
各国サイバーセキュリティ法令・政策動向シリーズ(5)ブラジル
各国サイバーセキュリティ法令・政策動向シリーズの第5回目として、ブラジルのデジタル戦略と組織体制、セキュリティにかかわる政策や法令とその動向などについて最新情報を解説します。
現在、全国の自治体において、大規模なクラウド移行が進んでいます。具体的には、まず2021年9月1日に「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律」が施行されました。この中で、全国の自治体は、標準化対象20事務 について標準化基準に適合した情報システム(標準準拠システム)を利用することが義務付けられました。また、2022年6月7日に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」を受け、全国の自治体はガバメントクラウドを活用した標準準拠システムへ円滑かつ安全に移行できる環境を原則2025年度末までに整備するよう、さまざまな取り組みを進めています。
自治体に限った話ではありませんが、組織におけるクラウド移行の様子は“クラウドジャーニー”と表現されます。クラウドへの移行、そしてその後の利活用の様子は、まさに“ジャーニー=旅”という表現が適しています。皆さんがプライベートで“旅”をするときには、以下のような事柄を考え、旅の計画を立てているかと思います。
スケジュールや予算といった制約事項との折り合いをつけつつ、さまざまな情報を収集し、最終的には「行ってよかった」「楽しかった」など、ポジティブな気持ちで旅を終えられるようにするために計画を立て、準備をしているかと思います。
“クラウドジャーニー”においても、こうした計画や準備が重要であることは変わりません。そして、皆さんがプライベートで行う旅と同じく、“クラウドジャーニー”も振り返った時に、「やってよかった」とポジティブな気持ちになれることが何よりも重要なことだと考えます。
PwCコンサルティングは、さまざまな自治体のクライアントのクラウド移行を支援しています。そして、ガバメントクラウドへの移行という“クラウドジャーニー”の中で、自治体の皆さまがさまざまな課題や悩みを抱えている現状を目にしています。
その中で感じるのは、ガバメントクラウド移行という“クラウドジャーニー”を振り返ったときに、「自治体の皆さまは『やってよかった』と感じることができるのだろうか」という疑問です。
PwCコンサルティングは、私たちがこれまで見聞きしてきたガバメントクラウド移行に関する現状や課題を整理し、“自治体のクラウドジャーニー”の進め方を考察しました。この考察を通じて、国、自治体、事業者、そして最終的な受益者である国民も含めて、この国家的な“クラウドジャーニー”を「やってよかった」と思えるようにするための方策を発信したいと思います。
本コラムは、全5回の連載を予定しています。連載では、現在自治体で進んでいる「システム標準化」と「ガバメントクラウド移行」の2つのうち、特に後者の「ガバメントクラウド移行」にスポットライトを当てて考察していきたいと思います。対象読者としては、主にガバメントクラウド移行に関わる自治体職員を想定しています。本コラムが読者の皆さまにとって、“クラウドジャーニーの羅針盤”となることを願っています。
なお、本コラムは2024年3月31日時点の情報に基づいて執筆しています。
ここからは、クラウド利用は従来のオンプレミスと一般的に何が異なるのか、またどのようなメリットを享受することができるのかを解説します。また、クラウドの一般的なメリットも踏まえて、国がガバメントクラウドの環境整備を決断するに至った理由やその経緯を公開済みの資料をもとに整理し、ガバメントクラウド移行による真の狙いに迫っていきます。
まず一般的なオンプレミスとクラウドの違いについて、確認していきましょう。主要なクラウドサービス事業者が述べている内容などを踏まえると、オンプレミスとクラウドの違いは以下の5つの観点に整理できます。
オンプレミスは「所有」するものであるのに対して、クラウドは「利用」するものです。この根本的な違いが、「設計・構築」「運用・保守」「データの可視化」「コスト構造」といった違いを生み出しています。
そして、こうした違いからクラウドならではのメリットを見出すことができます。「初期コスト不要で即座に利用可能」「需要に応じた効率的なシステムリソースを利用可能」「予算や人的リソースを創造的業務にシフト可能」などの特徴が挙げられ、大別すると以下の5つのメリットを利用者は享受できるものと考えられます。
こうしたオンプレミスとクラウドの違いやクラウドならではのメリットを、これまで行政機関はどのように取り入れてきたのでしょうか。公表されている資料からこれまでの歴史を振り返ります。
