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本連載「自治体のクラウドジャーニーの成功に向けて今なすべきこと」の第1回では、ガバメントクラウド移行に関して、国が考えている真の狙いと現状を整理しました。現時点ではガバメントクラウド移行により期待されたコスト削減効果は十分なレベルに至っておらず、その背後には“さまざまな要因”が潜んでいることが伺えるという状況でした。
この“さまざまな要因”の真相に迫るにあたっては、他業界における一般的な“クラウドジャーニー”の様子を知り、ガバメントクラウド移行の特異な点を明らかにすることがポイントとなるとPwCコンサルティングは考えます。
では、どの業界の“クラウドジャーニー”を参考とするのがよいでしょうか。業界を選ぶ観点として、業務特性およびシステム特性の類似性に着目しました。
自治体業務は地域コミュニティとの連携が求められます。全国約1,700の自治体の各地域にサービスの拠点が存在し、住民とつながりながら地域の課題解決に取り組んでいます。また、自治体は住民情報や税金関連情報といった機密性の高い情報を大量に扱っているため、高いレベルのセキュリティやガバナンスがシステムに求められます。さらに自治体業務は地方自治法に基づく法的規則に従って運営する必要があるため、コンプライアンスが重視され、法令順守が確保されています。
こうした業務特性・システム特性に類似する業界の1つに金融業界が挙げられます。金融機関も各地域にサービスの拠点を有し、地域経済の発展のために住民とつながっています。また、顧客の取引情報や口座情報を扱うため、システムに求められるセキュリティ水準も高く、金融規制法に基づく業界特有の法規制に従って運営されています。
このように業界特性およびシステム特性の面で自治体との類似点を見出せる金融業界ですが、その“クラウドジャーニー”を知るために参考になる資料が日本銀行金融機構局より2024年1月30日に発表されました。金融システムレポート「金融機関におけるクラウドサービスの利用状況と利用上の課題について―アンケート調査結果から―」(以下、「本レポート」)は日本全国の155の金融機関に対して実施されたアンケートを元にまとめられており、金融機関におけるクラウド利用の現状と課題、リスク管理上の論点などがまとめられています。そして、クラウドに対する理解を深め、そのメリットを最大限活かすためのポイントなども記載されています。
連載コラム第2回は本レポートを読み解き、“金融業界のクラウドジャーニー”を俯瞰します。そして自治体と金融業界の“クラウドジャーニー”の違いを考察し、“自治体のクラウドジャーニー”の特異な点を明らかにすることで、その成功につながるヒントを見つけたいと思います。
PwCコンサルティングは、本レポートの以下の3点の情報に着目しました。
それぞれ順番に、本レポートで言及されている内容を見ていきます。
1点目の「クラウドの利用状況と今後の利用予定」について、調査先155の金融機関のうち93.5%がクラウドを活用していると回答しました。また、クラウドを利用しているシステムの業務領域別の状況も調査されています(図表1)。
業務領域は「非重要領域」(顧客情報や決裁業務に直接関連しないその他一般システム)と「重要領域」(融資審査業務などを含み、機密性に配慮を必要とする情報系システム)、「最重要領域」(勘定系システム)の3つに分類されています。業務領域別では、調査先の91.0%が非重要領域でクラウドを利用しており、64.8%が重量領域に分類されるシステムのうちのいずれかのシステムでクラウドを利用しています。一方で、最重要領域においては5.8%の利用にとどまっています(図表1)。
「その他一般システム」および「情報系システム」でクラウドの利用が進んでいる代表的な理由として、以下の4点が挙げられています。
出典:日本銀行,2024,金融機関におけるクラウドサービスの利用状況と利用上の課題について―アンケート調査結果から―,2024年1月30日,https://www.boj.or.jp/research/brp/fsr/fsrb240130.htm
また、最重要領域でのクラウド利用が進んでいない理由は以下のように述べられています。
