
生産領域へのERP導入、PwCの強みとは
製造業界出身で、現在はPwCコンサルティングで製造業を対象としたERP導入を手掛けるディレクター佐田桂之介と、シニアマネージャー尾中隆喜が、基幹システムを導入する際のシステムの「標準化」の意義や克服すべき課題について語ります。
SAPプロジェクトは企業の規模が大きくなるほど、複数の要因から難易度が飛躍的に跳ね上がるとされています。PwCコンサルティング合同会社のEnterprise Transformation(以下、ET)部門のパートナーと若手による今回の対談では、約20年のキャリアのなかで複数の大規模プロジェクトに携わってきたパートナーの浦正幸と、新卒3年目のアソシエイトM.Y.が大規模プロジェクトの品質管理の課題を分析するとともに、成功に導くためのポイントについて語り合いました。
対談者
PwCコンサルティング合同会社
執行役員/パートナー
浦 正幸
PwCコンサルティング合同会社
Enterprise Transformation/アソシエイト
M.Y.
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
(左から)浦 正幸、M.Y.
M.Y.:
私はこれまで中小規模のプロジェクトに関わってきましたが、まだ大規模な案件を経験したことがありません。大規模プロジェクトになると難易度が高まるとお聞きしていますが、その理由について教えてください。
浦:
複合的な理由がありますが、まずは「ビジネスプロセスのバリエーションが多いこと」が挙げられます。
企業の売上の80%を占めるビジネスプロセスに対しては、SAPの標準的な業務プロセスを適用させることが可能です。しかし残りの20%に関しては、取引先の制約やビジネス上の慣習などを踏まえ、固有の業務プロセスを検討していく必要があります。企業規模が大きくなればなるほど、その20%に該当する業務プロセスバリエーションは増えます、結果として業務プロセスやシステム機能要件の検討規模が複雑化していきます。
私が現在担当している案件では統合テストのシナリオを検討していますが、メインシナリオは20パターン程度で済みました。しかしメイン以外のシナリオは100を超えています。そのようなプロセスバリエーションの膨大さが、大規模プロジェクトの難易度を高めているのです。
また「システムの数が膨大」であることも大規模プロジェクトを難しくしています。クライアントが大企業やグローバル企業であれば、既存のシステムやインターフェースの数は大小合わせて数千を超えることも珍しくありません。その全てを一挙に置き換えることは不可能ですし、現行システムを生かすためにSAP側と調整しなければならない要件が生じます。そしてシステム数が多ければ多いほど、調整すべき要件は増えていきます。
次に、「展開対象となる部門・ユーザーが多いこと」が挙げられます。SAP導入プロジェクトでは、業務改革、業務プロセスの理解、新システムのトレーニング、データクレンジングなどの活動をエンドユーザーと進めていく必要があります。展開先となる部門・ユーザーは企業の規模に比例して増えていきますので、大規模プロジェクトでは対応規模も膨れ上がり、複雑性も高まります。またユーザーや部門が増えると、システム導入に対して前向きに理解していただくための作業や工数も多くなります。
PwCコンサルティング合同会社 執行役員/パートナー 浦 正幸
M.Y.:
中小規模の案件に比べて難易度が各段に高まる背景については、よくイメージすることができました。ではプロジェクトの質を高めるためには、どのような点を意識すべきでしょうか。
浦:
前提として、プロジェクトが大規模であるが故に、何か特別なことをしなければならないという訳ではありません。むしろ「本来やるべきことをより網羅的に、丁寧かつ粘り強く徹底すること」を意識すべきです。
私の経験則によれば、プロセス、システム、対象ユーザーの数によってプロジェクトの難易度は2倍、3倍ではなく、2乗、3乗に高まります。その困難さのハードルを下げるポイントの1つに「事前準備の徹底」があります。
