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2022-12-19
コロナ禍を経て、大きな変化が予想されるエンタテイメント&メディア業界。PwCのプロフェッショナルは、クライアントと一緒に実現したい未来を議論し、その実現に貢献していきたいという熱い想いを抱いています。
インタビュー企画の第4回に登場するのは、エンタテイメント&メディア業界の会計監査に従事してきたPwCあらた有限責任監査法人(以下、「PwCあらた」)の岩本展枝です。テクノロジーの進化に伴うイノベーションにより新たなサービスが台頭し、ビジネスモデルの転換が起こっているエンタメ業界を“数字”という切り口から見つめてきた岩本ですが、「監査で重視するのは、数字に表れない部分」と言い切ります。その真意はどこにあるのでしょうか。話を訊きました。
登壇者
PwCあらた有限責任監査法人
ディレクター
岩本 展枝
インタビュアー
PwCコンサルティング合同会社
シニア アソシエイト
川手 真佑美
※法人名、役職、インタビューの内容などは対談を実施した当時のものです。
PwCあらた有限責任監査法人 ディレクター 岩本 展枝
川手:
第1回から第3回ではテクノロジーとエンタテインメント&メディア(以下、エンタメ)業界についてPwCコンサルティングの方に話を訊いてきましたが、今回はPwCあらたの岩本さんに「エンタメと会計監査」という視点から話を伺います。まず、岩本さんが担当している業務の内容を教えてください。
岩本:
主な業務は、テクノロジーとエンタメ業界を対象にした国内上場および非上場企業の会計監査や内部統制監査、株式上場の支援です。
川手:
そもそも会計監査や内部統制監査とはどのような業務なのか、教えて頂いても良いでしょうか。
岩本:
「会計監査」とは、企業が作成した財務諸表に対して第三者の会計監査人が行う監査のことを言います。財務諸表が適正に表示されているかどうかに対して、会計監査人が意見を表明します。監査を受けることで、投資家などの財務諸表利用者は、信頼性をもって財務諸表上の情報を利用することができるようになります。
川手:
具体的に、どのように企業の監査を行うのでしょうか。
岩本:
財務諸表は企業の全事業活動が数字で集約されたものになります。そのため、企業の事業活動を理解することが非常に重要になります。
例えば、製造業のモノ作りプロセスをイメージしてみてください。まず、原材料の発注・調達から始まります。その後、工場にて原材料が製造ラインに投入され、加工を経て、製品が製造されます。完成品が得意先に出荷・納品されて売上が確定します。一連のプロセスは購買システム、在庫管理システムや販売システムに記録され、その情報が会計システムに連携され、財務諸表のベースとなります。つまり、製造プロセス全体が、財務諸表上の数字で表現されることになります。
会計監査は財務諸表が作成されるプロセスを上流から下流まで理解し、会計数値につながる記録情報や会計基準の適用を誤るリスクを評価します。リスクがより高いところに多くの時間をかけて監査手続を実施し、財務諸表全体に「重要な虚偽の表示はない」という高い心証を積み上げていきます。最終的に「合理的な保証を得た」と判断し、財務諸表全体の適正性を保証します。
川手:
ありがとうございます。よく理解できました。財務諸表が適正に作成されるには、企業の事業活動、個々のオペレーションが健全に行われることがベースとなっているということですね。
岩本:
そのとおりです。監査手続上、財務諸表を構成する全取引を精査することは不可能です。そのため、監査は原則として監査の対象となる母集団から一部の項目を抽出して監査手続を実施する「試査」に基づいて行います。母集団に対して、どれくらいの件数に対しどの程度の監査手続を実施するかの検討には、監査上のリスクを考慮します。監査上のリスクは、企業の内部統制の有効性にも大きく左右されます。そのため、監査では財務報告の信頼性の確保につながる内部統制の整備状況および運用状況も評価します。
「内部統制が徹底され、現場でオペレーションが適切に運用できているかどうか」は、組織体制や企業文化、経営者の姿勢が色濃く反映されます。また、マネジメントの交代や業績の好不調、株主構成、マーケットからの期待など、同じ企業であっても企業が置かれる環境は変わるため、その変化への対応によっても内部統制が逸脱されるリスクは変わってきます。
