
生産領域へのERP導入、PwCの強みとは
製造業界出身で、現在はPwCコンサルティングで製造業を対象としたERP導入を手掛けるディレクター佐田桂之介と、シニアマネージャー尾中隆喜が、基幹システムを導入する際のシステムの「標準化」の意義や克服すべき課題について語ります。
「SAP ECC」の保守期限が終了する、いわゆる「2027年問題」が迫るなか、多くの企業は業務改革とシステム再構築の連動という課題に直面しています。しかし、その現状について調査したレポートでは、システム導入を成功と捉えている企業が極めて少ないという実態も明らかになっています。そこで本稿では、システム導入の成否を分けるファクターの中から、チェンジマネジメントに焦点を当て、PwCコンサルティング合同会社ET(Enterprise Transformation)部門のパートナー 蔵方玲臣と、若手のアソシエイトC.O.が語り合いました。
対談者
PwCコンサルティング合同会社
Enterprise Transformation/パートナー
蔵方玲臣
PwCコンサルティング合同会社
Enterprise Transformation/アソシエイト
C.O.
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
(左から)蔵方玲臣、C.O.
C.O.:
本日は「システム導入×チェンジマネジメント」というテーマで、蔵方さんにお話を伺いたいと思います。まずチェンジマネジメントとは、「システム導入前に設定した目的を、導入後に効果が出るまで保持し続ける活動」という定義でよろしいでしょうか。
蔵方:
「システム導入×チェンジマネジメント」という文脈においては、それよりも広範な意味合いや活動が含まれます。私は「システム導入前に構想した理念や業務全体の見直しの方向性、また自社の新たな強みを実現・強化していくために、組織や個人が必要な変革を受け入れ、成果を上げるための大きな仕組みや活動」と解釈しています。
後ほど詳しくお話ししますが、例えばシステム導入に対して経営層が求めていることと、現場が求めていることには往々にして差異があります。その期待値や認識の差を埋めていく作業もチェンジマネジメントに含まれます。
PwCコンサルティング合同会社 Enterprise Transformation/パートナー 蔵方玲臣
C.O.:
なぜシステム導入にはチェンジマネジメントが重要になるのでしょうか。背景などあれば教えていただけますか。
蔵方:
システム導入プロジェクトを推進するにあたっては、やってみなければ分からない曖昧さや不確実性に対して、必ずしも正解のない意思決定を繰り返し、この不確実性を減らしていくという困難な道のりを歩むことになります。だからこそ何のためのプロジェクトなのか、ビジネスはどう変わるのかというコンセプトをプロジェクトメンバーの一人ひとりがよどみなく語れること、分かりやすいゴールを設定することが最重要と考えます。そのため、私はシステム導入の成否は「構想策定」のフェーズによって大きく左右されると考えています。
C.O.:
構想策定とは、現状をヒアリング・調査して、仮説を立てながらクライアントと改革テーマを定義し、実際の投資対効果を検討していく要件定義や実行前のプロセスですね。
蔵方:
はい。ユーザー側のプロジェクトメンバーが経営層に上申する企画書、もしくはシステム構想案と言い換えることもできます。コンサルティングファームによってどこに力点を置くかに違いはありますが、基本的にその流れで進めていきます。プロジェクトを立ち上げる企画段階となる構想策定でマスタースケジュール、予算、プロジェクトのスコープ、理念・目的を設定することが、システム導入を成功に導くにあたって非常に重要です。
というのも、「SAP ERP」などのシステム導入は大型プロジェクトとなり、スケジュールも2~3年と長期化する傾向があります。そのため大半のケースでは、プロジェクトが進むにつれ当初設定した目的が曖昧になり、「いかにプロジェクトを無事に終えるか」という心理が働きがちです。
スケジュールを遵守することやリスクを回避することが優先され、チャレンジ精神が薄れた結果、稼働後に現場・経営層それぞれに「あまり良いシステムではない」という形で評価されてしまう。システム導入プロジェクトに関わる多くの企業には共通して、そのような経験・実情が浮かび上がっているのではないかと、個人的に推測しています。
また、システム導入プロジェクトにおいては、フェーズが進むにつれて関係者も増えていきます。関係者を巻き込み、賛同者を得ていくためには、構想策定フェーズでプロジェクトのビジョンや目的、方向性がしっかり定義・立案されていなければなりません。そうでなければ、実行中に方向性がぶれてしまいます。
ただし、構想策定で計画さえしっかり立てれば全て上手くいくかというと、そういうわけでもありません。プロジェクトの開始時から稼働後に至るまで、当初の目的や理念をしっかり浸透させていく必要があり、そこでチェンジマネジメントが重要性を帯びてきます。
PwCコンサルティング合同会社 Enterprise Transformation/アソシエイト C.O.
