地方公共団体の『デジタル広域連合』の可能性を考える

  • 2024-09-30

2040年問題がもたらす自治体行政への影響

2040年問題は、自治体行政分野においても避けては通れないものです。
自治体では労働人口不足を見据えた職員体制の整備や人口構造変化による財政悪化などが課題となることが推測されます。
自治体職員の数は減少しており、総務省によると2023年の総職員数は約280万人で、ピークだった1994年と比較して約48万人減少しています(図表2)。さらに、職員数の多い団塊ジュニア世代が2030年代に退職期を迎えるため、今後も職員数の減少は続くと想定されます。

また、人口減少や人口構造変化がもたらす世帯所得の減少によって、住民税などの地方税収の減少も見込まれます。一般財団法人自治総合センターの試算によると、人口と年齢別人口割合のみを変数とし、それ以外の条件を不変と仮定した場合に、2040年の地方税総額は2015年から24.7%の減少が見込まれます(図表3)。一方で、高齢化により社会保障費は増加することが想定されるため、財政負担は大きくならざるを得ません。

このように、人的資源と財政的資源の双方の不足が見込まれる状況は、自治体にとって大きな課題といえます。

2040年問題に対する国の方針

これらの課題を解決する切り札として、自治体戦略2040構想研究会が2018年7月に公表した今後の自治体行政の基本方針の1つに、「スマート自治体への転換」があります。スマート自治体とは、システムやAI等の技術を駆使して、効果的・効率的に行政サービスを提供する自治体を意味します(図表4)。

自治体行政の標準化・共通化に関しては、2021年9月1日に「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律」が施行され、標準化対象20事務について標準化基準に適合した情報システム(標準準拠システム)を利用することが義務付けられました。原則、標準化対象20事務はどの自治体でも同じ事務作業となります。つまり、標準化対象20事務では自治体間での差別化要素がなくなり、従来のように自治体単体の縦割り世界の中で、この業務/あの業務をどうするかと考える必要がなくなります。

また、AIなどの先進技術を効果的に活用することで、自治体業務の改革が実現する可能性が大いにあります。自動化可能な事務作業をAIで自動処理することによって、従来よりも少ない労働力で既存業務を遂行できるだけではなく、数値予測やニーズ予測などAI技術の得意分野を上手く活用することで、住民サービスの向上にもつながります(図表5)。

一方で、AIのような特に専門性の高い分野に関しては、先行事例、専門人材、予算が不足していることが課題です。総務省による全都道府県・市区町村を対象とした「地方自治体におけるAI・RPAの実証実験・導入状況等調査」(2018年11月)の結果によると、AI・RPAの導入に向けた課題として、「どのような業務や分野で活用できるかが不明」、「導入効果が不明」、「参考となる導入事例が少ない」、「取り組むための人材がいない/不足」、「取り組むためのコストが高額であり、予算を獲得するのが難しい」と回答した団体が多数いました。

前述の通り、人口構造の変化によって人的不足や財政負担の増加が見込まれることを踏まえると、スマート自治体への転換においても、自治体の負担を最小限に抑えながら進めていく必要があります。

ここまでで、2040年問題に起因する自治体行政の課題と、国が提示する基本方針を述べてきました。自治体は、図表6にまとめた3つの課題に向き合い、乗り越えていく必要があります。

PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)は、これらの課題を乗り越えて行政サービスのイノベーションを実現するためには、地域での連携とデジタル活用が不可欠であると考えます。
以降では、2040年問題に対処するための、地域での連携方法とデジタル技術の最適活用についての施策を検討し、その可能性を探っていきます。

『デジタル広域連合』の可能性を探る

PwCコンサルティングは、自治体の『デジタル広域連合』を進めることで、自治体行政が直面する2040年問題に起因する課題をより効率よく解決し、総務省が目指す「スマート自治体への転換」にもつなげられるのではないかと考えます。
現在、各アジェンダに対する政策戦略~運用までは、基本的には個別自治体ごとの縦割り型の組織運営で行われています。一方で、PwCコンサルティングが考える『デジタル広域連合』は、デジタル技術の最適活用で物理的な距離に左右されず、アジェンダベースで複数の自治体や地域、産官学の垣根を越えた多様なステークホルダーが集まり、新たな価値を創造するための政策戦略~運用まで一体型の組織運営を行います(図表7)。この先、『デジタル広域連合』により、従来のステークホルダーの関係性が大きく変化することが想像され、行政サービスの高度化/多様化や住民のQOLおよび満足度の向上など社会実装のイノベーションにつながることが予想されます。