川手:
企業のカルチャーが内部統制に表れるというのは面白いですね。
岩本:
さらに近年はDX(デジタルトランスフォーメーション)やAI(人工知能)の普及、メタバースやNFTの台頭に代表されるように、各業界でさまざまな変化が起こっています。企業が市場で生き残るためにはそうした潮流を把握し、それらに基づいたビジネス戦略を立案しなければなりません。そのためには人材の流動性を高め、多様性を取り入れた組織作りが重要です。「時代に合わせて組織を柔軟に変えていくことができるか」といったところにも、内部統制が有効に機能しているかどうかが表れます。会計監査ではこうした部分も評価しているのです。
川手:
次に、エンタメ業界の監査について教えてください。他業界と比較して、エンタメ業界の監査にはどのような特徴があるのでしょうか。
岩本:
エンタメ業界の市場規模は全世界で2.5兆米ドル*1に上ります。2020年には新型コロナウイルス感染症の拡大の影響で一時的に落ち込みましたが、今後も成長が続く市場であると期待されています。
この市場の特徴としては「最新テクノロジーの進展に合わせて、絶えずイノベーションが起こっている」ことが挙げられます。産業構造自体がドラマチックに変化し、今まで存在しなかった新しいサービスが次々と登場し、成長し続けています。
企業が新しい形態のサービスをリリースする際には、会計処理や関連する内部統制を検討する必要があります。しかし、エンタメ業界はイノベーションによる産業構造の変化があまりにも速いので、関連する会計基準の整備が追いついていません。そのため、会計基準の原則に基づいた上で、ビジネスの実態に合わせて判断することが求められます。エンタメ業界は会計実務もクリエイティブと言えるかもしれません。
川手:
ビジネスモデルが変化すれば、会計監査のアプローチも異なってくるのですね。
岩本:
そのとおりです。分かりやすい例が音楽業界です。インターネットが本格普及する前の2000年中頃まで、音楽会社の主な事業はCDなどのパッケージを製造し、販売することでした。企業が原盤の製造や流通を担い、CDは在庫(資産)として貸借対照表に計上され、一般消費者がパッケージを購入したタイミングで売上を認識していました。先のモノ作りの例からも分かるとおり、音楽会社は製造業だったのです。
しかし、その数年後に携帯音楽プレーヤーが登場し、音楽を聴く手段は「原盤を購入する」から「ダウンロードする」に変わりました。これにより、これまでの貸借対照表に記載されていた「在庫」はなくなり、ダウンロードされる度に「売上」が認識されるようになりました。パッケージは消費者が店舗で購入した時点で売上が確定しますが、ダウンロードでは消費者が音楽データを移動させた時点で売上が確定します。音楽を販売する形態がパッケージ販売からダウンロード販売に変わったことにより、会計処理、そして財務諸表の姿が大きく変わったのです。
さらに、近年ではストリーミング視聴が増加しています。音楽ストリーミングサービスでは1つのプラットフォーム上でさまざまな音楽会社の音楽を定額利用料で制限なく聴くことができます。今まで当たり前であった「1曲あたりいくら」という概念がガラリと覆りました。音楽会社がどのタイミングで売上を認識するかは、プラットフォーマーとの契約条件や権利関係に左右されるため、会計上の処理はより複雑になりました。
このように、音楽の販売方法が「パッケージ→ダウンロード→ストリーミング」と変化したことで、音楽販売に関わる会計処理、つまり収益獲得のために「どのような資産が必要か」(在庫、ソフトウェア)、「いつ売上を認識するか」(顧客への引き渡し時点、利用期間)、「いくらで売上を認識するか」(パッケージ価格、1曲あたりの価格、期間利用料)、「売上計上のためにどのようなコストが掛かるか」(パッケージ製造費用、ソフトウェア開発・メンテナンス費用、支払手数料)が大きく変わりました。これにより利益率やキャッシュ・フロー、すなわち売上の稼ぎ方やお金の流れまで大きく変わったのです。
川手:
