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2022-09-06
コロナ禍を経て、大きな変化が予想されるエンタテイメント&メディア(E&M)業界。PwCのプロフェッショナルは、クライアントと一緒に実現したい未来を議論し、その実現に貢献していきたいという熱い想いを抱いています。本連載ではこうしたプロフェッショナルが、E&Mにかける情熱や想い、コロナ禍やテクノロジーの進展で大きな変化を遂げるE&M業界の展望などについて語ります。
第3回に登場するのは、20年以上にわたり広告やコンテンツビジネスの第一線で奮闘した経験を持つ平間和宏です。インターネット黎明期からデジタルビジネスに深く携わり、エンタテインメントやメディアのデジタライゼーションを牽引してきました。「既存のメディア、コンテンツビジネスは決して順風満帆ではありません」と課題を指摘しつつも、「日本のエンタテインメントの力を強く信じている」と言い切る平間。その展望と業界支援にかける熱い想いを、若手コンサルタントが訊きました。
インタビュイー
PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
平間 和宏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 平間 和宏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 平間 和宏
インタビュアー:
平間さんの前職は広告会社と伺いました。最初にこれまでのキャリアについて教えてください。
平間:
はい。PwCコンサルティングに入社する前は20年以上にわたり、広告業界で働いていました。元々、デザインや映像に興味があり、大学院でもメディアデザインを専攻していました。学生の頃から広告作品も大好きだったので、就職氷河期でしたが迷わず広告の世界を目指しました。
しかし、現実はそんなに甘くはなく……若手の頃はただただ目の前の仕事に追われる日々でした。そんな時、ニコラス・ネグロポンテ(Nicholas Negroponte)教授の『Being Digital』*1という本に感銘を受け、「デジタルによって世界が変わるんだ!」と黎明期のデジタルの分野に飛び込みました。
インタビュアー:
その時代のデジタルとは、メディアや広告においてはどのような位置づけだったのでしょうか。
平間:
当時は多くのポータルサイトやプロバイダーのトップページが乱立しており、デジタルのメディアとは言っても、裏側の作り手の温かみがどこか残っている紙媒体に近い感覚のメディアでしたね。広告のタイプもバナーやテキスト広告のみで、一緒にページも立ち上げることも多く、クリエイティブワークも自分達でほとんどやっていましたね。
マス広告とは違いユーザーの反応がダイレクトに分かることが非常に興味深く、その「インタラクティブ性」に新しいコミュニケーションの可能性を強く感じました。クライアントも一緒になって当時の先端技術をどんどん取り入れ、新しい表現を我先に世に送り出す、そんな試行錯誤の日々で鍛えられたDIY精神は、今でも自身の中に色濃く残っている気がします。
その後、今日に通じるような通信技術の発展、スマートフォンの台頭、動画配信、SNSやゲーム、eコマースなどが一般化してくると、デジタルはマーケティングのセンターピースになっていきました。同時に、私自身の役割も広告キャンペーンのディレクションやコンテンツのプロデュースを行う立場から、新しいメディアやサービスの立上げやゼロから新しい事業の立上げを支援する立場に変わっていきました。
インタビュアー:
デジタルメディアやコンテンツビジネスの第一線で働いていた平間さんですが、コンサルティング業界との共通点みたいなものはあるのでしょうか?
平間:
キャリアを重ねるうちに、長期的なビジネスグロースや事業のKPIに対する直接貢献を期待されるようになり、相対する方もCMO(最高マーケティング責任者)、事業責任者、時には直接社長とお話する機会が増え、嫌でも視点・視座が高まり、経営改善に直結する仕組みとしてのソリューションを開発しなければならなくなります。そうなると、広告会社のサービス提供可能範囲を越えてしまうことも増えていきました。この頃からコンサルティングファームとの協業も増えていきましたし、自身が事業責任者やグループ会社を経営する立場となった際もコンサルティングファームに支援のお願いをした経験もあります。
外から見れば、コンサルティングと広告は異業種と思われるかもしれませんが、近年ではコンサルティングファームとの競合案件が増えていることからも、お互いの事業ドメインが近しくなってきていることが分かりますよね。
