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近年、流行語になりつつある単語として、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」が挙げられます。これは、テクノロジー業界に限らず、あらゆる業界において無視できないビジネストレンドの1つになっています。センサーやカメラなどのセンシング技術、IoTのようなデータ収集技術、AIなどのデータ解析技術、エッジコンピューティングや5Gなど即時性を向上させるテクノロジーなど、デジタル技術はこの十数年で加速度的に発展しています。これらの技術は、社内オペレーションの効率化や顧客へのサービス付加価値向上(提供スピードや品質の向上など)につながるため、テクノロジー企業は自社の成長のため、これらの技術の活用を前提にビジネスモデルを再構築することが求められています。
海外企業に目を向けると、GAFAなどのテックジャイアントが、起点となるハードウェアとクラウドAI技術を駆使してB to C分野における顧客データビジネスで他社を圧倒し、フィジカル空間のデジタル化(デジタルツインなど)にも進出しつつあります。こうした状況は、一部の国内テクノロジー企業を衝動的にDXに走らせるには十分過ぎる程のインパクトをもたらしています。結果として、「DXというバズワードに踊らされ、DXを通じて実現したいビジョンが明確ではない」「経営トップが覚悟を持ってDXにコミットせず、日々進化するデジタル技術を表面的にキャッチアップするにとどまる」「自社に導入できるテクノロジーを血眼になって探索し、深く検討することなくDXと銘打たれるシステムやサービスを導入する」といったケースが頻発し、「思ったような成果が上がらずに頭を抱える」経営者が続出しているのではないでしょうか。
確かに、このDX時代にあってはデジタル技術を効果的に導入し、自社のオペレーションを改善することや、顧客にサービスとして提供することは必要不可欠と言えます。そのトレンドを促進する1つの要因として挙げられるのが、企業ビジョンの一つの方向性としての「社会・環境課題解決」です。
主に製造業においては、従来、自社の顧客ニーズを満たすことがフォーカスされていました。しかし、気候変動などの環境問題、貧困などの社会問題が深刻化する中、近年あらゆる業界において、さまざまなステークホルダーを考慮し、ESGの観点から持続可能なビジネスモデルを追求するトレンドが生まれています。実際、DSM、Dowなど世界的な素材メーカーや消費財メーカーはESGを重視した経営戦略を策定しており、追随するようにそれらを事業戦略に落とし込む企業が現れ始めています。化学業界においても、世界的に環境基準や安全基準が厳格化されつつあり、環境汚染を取り締まる国が増えています。その結果、化学メーカーは毒性の低い代替物を見つけるか、必要な廃棄物処理の費用を負担することを求められる可能性がますます高くなっています。従って、一部の化学メーカーは 1.製品の利益率や成長率、2.調達を特定の国に依存するリスク、3.代替品の活用状況を考慮し、魅力的ではないセグメントから撤退するなど、事業ポートフォリオ変革の動きを見せています。
結果として、企業ビジョンの1つの方向性として「成長著しい技術を活用した社会・環境課題解決」が少しずつ挙げられつつあります。このトレンドに適切に対応することが、企業の市場におけるプレゼンスに大きく影響すると想定されます。アナリティクスやAI、ネットワーク構築など、データを可視化・解析するケイパビリティを有するテクノロジー企業は、社会・環境・経済面における提供価値を中長期的に高めるためのイネーブラーとして機能することが、今まで以上に期待されているのです。
DXに向けた取り組みは、「DXで何を実現したいのか」というビジョンが明確化されていれば、企業の本質的な提供価値を強化する手段として非常に有効です。しかし、それが明確でなければ、貴重な経営リソースを無駄にする可能性が高いと言えます。著しいスピードで変化するビジネスやテクノロジーのトレンドを捕捉することは必要ですが、変化の大きいテクノロジー業界においては、「何が自社の競争優位の源泉となるのか」を改めて考え、自社のビジネスモデル再構築を進めなければならない局面に差し掛かっているのではないでしょうか。
本連載では、国内テクノロジー企業※とグローバル先進企業の歩みを分析することで、この変化の大きい局面において国内テクノロジー企業がどのような戦略を採り、どのように事業活動を営むべきかについて検討し、示唆を導き出します。
