コラムシリーズ 自治体経営の未来を考える

復興から新たな自治体づくりへ。女川町・須田善明町長と議論する変革ストーリー

  • 2025-04-10

多くの自治体が抱える収入構造の制限と課題

犬飼:
高齢化や人口減少、デジタル技術の飛躍的な進化など、社会が大きく変化しています。そのなかで、社会基盤である自治体がアップデートしていくことは、日本の底力を高めることに繋がるはずです。一方、日本の自治体が変革を実現するためには、少なくない課題があります。

私たちは、デジタル広域連携によって自治体を取り巻く負担や費用を削減しながら投資余力を確保する「割り勘効果」の実現や、既存構造を維持する「守」、崩す「破」、創り変える・整える「離」の3ステップによる変革ストーリーを提唱しています。

自治体の課題と変革を検討していく際、収入構造の問題は無視できません。自治体を支える収入である地方税の多くは、地域経済に左右されます。大型な先端工場誘致に成功した一部地域など経済発展が有力視される地域を除き、ほとんどの自治体は収入を上げることに苦慮しています。そうなると、支出を減らす方向に舵を切ることになりますが、現行の行政サービスを大きく削減することは難しい選択です。「増えない収入を前提に、やり方を変えなければならない」という課題が、2035年から2040年にかけて、多くの自治体で顕在化すると考えています。須田町長は自治体を取り巻く収入構造について、どのような課題認識をお持ちですか。

須田:
おおよそご指摘のとおりだと思います。地方税の増額は限定的で、固定資産税の割合が圧倒的に大きいのが実情です。税収増加には工場の誘致などが不可欠ですが、企業が求める要件に適さない自治体が大多数です。例えば、ロジスティクスを考えると女川町は不利地域に属するでしょう。

また地方税のうち住民税は、年収1,000~2,500万円の住人が5,000人いれば、女川原子力発電所の固定資産税収と同等の収入が発生します。一方、人口6,000人の女川町のような自治体では、納税義務者が1,000万~2,500万円を稼ぐ人材になることは考えにくいのが実情です。宮城県内で住民税や固定資産税の増収が見込める自治体は、大衡村、大和町、ベッドタウンである富谷市など一部に限られると思います。

財政構造について付け加えるのであれば、基準財政収入額により、需要額に対して収入額が不足する部分は地方交付税で措置されます。言い換えれば、企業や住民から税収がなくとも、足りない部分は国の措置によりカバーされるという仕組みです。そのため、基準財政収入額の範囲内であれば、どれだけ収入を増やしても活用可能な予算規模は同じという意識を生みかねない構造があります。

地方交付税を確保する枠組みを拡大しながら収入を増やし、住民に有意義な取り組みを進める正しい戦い方をしている自治体は多い一方、打ち手が限られているのが現実です。収入増加が見込めない現状を踏まえると、内部コストの削減や合理化がメインになります。ただ業務は増加傾向にあり、自治体経営において、どの業務を削るかという判断は最も大事な事柄であるとともに、調整作業に苦慮する自治体はとても多いはずです。

林:
他地域を含め、現場職員の方々と直接お話をすると、住民第一のより良いサービスを提供していくために一生懸命取り組んでいるものの、予算や人員が限定的で、もどかしい気持ちを抱えた方が多い印象です。

昨今では、生成AIなどのテクノロジーを使える機会が増えています。例えば、マイナンバーカードもその一つです。ただ、個人情報を守るべきという意見や生成AIに対して不信感を持つ住民も少なくありません。可能性は拓けているのに制限が増え、行政の皆さんの迷いや苦心はより大きくなっているのではないでしょうか。

宮城県女川町 町長 須田 善明氏

宮城県女川町 町長 須田 善明氏

PwCコンサルティング合同会社 公共事業部・デジタルガバメント統括 執行役員/パートナー 林 泰弘

PwCコンサルティング合同会社 公共事業部・デジタルガバメント統括 執行役員/パートナー 林 泰弘

人材・知のシェアリングを加速させるデジタル広域連携

犬飼:
私の問題意識のひとつは、生成AIの活用など、業務変革を検討・実行する部門の人材が自治体内に少ないことです。首長起点で現状を変えようと考えても、時間的な制約があります。現状打破には、労力やアイデアをシェアリングするという観点が必要になるはずであり、時間短縮の有効手段としてデジタルを活用すべきと考えます。これまで、地続きのアナログな広域連携という考え方はありましたが、地理的な条件に左右されないデジタル広域連携という発想は少なかったように思います。須田町長はデジタル広域連携についてどうお考えですか。

須田:
シェアリングや連携に関しては、デジタルのみならず必要だと考えます。女川町が復興や新しいまちづくりを進める際、土木や建築、保健師など技術職の人材を多数派遣いただきました。医療人材は各地から簡単には離しにくいと思いますが、1級建築士などの一部専門人材は全国各地のどこに身を置くかは別として、有効にシェアできる可能性はあるでしょう。デジタルを有効活用すれば、さらに距離は関係なくなります。業務的なシステムはもちろん、人材に関してもデジタル広域連携の潜在力は大きいと思います。

林:
当社では一部地域で職員をシェアリングする取り組みを進めています。実際に業務内容を互いにヒアリングする取り組みも始まり、労働人口不足の時代に向けて、シェアリングという観点は欠かせなくなりつつあります。