私の場合、まず計画という観点ではPwCのSAP導入方法論に基づき、生じうるタスクや工数をしっかりと積み上げることに専念しています。もちろん構想策定段階において全ての業務プロセス数を把握することは困難です。それでも類似事業などから試算して、なるべく緻密なシミュレーションを行うよう心掛けています。
またプロセス数だけでなく、発生しうる課題に対してもセッション数を見積ると同時に、大・中・小と規模を区分けして定義しています。その後、結果として業務プロセスや課題が増えたのか、それとも減ったのか「計画と実績の差分」の確認に注力します。
M.Y.:
当初の計画を柔軟に更新できるように、予実管理を行いながら観察と分析作業を継続する。すなわち「計画し続けるスタンス」が大規模プロジェクトにおいて重要になるのですね。
浦:
そのとおりです。また準備段階で「プロジェクトの羅針盤」を設定して、プロジェクトメンバーが「あるべき姿」に対する認識を常に保持していくこともポイントになります。
大規模プロジェクトでは、経営改善や業務効率化などを目的に据えて要件定義を行いますが、フェーズが移行していくにつれて、当初定義した「あるべき姿」が形骸化してしまいがちです。展開対象となる部門・ユーザーに数々の無理難題を受け入れてもらうことで導入プロジェクトは前進していきますが、プロジェクトメンバーの意識が曖昧となっては、交流やコミュニケーションを円滑に進めることができなくなります。
形骸化とその悪影響を防ぐためにも、クライアント側の役員、管理職、キーユーザーを含めたプロジェクトメンバーが、プロジェクトの必要性、考え方、「あるべき姿」を、要件定義から稼働まで認識し続けることが必須です。そしてそのための羅針盤が必要です。これまでの案件ではプロジェクトの方針書などを作成して、プロジェクトメンバーのみならずユーザーにも徹底的に周知するように努めてきました。
M.Y.:
大規模プロジェクトになると期間も長期化します。冒頭に方針書を作成して周知しても、継続的に意識を向けてもらうのは難しいイメージがあります。長期プロジェクトにおいて初期の方針を最後まで保つためのポイントはありますか。
浦:
例えば直近の案件では、資料をプロジェクトのポータルだけでなく全社に展開しています。ユーザーにも理解いただくために、目的、アプローチ、スケジュールの全てを公開していますし、変更があれば都度更新します。全社的に意識を共有する仕組づくりが上手くいけば、ユーザーの皆様はしっかり確認してくれますし、フィードバックや情報提供もしてくれます。
M.Y.:
プロジェクト関連資料の公開範囲をプロジェクト内に留めるのではなく、全社展開する資料として位置づけることが欠かせないのですね。
では、クライアントがSAPを導入する背景の1つに、業務のルールおよびプロセス、データの標準化があると思いますが、現状調査の重要性についてはどうお考えでしょうか。
浦:
「SAPを導入するから現行調査はいらない、または徹底調査する必要がない」と考えるクライアントは少なくありません。しかしそれは大きな誤解です。SAPを導入すれば業務のルールやプロセスを自動的に標準化できる訳ではありません。
先に「20%の売上に対する業務プロセスは固有業務プロセスとならざるを得ない」と説明しました。要件定義フェーズでは現行のプロセスおよび制約を調査し、標準プロセスの適用可否を1つずつ判断し、適用できないものは固有プロセスを定義することが必要となります。なお、20%の固有業務プロセスを理解するためには、それぞれの制度、業務のルールおよびプロセスを司る関係者やユーザーをしっかり巻き込む作業が欠かせません。
それでも実際は、要件定義フェーズで全ての業務プロセスを網羅することは難しいですし、要件定義漏れのボリュームが多いと、後半の設計フェーズでインパクトが大きすぎて対応できなくなります。
PwCコンサルティング合同会社 Enterprise Transformation/アソシエイト M.Y.