「ほかのシステム対比で最も高い機密性、完全性、可用性を備えたシステムをオンプレミスで整備してきた中で、こうした既存資産を放棄してクラウド化するインセンティブに乏しいこと、特に地域銀行では、勘定系システムの共同利用を進めてきた中で、クラウド化にあたっては全体としての判断、意思決定が必要となること、などが指摘されている」
さらに、今後のクラウド利用予定をみると、今後3年間では重要領域での利用拡大が、将来的には重要領域・最重要領域でのさらなる利用拡大が検討されていることが分かります(図表2)
出典:日本銀行,2024,金融機関におけるクラウドサービスの利用状況と利用上の課題について―アンケート調査結果から―,2024年1月30日,https://www.boj.or.jp/research/brp/fsr/fsrb240130.htm
2点目の「クラウド利用時のコスト削減効果に対する期待と評価」について、金融機関がクラウド利用開始時に最も効果を期待した項目の1つにコスト削減効果が挙げられています(図表3)。その上で金融機関では、クラウドを利用している調査先のうち72.3%が開発・導入コストの削減、64.1%が保守・運用コストの削減について効果があったと評価しています(図表4)。しかし、最重要領域である勘定系システムに限定すると、開発・導入コストと保守・運用コストの削減効果が評価された割合はそれぞれ55.6%であり、他のシステムと比較すると、コスト削減効果が評価されていません。
この勘定系システムに関する結果について、本レポートでは「より安定した開発・保守・運用体制や高い可用性が求められることから、開発段階で入念な検討・調整を要するなど導入コストが嵩んだほか、従来のオンプレミスとのシステム環境の違いを具体的に認識する中で、当初期待したほどには効果を実感できていない可能性が指摘されている。また、金融機関および開発ベンダー双方で勘定系システムの構築にかかるクラウド活用のノウハウが十分に蓄積されていなかったため、業務要件の実現に想定以上のコストや開発期間がかかった可能性も指摘されている」とまとめられています。
今後、クラウドの経験値や習熟度を高め、ノウハウの蓄積を進めることで、過不足のないサービスの選定やクラウドが提供するツールの一層の活用に取り組み、マネージドサービスの活用によるモダナイゼーションなどを実施し、コストや運用体制の最適化を進めることが期待されているものと考えられます。
出典:日本銀行,2024,金融機関におけるクラウドサービスの利用状況と利用上の課題について―アンケート調査結果から―,2024年1月30日,https://www.boj.or.jp/research/brp/fsr/fsrb240130.htm
出典:日本銀行,2024,金融機関におけるクラウドサービスの利用状況と利用上の課題について―アンケート調査結果から―,2024年1月30日,https://www.boj.or.jp/research/brp/fsr/fsrb240130.htm
最後に、3点目の「クラウド利用時に課題となった点」です。レポートによると、非重要領域でのクラウド利用にとどまる調査先と、重要領域でクラウドを利用する調査先とでは、意識する課題が異なるとの結果が出ています。具体的には、前者ではセキュリティログやID・アクセス管理のモニタリング、自組織の体制確立・整備といった基本的な体制整備に関する事項がより意識されています。一方で、後者では可用性面やクラウド側のサービス変更時の対応、データ所在地といった業務やサービスの継続的な提供(レジリエンス)に関連する事項がより意識されています。
出典:日本銀行,2024,金融機関におけるクラウドサービスの利用状況と利用上の課題について―アンケート調査結果から―,2024年1月30日,https://www.boj.or.jp/research/brp/fsr/fsrb240130.htm
これら3点の要素を踏まえた上で、本レポートでは“金融業界のクラウドジャーニー”の概況を以下のようにまとめています。
「これまでの調査先におけるクラウド利用の動向をみると、まずは顧客情報や決済業務に直接関連しない非重要領域(その他一般システム)から利用を開始し、クラウドに関する基本的な体制整備や運用習熟を進めたのち、重要領域へと利用を拡大していく様子がうかがわれる」