※主に電機メーカー(総合電機など)、電子部品メーカー(半導体など)などのテクノロジー企業を想定
連載第1回から3回では、主に下記3つの論点を取り上げます。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大により堰を切ったようにDXが推し進められる状況を俯瞰し、国内テクノロジー企業の競争優位の源泉と、今後目指すべき方向性を検討します。
戦後復興期から高度経済成長期にかけて、国内テクノロジー企業(当時の総合電機メーカーなど)はグローバル先進企業に追いつくことを目指し、海外からの積極的な技術導入などを通して技術力向上に努めました。結果として日本のテクノロジー産業は、家電・電機、半導体などの複数の業界において国際競争力を高め、グローバルで高いシェアを獲得するまでに成長しました。
しかし、グローバルで一定のプレゼンスを発揮していた国内テクノロジー企業は、1980年代後半から2000年代に急速にそのプレゼンスを低下させてしまいます。その原因は大きく、以下の3点で説明できます。
的確な意思決定を行うにあたっては、社内外の正確な情報をタイムリーに取得し、それらを踏まえた戦略の構築が前提となります。「ビジネスやテクノロジーのトレンドがどのように動いているか」「競合はどのような戦略に基づき事業活動を営んでいるか」といった外部環境情報や、「バリュープロポジションを有するケイパビリティは何か」といった自社分析の結果を踏まえ、戦略を策定することが競争優位の確立には必要となります。その点、国内テクノロジー企業は1980年代後半から2000年代にかけて、社内外の情報を正確に分析し、戦略に落とし込む戦略策定力に課題を抱えていたと考えられます。
仮に、1980年代後半から2000年代にかけて国内テクノロジー企業が外部環境情報(マクロトレンド・競合動向)と自社ケイパビリティを踏まえた戦略策定力を有していたとして、重要な局面において情報の分析結果に基づいて大胆な意思決定を下せたかは疑問の余地が残ります。事実、ある大手総合電機メーカーはかつて有力な半導体事業を抱えていたものの、総花的に製品ラインナップを維持し続けたため、半導体事業が独立性を保てず、同市場におけるマクロトレンドの大きな変化に対応するための打ち手を講じることができませんでした。
正しい情報に基づく大胆な意思決定ができない理由として、適切なガバナンス体制・人事制度が未整備であることが挙げられます。詳細は後述しますが、中長期的な視点から企業価値向上に向けた戦略が取りづらい環境であることが国内テクノロジー企業の大きな課題の1つであり、短期的な財務リターンを追いかける意思決定につながっていると考えられます。
国内テクノロジー企業は上記2点の課題を抱えた結果、適切な意思決定、特に投資判断ができなかったケースが散見されます。中でも、市場におけるプレゼンスに直結する、外部環境分析を踏まえた自社のコアケイパビリティ強化の投資や、コアケイパビリティを生かせる事業ポートフォリオの構築(事業の売却・買収)、そしてコア事業のグローバル展開に向けた投資については、「必要十分な投資額を確保しタイムリーに投資実行をする」ことがなされなかったのではないでしょうか。
戦後復興期から高度経済成長期においては、「そもそも製品やサービスに対する需要の総量が供給に対して多かった」「ニーズの細分化が進んでおらず、高品質な製品やサービスを提供できるか否かで差別化が図られていた」などの理由から、単純な技術力で競争優位が築かれていました。しかし、各業界において製品やサービスのコモディティ化が進むにつれて、「社内外の情報を適切に分析した上で、フレキシブルな対応を可能にするガバナンス体制・人事制度に基づき、コアケイパビリティ強化に向けた投資や事業・地域間でのリソース配分の最適化といった意思決定を迅速に下していく」ことの重要性が高まっていきました。
これ以降は、各産業において国内産業が抱えた課題について、特に半導体、家電・電機、通信機器の業界について、説明します。
ここまで、1980年代後半から2000年代にかけて、国内テクノロジー企業(特に半導体、家電・電機、通信)が陥ってきた課題について説明してきました。繰り返しになりますが、その課題は下記の3点で語ることができます。
国内テクノロジー企業がたどった道のりを俯瞰すると、短絡的なDXの取り組みに走る前に、過去の失敗から学ぶ必要があることが分かります。そこから導き出される、特にポイントとなる示唆は下記3点です。
