
医彩―Leader's insight 第8回 病院長と語る病院経営への思い―小田原市立病院 川口竹男病院長―
経営改善を実現し、「改善を持続できる組織」に移行している小田原市立病院を事業管理者・病院長の立場で築き、リードしている川口竹男氏に、病院経営への思いを伺いました。
高齢化、人口減少、デジタル技術などの飛躍的な進化により、社会は大きく変化を遂げています。その変化は地方自治体にも大きな影響を及ぼしており、新たな環境への適応を迫っています。自然災害やパンデミック対応など、地域住民を守る役目を果たす市区町村は、日本の礎であり社会基盤です。外部環境に応じて、その社会基盤をアップデートすることが、日本の底力を高めることに繋がると考えます。
しかし、自治体の変革を実現していくためには、解決すべき構造上の課題が少なくありません。課題解決に向けて、デジタル広域連携による予算・時間・人的リソースの余白確保や、構造を無理なく変容させる「守破離」の変革ストーリーが必要です。本対談では、宮城県女川町の須田善明町長をお招きし、PwCコンサルティング合同会社・林泰弘、犬飼健一朗とともに、自治体の存在意義を再定義する必要性、デジタル広域連携の可能性、未来に備えた変革ストーリーについて語り合いました。
対談参加者
宮城県女川町 町長
須田 善明氏
PwCコンサルティング合同会社
公共事業部・デジタルガバメント統括 執行役員/パートナー
林 泰弘
PwCコンサルティング合同会社
公共事業部 マネージャー
女川町 総合政策アドバイザー
犬飼 健一朗
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
(左から)林 泰弘、須田 善明氏、犬飼 健一朗
犬飼:
高齢化や人口減少、デジタル技術の飛躍的な進化など、社会が大きく変化しています。そのなかで、社会基盤である自治体がアップデートしていくことは、日本の底力を高めることに繋がるはずです。一方、日本の自治体が変革を実現するためには、少なくない課題があります。
私たちは、デジタル広域連携によって自治体を取り巻く負担や費用を削減しながら投資余力を確保する「割り勘効果」の実現や、既存構造を維持する「守」、崩す「破」、創り変える・整える「離」の3ステップによる変革ストーリーを提唱しています。
自治体の課題と変革を検討していく際、収入構造の問題は無視できません。自治体を支える収入である地方税の多くは、地域経済に左右されます。大型な先端工場誘致に成功した一部地域など経済発展が有力視される地域を除き、ほとんどの自治体は収入を上げることに苦慮しています。そうなると、支出を減らす方向に舵を切ることになりますが、現行の行政サービスを大きく削減することは難しい選択です。「増えない収入を前提に、やり方を変えなければならない」という課題が、2035年から2040年にかけて、多くの自治体で顕在化すると考えています。須田町長は自治体を取り巻く収入構造について、どのような課題認識をお持ちですか。
須田:
おおよそご指摘のとおりだと思います。地方税の増額は限定的で、固定資産税の割合が圧倒的に大きいのが実情です。税収増加には工場の誘致などが不可欠ですが、企業が求める要件に適さない自治体が大多数です。例えば、ロジスティクスを考えると女川町は不利地域に属するでしょう。
また地方税のうち住民税は、年収1,000~2,500万円の住人が5,000人いれば、女川原子力発電所の固定資産税収と同等の収入が発生します。一方、人口6,000人の女川町のような自治体では、納税義務者が1,000万~2,500万円を稼ぐ人材になることは考えにくいのが実情です。宮城県内で住民税や固定資産税の増収が見込める自治体は、大衡村、大和町、ベッドタウンである富谷市など一部に限られると思います。
財政構造について付け加えるのであれば、基準財政収入額により、需要額に対して収入額が不足する部分は地方交付税で措置されます。言い換えれば、企業や住民から税収がなくとも、足りない部分は国の措置によりカバーされるという仕組みです。そのため、基準財政収入額の範囲内であれば、どれだけ収入を増やしても活用可能な予算規模は同じという意識を生みかねない構造があります。
地方交付税を確保する枠組みを拡大しながら収入を増やし、住民に有意義な取り組みを進める正しい戦い方をしている自治体は多い一方、打ち手が限られているのが現実です。収入増加が見込めない現状を踏まえると、内部コストの削減や合理化がメインになります。ただ業務は増加傾向にあり、自治体経営において、どの業務を削るかという判断は最も大事な事柄であるとともに、調整作業に苦慮する自治体はとても多いはずです。
林:
他地域を含め、現場職員の方々と直接お話をすると、住民第一のより良いサービスを提供していくために一生懸命取り組んでいるものの、予算や人員が限定的で、もどかしい気持ちを抱えた方が多い印象です。
昨今では、生成AIなどのテクノロジーを使える機会が増えています。例えば、マイナンバーカードもその一つです。ただ、個人情報を守るべきという意見や生成AIに対して不信感を持つ住民も少なくありません。可能性は拓けているのに制限が増え、行政の皆さんの迷いや苦心はより大きくなっているのではないでしょうか。
宮城県女川町 町長 須田 善明氏
PwCコンサルティング合同会社 公共事業部・デジタルガバメント統括 執行役員/パートナー 林 泰弘
犬飼:
私の問題意識のひとつは、生成AIの活用など、業務変革を検討・実行する部門の人材が自治体内に少ないことです。首長起点で現状を変えようと考えても、時間的な制約があります。現状打破には、労力やアイデアをシェアリングするという観点が必要になるはずであり、時間短縮の有効手段としてデジタルを活用すべきと考えます。これまで、地続きのアナログな広域連携という考え方はありましたが、地理的な条件に左右されないデジタル広域連携という発想は少なかったように思います。須田町長はデジタル広域連携についてどうお考えですか。
須田:
シェアリングや連携に関しては、デジタルのみならず必要だと考えます。女川町が復興や新しいまちづくりを進める際、土木や建築、保健師など技術職の人材を多数派遣いただきました。医療人材は各地から簡単には離しにくいと思いますが、1級建築士などの一部専門人材は全国各地のどこに身を置くかは別として、有効にシェアできる可能性はあるでしょう。デジタルを有効活用すれば、さらに距離は関係なくなります。業務的なシステムはもちろん、人材に関してもデジタル広域連携の潜在力は大きいと思います。
林:
当社では一部地域で職員をシェアリングする取り組みを進めています。実際に業務内容を互いにヒアリングする取り組みも始まり、労働人口不足の時代に向けて、シェアリングという観点は欠かせなくなりつつあります。
また女川町の復興記録誌が、PwCのグローバルネットワークを通じてスペインに紹介された事例もあります。スペイン・バレンシア州では、2024年10月に大洪水が発生し、水害からの復興事例を探していました。そこでPwCスペイン側から政府に役立つ提案ができないかと問い合わせがきたのがきっかけです。現在、PwCスペインでは女川の事例を懸命に学んでいると聞いています。
須田:
人材のみらならず、知のシェアリングを容易にしてくれるのもデジタルの強みですね。組織内はもちろん、外部との共有にも可能性を感じます。
犬飼:
民間企業と人材や知をシェアリングすることについて、どのようにお考えでしょうか。
須田:
もちろん実施したいです。PwCの皆さんをはじめ、復興やまちづくりに際して、さまざまな民間企業の方々から情報や知恵をお貸しいただいてきました。一方、行政は、民間企業と組むことにブレーキを踏む傾向があります。女川町も当初はブレーキを踏むことが多かったですが、多くの方にお力添えいただき、今では前向きにアクセルだけ踏めるようになりました。
犬飼:
デジタル広域連携で人材や知、システムをシェアすることは「割り勘」に近いと捉えています。自治体は構造上、収入や時間を新たに生み出すことが難しいですが、割り勘することで時間的・工数的な余白が生まれ、前向きな競争や差別化を行う余裕が生まれるはずです。そうすることで各自治体は自らの特徴と向き合い、独自の施策を進めることで各地の彩りとなり、ひいては日本全体が面白くなる。そのようなストーリーを描いています。女川町の場合、どういった自治体と連携し、協働していきたいとお考えですか。
須田:
面白いことやっている自治体・チャレンジする自治体と組みたいですね。女川町は復興の際、岩手県紫波町のオガールプロジェクトや徳島県神山町から多くを学ばせていただきました。町同士が直接協定を結んだ訳ではないですが、民間同士が繋がることで、アライアンスのような形が自然と生まれました。業務的な観点ではサイズ感が似た自治体と組む方がメリットは大きいのではないでしょうか。きっと課題感も似ていると思います。
犬飼:
自治体の課題を構造的に捉えるプレイヤーがいないことも問題だと捉えています。自治体の個別課題と考えた場合、横断的な取り組みを進める内閣府や自治体の監督官庁でもある総務省が担当するのかと問われると、一概に正解ではないと考えます。一方、自治体が現場から課題を積み上げ、構造的に解決するためには、予算と人員の双方で難しい状況です。また、都道府県も中間管理職のような位置づけで、簡単に現場課題に手を出すことは困難です。つまり、課題を構造的に定義し、解決することは難しい状況だと思います。
