
生産領域へのERP導入、PwCの強みとは
製造業界出身で、現在はPwCコンサルティングで製造業を対象としたERP導入を手掛けるディレクター佐田桂之介と、シニアマネージャー尾中隆喜が、基幹システムを導入する際のシステムの「標準化」の意義や克服すべき課題について語ります。
多くの企業が経理部門のデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)に取り組むなか、さまざまな課題に直面しています。デジタル化による定型業務の効率化という範疇を超え、新たな価値提供による企業競争力アップに資するDXを実現するポイントはどこにあるのでしょうか。会計領域のコンサルタントとして20年以上の経験を持つPwCコンサルティング合同会社ET(Enterprise Transformation)部門のパートナー・望月誠治と、新卒入社3年目のアソシエイトH.M.が語り合いました。
登壇者
PwCコンサルティング合同会社
Enterprise Transformation/パートナー
望月誠治
PwCコンサルティング合同会社
Enterprise Transformation/アソシエイト
H.M.
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
(左から)H.M.、望月誠治
H.M.:
私は新卒で2年半前にPwCコンサルティングに入社し、現在はSAP関連のジョブやインターナルの業務に従事しています。PMO(Project Management Office)として管理会計領域、制度会計領域の仕事を担っており、最近では組織変更の対応などにもチャレンジしています。望月さんはこれまで、どのような業務に従事されてきたのでしょうか。
望月:
私はこれまで、ERP(Enterprise Resource Planning)システムの設計・開発から業務支援に至る構築を中心に、20年以上にわたり会計領域のコンサルティング業務に携わってきました。その他に、内部統制やITガバナンスのコンサルティング業務を担当していたこともあります。
H.M.:
長らく会計領域のコンサルティング業務に従事されてきた望月さんですが、日本企業の経理部門のDXの現状についてはどのように捉えていますか。
望月:
経理部門のDXの重要性は日本企業でも広く認識されています。ただ、明確な目的の下に進められているというよりは、「何かやらなければならない」という状態であることが多いと思います。また「システムを新しくすること=DX」というイメージが定着しがちで、個人的にはとても違和感を持っています。システム化/デジタル化はあくまで手段です。その前提となる「DXの目的」をしっかりと描き、さらに実行に移せている企業は、それほど多くない印象です。
DXの目的は企業の状況によってさまざまです。システムが抱えている課題が明確であれば、システム導入は瞬間的にはゴールになりえますし、必ずしもシステム導入が目的となることが間違っているという訳ではありません。しかし、目指すべき最終的な目的が明確でなくシステム導入を進めてしまっているために道半ばで悩む企業が多く、目的が曖昧な状況は好ましくないと気づき始めている企業も増えています。一方で、グローバル経営管理の実現など遠すぎるゴールを設定するあまり、できることとのギャップから進むべき方向を見失ってしまうケースも散見されます。
H.M.:
経理部門のDXを実現した先の明確な目的やビジョンの設定ができていないことが、日本企業の共通した課題となっているのですね。海外企業との比較から、日本企業がDXを実現する上で意識すべき点などはありますか。
望月:
日本企業の場合、「周囲が取り組みを進めてからでも遅くない」という考え方が多いように感じます。つまり時間の価値を低く見る傾向があります。一方で海外企業は競争上の優位性を確立するために時間やスピードを重視しますし、設定した期間内に「絶対にやり切る」という意識も高いです。時間という価値に対する意識は、日本企業がDXを実現する上で、大事な要素であると思っています。
また海外企業は日本企業と比べて意思決定のスピードが速いです。日本企業もDXを進めるための調査などは実施していますが、いざ実行に移そうとする際には勢いが違います。海外企業の場合、例えば「10打数7安打であっても、新しいことを生みだしていくことをよし」とし、失敗することもあるが1安打でも多くなることを考えます。一方、日本企業は3打数3安打を狙っていくというイメージで、失敗しないように進めます。どちらが良いかは一概には言えませんが、その意識の差がDXの進捗や成否にも多分に影響していると思います。
PwCコンサルティング合同会社 Enterprise Transformation/パートナー 望月誠治
H.M.:
経理部門のDXは大きく分けると「定型業務の効率化」と「財務分析を通じた経営への提言」の2つの目的があると考えています。後者の方がより重要かつ難しいと思いますが、その難しさの理由についてはどう分析されていますか。
望月:
これまで日本企業の経理部、もしくは経理部長は、出納、決算報告、予算・実績管理、税務など経理事務を高品質かつ効率的に実行することが主な役割でした。例えば決算報告であれば、いかに正確に決算期日前に完了させるかが経理部門の価値だったのです。
経理事務は企業にとって絶対に必要な業務ですし、そのための業務効率を向上させるデジタル化/システム化は長らく進められてきました。請求書や証憑のペーパーレス化、RPAやAIなどを使用した業務の自動化など、今後もさらなる効率化の余地は残っていますが、既にかなり効率化が進んでいる企業も多く、今から根本的に現状を覆して何かを新たに始めなければならないという状況にはありません。
