自治体のクラウドジャーニー成功に向けて今なすべきこと

第1回:旅路の始まり

  • 2024-05-13

ガバメントクラウド移行の真の狙いとは

ここからは、クラウド利用は従来のオンプレミスと一般的に何が異なるのか、またどのようなメリットを享受することができるのかを解説します。また、クラウドの一般的なメリットも踏まえて、国がガバメントクラウドの環境整備を決断するに至った理由やその経緯を公開済みの資料をもとに整理し、ガバメントクラウド移行による真の狙いに迫っていきます。

まず一般的なオンプレミスとクラウドの違いについて、確認していきましょう。主要なクラウドサービス事業者が述べている内容などを踏まえると、オンプレミスとクラウドの違いは以下の5つの観点に整理できます。

図1 オンプレミスとクラウドの考え方の違い

オンプレミスは「所有」するものであるのに対して、クラウドは「利用」するものです。この根本的な違いが、「設計・構築」「運用・保守」「データの可視化」「コスト構造」といった違いを生み出しています。

そして、こうした違いからクラウドならではのメリットを見出すことができます。「初期コスト不要で即座に利用可能」「需要に応じた効率的なシステムリソースを利用可能」「予算や人的リソースを創造的業務にシフト可能」などの特徴が挙げられ、大別すると以下の5つのメリットを利用者は享受できるものと考えられます。

図2 クラウドを利用するメリット

こうしたオンプレミスとクラウドの違いやクラウドならではのメリットを、これまで行政機関はどのように取り入れてきたのでしょうか。公表されている資料からこれまでの歴史を振り返ります。

国の政策として、クラウド活用が明確に謳われたのは2017年のことです。
2017年5月に閣議決定された「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」と、高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部・官民データ活用推進戦略会議において決定された「デジタル・ガバメント推進方針」において、施策の1つとして示されたのが「クラウド・バイ・デフォルト原則」です。翌2018年6月には「政府情報システムにおけるクラウドサービスの利用に係る基本方針」が各府省情報化統括責任者(CIO)連絡会議で決定され、「まずはクラウドの利用を検討する(クラウドファースト)」方針が掲げられました。

この基本方針に基づき、各府省が管轄する複数のシステムがクラウドに移行されました。しかしながら、この取り組みによりクラウド移行した全てのシステムが、先に述べたクラウドのメリットを正しく享受できたわけではなかったようです。

「政府情報システムにおけるクラウドサービスの利用に係る基本方針」は、2022年9月30日に「政府情報システムにおけるクラウドサービスの適切な利用に係る基本方針」にタイトルを改め、抜本的に改定されました。その中で国は以下のように述べています。
「旧方針に基づいて多くの政府情報システムがクラウドに移行されたが、一方でクラウドへの移行そのものが目的化されてしまい、必ずしもクラウドサービスの利用メリットを十分に享受できていないといった例も散見された」

このような反省も踏まえて抜本的に改定された「政府情報システムにおけるクラウドサービスの適切な利用に係る基本方針」では、「まずはクラウドの利用を検討する(クラウドファースト)」から「クラウドを賢く適切に利用する(クラウドスマート)」への転換が図られました。

従来のオンプレミスの考えのままクラウドを利用するのではなく、「マネージドサービス活用」「IaC化」「モダンアプリケーション」「可視化」などのクラウドならではの考え方に基づき、クラウドを“スマートに利用する”ことで、クラウドが本来持つメリットを各システムが正しく享受できるようにすることが狙いとなっています。そして、クラウドスマートを実装する基盤として、ガバメントクラウドが誕生するに至りました。
「クラウドスマート」を目指して誕生したガバメントクラウドは、「デジタル社会の実現に向けた重点計画」などの政府方針に基づき、「政府情報システムにおけるクラウドサービスの適切な利用に係る基本方針」を踏まえて構築する利用システムに対し、デジタル庁が提供する複数のクラウドサービスの利用環境になります。

図3 ガバメントクラウドの概要など

国が進める「クラウドスマート」の流れを受け、自治体情報システムもガバメントクラウドの活用を基本とし、標準化対象20事務に関する運用コストの3割削減(2018年度比)の達成を目標に掲げ、“自治体のクラウドジャーニー”がスタートしました。

国の資料などを読み解くと、標準化・共通化とそれによる運用コストの3割削減は最終目的地ではなく、単なる通過点であるということが見て取れます。デジタル庁は標準化・共通化の先に「公共サービスメッシュ」の実現を見据えています。標準化対象20事務に関する情報システムが標準化・共通化されることで、そこで扱うデータが標準化されます。これによりガバメントクラウドという共通基盤上で官民データの連携・融合が容易となり、新たな行政・民間サービスが生まれる世界の実現、ひいては国民の享受するサービスの質の向上につなげていくというのが、ガバメントクラウド移行による真の狙いであると読み取れます。

