エンタメ企業の会計監査で見えてきた、日本経済の発展のカタチ

2022-12-19

コロナ禍を経て、大きな変化が予想されるエンタテイメント&メディア業界。PwCのプロフェッショナルは、クライアントと一緒に実現したい未来を議論し、その実現に貢献していきたいという熱い想いを抱いています。

インタビュー企画の第4回に登場するのは、エンタテイメント&メディア業界の会計監査に従事してきたPwCあらた有限責任監査法人(以下、「PwCあらた」)の岩本展枝です。テクノロジーの進化に伴うイノベーションにより新たなサービスが台頭し、ビジネスモデルの転換が起こっているエンタメ業界を“数字”という切り口から見つめてきた岩本ですが、「監査で重視するのは、数字に表れない部分」と言い切ります。その真意はどこにあるのでしょうか。話を訊きました。

登壇者

PwCあらた有限責任監査法人
ディレクター
岩本 展枝

インタビュアー

PwCコンサルティング合同会社
シニア アソシエイト
川手 真佑美

※法人名、役職、インタビューの内容などは対談を実施した当時のものです。

PwCあらた有限責任監査法人 ディレクター 岩本 展枝

PwCあらた有限責任監査法人 ディレクター 岩本 展枝

イノベーションが引き起こしたエンタメ業界の地殻変動

川手:
次に、エンタメ業界の監査について教えてください。他業界と比較して、エンタメ業界の監査にはどのような特徴があるのでしょうか。

岩本:
エンタメ業界の市場規模は全世界で2.5兆米ドル*1に上ります。2020年には新型コロナウイルス感染症の拡大の影響で一時的に落ち込みましたが、今後も成長が続く市場であると期待されています。

この市場の特徴としては「最新テクノロジーの進展に合わせて、絶えずイノベーションが起こっている」ことが挙げられます。産業構造自体がドラマチックに変化し、今まで存在しなかった新しいサービスが次々と登場し、成長し続けています。

企業が新しい形態のサービスをリリースする際には、会計処理や関連する内部統制を検討する必要があります。しかし、エンタメ業界はイノベーションによる産業構造の変化があまりにも速いので、関連する会計基準の整備が追いついていません。そのため、会計基準の原則に基づいた上で、ビジネスの実態に合わせて判断することが求められます。エンタメ業界は会計実務もクリエイティブと言えるかもしれません。

川手:
ビジネスモデルが変化すれば、会計監査のアプローチも異なってくるのですね。

岩本:
そのとおりです。分かりやすい例が音楽業界です。インターネットが本格普及する前の2000年中頃まで、音楽会社の主な事業はCDなどのパッケージを製造し、販売することでした。企業が原盤の製造や流通を担い、CDは在庫(資産)として貸借対照表に計上され、一般消費者がパッケージを購入したタイミングで売上を認識していました。先のモノ作りの例からも分かるとおり、音楽会社は製造業だったのです。

しかし、その数年後に携帯音楽プレーヤーが登場し、音楽を聴く手段は「原盤を購入する」から「ダウンロードする」に変わりました。これにより、これまでの貸借対照表に記載されていた「在庫」はなくなり、ダウンロードされる度に「売上」が認識されるようになりました。パッケージは消費者が店舗で購入した時点で売上が確定しますが、ダウンロードでは消費者が音楽データを移動させた時点で売上が確定します。音楽を販売する形態がパッケージ販売からダウンロード販売に変わったことにより、会計処理、そして財務諸表の姿が大きく変わったのです。

さらに、近年ではストリーミング視聴が増加しています。音楽ストリーミングサービスでは1つのプラットフォーム上でさまざまな音楽会社の音楽を定額利用料で制限なく聴くことができます。今まで当たり前であった「1曲あたりいくら」という概念がガラリと覆りました。音楽会社がどのタイミングで売上を認識するかは、プラットフォーマーとの契約条件や権利関係に左右されるため、会計上の処理はより複雑になりました。

このように、音楽の販売方法が「パッケージ→ダウンロード→ストリーミング」と変化したことで、音楽販売に関わる会計処理、つまり収益獲得のために「どのような資産が必要か」(在庫、ソフトウェア)、「いつ売上を認識するか」(顧客への引き渡し時点、利用期間)、「いくらで売上を認識するか」(パッケージ価格、1曲あたりの価格、期間利用料)、「売上計上のためにどのようなコストが掛かるか」(パッケージ製造費用、ソフトウェア開発・メンテナンス費用、支払手数料)が大きく変わりました。これにより利益率やキャッシュ・フロー、すなわち売上の稼ぎ方やお金の流れまで大きく変わったのです。