C.O.:
近年、「SAP ECC」の保守期限が終了する、いわゆる「2027年問題」も迫っています。システム導入プロジェクトを成功に導くにあたり、構想策定やチェンジマネジメントの重要性がますます喚起されそうですね。
蔵方:
そうですね。多くの企業は2000年代前半にSAPを導入しており、今まさに「2027年問題」に直面しています。私どもも、S/4HANAへのバージョンアップを機に、基幹システムを再度見直したいという引き合いを受けることが増えています。
クライアントの視点としては、20年前に大きなプロジェクトを実行し、今回が20年ぶりの再構築となり、この機を逃すと、システムの大刷新や業務改革を伴うような「SAP ERP」の再開発・再構築は20年後になってしまいます。20年後に禍根を残さない刷新ができるかどうかは、現時点での構想策定にかかっていると言っても過言ではないでしょう。すなわち、今、「何のための再構築か」を徹底的に考え抜くことが強く求められているのです。
C.O.:
ERP刷新・再構築を成功させるために、意識すべき点はどこにあると思いますか。構想策定と絡めてポイントがあれば教えてください。
蔵方:
まず、企業における各人の立場によって、システムに対する期待値に違いがあることを意識すべきでしょう。実際にシステムを使用するユーザーは、利便性向上に期待を持ちます。一方、経営層は数十億規模の投資になるので、単なるバージョンアップとは捉えず、システム投資という観点から投資対効果(ROI)に見合うかどうかを強く意識します。言い換えれば「売り上げにいくら寄与するのか」「コスト削減にどれだけインパクトがあるのか」など、金額的な側面からシステム導入の成否を評価する傾向にあるのです。
そのため、構想策定の段階において、経営層、現場層、ミドルマネジメント層の期待値をしっかりと握ることが、ERP刷新・再構築を成功に導くための大前提となります。また、単なるテクニカルバージョンアップに対する投資費用の回収という視点に経営層が囚われないよう、抜本的な改革テーマとともに投資対効果を説明していくこと、業務改革の実現性を検討・シミュレーションすること、さらには各層の期待値や思いをすり合わせた合意を明文化していくことなども重要となるでしょう。
C.O.:
構想策定そのものを上手く進めるためのポイントについてはどうお考えでしょうか。
蔵方:
各社によって構想策定の進め方はそれぞれです。例えば、すでにユーザーに想いがある場合は、そこから改革テーマを抽出し、テーマが実現したらどういう業務効果があるか、もしくは金額換算ができるかどうかをシミュレーションしていくアプローチを取るケースもあれば、現状の不満をヒアリングすることから始めるケースもあります。社内から業務を抜本的に変えるアイデアが最初から出てこない場合は、他社事例を紹介する、というような手段を用いることもあります。
テクニックや手法は数多くありますが、構想策定に絶対と言える正しい方法はありません。つまるところ、コミュニケーションだと私は考えています。“良い構想策定”に至るまで関係者と徹底的に対話を重ね、方向性を調整・修正しながら、方法論に関しては工夫しながら臨むべきでしょう。
C.O.:
PwCとしてはクライアントとの構想策定にどのように向かい合うべきだと考えていますか。
蔵方:
私たちが意識すべきことの1つとして、現場の意見は既存システムの利便性に対する不満を起点に発せられているケースがとても多いということが挙げられます。その不満や改善案を足がかりに構想策定を進めると抜本的な刷新とはなりませんし、投資対効果においても経営層を説得するものにはなりにくいでしょう。
私はヘンリー・フォード氏の「もし顧客に彼らの望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と答えていただろう」という名言がとても好きです。馬の存在しか知ることができないと、自動車を求める発想は出てきません。
昨今、社会、ビジネス、ITなど企業を取り巻く環境は加速度的に変化しています。20年前に実現不可能であったことが、新たなITにより実際に解決できるようになっています。
私たちは、他社事例や業界事例を参考とし、新しい技術と組み合わせた抜本的なシフトチェンジを一緒に考えながら見解をまとめ、システム導入そのものがクライアントのビジネスイノベーションにつながるよう支援していくべきでしょう。