また、『デジタル広域連合』は、図表8に挙げたような多様な価値をもたらすことができるものと考えます。

なお、『デジタル広域連合』が取り扱うことが望ましい主なアジェンダは図表9の通りです。それぞれの根拠となる背景や効果などの詳細を解説します。
ただし、『デジタル広域連合』が扱うアジェンダは本コラムで取り上げるものにとどまりません。自治体が抱える喫緊のアジェンダが新たに生まれ、アジェンダの解決を図るための新たなつながり(=デジタル広域連合)が生まれるという繰り返しによって地域の課題解決がさらに進んでいくことが期待されます。

1.標準化対象となる基幹業務に関する事務処理の集約/実行

今後、地方税収の増加が見込めない状況において、全ての自治体が全ての部門で十分な人材を確保する必要はありません。代わりに、地域振興において共通の特性を持つ自治体の行政事務を一箇所に集約し、自治体からの派遣や外部委託によって集まった限られた人材を有効に活用することが重要です。これにより業務の効率化とコスト削減を実現し、より効果的な行政運営を目指します。

2.自治体の業務を支えるシステムの共同調達/運用

自治体の行政を支えるシステム構築/保守を共同運用します。
自治体目線では、共同運用する自治体が増えることによる割り勘効果でコスト削減を享受し、『規模の経済』が作用します。また、これまで予算などの関係で新たなシステム投資や運用をあきらめていた自治体は、共同運用による共同負担で実現できる可能性が高まります。他自治体が利用している有効なシステムがあった場合、自前で用意する必要もなくなり、システム選択は各自治体に任せてシステムの即時利用が可能となり、自治体間での相互扶助につながります。
さらに、“一人情シス”のため従来は委託事業者に丸投げせざるを得なかったものが、共同利用で『規模の経済』が作用し、委託事業者のロックイン解消やデジタル人材不足解消にもつながると考えられます。

次に、システムを構築/運用するベンダー目線では、共同運用によって別のベンダーが開発している同規模の自治体システムの利用料や運用/保守サービスの質、同じ自治体内の別の業務システムの利用料や運用/保守サービスの質が可視化され、比較可能になります。
ベンダーごとの業務システムの利用料や運用/保守サービスの質を横並びで比較することができると、「コスト削減」「運用/保守サービスの質」に関する継続的な改善を図れていないベンダーが明らかになり、別のベンダーへの切り替えが起きることが予想されます。競争原理が作用し、新たなサービスが創出される土壌が整い、場合によっては自治体マーケットからの撤退を余儀なくされるベンダーがでてくることも推測されます。

3.地域の特色を活かす多様なデジタル施策の検討、実行

住民基本台帳や税務など、創意工夫の余地が比較的小さく、標準化等の必要性が高い20事務については、前述の通り、現在自治体全体で業務・システムの標準化が行われています。
一方で、地方公共団体が創意工夫を発揮することが期待される事務では、各自治体が独自にデジタル施策を生み出し、実行することが求められます。
『デジタル広域連合』の枠組み内で、似たような課題を抱える地域が連携し、地域の特色を活かしたデジタル施策を検討・実行することで、多様な取り組みが生まれるでしょう。また、自治体間で他団体の取り組みを評価し、さらなる実践につなげることが進めば、地域にとって最適な取り組みの価値判断がより民主的に行われることになり、地方自治の意義が一層高まると言えるでしょう。