図4 ガバメントクラウド移行の真の狙い

自治体のクラウドジャーニーの現状

ここまで行政機関におけるクラウド活用の歴史と、ガバメントクラウド移行の真の狙いに触れてきました。ここからは、現時点の“自治体のクラウドジャーニー”の現状を見ていきたいと思います。

デジタル庁は2023年12月に「ガバメントクラウド先行事業(基幹業務システム)における投資対効果の検証結果【追加報告】」を公開しました。2025年度末までのガバメントクラウド移行に先立ち、デジタル庁はクラウド移行による費用対効果を明らかにすることを目的として、先行事業による検証を実施しています。この先行事業には複数の自治体が応募、採択されており、これらの自治体は基幹業務システムを他の自治体よりも先行し、ガバメントクラウドに移行しています。今回公表された資料は、この中間報告としての位置づけになります。

この資料によると、先行事業を実施した8団体のうち、6団体で5年間のTCO(Total Cost of Ownership)が増加したという結果になっています。8団体がガバメントクラウドに移行した際の5年間の総額は、約58億円と見込まれています。現行のシステムを継続し、機器を更改した場合の8団体の5年間の総額は約53億円と見込まれており、先行事業実施団体全体でガバメントクラウド移行により約10%費用が増加してしまうという結果になっています。
多くの団体は、ガバメントクラウドへの単純移行に留まっており、クラウド特有のマネージドサービスを活かしたアプリケーションのモダン化によるコスト削減といった「クラウドスマート」まで踏み込めていないことが明らかになっています。また、技術者不足や開発費用の転嫁、二重運用などの要素もコスト削減を妨げる要素として挙げられています。

この状況を見ると、クラウドを活用することで得られるコストメリットが、本来あるべき形で現れていないように見て取れます。“自治体のクラウドジャーニー”の本来の理想像からすると、まだまだ初期の段階に留まっている状況といえます。

図5 自治体のクラウドジャーニーの理想像

公開された資料によれば、先に述べた要因がコスト削減を妨げている要素であると考えられますが、なぜそれらの要素が発生してしまっているのでしょうか。

こうした要素を生み出してしまう原因はどこにあるのでしょうか。ガバメントクラウド特有の条件、制約などはないでしょうか。“クラウドジャーニーの歩み方”そのものに一般企業の“クラウドジャーニー”と異なる部分があるのでしょうか。

PwCコンサルティングは自治体の実体験やさまざまな業界でのクラウド移行の知見なども踏まえ、より一歩踏み込んで、この問題を考察していきたいと考えています。

次回

“自治体のクラウドジャーニー”と“一般的なクラウドジャーニー”の違いを明らかにするべく、次回は、自治体と同様に日本全国に窓口が存在し、情報システムにおいて高いレベルのセキュリティやガバナンスを必要とし、システムとしても非常に高い可用性や信頼性などを求められている金融機関におけるクラウド利用の現状や課題を読み解きながら、“自治体のクラウドジャーニー”との違いを考察していきます。

参考文献

デジタル庁,デジタル社会の実現に向けた重点計画
https://www.digital.go.jp/policies/priority-policy-program/

デジタル庁,「政府情報システムにおけるクラウドサービスの適切な利用に係る基本方針」の改定についてhttps://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/d2a406cb-a8be-472c-8422-eefa6b39a13e/36df3fac/20220524_policies_development_management_policy_revision_02.pdf

デジタル庁,政府情報システムにおけるクラウドサービスの適切な利用に係る基本方針https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/35d67755-c4ca-4534-94f1-b3c0b51a46fa/4de7c084/20230726_policies_development_management_outline_02.pdf

デジタル庁,地方自治体によるガバメントクラウドの活用についてhttps://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/c58162cb-92e5-4a43-9ad5-095b7c45100c/20211224_local_governments_02.pdf

https://cio.go.jp/sites/default/files/uploads/documents/Gov-cloud_byLocalgoverments_r24.pdf

デジタル庁,地方公共団体情報システム標準化基本方針https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/c58162cb-92e5-4a43-9ad5-095b7c45100c/f6ea9ca6/20230908_policies_local_governments_outline_03.pdf

デジタル庁,ガバメントクラウド先行事業(基幹業務システム)における投資対効果の検証結果【追加報告】https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/information/field_ref_resources/8c953d48-271d-467e-8e4c-f7baa8ec018b/5230aa17/20231222_news_local_governments_outline_03.pdf

執筆者

林 泰弘

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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宮本 直起

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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大橋 功季

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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田代 皓嗣

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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中務 光基

アソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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周藤 一希

アソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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