一方、CFO(最高財務責任者)には、財務データからリスクや改善点を見出し、経営に対して積極的に進言し競争力アップを図るという、新たな価値提供やアクションが求められています。それらを実現するためには、従来の事務作業の効率化とは異なり、データドリブンでシステムや業務をトランスフォーメーションすることを検討していく必要があります。
また、ヒトの問題もあります。これまで経理事務を担ってきた人々が経営に対して進言・提言するとなると、考え方の質や方向を大幅に転換しなければなりません。とはいえ、経理事務の仕事はなくなる訳ではなく、目の前の仕事で精一杯という状況の中で、新たな価値を作っていく作業に手が回らないという実態もあるでしょう。このように、システム面とヒトの面の双方から変革にアプローチしなければならないというのが、「財務分析を通じた経営への提言」を実現する難しさになっているのではないでしょうか。
H.M.:
現段階では、大多数の企業は経理部門のDXにおいて、財務分析を通じた経営への提言を目的として進められていないというのが実情なのでしょうか。
望月:
経理部門のDXを推進する企業の中には、グループ会社までをスコープにした経営管理を視野に入れて動いている企業もあります。ただ、大企業がグループ経営管理を行っていくためには、子会社すべてのデータを集めて総合的に見ていく必要があります。仮にいくらか集めたとしても、分析するデータとしては足りないケースがある。本社には開示されている財務諸表以外にも細かいデータがあるが、子会社の分はない、もしくは部門やセグメント別のデータがないなどの状況がそれにあたります。またデータが上がってくるスピードが子会社や部門ごとに異なるという問題もあります。「見たいときに見ることができる」という状況を整えるためには、データを統一することが必要で、その仕組み作りに苦労している企業は多いです。
H.M.:
ERPなど基幹システムを導入する際、現場サイドとしては作業がより楽になるという従来のシステム導入の目的として捉える傾向があります。一方、経営層は欲しいデータを見るためという新たな目的があり、社内で目的意識にギャップが生じることが多々あります。それは要件定義の難しさなどに繋がるのですが、望月さんはどのようにアプローチされているのでしょうか。
望月:
これまでシステム導入の目的は主に経理事務の効率化であり、現場ではDXもその延長線上にあると捉えられがちです。その対策としてプロジェクトオーナーに「今回のERP導入によって、現場はむしろ不便になります」というニュアンスでプロジェクト関係者に対して言い切って欲しいとお願いしたこともありました。「全体最適のためのシステム導入であり、競争上の優位性を確保するために現場には負荷をかけるかもしれない」というメッセージを常に送ってもらうのです。
H.M.:
なるほど。そもそもシステム導入の目的や経理の役割が変化していくことについて、最初から社内にしっかりと周知し続けていくということですね。
PwCコンサルティング合同会社 Enterprise Transformation/アソシエイト H.M.
H.M.:
レガシーシステムからERPやクラウド製品など新たなシステムに移行し業務を統一する効果はどこにあるのでしょうか。
望月:
一世代前までは、システムや業務を揃えるべしという話が確かに多かったです。ただデータドリブンというスタンスで進めるのであれば、システムがバラバラでも、同じ粒度のデータが出てくるのであれば全く問題ないと私は考えています。現在はデータを集めた大きな箱をつくるための製品が広く普及し始めているからです。しっかりと欲しいデータが揃えられているならば、システムをわざわざ刷新する必要はないでしょう。コストが増えたり、むしろ使いづらくなったりするケースもありますからね。
ただし、企業によっては子会社がデータをスプレッドシートで持っているなど、旧態依然とした状況に置かれている場合もあります。それでは必要なデータを集めることが難しいです。つまるところ、データ標準や会社の現状に沿ってシステムを統一するか否かを検討すればよいというのが私の考えです。
H.M.:
あくまでデータドリブンという考え方のもとでシステムの在り方を決定すべきだと。
望月:
そうですね。一方でシステム保守面を考えてシステム移行・統一を推奨するケースはあります。保守そのものの費用が高くなっていることに加え、レガシーシステムの仕様が分かる人やプログラマーがいなくなり、システム改修ができない状態が生まれています。例えば、インボイス制度への対応など、新たに改修の必要が生じても物理的に不可能になりつつあるのです。また旧来のシステムだと、システム仕様や必要なデータを解析するのに時間がかかるケースもあります。古いシステムを保守していくためのコストはどんどん高くなっていきます。
パッケージ製品やクラウド製品であれば、新しい機能をソフトウェア側がアップデートしてくれます。例えば、スマートフォンで領収書などを取り込める機能などがそれにあたります。企業側があえて開発することなく、有用な機能が増えていくことや、拡張性の高さは、新たなシステムを導入するメリットのひとつと言えるでしょう。
加えて人材確保の側面からも、新たなシステムを導入するメリットは高まっていくと思います。人材の確保は世界的に大きな課題となっていますし、特にアジア圏では転職が多い傾向があり、レガシーシステムや企業固有のシステムを利用していると新しい人材の教育コストが高くつきます。一方でSAPなど一般的なアプリケーションを使用したことがある人材はどの国にも多いため、立ち上がりや業務の習得時間を短縮することができます。