また女川町の復興記録誌が、PwCのグローバルネットワークを通じてスペインに紹介された事例もあります。スペイン・バレンシア州では、2024年10月に大洪水が発生し、水害からの復興事例を探していました。そこでPwCスペイン側から政府に役立つ提案ができないかと問い合わせがきたのがきっかけです。現在、PwCスペインでは女川の事例を懸命に学んでいると聞いています。

須田:
人材のみらならず、知のシェアリングを容易にしてくれるのもデジタルの強みですね。組織内はもちろん、外部との共有にも可能性を感じます。

犬飼:
民間企業と人材や知をシェアリングすることについて、どのようにお考えでしょうか。

須田:
もちろん実施したいです。PwCの皆さんをはじめ、復興やまちづくりに際して、さまざまな民間企業の方々から情報や知恵をお貸しいただいてきました。一方、行政は、民間企業と組むことにブレーキを踏む傾向があります。女川町も当初はブレーキを踏むことが多かったですが、多くの方にお力添えいただき、今では前向きにアクセルだけ踏めるようになりました。

割り勘効果を実現するマッチングの重要性

犬飼:
デジタル広域連携で人材や知、システムをシェアすることは「割り勘」に近いと捉えています。自治体は構造上、収入や時間を新たに生み出すことが難しいですが、割り勘することで時間的・工数的な余白が生まれ、前向きな競争や差別化を行う余裕が生まれるはずです。そうすることで各自治体は自らの特徴と向き合い、独自の施策を進めることで各地の彩りとなり、ひいては日本全体が面白くなる。そのようなストーリーを描いています。女川町の場合、どういった自治体と連携し、協働していきたいとお考えですか。

須田:
面白いことやっている自治体・チャレンジする自治体と組みたいですね。女川町は復興の際、岩手県紫波町のオガールプロジェクトや徳島県神山町から多くを学ばせていただきました。町同士が直接協定を結んだ訳ではないですが、民間同士が繋がることで、アライアンスのような形が自然と生まれました。業務的な観点ではサイズ感が似た自治体と組む方がメリットは大きいのではないでしょうか。きっと課題感も似ていると思います。

犬飼:
自治体の課題を構造的に捉えるプレイヤーがいないことも問題だと捉えています。自治体の個別課題と考えた場合、横断的な取り組みを進める内閣府や自治体の監督官庁でもある総務省が担当するのかと問われると、一概に正解ではないと考えます。一方、自治体が現場から課題を積み上げ、構造的に解決するためには、予算と人員の双方で難しい状況です。また、都道府県も中間管理職のような位置づけで、簡単に現場課題に手を出すことは困難です。つまり、課題を構造的に定義し、解決することは難しい状況だと思います。

そこで、課題解決の検討者を増やす意図で、似た課題感を持った自治体同士を繋げる結婚相談所やマッチングアプリのような立ち位置に、民間企業がなるべきなのではないかと考えています。

須田:
それはものすごく心強いです。“ちょうど良い相手”を紹介いただければ、具体的な検討も進めやすくなると思います。

林:
例えば、私たちは各自治体の課題感を分析したデータを保有しています。データ的に整理し、同じ課題感を持っていると考えられる自治体同士を、客観的にマッチングすることで、前進する力が生まれる可能性は高いはずです。

同時に、民間企業がマッチングを図る場合、ファシリテートし続ける責任も考慮すべきです。また、デジタルであれば、離れることも容易であるという観点はメリットになり得ます。

須田:
データ上で相性が良くとも、実際には望まれたマッチングでない場合もあると思います。例えば、互いに気持ちはあるが、親族が許さない形も想定されます。ここで言う親族は、住民の皆様やその政治的な代表としての議会を指します。議会の声はとても大事です。また、片方の自治体ではシステムが予算化されたものの、片方が問題を抱えていて解決しないケースも想定されます。問題が生じた際、容易に離れることができるという特徴は、メリットになり得るかもしれません。

もう一つ、協働するために欠かせないポイントが、住民や議会も含めた共通理解を事前に形成できるかだと思います。復興時にも新しい制度が出るたびに議会に説明し、勉強会をお願いしていました。共通理解の土台があると、議論がしっかり進むというのは私たちの経験則上、明らかです。シェアリングやマッチングの考え方を、役場側のみならず、議会側にも持っていただくことで、物事がスムーズに進むはずです。

林:
デジタル広域連携はマッチングすることも、離れることも従来と比較して容易というメリットがある一方、選べる・繋がるテーマが豊富なため、選択という文脈で難易度が上がるかもしれません。教育で繋がるのか、介護で繋がるのか、繋がる相手は北なのか南なのか。そうした選択肢が増えることになるでしょう。

須田:
たしかにテーマごとに区切るとかなり煩雑になりますね。現実的な選択肢は、パッケージ形式で総合的に連携することだと思います。

そして、その後の勢いを含め、協働における初期成果がとても大事になると思います。とはいえ、始めなければ始まらないので、前提条件が揃い、議会の理解が得られるのであれば、女川町は積極的に取り組みたいです。

PwCコンサルティング合同会社 公共事業部 マネージャー 女川町 総合政策アドバイザー 犬飼 健一朗

PwCコンサルティング合同会社 公共事業部 マネージャー 女川町 総合政策アドバイザー 犬飼 健一朗

主要メンバー

林 泰弘

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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犬飼 健一朗

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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