。最後に、データアナリティクスの高度化の例を示します。

例1:個客分析・レコメンデーションの高度化

AR試着・AI接客など、実際の購買データだけではなく、大量の履歴データも用いてユーザーのクラスタリングを精緻化します。従来の購買データ(最終結果)のみを用いたクラスタリングではなく、過程(試着などのトライアル)のデータも含むため、より確かなクラスタリングとすることができます。

同じクラスターに属するユーザーのうち、同タイプのユーザーの多くが好むものの、対象ユーザーにおいてまだ試していないものがあった場合は、これを潜在需要の「気付き」としてレコメンドします。従来よりも格段に広い視野・スコープからの、かつデータに基づく提案となるため、ユーザーにとって新鮮な「発見」を伴う体験を提供し得る、高いポテンシャルを持つと考えられます。また、データ分析のみに終始せず、データ分析から得られたインサイトと文化的知識の掛け合わせによる施策検討が、大きな効果を生み出すこととなるでしょう。

例2:需要把握および需要予測の高度化

B to Cである小売業は、B to Bほど受注データが残らないため、「実績販売数」が必ずしも「需要数」を表すわけではないという問題を本質的に抱えています。スマートシェルフなどの技術導入によって品切れを低減することで、従来は「実績販売数<需要数」だったものが、「実績販売数≒需要数」へと格段に近付いていくことが期待されます。これにより、より確かな実績データによる高精度な需要数予測算出が可能となり、「実績販売数=需要数」を実現し得るという好循環を生み出すことができると考えられます。

また、実験計画のアプローチを導入すれば、需要実態把握のための効率的なデータ取得施策プラン=バリエーションが導かれます。複数の店舗レイアウト(=実験計画の施策)を実施し、揺さぶりをかけることによって、より確かな需要把握をすることが可能となります。これは特に主力品以外の商材の需要を把握する上で、有効な手段となります。

以上、先端リアル店舗技術と、それらのアナリティクスへの活用例を見てきました。こうした技術は特に、小売業で困難と思われがちな的確な需要予測の精度を飛躍的に高める可能性を秘めています。顧客は、新鮮な驚きや感動(コト)と共に、欲しいモノを確実に購入できる。企業は、需要実態を把握(実験計画)し、高度な需要予測を行い、売り場を最適化することで、ますます顧客から求められる売り場を実現する――。こうしたwin-winな関係性がが、リアル店舗のみならず、小売業全体の可能性を高めていくものと考えます。

執筆者

河野 芳明

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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近藤 幹也

アソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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