次に考察すべきなのは、グローバルでプレゼンスを維持・向上させている先進企業の歩みです。国内テクノロジー企業がたどった経緯を反省材料としつつ、グローバルで成長する先進企業の取り組みをベストプラクティスとして学ぶことによって本質的な競争優位の源泉を明確化し、国内テクノロジー企業が今後採用すべき戦略や、営むべき事業活動が明らかになるでしょう。
第2回では、グローバルでプレゼンスを維持・向上させる先進企業は、何を重視し、どのような戦略の下に事業活動を営んでいるかについて、考察します。
※1 参考文献:遠藤誉, 2018年.「日本の半導体はなぜ沈んでしまったのか?」『Newsweek』(2021年7月30日閲覧)https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/12/post-11458.php
※2 参考文献:津田健二, 2017年.「東芝NANDフラッシュを誰が買うか」(2021年7月30日閲覧)
https://news.yahoo.co.jp/byline/tsudakenji/20170418-00069991
※3 参考文献:シニフィアンスタイル, 2018年.「「PL脳」が会社を滅ぼす!アメリカでより深く理解されているファイナンスの付加価値とは?」『DIAMOND online』(2021年7月30日閲覧)https://diamond.jp/articles/-/189229
※4 参考文献:朝倉祐介, 2018年.「ビジネスに対する考え方のOSを「PL脳」から「ファイナンス思考」にアップデート!答えのない時代を生き抜く武器を手に入れよう」『DIAMOND online』(2021年7月30日閲覧)https://diamond.jp/articles/-/174517
※5 参考文献:平田秀俊, 2019年.「中小社長こそ知りたい「PL脳」を卒業する方法 売り上げ・利益ばかり追求しても会社は回らない」『日経ビジネス』(2021年7月30日閲覧)https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19nv/00124/00018/
※6 出所:ニッセイ基礎研究所、2019年.「レポート名:日米CEOの企業価値創造比較と後継者計画」
※7 参考文献:李濟民, 2002年.『開発こうほう』02’06「経済のグローバル化と日本企業の対応」(2021年7月30日閲覧)https://www.hkk.or.jp/kouhou/file/no467_report.pdf
※8 参考文献:パワーデバイス・イネーブリング協会, 2017年.「日本に“標準化戦略”を根付かせる 産業競争力の鍵を握る標準化、伊賀洋一氏に日本の戦略を聞く【前編】」『日経クロステック』(2021年7月30日閲覧)https://xtech.nikkei.com/dm/atcl/column/15/090100007/050800046/
※9 参考文献:長内厚, 2014年.「日本の家電メーカーがアップルの後塵を拝した理由 日本企業に求められる統合戦略【第1回】」『Harvard Business Review』,(2021年7月30日閲覧)https://www.dhbr.net/articles/-/2705
※10 参考文献:遠藤誉, 2018年.「日本の半導体はなぜ沈んでしまったのか?」『Newsweek』(2021年7月30日閲覧)https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/12/post-11458.php
※11 参考文献:中島三佳子, 2021年.「「電子立国日本」のおごり、国の無為無策……「日本の半導体産業はもう復活できない」と断言できる理由」『エコノミストOnline』(2021年7月30日閲覧)
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20210323/se1/00m/020/058000c
※12 参考文献:高橋寛次、大坪玲央、 2017年.「「iモード」に続く“日本発”生まれるか グーグル、アップルら世界のIT企業に残したビジネスモデル」『SankeiBiz』(2021年7月30日閲覧)
https://www.sankeibiz.jp/business/news/170221/bsj1702210500002-n1.htm