構想策定の現場では、ユーザーが具体的に危機意識を持っているケース、コンセプショナルな話が先行するケース、他社事例がなかなか伝わりにくいケースなどさまざまな状況が想定できます。どのようなケースにおいても対応できるよう、事例やアセットを蓄積しながら、知見やバリューの届け方を試行錯誤していくべきではないでしょうか。
C.O.:
実務的な質問となりますが、構想策定に取りかかる場合には期間を長めに設定した方が良いのでしょうか。
蔵方:
各社ともスケジュールがあるので、なかなか思いどおりにはならないでしょう。それでも、構想策定で成否が決まるという認識で、腰を据えて取り組むことが望ましいと思います。そもそも20年前は構想策定という考え方があまりなく、SAP導入プロジェクトの多くは要件定義から始まっていました。構想策定の重要性は認知されつつあるものの、成果を急ぐあまり構想策定が不十分なまま要件定義を開始してしまうケースもいまだ散見されます。そのような状況下であっても、許す限り長めに時間を取ってほしいですね。
C.O.:
蔵方さんは、構想策定段階でアイデアを引き出す先としては、経営層と現場のどちらを意識されていますか。
蔵方:
私は基本的に現場を意識していますし、業務部門のユーザーのアイデアが不可欠だと考えています。というのも、特に日本は海外と比べてボトムアップの文化が強いからです。現場のユーザーと、改革テーマ、イネーブラーとしての強み、差別化要因、抜本的な業務改革の方向性を徹底的に議論すべきです。その際、ユーザー側は投資対効果、業務に及ぼす効果、制約などさまざまな視点でプロジェクトを評価しつつ、収益計画のシミュレーション・検証まで行う必要があります。
私の経験上、業務部門や現場には危機感を持っているユーザーが必ずいます。システム導入に関わる関係者は想像以上に多くなりますが、その中からキーパーソンを見つけ出し、アイデアを育てるために支援していくのも私たちの役目です。
C.O.:
現場から出たアイデアに対して、経営層はどのようなスタンスを取ることがシステム導入を成功に導く上で望ましいのでしょうか。
蔵方:
経営層の期待値まできっちり盛り込めた構想案に対しては、全面的にスポンサリングするという意思を示し、かつ社内にその重要性を発信し続ける役割を担うことが重要になります。現場から上がってきた構想がきちんと成功するように、プロセスについても曲げず譲らず、一番の理解者でいるというスタンスを保持してほしいです。
C.O.:
構想策定が完了し、実行フェーズに入ると関係者も増えていくと思います。規模が大きくなるにつれ、当初の目的も曖昧になっていくと思いますが、その際にどのようなチェンジマネジメント活動が想定できますか。
蔵方:
手法の1つとして、例えば現場と経営層がインタラクティブに思いを発信・共有できる、ポータルのような場をつくることが有効だと思います。多くの人が目の前の業務に忙殺されて目的を忘れがちになりますが、ポータルがあれば原点に立ち返ることができます。また進捗情報を集約して継続的に発信することもできるでしょう。もちろんポータルだけ準備すれば良いというわけではありません。定期的にインタビューや打ち合わせを行うなど、火を着け直す仕組みや活動もしっかりと用意していくべきです。
C.O.:
構想策定のみならず、チェンジマネジメントにおいても、最終的に現場と経営層とのコミュニケーションの在り方をどう形づくるかが重要になってくるのですね。本日はありがとうございました。
製造業界出身で、現在はPwCコンサルティングで製造業を対象としたERP導入を手掛けるディレクター佐田桂之介と、シニアマネージャー尾中隆喜が、基幹システムを導入する際のシステムの「標準化」の意義や克服すべき課題について語ります。
SAPの導入は企業の規模が大きくなるほど難しくなるとされています。長年数々の大規模プロジェクトに携わってきたEnterprise Transformation部門のパートナーと若手アソシエイトが、プロジェクトを成功に導くためのポイントについて議論しました。
「2027年問題」が迫るなか、多くの企業は業務改革とシステム再構築の連動という課題に直面しています。Enterprise Transformation部門のパートナー 蔵方玲臣と若手アソシエイトがシステム導入のチェンジマネジメントについて語り合いました。
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