そこで、課題解決の検討者を増やす意図で、似た課題感を持った自治体同士を繋げる結婚相談所やマッチングアプリのような立ち位置に、民間企業がなるべきなのではないかと考えています。
須田:
それはものすごく心強いです。“ちょうど良い相手”を紹介いただければ、具体的な検討も進めやすくなると思います。
林:
例えば、私たちは各自治体の課題感を分析したデータを保有しています。データ的に整理し、同じ課題感を持っていると考えられる自治体同士を、客観的にマッチングすることで、前進する力が生まれる可能性は高いはずです。
同時に、民間企業がマッチングを図る場合、ファシリテートし続ける責任も考慮すべきです。また、デジタルであれば、離れることも容易であるという観点はメリットになり得ます。
須田:
データ上で相性が良くとも、実際には望まれたマッチングでない場合もあると思います。例えば、互いに気持ちはあるが、親族が許さない形も想定されます。ここで言う親族は、住民の皆様やその政治的な代表としての議会を指します。議会の声はとても大事です。また、片方の自治体ではシステムが予算化されたものの、片方が問題を抱えていて解決しないケースも想定されます。問題が生じた際、容易に離れることができるという特徴は、メリットになり得るかもしれません。
もう一つ、協働するために欠かせないポイントが、住民や議会も含めた共通理解を事前に形成できるかだと思います。復興時にも新しい制度が出るたびに議会に説明し、勉強会をお願いしていました。共通理解の土台があると、議論がしっかり進むというのは私たちの経験則上、明らかです。シェアリングやマッチングの考え方を、役場側のみならず、議会側にも持っていただくことで、物事がスムーズに進むはずです。
林:
デジタル広域連携はマッチングすることも、離れることも従来と比較して容易というメリットがある一方、選べる・繋がるテーマが豊富なため、選択という文脈で難易度が上がるかもしれません。教育で繋がるのか、介護で繋がるのか、繋がる相手は北なのか南なのか。そうした選択肢が増えることになるでしょう。
須田:
たしかにテーマごとに区切るとかなり煩雑になりますね。現実的な選択肢は、パッケージ形式で総合的に連携することだと思います。
そして、その後の勢いを含め、協働における初期成果がとても大事になると思います。とはいえ、始めなければ始まらないので、前提条件が揃い、議会の理解が得られるのであれば、女川町は積極的に取り組みたいです。
PwCコンサルティング合同会社 公共事業部 マネージャー 女川町 総合政策アドバイザー 犬飼 健一朗
犬飼:
現状を変えようとした際、響かない方々に無理やり投げかけ続けると、混乱を招くことが多いです。そこで私たちは、まず時間的・工数的な余白を増やすことがポイントだと考えています。余白があれば、他自治体との連携メリットも冷静に判断できるはずです。
そうした取り組みの積み重ねが、既存の型を壊す「破」、現状を維持しながら少しずつ進化する「離」に繋がっていくはずです。須田町長は変革のストーリー守破離が自治体にうまく当てはまると思いますか。
須田:
当てはまると思います。特に、「破」のきっかけづくりがとても大事だと思います。例えば、マウスとテンキーだけで表計算ソフトを使っていた人がショートカットを使えば、たちまち作業は効率化します。ただ人はなかなかショートカットキーを覚えません。なぜなら、覚えるのが面倒だからです。「ショートカットが楽であるという刺激」があればこそ、人は変化を前向きに捉えられるようになるはずです。
林:
刺激は自治体自ら生み出すケースもあれば、外部から与えられるケースもあると思います。ITでは、2021年9月にデジタル庁ができたことで国側からの働きかけが発生しました。そこで自治体同士の連携や、国がまとめてシステムを作るという発想が生まれました。
犬飼:
デジタル庁の事例や女川町が民間企業と復興を共にした経験、多様な人々と交わった日々が女川町に刺激を生むきっかけになっていると思います。今後は震災など大きなアクシデントを経ずとも、自然発生的に刺激を得られる仕組みが必要になると思います。中でも、テクノロジーがひとつの突破口になるのではないでしょうか。
生成AIなど多様なテクノロジーがアシストすることで余白が生まれ、刺激を求めやすくなる環境が生まれるはずです。また余白により、役所がやるべき仕事とそうでない仕事を線引きする余裕も生まれ、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)や、システムのシェアリングという発想にも繋がると思います。
須田:
まったくその通りだと思います。50年後には、おそらくほとんどの業務インターフェースはデジタル化されるでしょう。公務員は最終的に、課題解決やアナログでしか生み出せないコミュニケーションに業務の比重をシフトさせていくはずです。これは私の意見ですが、余白が生まれた時に公務員が何をすべきかについて、自治体それぞれが前もって構想しておくべきです。
犬飼:
最後に余白によって生み出されるであろう「内発的動機」についても議論させてください。役所には固有の異動制度や人材評価制度があります。そのため、賃上げのような金銭的モチベーション向上が難しい点や希望する業務内容への中長期的な配属など、内発的動機が目の前の業務になかなか繋がりにくい構造があります。そのような中で、内発的動機を形成していく方法について、須田町長はどうお考えですか。
須田:
たしかに金銭報酬など、定量的な対価をモチベーションとすることは難しいと思います。役所は「住民のありがとう」が最たる報酬という世界です。年功序列は崩し難く、崩しても「やや崩す」程度が精一杯でしょう。昇進や報酬とはまた異なる次元で自分自身を満たす、より大きな自己実現への欲求が内発的動機を生み出すためには不可欠です。そして、そうした境地に自ら辿り着いてこそ、内発的動機には意味があると思います。
内発的動機には外部からの刺激が必要だと考えます。地方自治体の職員は、研修などを除くと外部に出る機会がほとんどありません。また仕事以外で住民と直接繋がる機会も少ないのが現状です。そのような閉ざされた環境で、内発的動機に辿り着くことは困難です。きっと、外部的な刺激を取り入れる仕組みづくりを意識的に行うことが大切になるはずです。
林:
内発的動機をメンバーに根付かせる上で、私は自分からあまり多くを語らないことを意識しています。ぐっと我慢し、メンバー個々の内発的動機が生まれるのを待ちます。忍耐強く時間を積み重ねるスタンスは、自治体の変革においても大事になるのではないでしょうか。
須田:
町長として14年目を迎えますが、役所のカルチャーを破壊しないことを意識してきました。首長は定期的に変わりますが、役所の人間関係や組織は長く続くからです。
ただ、当たり前とされてきた文化や方法論は、外部と接することで変容していくことも学びました。破壊ではなく、外部の刺激を取り入れ、常識、ルール、文化、風習、哲学を相対化していくことこそ、内発的動機の誘発や守破離のストーリー実現に必要だと感じます。
林:
余白によって職員が内発的動機に辿り着き、アクションを取る。その際、個人として町長に直接ぶつけるといった気概も同時に生まれると頼もしいですね。
須田:
それは最高です。もちろん首長はビジョンを示し続けるべきです。その責任を放棄してはいけません。ただ自治体組織を構成する個々が内発的動機によってアクションを起こし、その結果として町が良くなるストーリーは理想であり、目指すべき姿です。
林:
余白が生じた際、職員にはどのようなチャレンジをしてほしいですか。
須田:
「こうしたら町がもっと面白くなる」という発想を持ち、実行に移す時間に使って欲しいです。役場・個人のどちらとしてでも構いません。“2枚目の名刺”や副業的なアプローチもできる時代になってきています。各フィールドで得たものを業務にフィードバックしてもらえるならば、それ以上にうれしいことはありません。
皆が創造的なことをできずとも、新しい取り組みに積極的に参加し、コミュニティに踏み込んでいくだけでも良いと思っています。きっと、そこから新たな動きが生まれるでしょう。また、私たちにとってはPwCの存在自体が刺激です。PwCは女川町が意識していること、意識できていないことに関する豊富なデータやケーススタディをお持ちです。イノベーションには、刺激の数が欠かせません。ナレッジやデータを積極的にシェアいただき、どんどん刺激を与えて欲しいです。
犬飼:
女川町の変革ストーリーを、今後もぜひご支援させていただきたいです。本日はありがとうございました。
経営改善を実現し、「改善を持続できる組織」に移行している小田原市立病院を事業管理者・病院長の立場で築き、リードしている川口竹男氏に、病院経営への思いを伺いました。
宮城県女川町の須田善明町長をお招きし、PwCコンサルティング合同会社の林泰弘、犬飼健一朗が、自治体の存在意義を再定義する必要性、デジタル広域連携の可能性、未来に備えた変革ストーリーについて語り合いました。
PwCコンサルティング合同会社は厚生労働省令和6年度社会福祉推進事業の国庫補助内示を受け、事業を実施しました。
PwCコンサルティング合同会社では、連携推進法人を主題とした全国的なシンポジウムを開催し、連携推進法人やその他連携・協働化の取組紹介や連携推進法人の実践者によるパネルディスカッションを通じて、制度の普及やそのメリットの共有を図りました。