H.M.:
ERPを導入しデータを整えた後には、その分析・活用フェーズがあります。手続き系の実務を担ってきた経理人材が、データを活用して経営に進言していくためにはマインドチェンジが必要だと思いますが、その実現のためのポイントはどこにありますか。
望月:
現場の人間の変化は、企業の改革テーマとしてはシステム化より難しく、実際に遅れていると思います。経営管理目線で数字を見る人材は一部ですし、しかもある程度の役職になってから、はじめて経営管理目線で物事を考える場合もあります。経理業務をいかに効率的かつ正確にこなすかという方向で進んできた人たちが、いきなり違うことをやれと言われても戸惑いますよね。もちろん適応する器用な人はいますが、誰もができるということではありません。
経理人材のマインドを変えていくためには5~10年のスパンで取り組む必要がありますし、そのためには若いうちから教育やトレーニングの機会を与えることが大事だと思います。私は過去に経営管理をするゲームを使って、幹部候補生を対象に教育研修を実施した経験があります。ゲームでは、ひとりひとりが自分の会社のオーナーになって、仕入れや製造、販売価格などに関して意思決定していき、その結果が会社の数字(財務諸表)としてどのように表れてくるのかを確認します。そのように会社の経営感覚を身に付けられるトレーニング方法を考え出して、定期的に実施することがマインドチェンジを実現していくひとつの方法となるでしょう。
H.M.:
ちなみに経営能力は個々人のセンスに依存すると思われますか。
望月:
センスに依存する側面はあると思います。しかしセンスがある人材は一握りですし、多くの人材にとっては教育やトレーニングを通じた能力向上がカギになるでしょう。経理部門が提供すべき価値が変化していくなかで、将来的に余剰人材が増えてしまうリスクを防ぐためにも、マインドチェンジのための施策は不可欠だと思います。
またスキルアップのみならず、チームビルディングも課題です。経営や他部署に対して情報提供や進言をしていくためには、それを可能にする円滑なコラボレーションやコミュニケーションが必須です。領域をまたいで、外部のアイデアと掛け合わせて新たな価値を生みだすことができる組織体制を構築していくことは、DX実現や人材のマインドチェンジにおいて大きなポイントとなるでしょう。
H.M.:
会計実務に強い人や、システムに強い人は、それぞれ多くいると思いますが、データに強い人はなかなか生まれにくいという問題意識があります。これはクライアントだけでなく、コンサルティングファーム側についても同じことが言えると思います。データ人材を生み出すためにはどのような点を意識すべきでしょうか。
望月:
いざ数字やデータが正確に出てくる体制が整ったとしても、数字が意味するところをスピーディーに読み取れなければ新たな価値に繋げることができません。そのため、何より「数字に慣れる」ということをまず意識すべきだと私は考えています。
データから異変やその原因を見つけられるようになるためには、数字がすっと自分の一部になるスキルが必要で、ここでもやはりトレーニングが重要になってくるでしょう。とはいえ、経理部門は数字に強い人が多いので、システムが持つ数字の意味を把握することができ、さらに数字を加工する能力(アプリケーションを使いこなす知識)がつけば、比較的容易にデータを使いこなせるようになるのではないでしょうか。
H.M.:
最後に経理部門のDXを上手く進めるためのポイントについて、総合的な示唆がありましたら教えてください。
望月:
長期的な視点で目的を設定し、その上で目的にたどり着くまでのステップをしっかり考え、できることを積み重ねながら前に進んでいくことに尽きると思います。効果が見えない、もしくは途中で実現困難という判断となり、最終的に「やらない」という結論を出してしまうケースも多いのですが、それでも失敗はきっと次に繋がっていきます。
経理部門のDXが進んでいる先進企業も、失敗や効果がなかったアクションを積み重ねてきています。先駆けて取り組みを始め、前進し続けてきたからこそ、他社を上回ることができています。取り組みには金銭的なコストが伴いますが、効果を出さなければならないという意識に囚われ過ぎず、思考錯誤を繰り返しながら成功や失敗を経験し、将来に向かって一段階でも先に進めていくことがDX実現には欠かせないでしょう。
製造業界出身で、現在はPwCコンサルティングで製造業を対象としたERP導入を手掛けるディレクター佐田桂之介と、シニアマネージャー尾中隆喜が、基幹システムを導入する際のシステムの「標準化」の意義や克服すべき課題について語ります。
SAPの導入は企業の規模が大きくなるほど難しくなるとされています。長年数々の大規模プロジェクトに携わってきたEnterprise Transformation部門のパートナーと若手アソシエイトが、プロジェクトを成功に導くためのポイントについて議論しました。
「2027年問題」が迫るなか、多くの企業は業務改革とシステム再構築の連動という課題に直面しています。Enterprise Transformation部門のパートナー 蔵方玲臣と若手アソシエイトがシステム導入のチェンジマネジメントについて語り合いました。
デジタル化による定型業務の効率化という範疇を超え、新たな価値提供による企業競争力アップに資するDXを実現するポイントはどこにあるのか、会計領域のコンサルタントとして企業変革を支援してきたパートナー望月誠治が語りました。