4.都道府県/市町村、産官学の垣根を越えた、専門人材の育成/共同活用

最後のアジェンダは、地域に必要となる専門人材の育成と共同活用です。
『デジタル広域連合』が人材確保に課題を持つ地域の金融機関等の民間企業、地場ベンダー、他都道府県/市町村、教育機関(大学、高専、専門学校など)と連携し、専門人材育成のコンソーシアムを立ち上げ、地域における専門人材の育成の包括的な支援を担います。国(文部科学省/経済産業省/デジタル庁など)にはコンソーシアム形成に係る財政的支援という形での関わりを期待します。
育成された専門人材は、都道府県や市町村、産官学の枠を越えて柔軟に活用されることを目指します。デジタルマーケットプレイス(行政機関がオンライン上でITサービスやソリューションを迅速かつ高い透明性をもって調達できるよう支援する仕組み)のように、専門人材を一覧化し、各自治体が必要とする専門性に応じて人材を調達できる仕組みを導入することで、専門人材不足の解消を図り、ノウハウや成功事例を持つ都市が他を牽引しながら、広域的・一体的にデジタル化を進めることが期待されます。

以上、自治体行政事務およびそれを支えるデジタルの集約化『デジタル広域連合』について見てきました。アジェンダを同じくする地域が連合体となって取り組むことで、地域に根差し、地域の良さを打ち出した差別化戦略/機能を発信しやすくなると考えます。

自治体行政に係る2040年問題に向き合い解決策を考える契機となることを願って

最後に、本コラムの内容を振り返ります。
『デジタル広域連合』においては、デジタル技術の最適活用で物理的な距離に左右されず、アジェンダベースで多様なステークホルダーが集まり、共通のゴールに向かって政策戦略~運用まで一体型組織運営を進めることで、自治体行政が直面する2040年問題に起因する課題をより効率よく解決できるのではないかと考えました。また、従来のステークホルダーの関係性が大きく変化することが想像され、行政サービスの高度化/多様化や住民のQOLおよび満足度の向上など社会実装のイノベーションにつながる起爆剤となることも期待されます。
また、『デジタル広域連合』が取り扱うアジェンダとして、①標準化対象となる基幹業務に関する事務処理の集約と実行、②自治体の業務を支えるシステムの共同調達・運用の推進、③地域の特色を活かした多様なデジタル施策の検討・実行、④都道府県や市町村、さらに産官学の枠を越えた専門人材の育成と共同活用、の4つに言及しました。
『デジタル広域連合』に参画する自治体のメリットとしては、人的・財政的資源の削減が挙げられ、攻めの分野である自治体の創意工夫による行政サービスへの資源投資が可能となります。さらに、専門人材の不足が解消されることで、デジタル化が促進され、地方自治および地域活性化が一層進むことが期待されます。

以上、『デジタル広域連合』の可能性を考えてきました。本コラムが読者の皆さまにとって、自治体行政分野の2040年問題に向き合い、解決策を考える契機となることを願っています。

参考文献

総務省, 2019年5月.『地方自治体における業務プロセス・システムの標準化及びAI・ロボティクスの活用に関する研究会報告書』
https://www.soumu.go.jp/main_content/000624721.pdf

総務省, 2022年3月.『デジタル時代の地方自治のあり方に関する研究会 報告書』
https://www.soumu.go.jp/main_content/000804801.pdf

総務省,『自治体戦略2040構想研究会 第一次・第二次報告の概要』
https://www.soumu.go.jp/main_content/000562116.pdf

総務省,『地方公共団体の職員数の推移』
https://www.soumu.go.jp/main_content/000608426.pdf

総務省,『令和2年国勢調査』(2024/8/26閲覧)
https://www.stat.go.jp/data/kokusei/2020/kekka.html

デジタル庁, 2023年9月.『地方公共団体情報システム標準化基本方針』
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/c58162cb-92e5-4a43-

東京市町村自治調査会, 2019年4月.『基礎自治体におけるAI・RPA 活用に関する調査研究報告書』
https://www.tama-100.or.jp/contents_detail.php?co=new&frmId=816

一般財団法人自治総合センター, 2020年3月.『地方分権時代にふさわしい地方税制のあり方に関する調査研究会報告書』
https://www.jichi-sogo.jp/wp/wp-content/uploads/2020/04/R1-03-1-zei.pdf

国立社会保障・人口問題研究所,『日本の将来推計人口(令和5年推計)』(2024/8/26閲覧)
https://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2023/pp_zenkoku2023.asp

執筆者

林 泰弘

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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宮本 直起

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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日野 綾香

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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