川手:
確かにDXが進むとビジネスモデルに大きな変革が起こり、有形の「モノ売り」から、無形の「コト売り」に変化すると言われています。音楽業界ではまさにその変革が起こっているのですね。

岩本:
はい。これまでモノを製造して販売する音楽ビジネスは、最新テクノロジーを駆使しデジタルでコンテンツを届けるビジネスに構造的に変化したのです。「音楽を販売して利益を稼ぐ」というビジネスの根幹は同じであっても、ビジネスモデルや戦略は全く異なってきます。同じくゲーム業界も、家庭用ゲーム機が主流だったところから、2000年以降はPCオンラインゲームが販売され、2010年頃からスマートフォンが普及し始めるとモバイルゲームが誕生し、2021年の世界のゲーム市場は2,142億米ドル*2に到達しました。

そうなると組織構造、人材配置や会社のシステム、取引先、ビジネスのオペレーションから業務の適正性を確保するための内部統制やガバナンスの仕組みまで大きく変化します。

川手:
たった20年ですが、全く違う業界を監査するのと同じぐらいの感覚でしょうか。

岩本:
「会計監査の着眼点」という意味ではそのぐらいの変化です。時代やトレンドによってビジネスモデルは変化し、最終的に企業の財政状態や経営成績を示す財務諸表に表れます。会計監査は「ビジネスの実態にあった会計処理が行われているか」の検証の積み上げですから、常にその変化をキャッチアップしなければなりません。現在はテクノロジーの進展が目覚ましく、今までにない新しいサービスが次々と生まれています。個々の取引に係る会計ルールの整備は追いついていないため、会計基準の原則に従って、ビジネスの深い理解に基づいて会計の適用の検討が求められます。私たち会計監査人には指導的機能の発揮がより期待されてきています。

PwCコンサルティング合同会社 シニア アソシエイト 川手 真佑美

PwCコンサルティング合同会社 シニア アソシエイト 川手 真佑美

川手:
ここまで音楽やゲーム業界を例に挙げて「エンタメと会計監査」について伺ってきました。最後にエンタメ業界の将来に懸ける想いについて、岩本さんの専門である会計監査やガバナンスの観点からお聞かせください。

岩本:
エンタメ業界はイノベーションによるさらなる変革が期待されています。イノベーションを社会実装し、社会全体でその恩恵を享受するためには、既存のルールや仕組み、制度では限界があります。先に「エンタメ業界の変化に会計基準の設定が追いついていない」という話をしましたが、これからはそのスピードに対応できるような事業のインフラとしての会計のルールや内部統制の仕組み、ひいてはガバナンスの在り方を柔軟に設計し見直せるアプローチが必要だと考えます。

私は子どもの頃、ピアニストになりたいと真剣に考え、4才から高校生までピアノの練習漬けの日々を送っていました。しかし、プロのピアニストとして集客できるのはほんのひと握りです。音楽の世界は努力のみならず、才能や運にも大きく左右されるという現実に直面し、子ども時代の全てを懸けて追いかけた夢は諦めることになりました。エンタメは、素晴らしいクリエイターやエンジニアを招き、コストと時間を惜しまず、マーケティング活動に勤しんで、戦略的にヒットの確率を上げようとしても、運の要素も大きいと言えます。私のピアノにかけた想いと重ね合わせずにはいられません。

今後ますます最先端のデジタルテクノロジーを活用し、今までにない新しい形のエンタメサービスが生まれていくと思います。多くの人々に安心して受け入れられて感動を届けるためには、新しいテクノロジーやシステム、データ、サービスを生み出す仕組みに対する信頼やその信頼を支える制度構築が求められるでしょう。会計監査のプロとして、財務数値の保証という枠組みを越え、日本経済の未来を支えるエンタメ企業の基盤となる「信頼」の構築に貢献していくことができればと思っています。

川手:
これまでお話を伺って、会計監査に求められるのは業界や企業、関連技術への深い理解、トレンドや将来の動向を読み解く能力、時代の変化を先読みする“感度”であることが分かりました。これらの知識や経験は、会計監査の枠を越えて、これからの新しい未来の「信頼」創りにつながっていくと実感しました。

本日はありがとうございました。

主要メンバー

岩本 展枝

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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