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2022-06-01
コロナ禍を経て、大きな変化が予想されるエンタテイメント&メディア業界。PwCのプロフェッショナルは、クライアントと一緒に実現したい未来を議論し、その実現に貢献していきたいという熱い想いを抱いています。本連載ではこうしたプロフェッショナルが、E&Mにかける情熱や想い、コロナ禍やテクノロジーの進展で大きな変化を遂げるE&M業界の展望などについて語ります。
第2回は多くのメディア企業のDX推進を手掛けるディレクターの宮澤則文です。製造・流通・小売業界担当からメディア業界担当へ転身した宮澤は、「メディア業界へのコンサルティングは一筋縄ではいかない」とカルチャーショックを受けました。業界の理解を深めるためクライアントの元へ日参し、経営層から現場の担当メンバーに至るまで、多くの業界人と膝を突き合わせて議論しながら、クライアントおよび業界の未来を一緒に描き、その姿に向けて変革を共創しています。その経験から感じたメディア業界の課題と可能性を、想いと共に訊きました。
(本文中敬称略)
登壇者
PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
宮澤 則文
インタビュアー
PwCコンサルティング合同会社
シニアアソシエイト
軽野 敦洋
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 宮澤 則文
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 宮澤 則文
軽野:
宮澤さんはもともと製造・流通・小売業界の支援が専門でしたよね。なぜメディア業界のコンサルティングを担当するようになったのでしょうか。
宮澤:
ご指摘のとおり、以前は製造・流通・小売業界を担当していました。ただし、その業務内容は製造・流通・小売業界に特化したコンサルティングというよりも、改革実行(戦略立案から業務改革、システム改革を伴走支援する業務)が専門でした。
そのような状況の中で、PwCコンサルティングがメディア業界にフォーカスしたコンサルティングを強化することになり、メディア企業の経営改革や視聴者コミュニケーション改革支援の担当者として、私が指名されたのです。
ただし、私はメディア業界のプロトコルをよく知りませんでした。ですから最初はメディア業界出身でコンサルティング未経験の同僚と私がペアになり、メディア業界のクライアントへ日参し、現場の方々からひたすらお話を伺ってどのような提案ができるのかを模索していました。
軽野:
実際に現場の方々からお話を伺って、どのような気づきを得られましたか。
宮澤:
テレビ、新聞、出版社など、マスメディアの方々からお話を伺う中で理解したのは、「製造・流通・小売業界に対して通用したコンサルティングのアプローチやソリューションをメディア業界にそのまま適用するのは難しい」ということでした。
製造・流通・小売の企業は市場の変化に応じて自社ビジネスを継続的に見直さなければ、ビジネスを拡大できません。そのため事業モデルの転換や組織構造改革、オペレーション改革の推進の他、ITシステム基盤を刷新したり、積極的にM&Aを実施したりしています。
しかし、メディア業界はこうした改革に対するインセンティブが少なかったため、改革のプライオリティが低かったように感じました。なぜなら、放送法や電波法、再販売価格維持制度といった法や制度に守られていることもあり、製造・流通・小売業界に比べて新規参入のハードルが高い業界だからです。
2010年代中頃に米国のOTT(Over The Top:インターネットを介したメディア配信サービス)が日本でサービスを開始しました。しかし、当時はメディア企業が経営不振に直面していなかったため、経営層は改革の必要性やOTTサービスの台頭に対して、それほどの危機感をお持ちではなかったようです。
軽野:
なるほど。しかしOTTの台頭は、メディア業界にパラダイムシフトを起こしていますよね。
宮澤:
はい。特に2020年に発生した新型コロナウイルス感染拡大の影響で、消費者(視聴者)の生活様式は一変しました。自宅にいる時間が増加し、OTT利用者は急増しています。同時に「テクノロジーの進化」「視聴者意識の変化」「業界プレイヤーの多様化」「法制度の見直し」といった変化が一気に起こり、メディア業界が抱える多くの課題が顕在化しました。
軽野:
宮澤さんはこのパラダイムシフトをどのように捉えていますか。
宮澤:
OTTサービスの発展で、コンテンツを視聴者に届ける手段が多様化しました。現在、多くのメディア企業は、どのようにして自社コンテンツを視聴者に届けるか知恵を絞っています。ただし、視聴者とのコミュニケーションチャネルが増加したと言っても重要なのは「コンテンツの質」です。その点、マスメディアはこれまで蓄積してきたコンテンツ制作のノウハウで高い専門性を持っています。この専門性が持つ価値は、パラダイムシフトが起こっても失われるものではありません。むしろ、高付加価値の財産に昇華できると感じています。
実際、メディア企業がコンテンツ制作に注ぐ情熱は凄まじいものがあります。特に私がお話を伺ったメディアの方々は「自分たちのコンテンツが時代を牽引してきた」という自負があり、「良いコンテンツを作る」ことに強い使命感を持っておられるように感じます。そのためには睡眠時間や食事時間を削ることも厭わない方々が多いのですね。
そうしたメディアの現場が培ってきた「コンテンツで世の中を幸せにする」という矜持は、何物にも代えがたい財産です。そこに込められた想いを世の中に拡散し、視聴者がさまざまな気持ちを共有できる環境を整えることこそ、メディア企業に求められているのではないでしょうか。
私はさまざまな業界で、クライアントの経営戦略から改革実行までを支援してきました。その経験を活かし、大きなパラダイムシフトが起こっているこの業界で、クライアントに伴走しながら改革を支援していきたいのです。
軽野:
先のお話で「重要なのは良質なコンテンツを視聴者に届けること」と指摘されました。視聴者のニーズやコンテンツの視聴手段が多様化する中、「良質なコンテンツ」とはどのようなものになるのでしょうか。
宮澤:
私は「ローカルコンテンツ」の果たす役割が非常に大きくなると考えています。
個人的な話をしますと、私は四国の牧歌的な地域で育ち、少年時代はテレビを中心としたメディアのコンテンツを夢中になって観ていました。マスメディア、特にテレビ局は全国各地に拠点を構え、日本の地域文化に根差した情報を発信し続けており、ローカルコンテンツ製作のノウハウを蓄積しています。
ローカルコンテンツには2つの側面があります。1つはその地域に住む方たちが必要とするローカル情報を提供するコンテンツ。もう1つはローカル自体を題材にしたコンテンツです。
前者はケーブルテレビを中心に発信されているもので、特に地域の高齢者層に需要があります。一方、後者はローカルを熟知している制作者が、“ローカルの外の人”に対してその土地の魅力や独自性を伝えるものです。そして後者のコンテンツは、全世界に需要が存在する可能性があります。ですから「テレビで放送する」という手段にこだわらずコンテンツが展開できるようになれば、地方の放送局に分散しているコンテンツもグローバルにアピールできる可能性が高まります。私はこの後者のローカルコンテンツに可能性を感じています。
メディア業界のパラダイムシフトを起こしたOTTは、視聴者が能動的にコンテンツを選択する個人に焦点を当てたサービスという意味において、多くの人に一度に同じコンテンツを提供する従来型マスメディアとは全く異なる性質のサービスです。個人に焦点を当てているために、ニッチな情報にも一定のニーズがあります。ですから、OTTでローカル自体を題材にしたコンテンツを配信すれば、一定の視聴者を獲得できると考えています。例えば大手OTTでは韓国のドラマや、小さな子供がひとりで買い物に挑戦する日本の番組が人気になっていますよね。そうしたコンテンツはグローバルに対するローカルという意味で一種のローカルコンテンツと捉えられます。
このような状況も踏まえると今後、汎用的なコンテンツとの差別化やコモディティ化回避のためにも、地域の情報を発信したり、地域を題材としたローカルコンテンツの提供に注力したりすることも重要になってくると考えます。そうしたコンテンツを核にして新たなビジネスモデルを確立すれば、マスメディアはアイデア次第でグローバル規模のコンテンツプロバイダーに成長できる可能性があると期待しています。
軽野:
パラダイムシフトのもう1つの要因として挙げられるのが、技術の進化です。特にメタバースはフィジタルリアリティ*な体験ができる技術として注目されています。こうした新技術はメディア業界にどのようなインパクトをもたらすと考えますか。
* フィジタルリアリティ:フィジカル(physical)とデジタル(digital)をかけ合わせた造語。物理的な現実世界とAR(Virtual Reality)やVR(Augmented Reality)といったデジタル世界の融合で得られる体験を指す。
宮澤:
メタバース自体は単なるプラットフォームであり、その上で何をどのように見せるかは、映像やイベントの制作ノウハウが求められます。例えばメタバース空間でイベントを開催して集客するといった取り組みには、メディア企業のコンテンツ制作力が欠かせません。