国の政策として、クラウド活用が明確に謳われたのは2017年のことです。
2017年5月に閣議決定された「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」と、高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部・官民データ活用推進戦略会議において決定された「デジタル・ガバメント推進方針」において、施策の1つとして示されたのが「クラウド・バイ・デフォルト原則」です。翌2018年6月には「政府情報システムにおけるクラウドサービスの利用に係る基本方針」が各府省情報化統括責任者(CIO)連絡会議で決定され、「まずはクラウドの利用を検討する(クラウドファースト)」方針が掲げられました。
この基本方針に基づき、各府省が管轄する複数のシステムがクラウドに移行されました。しかしながら、この取り組みによりクラウド移行した全てのシステムが、先に述べたクラウドのメリットを正しく享受できたわけではなかったようです。
「政府情報システムにおけるクラウドサービスの利用に係る基本方針」は、2022年9月30日に「政府情報システムにおけるクラウドサービスの適切な利用に係る基本方針」にタイトルを改め、抜本的に改定されました。その中で国は以下のように述べています。
「旧方針に基づいて多くの政府情報システムがクラウドに移行されたが、一方でクラウドへの移行そのものが目的化されてしまい、必ずしもクラウドサービスの利用メリットを十分に享受できていないといった例も散見された」
このような反省も踏まえて抜本的に改定された「政府情報システムにおけるクラウドサービスの適切な利用に係る基本方針」では、「まずはクラウドの利用を検討する(クラウドファースト)」から「クラウドを賢く適切に利用する(クラウドスマート)」への転換が図られました。
従来のオンプレミスの考えのままクラウドを利用するのではなく、「マネージドサービス活用」「IaC化」「モダンアプリケーション」「可視化」などのクラウドならではの考え方に基づき、クラウドを“スマートに利用する”ことで、クラウドが本来持つメリットを各システムが正しく享受できるようにすることが狙いとなっています。そして、クラウドスマートを実装する基盤として、ガバメントクラウドが誕生するに至りました。
「クラウドスマート」を目指して誕生したガバメントクラウドは、「デジタル社会の実現に向けた重点計画」などの政府方針に基づき、「政府情報システムにおけるクラウドサービスの適切な利用に係る基本方針」を踏まえて構築する利用システムに対し、デジタル庁が提供する複数のクラウドサービスの利用環境になります。
国が進める「クラウドスマート」の流れを受け、自治体情報システムもガバメントクラウドの活用を基本とし、標準化対象20事務に関する運用コストの3割削減(2018年度比)の達成を目標に掲げ、“自治体のクラウドジャーニー”がスタートしました。
国の資料などを読み解くと、標準化・共通化とそれによる運用コストの3割削減は最終目的地ではなく、単なる通過点であるということが見て取れます。デジタル庁は標準化・共通化の先に「公共サービスメッシュ」の実現を見据えています。標準化対象20事務に関する情報システムが標準化・共通化されることで、そこで扱うデータが標準化されます。これによりガバメントクラウドという共通基盤上で官民データの連携・融合が容易となり、新たな行政・民間サービスが生まれる世界の実現、ひいては国民の享受するサービスの質の向上につなげていくというのが、ガバメントクラウド移行による真の狙いであると読み取れます。
ここまで行政機関におけるクラウド活用の歴史と、ガバメントクラウド移行の真の狙いに触れてきました。ここからは、現時点の“自治体のクラウドジャーニー”の現状を見ていきたいと思います。
デジタル庁は2023年12月に「ガバメントクラウド先行事業(基幹業務システム)における投資対効果の検証結果【追加報告】」を公開しました。2025年度末までのガバメントクラウド移行に先立ち、デジタル庁はクラウド移行による費用対効果を明らかにすることを目的として、先行事業による検証を実施しています。この先行事業には複数の自治体が応募、採択されており、これらの自治体は基幹業務システムを他の自治体よりも先行し、ガバメントクラウドに移行しています。今回公表された資料は、この中間報告としての位置づけになります。
この資料によると、先行事業を実施した8団体のうち、6団体で5年間のTCO(Total Cost of Ownership)が増加したという結果になっています。8団体がガバメントクラウドに移行した際の5年間の総額は、約58億円と見込まれています。現行のシステムを継続し、機器を更改した場合の8団体の5年間の総額は約53億円と見込まれており、先行事業実施団体全体でガバメントクラウド移行により約10%費用が増加してしまうという結果になっています。
