若手社員とエキスパートが語る

「経理部門のデジタルトランスフォーメーション」の現在と未来

「財務分析を通じた経営への提言」のためのDX実現を阻む壁とは

H.M.:
経理部門のDXは大きく分けると「定型業務の効率化」と「財務分析を通じた経営への提言」の2つの目的があると考えています。後者の方がより重要かつ難しいと思いますが、その難しさの理由についてはどう分析されていますか。

望月:
これまで日本企業の経理部、もしくは経理部長は、出納、決算報告、予算・実績管理、税務など経理事務を高品質かつ効率的に実行することが主な役割でした。例えば決算報告であれば、いかに正確に決算期日前に完了させるかが経理部門の価値だったのです。

経理事務は企業にとって絶対に必要な業務ですし、そのための業務効率を向上させるデジタル化/システム化は長らく進められてきました。請求書や証憑のペーパーレス化、RPAやAIなどを使用した業務の自動化など、今後もさらなる効率化の余地は残っていますが、既にかなり効率化が進んでいる企業も多く、今から根本的に現状を覆して何かを新たに始めなければならないという状況にはありません。

一方、CFO(最高財務責任者)には、財務データからリスクや改善点を見出し、経営に対して積極的に進言し競争力アップを図るという、新たな価値提供やアクションが求められています。それらを実現するためには、従来の事務作業の効率化とは異なり、データドリブンでシステムや業務をトランスフォーメーションすることを検討していく必要があります。

また、ヒトの問題もあります。これまで経理事務を担ってきた人々が経営に対して進言・提言するとなると、考え方の質や方向を大幅に転換しなければなりません。とはいえ、経理事務の仕事はなくなる訳ではなく、目の前の仕事で精一杯という状況の中で、新たな価値を作っていく作業に手が回らないという実態もあるでしょう。このように、システム面とヒトの面の双方から変革にアプローチしなければならないというのが、「財務分析を通じた経営への提言」を実現する難しさになっているのではないでしょうか。

H.M.:
現段階では、大多数の企業は経理部門のDXにおいて、財務分析を通じた経営への提言を目的として進められていないというのが実情なのでしょうか。

望月:
経理部門のDXを推進する企業の中には、グループ会社までをスコープにした経営管理を視野に入れて動いている企業もあります。ただ、大企業がグループ経営管理を行っていくためには、子会社すべてのデータを集めて総合的に見ていく必要があります。仮にいくらか集めたとしても、分析するデータとしては足りないケースがある。本社には開示されている財務諸表以外にも細かいデータがあるが、子会社の分はない、もしくは部門やセグメント別のデータがないなどの状況がそれにあたります。またデータが上がってくるスピードが子会社や部門ごとに異なるという問題もあります。「見たいときに見ることができる」という状況を整えるためには、データを統一することが必要で、その仕組み作りに苦労している企業は多いです。

H.M.:
ERPなど基幹システムを導入する際、現場サイドとしては作業がより楽になるという従来のシステム導入の目的として捉える傾向があります。一方、経営層は欲しいデータを見るためという新たな目的があり、社内で目的意識にギャップが生じることが多々あります。それは要件定義の難しさなどに繋がるのですが、望月さんはどのようにアプローチされているのでしょうか。

望月:
これまでシステム導入の目的は主に経理事務の効率化であり、現場ではDXもその延長線上にあると捉えられがちです。その対策としてプロジェクトオーナーに「今回のERP導入によって、現場はむしろ不便になります」というニュアンスでプロジェクト関係者に対して言い切って欲しいとお願いしたこともありました。「全体最適のためのシステム導入であり、競争上の優位性を確保するために現場には負荷をかけるかもしれない」というメッセージを常に送ってもらうのです。

H.M.:
なるほど。そもそもシステム導入の目的や経理の役割が変化していくことについて、最初から社内にしっかりと周知し続けていくということですね。

PwCコンサルティング合同会社 Enterprise Transformation/アソシエイト H.M.

PwCコンサルティング合同会社 Enterprise Transformation/アソシエイト H.M.