そのときに核となるのが、ローカルコンテンツだと考えます。例えば、青森市のねぶた祭をリアル空間とメタバース空間で同時開催すれば、世界中の人がねぶた祭を楽しめますよね。その際に必要なのは、「青森市というローカルの特性を理解し、祭りという素材をコンテンツ化して視聴者を楽しませるためのノウハウ」です。これらはまさにメディアの現場が培った経験やスキルではないでしょうか。
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト 軽野 敦洋
軽野:
宮澤さんはメディア業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進を担当していますが、コンサルタントとしてどのような支援ができるとお考えですか。
宮澤:
私たちがコンテンツ制作を直接支援することはできませんが、新たなビジネスモデルの提案はできると考えています。例えば、アニメなどのコンテンツ制作を専門に手掛けている企業は、自社のコンテンツをどのようにマネタイズするかといった発想で早期に海外進出も果たしています。こうした戦略はメディア企業にも有効です。また、OTTとのコラボレーションや外国の放送局と協力し、日本以外のメディア企業にコンテンツを提供するといった戦略も考えられます。
こうしたビジネスモデルを構築するには、コンテンツの権利関係や外国の法制度、さらには現地のビジネス慣行に則る必要があります。ここにPwCのグローバルなネットワークやエグゼキューションのノウハウがお役に立てると考えています。
また、技術的な部分でも支援できることはあると自負しています。PwCではメタバースのような最先端技術の情報をいち早く収集してPoC(概念実証)をくり返し、さまざまな業界のクライアントに対して実装支援をしています。例えば、メディア企業がメタバース空間でイベントを開催する際には、通信帯域を圧迫しないように工夫したり、大人数が一斉にアクセスしても遅延を発生させないようにしたりするなど、技術的に留意すべきポイントはたくさんあります。
そしてもう1つが、現場の方たちが働きやすい環境作りへの支援です。
コンテンツ制作の現場では、長時間労働だったり低賃金だったりといったケースが少なくありません。この環境を放置してしまうと、人材を集めるのが困難になります。それどころか優秀な人材が海外に流出する懸念もあります。一昔前のメディア業界は高給だと言われていましたが、現在は外資系企業も高い報酬を出しますし、外国のアニメ制作会社は高額報酬で人材を獲得しています。こうした状況が続けば、日本のコンテンツを支える人材はいなくなってしまいます。
コンテンツ制作会社やメディア企業の経営層も人材流出には課題意識を持っています。こうした課題解決にもPwCが支援できることはたくさんあります。クリエイターが自らの才能を存分に発揮するための働きやすい環境の整備や将来のキャリアパスを描くことができるような制度設計の提案など、組織体制や人事制度の改革についての支援も可能です。
軽野:
最後に、今後の展望を聞かせてください。
宮澤:
従来型マスメディアとOTTは、競合ではなく共存するものです。視聴者にコンテンツを届けるチャネルは今後も多様化するでしょう。そうした環境ではこれまで“マス”で取り上げづらかった分野も、積極的にコンテンツ化して視聴者に届けられると考えています。
例えば、キー局が扱うスポーツはより多くの視聴者を獲得できる野球やサッカーが多く、サーフィンやスケートボードといったスポーツは比較的放映される機会が少ないです。しかし、こうしたスポーツにもコアなファンはいるのです。
私はサーフィンが大好きで、動画共有サイトに公開されているコンテンツをよく観るのですが、解説が少なかったり盛り上がる演出がなかったりと「エンタテイメントコンテンツ」としての面白みに欠ける部分があると感じることがあります。しかし、プロのクリエイターがこのようなスポーツのコンテンツ制作を担当し、野球の実況中継のような解説や盛り上がる演出を作り込めば、コンテンツとしての価値は上がるでしょう。そうなれば、新たな視聴者も獲得できますし、スポーツ自体も盛り上がります。メディア企業にはスポーツコンテンツ制作のノウハウがあるのですから、比較的マイナーなスポーツにもその力を発揮してほしいです。
視聴者は自分が観たいコンテンツを観ます。「それがマス向きかどうか」は気にしません。メディア企業はこうした視聴者のニーズと変化をいち早く捉え、マスの媒体と特定のファンに届く媒体をうまく使い分け、適切にコミュニケーションをすることが求められると考えます。