個人的には以前から、より経営の上流から広範囲に関与し、持続的な成長へのコミットメントと並走支援が可能な総合系コンサルティングファームに魅力を感じてはいました。クライアントが抱える重要な課題を一緒に解決したい――その姿勢は今も昔も全く変わっていません。一方で、黎明期から新しいメディアの発展に携わってきた者としては、PwCが掲げる”社会における信頼を構築する”というパーパスにはとても共感しており、今後も業界の健全な成長に寄与したいという使命感を常に持って行動しています。
*1『Being Digital』1995年出版。邦訳『ビーイング・デジタル―ビットの時代』(アスキー刊)。MITメディアラボ教授兼共同創設者のネグロポンテ氏が、デジタル技術が社会に浸透することでどのような変化が起こるかを解説し、デジタル社会の進展を考察している。
インタビュアー:
次にコンテンツやメディアの動向について教えてください。インターネットをはじめとしてデジタル化の進展で、エンタテインメント、メディア業界は地殻変動といってもよいぐらいの変化が起きていますよね。
平間:
「地殻変動」という表現は分かりやすいですね。例えば3つのレイヤー、「見る(視聴者、ユーザー)」「届ける(ディストリビューター、プラットフォーマー)」「作る(コンテンツホルダー、制作者)」を意識しながら業界変容を見ていきましょう。まずは「見る」側の視点からスタートしましょうか。
私たちの世代でコンテンツを「見る」といえば、やはり「テレビ」です。子どもの頃から、リビングの中心には常にテレビがあり、家族が集まってバラエティ番組などを楽しんだ懐かしい記憶があります。番組によっては一度に数千万人を超える圧倒的なリーチが獲得でき、流れるCMもまた世の流行を生み出す――広告業界にとっても大変華やかな時代だったと思います。
しかし、ハード側の技術進化によって、ソフト、つまり番組側にも少しずつ変化が引き起こされます。古くは、リモコンの登場です。これにより「番組のスイッチング」が容易となりました。レコーダーの登場でタイムシフト視聴が可能となり、「チャンネル争い」が死語となっていきます。さらに、テレビ受像機側でもインターネット回線への接続が可能となり、テレビ画面上で映像コンテンツの「ポータル化」が一気に進みました。一方で、スマートフォンやタブレットの普及によりダブルスクリーンによる「ながら視聴」も常態化すると、テレビ番組やCMへの没入感は希薄化します。そして、昨今のようにスマートフォンからテレビ局が配信するコンテンツを見る層からすれば、「テレビ番組」という言葉すら、いずれ使わなくなる可能性も出てきましたよね。
このように、個人が選択権を持つ「パーソナル視聴」へとシフトしていったのです。
インタビュアー:
「見る」側の変化がもたらした影響について、もう少し詳しくお話が聞きたいです。
平間:
近年、可処分所得に対する通信、娯楽支出はコロナ禍では多少の変化があったものの、総じて大きく伸びてはいません。また、可処分時間の内訳として、完全拘束時間、隙間利用時間、自由時間がありますが、コンテンツ視聴が可能な「自由時間」に注目すると、世代別に差異はありますが、概ね1日3時間程度であり、世界と比較しても「日本人は大変忙しい」のです。
一方でアクセス可能なメディアは、映像配信サービスだけでなく、ネットサーフィン、SNS、新聞、雑誌、マンガ、ゲームなどもあり、これらメディア間の移動もシームレスになってきています。
結果として、ザッピング(サムネイル画像、評価コメント等を矢継ぎ早にチェック)、ホッピング(頻繁な途中離脱)、チョッピング(細切れ視聴)などが発生しやすい、没入感に乏しいコンテンツ接触環境になっていると言えます。
これらの視聴行動に対し、コンテンツ提供側もユーザー反応率などのデータを分析し、尺の長さなども視聴ニーズに合った形へと最適化しているほか、アテンションゲット型のカジュアルなCGC(Consumer Generated Contents)が浸透しています。自由時間のコンテンツ視聴時間シェアをも奪う本格的な番組型CGCも台頭し、彼らの活動とそれを支える動画配信プラットフォームがクリエイターズエコノミーの形成を強く下支えしていると言っても過言ではないでしょう。
日本の映画やテレビ番組のコンテンツ制作能力は、既存フォーマットにおいては今でも非常に秀逸ですが、経験と勘に頼った従来のコンテンツ制作方法だけで、可処分時間を奪い返すことができるのでしょうか? この不可逆的な流れへの正しい認識と本質的な議論、そして新たな挑戦をする時が来た、そう強く感じているのは私だけではないはずです。
インタビュアー:
「届ける」側では、OTT(Over The Top)の台頭も大きな業界変化ではないでしょうか?