確かにDXが進むとビジネスモデルに大きな変革が起こり、有形の「モノ売り」から、無形の「コト売り」に変化すると言われています。音楽業界ではまさにその変革が起こっているのですね。
岩本:
はい。これまでモノを製造して販売する音楽ビジネスは、最新テクノロジーを駆使しデジタルでコンテンツを届けるビジネスに構造的に変化したのです。「音楽を販売して利益を稼ぐ」というビジネスの根幹は同じであっても、ビジネスモデルや戦略は全く異なってきます。同じくゲーム業界も、家庭用ゲーム機が主流だったところから、2000年以降はPCオンラインゲームが販売され、2010年頃からスマートフォンが普及し始めるとモバイルゲームが誕生し、2021年の世界のゲーム市場は2,142億米ドル*2に到達しました。
そうなると組織構造、人材配置や会社のシステム、取引先、ビジネスのオペレーションから業務の適正性を確保するための内部統制やガバナンスの仕組みまで大きく変化します。
川手:
たった20年ですが、全く違う業界を監査するのと同じぐらいの感覚でしょうか。
岩本:
「会計監査の着眼点」という意味ではそのぐらいの変化です。時代やトレンドによってビジネスモデルは変化し、最終的に企業の財政状態や経営成績を示す財務諸表に表れます。会計監査は「ビジネスの実態にあった会計処理が行われているか」の検証の積み上げですから、常にその変化をキャッチアップしなければなりません。現在はテクノロジーの進展が目覚ましく、今までにない新しいサービスが次々と生まれています。個々の取引に係る会計ルールの整備は追いついていないため、会計基準の原則に従って、ビジネスの深い理解に基づいて会計の適用の検討が求められます。私たち会計監査人には指導的機能の発揮がより期待されてきています。
*1*2「グローバル エンタテインメント&メディア アウトルック2022-2026」より引用
PwCコンサルティング合同会社 シニア アソシエイト 川手 真佑美
川手:
これまで「エンタメと会計監査」の一般的なお話を伺ってきましたが、岩本さんにとってエンタメ企業を監査する難しさ、そして面白さはどのような点にあるのでしょうか。
岩本:
「『無形』のアイデアや技術から、『無形』の製品・サービスを生みだすプロセスを会計数値に現す」こと。そして「その無形資産を将来回収できる否かを多面的な視点から客観的に評価する」ことです。
自動車の製造プロセスを例に考えてみましょう。車両の原材料は鉄やアルミ、ガラスといった有形のモノですよね。それらを加工して組み立て、「自動車」という有形製品を生み出します。製品は原材料をいくらで購入したか、その製造のためにいくらかかったかで測定され、将来販売される可能性に基づき評価、すなわち評価減の要否を検討します。原材料も製品も有形であるため、資産の測定や評価は比較的容易であることは理解しやすいと思います。
一方で、オンラインゲームの開発プロセスはどうでしょうか。必要なのはクリエイティブな発想を持つ人的リソースとIT基盤や開発用ソフトウェア、そしてキャラクターなどの知的財産や特許権、著作権などです。これらは全て物理的実態のない「無形資産」です。これら無形資産には「いくらの価値があるか」「将来、どのくらいの収益獲得力があるのか」を客観的に評価するのは、非常に難しく、面白くもあるというのは実感としてお分わかりいただけるのではないかと思います。
川手:
目に見えない無形のモノを評価するのはとても難しそうです。
岩本:
そうですね。特にエンタメ業界はトレンドの変遷が激しく、また他社が持つブランドや技術、優秀なエンジニアなどを獲得すべく、積極的にM&Aが進められ、巨額の「のれん」が計上されるケースも多いのが特徴です。会計上、このような無形資産やのれんの識別、測定、償却や評価は重要な論点となり、監査上も減損の要否の判断が肝となります。価値算定のベースとなる将来キャッシュ・フローの見積り、将来事業計画の合理性の検討には、業界や企業、関連する技術への深い理解、トレンドや将来の動向を読み解く能力、時代の変化を先読みする力が求められます。
また、企業にとっても、無形の事業を適切に数字で表す能力はマネジメントする上で非常に重要です。事業の実態を適切に把握し、財務数値に落とし込んで事業計画を策定し、その実現可能性を高めるべく透明性を持って健全な事業運営を行っていくためには、財務報告のための内部統制、ガバナンスの仕組みが整備されていることが大前提になります。