経理部門のマインドチェンジを促すポイントとは

H.M.:
ERPを導入しデータを整えた後には、その分析・活用フェーズがあります。手続き系の実務を担ってきた経理人材が、データを活用して経営に進言していくためにはマインドチェンジが必要だと思いますが、その実現のためのポイントはどこにありますか。

望月:
現場の人間の変化は、企業の改革テーマとしてはシステム化より難しく、実際に遅れていると思います。経営管理目線で数字を見る人材は一部ですし、しかもある程度の役職になってから、はじめて経営管理目線で物事を考える場合もあります。経理業務をいかに効率的かつ正確にこなすかという方向で進んできた人たちが、いきなり違うことをやれと言われても戸惑いますよね。もちろん適応する器用な人はいますが、誰もができるということではありません。

経理人材のマインドを変えていくためには5~10年のスパンで取り組む必要がありますし、そのためには若いうちから教育やトレーニングの機会を与えることが大事だと思います。私は過去に経営管理をするゲームを使って、幹部候補生を対象に教育研修を実施した経験があります。ゲームでは、ひとりひとりが自分の会社のオーナーになって、仕入れや製造、販売価格などに関して意思決定していき、その結果が会社の数字(財務諸表)としてどのように表れてくるのかを確認します。そのように会社の経営感覚を身に付けられるトレーニング方法を考え出して、定期的に実施することがマインドチェンジを実現していくひとつの方法となるでしょう。

H.M.:
ちなみに経営能力は個々人のセンスに依存すると思われますか。

望月:
センスに依存する側面はあると思います。しかしセンスがある人材は一握りですし、多くの人材にとっては教育やトレーニングを通じた能力向上がカギになるでしょう。経理部門が提供すべき価値が変化していくなかで、将来的に余剰人材が増えてしまうリスクを防ぐためにも、マインドチェンジのための施策は不可欠だと思います。

またスキルアップのみならず、チームビルディングも課題です。経営や他部署に対して情報提供や進言をしていくためには、それを可能にする円滑なコラボレーションやコミュニケーションが必須です。領域をまたいで、外部のアイデアと掛け合わせて新たな価値を生みだすことができる組織体制を構築していくことは、DX実現や人材のマインドチェンジにおいて大きなポイントとなるでしょう。

データを使いこなすためには、何をする必要があるか

H.M.:
会計実務に強い人や、システムに強い人は、それぞれ多くいると思いますが、データに強い人はなかなか生まれにくいという問題意識があります。これはクライアントだけでなく、コンサルティングファーム側についても同じことが言えると思います。データ人材を生み出すためにはどのような点を意識すべきでしょうか。

望月:
いざ数字やデータが正確に出てくる体制が整ったとしても、数字が意味するところをスピーディーに読み取れなければ新たな価値に繋げることができません。そのため、何より「数字に慣れる」ということをまず意識すべきだと私は考えています。

データから異変やその原因を見つけられるようになるためには、数字がすっと自分の一部になるスキルが必要で、ここでもやはりトレーニングが重要になってくるでしょう。とはいえ、経理部門は数字に強い人が多いので、システムが持つ数字の意味を把握することができ、さらに数字を加工する能力(アプリケーションを使いこなす知識)がつけば、比較的容易にデータを使いこなせるようになるのではないでしょうか。

H.M.:
最後に経理部門のDXを上手く進めるためのポイントについて、総合的な示唆がありましたら教えてください。

望月:
長期的な視点で目的を設定し、その上で目的にたどり着くまでのステップをしっかり考え、できることを積み重ねながら前に進んでいくことに尽きると思います。効果が見えない、もしくは途中で実現困難という判断となり、最終的に「やらない」という結論を出してしまうケースも多いのですが、それでも失敗はきっと次に繋がっていきます。

経理部門のDXが進んでいる先進企業も、失敗や効果がなかったアクションを積み重ねてきています。先駆けて取り組みを始め、前進し続けてきたからこそ、他社を上回ることができています。取り組みには金銭的なコストが伴いますが、効果を出さなければならないという意識に囚われ過ぎず、思考錯誤を繰り返しながら成功や失敗を経験し、将来に向かって一段階でも先に進めていくことがDX実現には欠かせないでしょう。

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主要メンバー

望月 誠治

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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