多くの団体は、ガバメントクラウドへの単純移行に留まっており、クラウド特有のマネージドサービスを活かしたアプリケーションのモダン化によるコスト削減といった「クラウドスマート」まで踏み込めていないことが明らかになっています。また、技術者不足や開発費用の転嫁、二重運用などの要素もコスト削減を妨げる要素として挙げられています。
この状況を見ると、クラウドを活用することで得られるコストメリットが、本来あるべき形で現れていないように見て取れます。“自治体のクラウドジャーニー”の本来の理想像からすると、まだまだ初期の段階に留まっている状況といえます。
公開された資料によれば、先に述べた要因がコスト削減を妨げている要素であると考えられますが、なぜそれらの要素が発生してしまっているのでしょうか。
こうした要素を生み出してしまう原因はどこにあるのでしょうか。ガバメントクラウド特有の条件、制約などはないでしょうか。“クラウドジャーニーの歩み方”そのものに一般企業の“クラウドジャーニー”と異なる部分があるのでしょうか。
PwCコンサルティングは自治体の実体験やさまざまな業界でのクラウド移行の知見なども踏まえ、より一歩踏み込んで、この問題を考察していきたいと考えています。
“自治体のクラウドジャーニー”と“一般的なクラウドジャーニー”の違いを明らかにするべく、次回は、自治体と同様に日本全国に窓口が存在し、情報システムにおいて高いレベルのセキュリティやガバナンスを必要とし、システムとしても非常に高い可用性や信頼性などを求められている金融機関におけるクラウド利用の現状や課題を読み解きながら、“自治体のクラウドジャーニー”との違いを考察していきます。
デジタル庁,デジタル社会の実現に向けた重点計画
https://www.digital.go.jp/policies/priority-policy-program/
デジタル庁,「政府情報システムにおけるクラウドサービスの適切な利用に係る基本方針」の改定についてhttps://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/d2a406cb-a8be-472c-8422-eefa6b39a13e/36df3fac/20220524_policies_development_management_policy_revision_02.pdf
デジタル庁,政府情報システムにおけるクラウドサービスの適切な利用に係る基本方針https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/35d67755-c4ca-4534-94f1-b3c0b51a46fa/4de7c084/20230726_policies_development_management_outline_02.pdf
デジタル庁,地方自治体によるガバメントクラウドの活用についてhttps://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/c58162cb-92e5-4a43-9ad5-095b7c45100c/20211224_local_governments_02.pdf
https://cio.go.jp/sites/default/files/uploads/documents/Gov-cloud_byLocalgoverments_r24.pdf
デジタル庁,地方公共団体情報システム標準化基本方針https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/c58162cb-92e5-4a43-9ad5-095b7c45100c/f6ea9ca6/20230908_policies_local_governments_outline_03.pdf
デジタル庁,ガバメントクラウド先行事業(基幹業務システム)における投資対効果の検証結果【追加報告】https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/information/field_ref_resources/8c953d48-271d-467e-8e4c-f7baa8ec018b/5230aa17/20231222_news_local_governments_outline_03.pdf
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