川手:
例えば、あるゲームタイトルに投資した会社が「無形資産が将来回収できるか」を評価するには、「そのゲームタイトルが今後ヒットするか」を見極める必要があると思うのですが、そうした“目利き”はどのように養っているのでしょうか。
岩本:
モバイルゲームを例にとってお話ししましょう。2010年頃、スマートフォンが普及し始めると、モバイルゲームが各社からリリースされるようになりました。今、振り返ると、2010年前半に、多額の売上を稼ぐ大型タイトルがいくつも生まれましたが、当時は前例がなく、モバイルのゲームタイトルが「ヒットするかどうか」「いくらの売上規模となるか」「ヒットがどのくらいの期間続くか」など予測し得なかったと思います。
そのような客観的判断の材料が乏しい状態では、ゲーム開発への投資額を将来の課金売上で回収できる否かを判断することは非常に困難です。そのため、モバイルゲーム導入期においては、ゲーム開発費用を資産計上ではなく、発生時に費用として落とす実務が多かったように思います。
しかし、10年以上が経ち成熟期まで進んでいくと、ゲームタイトルの事業計画の達成可能性を客観的に裏付ける材料を収集できるようになってきました。例えば、過去の類似するゲームタイトルの実績は参考になるでしょう。ここで言う「類似」とは、ゲームのジャンル、開発規模、ターゲット層などがあります。その他の要素としては、「広告宣伝活動をどの媒体でいつどれくらいの規模で展開するか」「どのようなコラボレーション企画を展開するか」「キャラクターそのものの認知度、すなわちIP*3はどれくらい強いか」も客観的指標になるでしょう。過去タイトルの予算実績の比較から、事業計画の精度の高さ、企業の事業計画策定能力も客観的材料の1つとなるかもしれません。
*3IP:「Intellectual Property」の略称で知的財産の意味。ゲーム業界のIPとは、主にゲームタイトルやキャラクターのことを指す。
川手:
ここまで音楽やゲーム業界を例に挙げて「エンタメと会計監査」について伺ってきました。最後にエンタメ業界の将来に懸ける想いについて、岩本さんの専門である会計監査やガバナンスの観点からお聞かせください。
岩本:
エンタメ業界はイノベーションによるさらなる変革が期待されています。イノベーションを社会実装し、社会全体でその恩恵を享受するためには、既存のルールや仕組み、制度では限界があります。先に「エンタメ業界の変化に会計基準の設定が追いついていない」という話をしましたが、これからはそのスピードに対応できるような事業のインフラとしての会計のルールや内部統制の仕組み、ひいてはガバナンスの在り方を柔軟に設計し見直せるアプローチが必要だと考えます。
私は子どもの頃、ピアニストになりたいと真剣に考え、4才から高校生までピアノの練習漬けの日々を送っていました。しかし、プロのピアニストとして集客できるのはほんのひと握りです。音楽の世界は努力のみならず、才能や運にも大きく左右されるという現実に直面し、子ども時代の全てを懸けて追いかけた夢は諦めることになりました。エンタメは、素晴らしいクリエイターやエンジニアを招き、コストと時間を惜しまず、マーケティング活動に勤しんで、戦略的にヒットの確率を上げようとしても、運の要素も大きいと言えます。私のピアノにかけた想いと重ね合わせずにはいられません。
今後ますます最先端のデジタルテクノロジーを活用し、今までにない新しい形のエンタメサービスが生まれていくと思います。多くの人々に安心して受け入れられて感動を届けるためには、新しいテクノロジーやシステム、データ、サービスを生み出す仕組みに対する信頼やその信頼を支える制度構築が求められるでしょう。会計監査のプロとして、財務数値の保証という枠組みを越え、日本経済の未来を支えるエンタメ企業の基盤となる「信頼」の構築に貢献していくことができればと思っています。
川手:
これまでお話を伺って、会計監査に求められるのは業界や企業、関連技術への深い理解、トレンドや将来の動向を読み解く能力、時代の変化を先読みする“感度”であることが分かりました。これらの知識や経験は、会計監査の枠を越えて、これからの新しい未来の「信頼」創りにつながっていくと実感しました。
本日はありがとうございました。