M.Y.:
大規模プロジェクトの品質を高めるために意識すべき点は他にもありますか。
浦:
インターフェースの本数や業務プロセスのバリエーションが多いことが、SAPに大きな影響を及ぼすという点に留意すべきでしょう。
SAPを導入すると、ルールや業務プロセスが大きく変わります。例えば、売上基準が出荷から着荷に変わることがその一例です。そうなると現行システムにも同じルールを適用しなければなりません。一方、現行システムを継続運用すると、それに伴う制約事項がSAP側にも発生します。そしてインターフェースの本数が増えれば増えるほど、SAPへの影響は大きくなります。
システム要件は業務プロセスの検討で発生したSAP要件と、現行システムと連携する上で必要な情報要件の2つが出揃うことで確定します。通常のプロジェクトでは業務プロセスのTo-Be要件の検討に注力しすぎたり、現行システムを継続利用するための検討が遅れがちになったりしますが、大規模プロジェクトではそのタイムラインを合わせることがポイントとなります。そのためにはこの2つの要件の検討を並行して進めること、そしてより厳格なスケジュールを作成し、進捗や課題を管理することが求められます。
また「ステークホルダーの積極的な参加」を促すこともポイントになります。
各事業のユーザーには、業務変革を実現する新たな業務のルールおよびプロセスをよく理解してもらい、現状と変化点に対するBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)を実行いただく必要があります。SAP導入のために、ユーザーに推進していただく活動は想像以上に多いです。前広にステークホルダーの納得や了承を得て積極的な参加を促さなければ、良好な協力体制を築くことはできません。
そして展開する部門数が多いほど、新業務のコンセンサスとBPR対応の難易度は上がります。チェンジマネジメントとトレーニングの計画を作成して、プロジェクトの初期段階からステークホルダーを積極的に巻き込み、フィードバックをもらうことが重要です。
最後に「プロジェクト管理の徹底」です。
SAP導入のスケジュールやタスクは各々に依存関係を持っており、何か1つが遅延すると、並行するタスクや後続のタスクにも大きく影響します。特に大規模プロジェクトでは計画の修正・変更に多大な時間と工数を要します。大型船が止まるまでに時間がかかるのと同じですね。
そのため大規模プロジェクトではマイルストーンを設定し、遅延状況や、並行するタスクや後続するタスクへの影響の有無とボリュームを都度見極めて、タイムリーにリカバリープランを策定していくことがポイントになります。もちろんその分、管理工数はかかりますが、問題発生後の管理工数よりもはるかに少なく済みます。
M.Y.:
大規模SAPプロジェクトに対するPwCのスタンスと、それを実現するための取り組みについて教えてください。
浦:
私たちの目標は「品質のPwC」と評価していただくことです。品質管理を高めるためにさまざまな取り組みを行っていますが、今回はそのうちの3つをご紹介したいと思います。
1つ目は「提案レビュープロセスの徹底」です。まずクライアントからの引き合いが確認できた時点で、提案のリスクや留意点を評価するオポチュニティレビューを実施します。次に提案書の内容を事前に評価するソリューションレビューを行います。提案前のレビュープロセスで意識するのは、「案件の難易度」「社内体制の構築可否」「提案スコープとスケジュール」の3つです。SAPの提案に関してはETのパートナーとディレクターが必ずペアで実施しています。
2つ目は、「SAP導入方法論の継続的な改善」です。原則としてPwCの導入方法論に則った計画と管理を行っていますが、プロジェクトでの適用を促進するために管理ツールの拡充・改善を継続的に実施しています。
最後に「プロジェクトマネジメントの徹底と意識向上」です。ETではマネージャー以上を対象としたプロジェクト管理および品質管理を討議するワークショップを月次で開催しています。これはプロジェクトマネージャーだけでなく、最前線で日々の作業を計画するチームリーダーやマネージャーまで裾野を広げて、品質管理の意識を向上させていくための活動です。
私たちは方法論も重視しますが、プロジェクト管理に対するメンバーの意識が何より大事だと考えています。そのためプロジェクトマネジメントの徹底と意識向上は、私たちが最も注力している取り組みとなります。
M.Y.:
どんなに良い方法論があっても、意識が高くないと使いこなせないということですね。とても貴重なアドバイスをいただきました。今回の対談で学んだことをプロジェクトに生かしていきたいと思います。本日はありがとうございました。
製造業界出身で、現在はPwCコンサルティングで製造業を対象としたERP導入を手掛けるディレクター佐田桂之介と、シニアマネージャー尾中隆喜が、基幹システムを導入する際のシステムの「標準化」の意義や克服すべき課題について語ります。
SAPの導入は企業の規模が大きくなるほど難しくなるとされています。長年数々の大規模プロジェクトに携わってきたEnterprise Transformation部門のパートナーと若手アソシエイトが、プロジェクトを成功に導くためのポイントについて議論しました。
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