平間:
ご認識のとおり、OTTも業界に強い影響力を持つ重要なプレーヤーとなっています。日本の総人口以上の会員数を有するグローバルOTT事業者は、自前のディストリビューション網を世界に構築していく一方で、裏ではローカルコンテンツ調達ネットワークも巧みに構築しています。加えて潤沢な予算によるオリジナル大作や「一気見」が可能な話題のシリーズ作品なども的確なタイミングで投下していますし、近年ではメガスポーツイベントのライブ中継権など、キラーコンテンツをOTT事業者が既存放送事業者に競り勝って獲得し、独占配信する動きも顕在化しています。彼らはユーザーデータの積極的な利活用も当然進めており、最適化されたバリューチェーンやデジタル工程管理、事業ステージに応じたコンテンツ最適投資モデリングなど、高いアジリティを保った事業運営をしています。
日本のコンテンツ業界は独自のディストリビューション網や分業化も進んでいるため、OTTと比較すると視聴者、ユーザーサイドのデータ分析やヒット率を向上するための予測モデリングなども圧倒的に遅れていることは否めません。また、映画やアニメでは興行面のリスク分散で製作委員会モデルも進んでいるため、作品ごとに委員会が発足、解散となれば、組織的なデータ活用の取り組みが進み難い環境となっています。加えて、ディストリビューター経由で配信するだけでは、これらの貴重なデータが制作サイドへ還元される仕組みも整わないのが実情です。データアナリティクス対応の遅れによって昨今のデジタル社会変容に適応しきれていないことが、コンテンツ業界の大きな課題の一つと言えます。
ただし、台頭してきたサブスクリプション型OTT事業も決して安泰ではないでしょう。映像コンテンツは消費サイクルが非常に速く、コンテンツへの投資効率は今後ますます重要となるKPIだと言えます。ヒットの山をあえて短期間で高くせずに、長期間にわたりマネタイズ可能とするリリース戦略も必要となってくるでしょう。また、広告モデルを新たに導入し、サブスク契約と併用する場合、広告主からは広告媒体としての価値を見定められることにもなります。さらに、通信事業者などによるサービスバンドリング化により、同一映像コンテンツが別サービスでは無料視聴可能となるほか、映像以外のコンテンツ提供による差別化競争も激化します。
利用者側は可処分所得と可処分時間に応じて常にサービスの見定めをしており、今、栄華を極めつつあるサブスク型OTTプレーヤーですら、生き残るためには常にサービスを進化させ続け、事業ポートフォリオを見定め、次の地殻変動に備える必要があります。
インタビュアー:
最後に「作る」側の視点で何かお考えはありますか?
平間:
誰にでも、心に残る作品、大切な「名作」というものがありますよね? いつまでも記憶に残る、心を揺さぶられた作品との出会いは人生に彩りを与え、心を豊かにしてくれます。
それがエンタテインメントにとっての大切な提供価値の一つだと思っていますが、ここで「作品性」と「興行性」について触れておきたいと思います。
特に映画やアニメなどのコンテンツをプロデュースする場合、商業的に成功し、製作費を回収して利益を出せるかの分岐点となる「リクープライン」が存在します。この「リクープライン」を意識しつつ、作り手は限られた予算のなかで「作品性」を高めるための創意工夫をしています。
サブスクリプション型OTTでは、どんなに視聴数が伸びたとしても、制作現場にはその対価がフェアに還元される仕組みとなっていない場合も多く、待遇改善、働き方改革の遅れにつながります。その結果として人材獲得競争においても、高額な報酬を支払う中国や韓国の企業に引き抜かれてしまいますし、日本が誇る高い「作品性」の失墜にもつながるリスクが高まっていると思っています。さらに日本の人口減少に備え、その環境下でも事業成長できる新たな循環型エコシステムを確立させる必要性を感じています。
一方、新たな「興行性」に開拓余地はないのでしょうか? ここには「D2F(Direct to Fun)」領域における新たな挑戦が効果的であると考えています。インターネット発展の恩恵によりD2C(Direct to Consumer)という新たなチャネルが台頭しましたが、エンタテインメントビジネスにおいても同様にD2Fという発想が可能となってきています。資金調達スキームについても、まだまだ規模は小さいもののクラウドファンディングによりコアファン、応援したいスポンサー、投資家などから資金調達し、制作後にサイト上で公開することもできるようになりました。
既に音楽業界では、アーティスト側がファンクラブ限定で楽曲配信やオンラインライブを実施するD2Fとも呼べるアクションも顕在化し始めており、音楽レーベルの役割やマネタイズポイントも変わってきていますよね。NFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)のさらなる発展により、多くのキャッシュポイントが創出できるようになってきました。こうした挑戦も支援したいと思っています。
インタビュアー:
この先注力していきたいことはありますか?
平間:
テクノロジーによって「自分が見たいモノだけを受動的に受け取る」ことは、確かに居心地がよいかもしれません。しかし、この「インフォメーションコクーン(情報の繭)」と呼ばれる状態は、多様性を重視する時代において正しい進化と言えるのでしょうか?
これは私が20年以上前に感銘を受けた「Being Digital」な世界ではありません。
昨今の日本のメディア・コンテンツ業界は地殻変動によって多くの課題に直面しており、決して順風満帆ではないかもしれません。しかし、そんな制約下でこそクリエイティビティを最大限発揮し、日本のエンタテインメントを下支えしてきた数多くのプロフェッショナルを私は知っています。
そんな、日本のエンタテインメントの力、高いクリエイティビティを強く信じている人間として、これからも皆さんと一緒に、コンテンツビジネスの健全な発展、特に新たな挑戦をサポートしていきたいと思っています。