“金融業界のクラウドジャーニー”では、可用性などの求められる要件が相対的に低い非重要領域や重要領域でクラウドを利用し、一定のコスト削減効果を感じられており、今後、重要領域や最重要領域へクラウドの利用拡大を進めていることが分かりました。またクラウド利用に関する習熟度を高めていく中で、意識する課題が基本的な体制整備の段階を経て、業務やサービスの継続に関するより高度な課題へとシフトしているものとPwCコンサルティングは考えます。
最後に、本レポートの中でクラウド利活用の心得として日本銀行金融機構局は以下のとおり警鐘を鳴らしています。
「クラウドへの習熟度が低い状況にもかかわらず、『クラウド利用ありき』との発想の下で十分な事前検討や体制整備を行わないままクラウドへの移行を進めると、クラウドのメリットを十分に享受できない可能性が高い」
155の金融機関の“クラウドジャーニー”を俯瞰し、導き出されたこの心得は、クラウドのメリットを組織が十分に享受するための重要な考え方であることが分かります。
ここからは、“金融業界のクラウドジャーニー”を踏まえ、“自治体のクラウドジャーニー”の特異な点を考えます。金融業界と自治体の“クラウドジャーニー”で異なるポイントは「移行期限」と「移行対象」の2点であるとPwCコンサルティングは考えます。
1点目の「移行期限」について、金融業界においてはクラウドへの移行期限は明確に定められていません。一方の自治体においては第1回で述べたように、標準化対象20事務について、デジタル庁が整備したガバメントクラウドを活用した標準準拠システムへの円滑な移行を原則2025年度末までに目指すこととなっており、自治体全体でクラウド移行の期限が設定されています。
2点目の「移行対象」について、本レポートを踏まえると、金融業界では非重要領域のシステムを対象にクラウド移行を推進し、クラウド利用に関する習熟度を高めながら重要領域のシステムへクラウド移行を拡大するという“クラウドジャーニー”を進めています。一方の自治体においては、クラウドへの移行対象が標準化対象20事務に決められています。これらは重要・最重要領域のシステムであり、移行対象事務数も多い状況となっています。
本レポートを踏まえると、“金融業界のクラウドジャーニー”では、「パッケージ化された製品(SaaS型での利用など)が充実している」「業務特性がクラウドの利点とマッチしている」「可用性などの要求レベルが重要システムと比較して相対的に低い」という理由から、非重要領域のシステムからクラウドに移行しています。またそれによりクラウドに対する習熟度を段階的に上げ、開発・導入コストや保守・運用コストの削減効果を着実に享受できるようにしていると言えます。
一方で、“自治体のクラウドジャーニー”では「移行期限」と「移行対象」という2つの厳しい制約事項があり、自治体職員やシステムベンダーのクラウドに対する知見や習熟度がそこまで望めない中、重要・最重要領域に位置するシステムのクラウド移行が求められています。これは、本レポートで示された「クラウド利活用の心得」に反する進め方になってしまっていると言えます。
「移行期限」と「移行対象」の厳しい制約事項により、自治体やシステムベンダーは本来段階的に解決すべきクラウド移行に関する複数の課題に同時に直面せざるを得ず、課題解決に向けて検討すべき事項や取り組むべき事柄が、人的リソースのキャパシティを超えています。その結果、クラウドに合わせたアプリケーションの作り直しなどの重要領域において検討すべき課題について、十分な時間と労力をかけて検討できないまま移行期限が迫り、“自治体のクラウドジャーニー”においてコスト削減に向けた取り組みを十分に行えていないのではないでしょうか。
連載コラム第2回を通じて、“金融業界のクラウドジャーニー”と“自治体のクラウドジャーニー”の違いについて考察しました。
“自治体のクラウドジャーニー”の特異な点である「移行期限」と「移行対象」は、自治体がクラウドのメリットを十分に享受する上での大きな阻害要因となっていると考えられます。
一方で、この2つは大きな要素ではあるものの、“自治体のクラウドジャーニー”を阻む課題の一部に過ぎないとPwCコンサルティングは考えます。日本銀行金融機構局の金融システムレポートの考察により得られた示唆を踏まえて、第3回では“自治体のクラウドジャーニー”が直面している課題を網羅し、その全体像を明らかにしていきます。
参考文献
「日本銀行,金融機関におけるクラウドサービスの利用状況と利用上の課題について―アンケート調査結果から―https://www.boj.or.jp/research/brp/fsr/fsrb240130.htm